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本編・第二部
82 狂った理性で、考えた。 *
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ぴろん、と、軽い通知音がした。ソファの上に放置していたスマホを手に取ってロック画面に目を落とす。
『今日は水野課長代理が結婚記念日で、近くのレストランに行くんだって。ついでに送って貰うことになったから、お迎え大丈夫だよ!』
そこには知香からのメッセージが表示されていた。先ほどの通知音はメッセージアプリのもの。ほぅ、と息を吐いてソファに大きく沈みこんだ。
水野課長代理……知香の、上司。池野課長の……昔からの、知り合い。
片桐に、ここの下まで見送られるよりはマシ。
だが、相手が男ということに少々苛立ちが募る。それが妻帯者であれど……知香の人誑しに堕ちない人間などいないと……知っているから。
けれど、知香にも知香の付き合いがある。池野課長の昔からの知り合いということもあるし、それを振り切って俺が迎えに行くから断れとは言えない。言いたくも、ない。
「……」
この僅かな苛立ちを抱えたまま、知香と相対したくなかった。己の抱える感情を否定することはやめた。知香という光と、向き合おうと決めたのだ。
(知香が帰ったら……俺のこの苛立ち。少しだけ……零させてくれよ?)
どんな反応をするだろうか。妬いた、と、告げた後の知香の反応を想像しながら目を瞑り、天井を見上げる。
ふわりと。柔和な微笑みが脳裏をよぎった。
『角度を変えてみるのもひとつの手よ』
今日。壁にぶち当たって藻掻いている俺に、さらりと言葉をかけてきた琥珀色の瞳を思い浮かべた。
「………角度を変える…ねぇ…」
ふぅ、と。目の前に広げたシャーレの山を睨みつけながら大きくため息を吐いた。池野課長からの課題。調べれば調べるほど、詰んでいることを突き付けられる。
―――乾燥食材を作っている海外のメーカーと取引が出来ないか。
そう考えていたのだが、思ったよりも日本側の法律や、該当国との通商条約等が邪魔をしている。
「……ん~~~……」
水産チームにいた頃にもこういうことがあった。
マグロの加工品……カツオ節。日本では流通可能だが、海外に輸出するのは難しい。製造工程において、燻す際にタールや焦げの部分が発生し付着するが、それに発がん性物質がその国の基準値以上含まれるから。その他にも、熟成の際にカビを使う点も、カビ毒の恐れがあるから、という理由だ。
乾燥食材と言っても幅広い。最初から手広くやって成功できるわけもない。だからいくつかの分野に絞ろうと考えていた。
まずは、料理の風味付けに活用できるもの。そこから派生して、健康食品に使われるもの。そうやって販路を拡大できれば、と思っていた。
テーブルに並んだのは、乾燥柚子、バジル等のスパイス系、漢方の素となる朝鮮人参等。
「ここまでサンプルを取り寄せて…詰み……か」
はぁ、と、また大きくため息をついた。
「……ふりだしに戻って全く別の案を考えるか…」
俺は料理が好きだ。だからこそ、料理の手助けになることをしたい。畜産、水産チームにいた時も、自分の取り扱っている加工品を自腹で買い取って自ら料理し商品の特性を掴み、取引先の担当者の心を掴んできた。自分でやれる努力をして自分で勝ち取っていく。それが俺の営業スタイル。
だから……これでまたふりだしに戻る、というのが、正直悔しい。
詰み、ということはわかっている。けれど……何かしらできることがあるかもしれない。
「……角度を、変える…」
角度。これ以上どの角度から見ていけばいいのだろう。もう360度見回している気がするのだが。
脚を組み直し、口元に左手を当てた。
「これを打破できるようにならなければ、幹部にはなれねぇだろうな……」
一歩。あと、一歩なのだ。その一歩が、何かがわからない。何かを掴みかけているような、気もする。
「………ちょっと、落ち着くか」
また軽くため息をついて、一服付けようと立ち上がろうとした時。
「ただいま~……」
疲れが滲む知香の声が響いて、帰宅したこと知る。
「おかえり」
知香がキッチンに置いていた恵方巻きの存在に気が付き、恵方巻きの由来を語りながら、ふたりで頬張り始める。
(……思っていたより…唆るもんがあんなぁ……)
先ほどから知香がこちらを横目で見遣っている。ちらちらと。恵方巻きにかじり付きながら。こちらを見遣る姿が……未だ見たことがない、知香が奉仕をしているような、そんな姿に見えて。
本来、恵方巻きを丸かじりする、というのは、花街界隈で行われていたもの。節分のときに遊女に丸かじりさせて頬張らせ楽しんでいた、というのが始まり。わざわざ切らずに丸かじりするのは言わずもがな。男性のアレに見立てた太巻きを頬張る遊女の姿を見て楽しんでいた、というのが、事の発端なのだ。
我ながら短絡的だとわかっている。ソレらしいものをその白魚のような指で支えて、美味しそうに口に含んで。ちらりとこちらを流し目にする知香を見せつけられて。……我慢できる、はずもない。
ぐっと、昂ぶりが主張しだすのを必死で堪えた。
(……本当に、知香は無自覚に煽ってきやがるんだよな……)
けれど、それが知香だ。わかっているのだ。そっちに連想しなければいいのだともわかっている。けれど、知香のことは全部そちらにつながってしまうのだ。
(……さっさと食い終わるしかねぇ、か……)
いつもより早めに咀嚼をし、海苔の着いた指先を舐めとった。その少しあと、やっと知香が食べ終わった。
「美味しかった!」
味なんて全然気になっていなかった。知香の姿に気を取られて、味なんてわかるわけもなかった。
「太巻きって、海苔がしんなりなってて噛み切れなくて食べ辛いでしょ? だから、子どものころから太巻きってどうにも苦手だったんだけど、智さんの太巻き、食べやすかった~」
にこり、と。屈託のない笑顔を向けられて。
『智さんの太巻き』
……これ以上煽られたら堪らない。勘弁してくれ。お願いだから。無自覚に煽ってくれるな。イケナイ感情を押し殺しながら、少しばかり早口で知香に話しかけた。
「あと2本ずつあるから。それ食べてもお腹減ってたら、またなんか作ってやるよ。お風呂も入れてあるから、ごちそうさましたら入っといで」
そうして。その妄想が、現実になった。
「ちょっ……知香!」
慌てて制止するものの。
「ねぇ、智さん。してあげたいの」
すぅ、と、知香の顔を見遣る。
切なげに寄せられた眉。風呂上がりで紅く染まった頬。僅かに開いた口。ハッキリとした色を孕んだ……焦げ茶色の、瞳。
特別、美人というわけでも、特別、可愛いという訳でもない、知香の顔立ち。けれど、俺にとっては―――全てを破壊していくほど、愛しい、顔。
そんな愛しい顔で、欲を孕んだ視線を向けられて。
「……っ…」
思わず息を飲む。知香に気がつかれないように、ごくり、と。生唾を飲み込んだ。
先ほど妄想した、シチュエーション。けれど、俺は正直……心が揺れていた。
『……まえに。こうして、帰りを待ってた時……帰ってきて、無理矢理されたことがあって』
いくら狂犬とのセックスの記憶を俺で上書きしようと、知香の奥深いところまで入り込んだ恐怖の記憶は塗り返せない。
そうこう考えているうちに、知香の白魚のような指が俺の昂りにゆっくりと指を這わせていく。
………知香に溺れきっている俺が、反応、しないはずも、ない。
けれど。けれど、それでも俺は確認したかった。
「……元カレに、こういうの、半ば強要されてたんだろーから。嫌な記憶ばかりあるんじゃねぇか?」
「大丈夫」
まさかの即答具合にこちらが目を剥く羽目になった。
それと同時に。狂犬に植え付けられた痛みや恐怖の記憶を、俺がしっかりと上書き出来ている、ということを実感した。それになんとも言えない充実感を得て、知香の頬に置いていた右手を頭に置いて、髪を撫でた。
「……そ。じゃ…知香の、好きにするといい」
―――そう口にしたのが、間違いだった。
先端をくわえ込まれて、大きくくびれた部分に知香の紅い舌が這わされていく。
知香が。俺の、昂りを、咥えている、その事実に。とんでもないほどの感情が湧き上がってきた。
拙く動かされるその舌の熱さと、ざらりとした感触。反射的に手に力が入り、綺麗に乾かされさらりとした感触の黒髪を握り締めてしまう。
(…………や、ばすぎんだろ、これ)
暴力的なまでの視覚情報と、物理的感触。鈴口をなで上げる拙い舌使いが、より強い快楽を俺に与えていく。
「……っ、ちょ、知香……っ、」
思わず、声を上げてしまっていた。
「……悦く、ない?」
口を離して、俺を見上げる知香の、口元。俺の昂りから湧き出た透明な糸が、口の端に繋がってキラキラと煌めいている。ぷつん、と。その透明な糸が途切れる様が、あまりにも、濫りがましかった。
あぁ……今すぐ、押し倒して。この場で、知香のナカに入り込んで。その、濫りがましい表情を、もっともっと、俺に見せて欲しい。
ぞわりと背筋を劣情が這い上がり、喉が鳴る。額に、手に、背中に。じっとりと汗が滲んだ。
知香が、したいんだ、という気持ちを優先させ、荒れ狂う己の激情を堪えた。
「や……逆。上手」
正直、男を悦ばせる技術でいうなら、知香は確かに稚拙な方だと思う。けれど、その拙く舌を動かすその姿が、俺には堪らないのだ。
(……今まで受けてきた、どの奉仕よりも)
高揚した支配欲が、嗜虐心が。稚拙に与えられる刺激と相まって、俺の全身の神経を犯していく。
知香の唾液と俺の昂りを湧き出た劣情の雫で濡らされ、テラテラと煌めく………凶悪なまでに、そそり立つ、俺の欲望の塊。
腹につくほど立ち上がったソレは、俺の目にはいつみてもグロテスクに映る。そのグロテスクな塊に、知香の紅い舌と細い指が絡まり……いつしか蒼い血管が這う胴を捌きたてていく。
知香の、舌が。糸をこより合わせたような裏筋を、ねっとりと、舐め上げていく。
「ぐ、……」
声を押し殺すことも難しくなった。
限界が、近い。このまま射精していいものかと逡巡した。一旦、目を強く瞑り、暴力的なまでの視覚情報を無理矢理遮断する。
……まだ辛うじて手放していない理性の片隅で。
今、男の特に弱い部分を舐め上げた、という事実に。知香が、それを知っている、という事実に。
狂犬に、それを仕込まれた、ということをまざまざと見せつけられて。
瞬時に、言葉にならない感情が、嵐の海の渦潮のように渦巻いた。奥歯を食いしばり、ふつふつと滾る激情を堪える。
うっすらと目を開けて知香の姿を見遣ると。きっと知香本人も知らず知らずのうちだろうが。誘うように、知香の腰が僅かに揺れているのを認識して。
知香がしたい、という気持ちを優先させたい、という理性が。大きな音を立てて、弾けた。
「はい、そこまで」
困惑する知香を前に。俺は、もう自分を保っていられなかった。
狂犬に、仕込まれたのなら。それを上回るほどの、仕込みを。俺が施してやれば、いい。
幸い……年末に撒いた種は、芽吹き始めている。その芽吹き具合を…いや、もしかすると、爛漫に咲き誇っているやもしれない、花々を。
今夜、知香に、見せつけてやれるかもしれない。
むくむくと湧き上がる浅ましいまでの劣情を抱え、華奢な知香の身体を抱き上げて寝室に連れ込んでいく。
普段、奉仕のみでかくことも少ない汗に、大きな快楽さえ覚えながら。
俺は、少しばかり狂った理性で、考えた。
『今日は水野課長代理が結婚記念日で、近くのレストランに行くんだって。ついでに送って貰うことになったから、お迎え大丈夫だよ!』
そこには知香からのメッセージが表示されていた。先ほどの通知音はメッセージアプリのもの。ほぅ、と息を吐いてソファに大きく沈みこんだ。
水野課長代理……知香の、上司。池野課長の……昔からの、知り合い。
片桐に、ここの下まで見送られるよりはマシ。
だが、相手が男ということに少々苛立ちが募る。それが妻帯者であれど……知香の人誑しに堕ちない人間などいないと……知っているから。
けれど、知香にも知香の付き合いがある。池野課長の昔からの知り合いということもあるし、それを振り切って俺が迎えに行くから断れとは言えない。言いたくも、ない。
「……」
この僅かな苛立ちを抱えたまま、知香と相対したくなかった。己の抱える感情を否定することはやめた。知香という光と、向き合おうと決めたのだ。
(知香が帰ったら……俺のこの苛立ち。少しだけ……零させてくれよ?)
どんな反応をするだろうか。妬いた、と、告げた後の知香の反応を想像しながら目を瞑り、天井を見上げる。
ふわりと。柔和な微笑みが脳裏をよぎった。
『角度を変えてみるのもひとつの手よ』
今日。壁にぶち当たって藻掻いている俺に、さらりと言葉をかけてきた琥珀色の瞳を思い浮かべた。
「………角度を変える…ねぇ…」
ふぅ、と。目の前に広げたシャーレの山を睨みつけながら大きくため息を吐いた。池野課長からの課題。調べれば調べるほど、詰んでいることを突き付けられる。
―――乾燥食材を作っている海外のメーカーと取引が出来ないか。
そう考えていたのだが、思ったよりも日本側の法律や、該当国との通商条約等が邪魔をしている。
「……ん~~~……」
水産チームにいた頃にもこういうことがあった。
マグロの加工品……カツオ節。日本では流通可能だが、海外に輸出するのは難しい。製造工程において、燻す際にタールや焦げの部分が発生し付着するが、それに発がん性物質がその国の基準値以上含まれるから。その他にも、熟成の際にカビを使う点も、カビ毒の恐れがあるから、という理由だ。
乾燥食材と言っても幅広い。最初から手広くやって成功できるわけもない。だからいくつかの分野に絞ろうと考えていた。
まずは、料理の風味付けに活用できるもの。そこから派生して、健康食品に使われるもの。そうやって販路を拡大できれば、と思っていた。
テーブルに並んだのは、乾燥柚子、バジル等のスパイス系、漢方の素となる朝鮮人参等。
「ここまでサンプルを取り寄せて…詰み……か」
はぁ、と、また大きくため息をついた。
「……ふりだしに戻って全く別の案を考えるか…」
俺は料理が好きだ。だからこそ、料理の手助けになることをしたい。畜産、水産チームにいた時も、自分の取り扱っている加工品を自腹で買い取って自ら料理し商品の特性を掴み、取引先の担当者の心を掴んできた。自分でやれる努力をして自分で勝ち取っていく。それが俺の営業スタイル。
だから……これでまたふりだしに戻る、というのが、正直悔しい。
詰み、ということはわかっている。けれど……何かしらできることがあるかもしれない。
「……角度を、変える…」
角度。これ以上どの角度から見ていけばいいのだろう。もう360度見回している気がするのだが。
脚を組み直し、口元に左手を当てた。
「これを打破できるようにならなければ、幹部にはなれねぇだろうな……」
一歩。あと、一歩なのだ。その一歩が、何かがわからない。何かを掴みかけているような、気もする。
「………ちょっと、落ち着くか」
また軽くため息をついて、一服付けようと立ち上がろうとした時。
「ただいま~……」
疲れが滲む知香の声が響いて、帰宅したこと知る。
「おかえり」
知香がキッチンに置いていた恵方巻きの存在に気が付き、恵方巻きの由来を語りながら、ふたりで頬張り始める。
(……思っていたより…唆るもんがあんなぁ……)
先ほどから知香がこちらを横目で見遣っている。ちらちらと。恵方巻きにかじり付きながら。こちらを見遣る姿が……未だ見たことがない、知香が奉仕をしているような、そんな姿に見えて。
本来、恵方巻きを丸かじりする、というのは、花街界隈で行われていたもの。節分のときに遊女に丸かじりさせて頬張らせ楽しんでいた、というのが始まり。わざわざ切らずに丸かじりするのは言わずもがな。男性のアレに見立てた太巻きを頬張る遊女の姿を見て楽しんでいた、というのが、事の発端なのだ。
我ながら短絡的だとわかっている。ソレらしいものをその白魚のような指で支えて、美味しそうに口に含んで。ちらりとこちらを流し目にする知香を見せつけられて。……我慢できる、はずもない。
ぐっと、昂ぶりが主張しだすのを必死で堪えた。
(……本当に、知香は無自覚に煽ってきやがるんだよな……)
けれど、それが知香だ。わかっているのだ。そっちに連想しなければいいのだともわかっている。けれど、知香のことは全部そちらにつながってしまうのだ。
(……さっさと食い終わるしかねぇ、か……)
いつもより早めに咀嚼をし、海苔の着いた指先を舐めとった。その少しあと、やっと知香が食べ終わった。
「美味しかった!」
味なんて全然気になっていなかった。知香の姿に気を取られて、味なんてわかるわけもなかった。
「太巻きって、海苔がしんなりなってて噛み切れなくて食べ辛いでしょ? だから、子どものころから太巻きってどうにも苦手だったんだけど、智さんの太巻き、食べやすかった~」
にこり、と。屈託のない笑顔を向けられて。
『智さんの太巻き』
……これ以上煽られたら堪らない。勘弁してくれ。お願いだから。無自覚に煽ってくれるな。イケナイ感情を押し殺しながら、少しばかり早口で知香に話しかけた。
「あと2本ずつあるから。それ食べてもお腹減ってたら、またなんか作ってやるよ。お風呂も入れてあるから、ごちそうさましたら入っといで」
そうして。その妄想が、現実になった。
「ちょっ……知香!」
慌てて制止するものの。
「ねぇ、智さん。してあげたいの」
すぅ、と、知香の顔を見遣る。
切なげに寄せられた眉。風呂上がりで紅く染まった頬。僅かに開いた口。ハッキリとした色を孕んだ……焦げ茶色の、瞳。
特別、美人というわけでも、特別、可愛いという訳でもない、知香の顔立ち。けれど、俺にとっては―――全てを破壊していくほど、愛しい、顔。
そんな愛しい顔で、欲を孕んだ視線を向けられて。
「……っ…」
思わず息を飲む。知香に気がつかれないように、ごくり、と。生唾を飲み込んだ。
先ほど妄想した、シチュエーション。けれど、俺は正直……心が揺れていた。
『……まえに。こうして、帰りを待ってた時……帰ってきて、無理矢理されたことがあって』
いくら狂犬とのセックスの記憶を俺で上書きしようと、知香の奥深いところまで入り込んだ恐怖の記憶は塗り返せない。
そうこう考えているうちに、知香の白魚のような指が俺の昂りにゆっくりと指を這わせていく。
………知香に溺れきっている俺が、反応、しないはずも、ない。
けれど。けれど、それでも俺は確認したかった。
「……元カレに、こういうの、半ば強要されてたんだろーから。嫌な記憶ばかりあるんじゃねぇか?」
「大丈夫」
まさかの即答具合にこちらが目を剥く羽目になった。
それと同時に。狂犬に植え付けられた痛みや恐怖の記憶を、俺がしっかりと上書き出来ている、ということを実感した。それになんとも言えない充実感を得て、知香の頬に置いていた右手を頭に置いて、髪を撫でた。
「……そ。じゃ…知香の、好きにするといい」
―――そう口にしたのが、間違いだった。
先端をくわえ込まれて、大きくくびれた部分に知香の紅い舌が這わされていく。
知香が。俺の、昂りを、咥えている、その事実に。とんでもないほどの感情が湧き上がってきた。
拙く動かされるその舌の熱さと、ざらりとした感触。反射的に手に力が入り、綺麗に乾かされさらりとした感触の黒髪を握り締めてしまう。
(…………や、ばすぎんだろ、これ)
暴力的なまでの視覚情報と、物理的感触。鈴口をなで上げる拙い舌使いが、より強い快楽を俺に与えていく。
「……っ、ちょ、知香……っ、」
思わず、声を上げてしまっていた。
「……悦く、ない?」
口を離して、俺を見上げる知香の、口元。俺の昂りから湧き出た透明な糸が、口の端に繋がってキラキラと煌めいている。ぷつん、と。その透明な糸が途切れる様が、あまりにも、濫りがましかった。
あぁ……今すぐ、押し倒して。この場で、知香のナカに入り込んで。その、濫りがましい表情を、もっともっと、俺に見せて欲しい。
ぞわりと背筋を劣情が這い上がり、喉が鳴る。額に、手に、背中に。じっとりと汗が滲んだ。
知香が、したいんだ、という気持ちを優先させ、荒れ狂う己の激情を堪えた。
「や……逆。上手」
正直、男を悦ばせる技術でいうなら、知香は確かに稚拙な方だと思う。けれど、その拙く舌を動かすその姿が、俺には堪らないのだ。
(……今まで受けてきた、どの奉仕よりも)
高揚した支配欲が、嗜虐心が。稚拙に与えられる刺激と相まって、俺の全身の神経を犯していく。
知香の唾液と俺の昂りを湧き出た劣情の雫で濡らされ、テラテラと煌めく………凶悪なまでに、そそり立つ、俺の欲望の塊。
腹につくほど立ち上がったソレは、俺の目にはいつみてもグロテスクに映る。そのグロテスクな塊に、知香の紅い舌と細い指が絡まり……いつしか蒼い血管が這う胴を捌きたてていく。
知香の、舌が。糸をこより合わせたような裏筋を、ねっとりと、舐め上げていく。
「ぐ、……」
声を押し殺すことも難しくなった。
限界が、近い。このまま射精していいものかと逡巡した。一旦、目を強く瞑り、暴力的なまでの視覚情報を無理矢理遮断する。
……まだ辛うじて手放していない理性の片隅で。
今、男の特に弱い部分を舐め上げた、という事実に。知香が、それを知っている、という事実に。
狂犬に、それを仕込まれた、ということをまざまざと見せつけられて。
瞬時に、言葉にならない感情が、嵐の海の渦潮のように渦巻いた。奥歯を食いしばり、ふつふつと滾る激情を堪える。
うっすらと目を開けて知香の姿を見遣ると。きっと知香本人も知らず知らずのうちだろうが。誘うように、知香の腰が僅かに揺れているのを認識して。
知香がしたい、という気持ちを優先させたい、という理性が。大きな音を立てて、弾けた。
「はい、そこまで」
困惑する知香を前に。俺は、もう自分を保っていられなかった。
狂犬に、仕込まれたのなら。それを上回るほどの、仕込みを。俺が施してやれば、いい。
幸い……年末に撒いた種は、芽吹き始めている。その芽吹き具合を…いや、もしかすると、爛漫に咲き誇っているやもしれない、花々を。
今夜、知香に、見せつけてやれるかもしれない。
むくむくと湧き上がる浅ましいまでの劣情を抱え、華奢な知香の身体を抱き上げて寝室に連れ込んでいく。
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