俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第二部

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「……知香? 知~香。そろそろ起きろ?」

 愛しい声がする。まるで夢をみているみたいに。このまま、目が覚めなければいいのに……。

 ぽやっと微睡ながら夢と現の狭間で智さんの顔を眺めていると、そっと唇を塞がれた。次の瞬間。現状を把握して、一気に顔に熱が集まるのを自覚する。ちゅっ、と音を立てて唇を離された。

「おはよ?」

 堪えきれないと言わんばかりの笑みを浮かべた智さんの表情に思わずがばりと飛び起きる。

「っ、お、おはよ……ゴザイ、マス。すみません、その、昨日は」

 約束していた週末のお泊り。昨晩は智さん宅ここにたどり着き、お風呂に入ると会話もそこそこに寝落ちてしまったのだ。いくら年明けからの仕事が忙しかったとはいえ、さすがにナイ。申し訳なさと居たたまれなさから顔をそっと伏せた。

「気にすんなって。知香の可愛い寝顔見れたから俺はそれだけで満足」
「っ……」

 相変わらずの直球の言葉に慣れない。顔どころか全身がかっと熱を持つのを自覚したまま、ふよふよと視線を泳がせる。

「そういや、知香。一昨日、賀詞交歓会に出てたんだって?」
「あ……はい。そうなんです」

 智さんがベッドに腰かけつつ首を傾げた。どうしてそれを智さんが知っているのだろうと心の中で独りごちつつ、さらりと黒髪が動くのを横目に私もベッドの上で姿勢を正す。
 仕事始めだった一昨日、通関部の全員とそれぞれ新年の挨拶を交わし、全員の顔が青ざめるほどの膨大な書類に追われつつ、夕方から貿易協会主催の賀詞交歓会に初めて出席した。
 賀詞交歓会は、業界関係者が名刺交換を行って挨拶を交わしていく新年の催し。新年を祝うと共に、お互いの関係をより深めようという狙いがある場。……要するに、名刺交換を行い、互いに情報交換をしましょう、という場である。
 今までは一般職だったため、賀詞交歓会に出席したことはなかった。けれど私は昨年総合職に転換したため、顔見せということもあって200枚用意した名刺すべてを配り切った。おかげで喉がカラカラの状態で、足もぱんぱん、まさに疲労困憊だったのだ。昨晩寝落ちたのは一昨日の疲労が残っていたことも理由のひとつだと思う。

(……そういえば)

 例の賀詞交歓会には三井商社から池野さんが出席されていた。この2日間、お互いにとても忙しかったためほとんど連絡が取れなかったから、どうして智さんが? という小さな疑問が解消され、そっと嘆息しつつ一昨日の記憶を手繰り寄せる。

『今、新部門の立ち上げを行っているから。、うちの腑抜けがいろいろとお世話になると思うわ?』

 彼女の顔を見つけて挨拶に伺うと、ニコニコと悪戯っぽい笑みを浮かべてそう告げられた。その言葉から推察するに、池野さんは確実に私たちの関係を察している。思わぬタイミングでの「知っている」人からのカマかけとも言える言葉。あの瞬間かっと身体が火照ったのは仕方がない、と……思いたい。

「そういえば……池野さん。新部門を立ち上げるって仰っていましたけれど。何かあるのですか?」
「原料の輸入出。今までは商品しか扱っていなかったのを協力会社を通じて原料から製品に加工。それを自社商品として売る。池野課長の野望だったらしい」
「あ……なるほど」

 これからの三井商社は食品に対する総合的な一貫事業を行う、ということなのだと理解した。であれば私の仕事も増えるだろうか。まぁその分、三井商社には依頼料をきっちりと請求させて頂くのだけれど。
 そんな会話を交わしていると、不意に私のお腹が空腹を主張しだした。再び顔に熱が集まって視線を泳がせると、智さんが面白そうにくすくすと肩を揺らす。

「ま、取り敢えずメシにしよ」
「……は、い」

 その言葉に、少しだけモヤっとする。智さん宅ここでは私は家事をさせてもらえてない。何かしら家事のお手伝いをしたくても、年末に食後の洗い物をさせてもらってからというものほとんど断られている。

 そんな私の気持ちを悟ったのか、「知香?」と苦笑しながらふたたび名前を呼ばれた。

「俺は、家事はやれる方がやればいいと思ってる。女だからやるべき、とは思ってねぇ。これから先、知香が総合職としてキャリアを積み重ねていくうえで、もしかしたら家事が負担になるかも知れない。その所為で知香が仕事を諦めたりするのは俺はヤダ」
「で、でも」

 智さんの気持ちは嬉しい。けれど、言語化出来ないような何かが込み上げてくる。

「女だからご飯作って掃除して洗濯して当たり前、って考えは俺は好きじゃない。お互いに働いてるんなら、やれる方がやればいい。だから、俺がやれる時は俺がやる」
「……」

 想像もしないセリフに言葉が紡げない。……男性とは、女性に対してそういうことも求めているのだ、と、ずっとそう思い込んでいた。凌牙と付き合っていた時も、凌牙の行動から言外にそう言った認識を受け取っていた。それ故に、これまでの私の考えを根底から覆された気分だ。

(……)

 困惑気味の私に「もちろん」と智さんが苦笑したように笑いかけてくれる。

「俺が残業続きで疲れてる時はお願いするかもしれねぇけど。……あの時、結婚前提で、って話、したよな? これからのこと、俺たちの家の中のことは、俺たちで決めていきたい。……知香は、どうだ?」

 こてん、と首を傾げたまま。智さんは不安気に私を見つめていた。

(……そっか。智さんは、人、なんだ…)

 やれる方が、やる。お互いをお互いで補っていく。

『突き詰めていくと、俺と元カノの理想の形は…相手を自分の理想に合わせて意のままに動かすこと、だったんだ』

 ぽつり、と。私の部屋で、智さんが呟いた時のことが脳裏に蘇った。その時の痛くて辛い経験をもとに、智さんはこれからの私たちのことを考えてくれているのだ。

 だから、私は。智さんの気持ちを、受け取りたい。素直な私でありたい。

「……はい。じゃ、私も、できることがあればやりますから」
「ん」

 私の言葉を嬉しそうに智さんが受け取った。「よし」と小さく呟いて、智さんがベッドから降りた。

「じゃぁ、冷めないうちに」
「はい、いつもすみません。ご馳走になります……その代わり、お昼は私に作らせてください」

 私のその一言に、くすくす、と、智さんが笑った。

「……もう、お昼だけど?」

 いつものように揶揄われているのではと訝しんで、ベッド脇の時計に視線を向けるけれど。時計それは既に11時半を指していた。

「……~~~っ」

 基本的に私は休みの日でも平日と同じか少し遅いくらいに起床する。寝坊する習慣がない私にとって、お昼まで寝ている、ということは初体験だった。思わず頭を抱える。

 智さんが「もうだめ」と言って思いっきり笑い出した。

「ほ~んと、知香って、可愛いよなぁ」

 目尻に浮かんだ涙を長い人差し指で拭いながら、私の手を引いて、リビングに向かった。
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