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13.正常性バイアス
正常性バイアス②
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不躾なほど見つめてしまっていたことに気づいて、亜由美は慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。とても綺麗な方だったので……」
「ふふ。それはありがとう」
言われ慣れているのかさらりと返された。
(千智さんが嫉妬? そんなことはあり得ないと思うけど)
そう思ってちらっと鷹條の方を見ると少しだけ不機嫌な表情だ。戸惑ったけれど、ちょっとだけ嬉しくなってしまった亜由美だった。
するとその亜由美に気づいた鷹條にきゅっと頬をつままれる。
「嬉しそうにするな」
「だって……」
「仲が良いのは分かったから、他でやってくれ」
あきれたような声に、二人ですみませんと頭を俯かせた。
会議室のような場所に二人は通された。広見は亜由美に名刺を手渡して柔らかい笑顔を向ける。
「杉原さん、まずは勇気を出してきてくださってありがとう」
その一言で亜由美は一気に気持ちがふわりと解けたのが分かった。
「詳細をお伺いする前に現状についてお話ししてもいいかな?」
「はい」
テーブルの上に手帳を置いて、広見は口を開いた。
「ストーカーの定義として恋愛その他の好意を持って付きまとい等の行為をすることを指す」
そう言って、広見は亜由美にリーフレットを手渡す。警察が啓蒙活動のために発行しているものだ。
亜由美はそれをそっと手に取った。
ストーカー被害に遭われたみなさんへ、と書かれてある。見やすいようポップに色分けしてあった。
「後を尾けるということだけではなくて、こういった手紙を連続して送りつけてくることや、盗撮などの監視していると伝える行為も含まれる」
改めて説明されてあの手紙をポストに入れられていたのが、ストーカー行為だったのだと知って亜由美は血の気が引く思いだった。
「正直、警察はこの手のことに関しては後手に回ってしまっていたので、今は専門チームの『人身安全対策課』というのを立ち上げているんだ。こういった所轄では生活安全課が対応している」
亜由美の表情を見ながら、広見は優しく説明してくれる。
「被害者にどの程度危険が及んでいるかは、正直なところ我々でも判断しようがない。それがストーカー案件の難しいところでね」
綺麗な瞳を伏せて、広見は憂いた顔をする。そして顔を上げると亜由美を真っすぐに見返した。
「ただ一つだけ言えることがある。ストーカーに限らず犯罪の芽というものはできる限り早めに潰してしまった方がいい」
そのキッパリとした態度はそれまでの柔らかい雰囲気とは全く違って、この人はやはり警察官なんだと亜由美に思わせるようなものだった。
「できる限り早めに……」
隣にいた鷹條はそれまで黙っていたけれど、口を開く。
「人というのはどんどん箍が外れていくんだ。最初はこれくらいは大丈夫と思ってしている行為が他から咎められないことによって、許されていると勘違いしてどんどんエスカレートしてゆく」
こくりと広見も頷いた。
「特にこの手の事案は思いもかけないスピードで進展してしまうことがある。外から見えている部分はほんの一部なんだ。加害者の心の中ではどういう形で気持ちが動いているか測れない」
「だから、なるべく早くというのもあるんですね?」
「そう。もしかしたら、この写真をポストに入れるまでに、もっとずっと長いこと杉原さんを監視していて、満を持して自分の気持ちをぶつけるためにポストに投函したことも否定できない」
「申し訳ありません。とても綺麗な方だったので……」
「ふふ。それはありがとう」
言われ慣れているのかさらりと返された。
(千智さんが嫉妬? そんなことはあり得ないと思うけど)
そう思ってちらっと鷹條の方を見ると少しだけ不機嫌な表情だ。戸惑ったけれど、ちょっとだけ嬉しくなってしまった亜由美だった。
するとその亜由美に気づいた鷹條にきゅっと頬をつままれる。
「嬉しそうにするな」
「だって……」
「仲が良いのは分かったから、他でやってくれ」
あきれたような声に、二人ですみませんと頭を俯かせた。
会議室のような場所に二人は通された。広見は亜由美に名刺を手渡して柔らかい笑顔を向ける。
「杉原さん、まずは勇気を出してきてくださってありがとう」
その一言で亜由美は一気に気持ちがふわりと解けたのが分かった。
「詳細をお伺いする前に現状についてお話ししてもいいかな?」
「はい」
テーブルの上に手帳を置いて、広見は口を開いた。
「ストーカーの定義として恋愛その他の好意を持って付きまとい等の行為をすることを指す」
そう言って、広見は亜由美にリーフレットを手渡す。警察が啓蒙活動のために発行しているものだ。
亜由美はそれをそっと手に取った。
ストーカー被害に遭われたみなさんへ、と書かれてある。見やすいようポップに色分けしてあった。
「後を尾けるということだけではなくて、こういった手紙を連続して送りつけてくることや、盗撮などの監視していると伝える行為も含まれる」
改めて説明されてあの手紙をポストに入れられていたのが、ストーカー行為だったのだと知って亜由美は血の気が引く思いだった。
「正直、警察はこの手のことに関しては後手に回ってしまっていたので、今は専門チームの『人身安全対策課』というのを立ち上げているんだ。こういった所轄では生活安全課が対応している」
亜由美の表情を見ながら、広見は優しく説明してくれる。
「被害者にどの程度危険が及んでいるかは、正直なところ我々でも判断しようがない。それがストーカー案件の難しいところでね」
綺麗な瞳を伏せて、広見は憂いた顔をする。そして顔を上げると亜由美を真っすぐに見返した。
「ただ一つだけ言えることがある。ストーカーに限らず犯罪の芽というものはできる限り早めに潰してしまった方がいい」
そのキッパリとした態度はそれまでの柔らかい雰囲気とは全く違って、この人はやはり警察官なんだと亜由美に思わせるようなものだった。
「できる限り早めに……」
隣にいた鷹條はそれまで黙っていたけれど、口を開く。
「人というのはどんどん箍が外れていくんだ。最初はこれくらいは大丈夫と思ってしている行為が他から咎められないことによって、許されていると勘違いしてどんどんエスカレートしてゆく」
こくりと広見も頷いた。
「特にこの手の事案は思いもかけないスピードで進展してしまうことがある。外から見えている部分はほんの一部なんだ。加害者の心の中ではどういう形で気持ちが動いているか測れない」
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「そう。もしかしたら、この写真をポストに入れるまでに、もっとずっと長いこと杉原さんを監視していて、満を持して自分の気持ちをぶつけるためにポストに投函したことも否定できない」
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