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本編・第三部
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「少し落ち着いたか」
智が背中をさすりながら、私を落ち着けるように、穏やかな声をかけてくれる。その問いかけに、鼻声のまま、うん、と、返事をした。
「本当にごめんな。不安にさせて。順を追って説明するから」
ゆっくりと、智が私の身体を離した。私の手を引いて、リビングに誘う。リビングに向かう廊下を歩きながら、智が自分自身にも言い聞かせるように、状況を整理するように。言葉を紡いでいく。
「知香が黒川から受けた輸出の依頼。返品関係だった場合は、相手方が通関の手配をするんだ。だから、あれは返品ではないはず」
「え……」
紡がれた言葉に目を見張る。極東商社で使用している売上入力システムで三井商社との履歴を追った時に、冷凍ブロッコリーの『輸入』は前例があるが、『輸出』は初めての取引で。だからこそ、今回の依頼については返品なのでは、と思っていた。
智がリビングに繋がるドアを開けながら、言葉を続ける。
「黒川は。恐らく、何かしらの不正な取引をしている。それに知香を巻き込む気だ」
「っ……」
その一言に、ひゅっと息を飲む。私を巻き込んだ不正な取引をすることで、恋人である智の立場を脅かそうとしている、ということ。
盲点、だった。
智と私の関係は、ごくわずかな人しか知らない。
お互いに取引先同士。特に智は新部門を任されている立場であるからこそ、極東商社に便宜を図ってもらっているのではないか、と、変な勘ぐりを受けさせたくない。だからこそ、私も会社で恋愛の話をする時は細心の注意を払っている。
私たちを通じて新部門の機密情報が流れ出ないか不安視されたりするかもしれないし、そもそも、取引先や営業先との恋愛関係に対して良く思わない人だっているのだから。
そう言った事情を利用して……要は、私を巻き込むことで。智に、不正な取引をしていた女と付き合っている、という印象を植え付ける。そうすることによって智の立場を危うくさせることは出来なくもない。
智がリビングのソファに沈み込みながら、ふぅ、と、長いため息をついて、気怠そうな視線を私に向けた。
「何かの証拠がないかと思って……昨日は誰もいなくなるまで待って、証拠探しをしようと思ってな」
「……そっか…」
ようやく、合点がいった。それで昨日は…日付が変わるまで帰ってこれなかったのか。
「じゃぁ、昨日、何かわかったことあったの?」
昨日、あんなに遅くまで会社にいたのなら、何かわかったことがあるのかも。そんな淡い期待を持って、ソファに座った智の隣に沈み込む。
智が私の言葉を否定するように、ゆっくりと首を横に振った。
「いや。結局、証拠はなにも掴めなかった」
「え……」
「あいつ、デスクの引き出しに鍵かけてやがった。普段からそんな習慣はねぇんだ、うちの会社は」
智はその言葉を吐き捨てるように紡いで、ダークブラウンの瞳を細めた。苛立ったような雰囲気が見て取れる。
デスクの引き出しに、鍵。通関部でもそんな習慣はない。休暇中や営業による不在時などに急用があった場合を考えて、引き出しは誰でも扱えるように、なるべく私物はデスクに持ち込まないというルールになっている。特に通関という仕事は世界をまたぐ貿易にかかる業務だからこそ、リアルタイムで状況が動く。それ故に業務の共有が求められるから、デスクは自分以外の人が触ることが出来る前提になっている。
智の口ぶりからして、三井商社も通関部と同じような状態なのだろう。だからこそ証拠が掴めると踏んで、昨晩は遅くまで残ったのだろうに。
「……でも、そんな習慣がなくて、鍵かけてるってことは……もう、それは『グレー』でもなんでもなくて『クロ』ってことなんじゃ…」
逆接的に考えれば。後ろめたい何かがあるからこそ、鍵をかけている、ということに繋がるのでは。
私のその言葉に、智が真剣な表情で私に視線を合わせた。切れ長の瞳に、真っ直ぐに貫かれる。
「そう。黒川は確実に動いている。確実に、知香を巻き込もうとしている。確実に……知香を、傷つけようと、している」
「……」
智はそう口にして、私の両腕をぐっと掴んだ。そうして、私を真っ直ぐに見つめていたダークブラウンの瞳が大きく揺れた。
「知香をこんな形で巻き込んじまって、申し訳ねぇと思ってる。俺のせいだ。俺が……社内で敵を作らねぇように上手く立ち回っていれば、こんなことには」
ふるふると。目の前にあるダークブラウンの瞳が、深い後悔で揺れ動いている。
私は、その言葉に、ううん、と首を振った。
「智のせいじゃない。黒川さんが智の事を恨んでいるのはただの逆恨みだよ。智の、せいじゃない」
そう。黒川さんが智を引き摺り下ろそうとしているのは、逆恨みだ。だって、三井商社は……営業課に所属していた時の智のように。営業成績を残すことができれば年齢や社歴云々でなく、幹部候補として引き立てられるということなのだから。
年齢も社歴も下の智に追い抜かれて悔しいのなら、同じ『営業』という土俵で勝負するべきで。
「確実に間違っているのは、黒川さんの方だよ。だから、智は悪くない。絶対に」
後悔で大きく揺れ動く智の瞳を真っ直ぐに見つめて、自分の視線に強い意志を込めて。ゆっくりと、言葉を紡いだ。
目の前にあるダークブラウンの瞳が、ゆっくりと湿っていく。今、智が何を考えているのか、少しだけわかる気がする。
智が困ったように、細く整えられた眉を動かして、小さく吐息を漏らしながら笑った。
「ほんと……知香には」
「敵わないって?」
智の言葉に、自分の言葉を重ねる。どうして、と、見開かれた切れ長の瞳を見つめて、ふわり、と笑って見せた。
「だって私、智の予約済みの彼女だもん。智が言いたいことくらい、わかるよ。智が……目元のメイクがよれてるからって理由で、私が泣いてたってわかるように。……私も智が言いたいこと、わかるよ」
さっき、智が私の眦を触ったように。智の湿った目元を指でゆっくりなぞる。そうして。
「よく言うじゃない?苦しいことも、悲しいことも、はんぶんこしよう。やるせないことも私に吐き出してくれたら少しは軽くなると思う。一緒に考えよう。ね、智」
その言葉を紡いで、ふたたび、にこりと智に笑顔を向ける。……ほろり、と。ダークブラウンの瞳から、一筋の涙が溢れていった。
智が、私の腕から手を離して。角ばった親指で、乱暴に目元を拭っていく。
「……ごめんな。一人で、抱え込みすぎてんだな……俺。何回目だよ……ほんと、情けねぇ……」
智が、震えるような声で言葉を続けながら。腕を持ち上げて、ワイシャツの二の腕の部分で、ゴシゴシと目元を拭った。
「……メッセージ、返事返せなくてごめんな。一応、目は通したから」
そうして、いつものように。私をしっかりと据えて、智が言葉を続けていく。その様子に、私もいつものように返答をしていく。
「メッセージにも書いたけど、黒川さんから輸出依頼のメール、私にしか来ていなかったの。私が遣り取りしてる取引先って、Ccに誰かしら入ってるのが当たり前で……初めは間違ってBccにいれたのかなって思ったんだけど……」
こうなると、やはりあのメールは意図的だったということだろう。ならば、何度問い合わせをしても黒川さん以外の担当者の名前の返信は来ないと考えていいはずだ。むぅ、と眉間に皺が寄るのを感じて、ソファに深く沈み込む。
「……あのメッセージでより確信を持った。知香を巻き込もうとしてるっつうことに。俺を引き摺り下ろせるなら自分が処分されても構わねぇって心意気なんだろう、あいつは」
ふぅ、と、大きなため息を吐きながら、智も同じように深く沈み込んでくる。ソファに座ったまま、どちらからとなく手を絡めた。
「黒川さんからメールにCcが入ってなかったことで水野課長に相談を入れているの。他の担当者の名前を聞くように指示されて、そういう風に返信もいれたのだけれど、返事は来なかった。こういう事なら、これに関しての返事は永久に来ないって考えていいよね?」
真っ黒な画面のままのテレビの液晶に映り込む私たちの影を見つめながら、繋いだ手をぎゅうと握りしめて。さっきまで考えていた推測を口にする。
「そうだな……俺があいつの立場だったら、誰にも噛ませない。だから、知香が言うようにそれに関する返事は来ないと思う」
私の問いに、智も同じように、真っ黒なままの液晶画面をじっと見つめて答えてくれる。
「水野課長に相談した手前、こういう風な懸念があるっていうことだけは水野課長に伝えたい。私も社会人として、極東商社の一社員として、不正な取引の可能性があるってことを見逃すわけにはいかないから。智としては、内密にしたいところだろうけれど。……いい?」
私の言葉に、わかった、と。智が頷いて。
「不正かもしれねぇってことを見逃す方が立場が悪くなりそうだしな。……知香が水野さんに話すなら、俺も池野課長に相談しておく。あの人たち、情報が筒抜けだから」
「え、そうなの?」
紡がれた言葉に驚いて、思わず目を瞬かせながら隣の智を見つめた。
池野さんと水野課長。このふたりが旧知の仲、という事は知っていた。けれど、情報が筒抜け、ということは知らなかった。
(だから……私と智の関係を知っていたのか、水野課長は)
新年の賀詞交換会に出席していた池野さんに。「その面でもうちの腑抜けがお世話になると思うわ?」と言われた事で、池野さんが私たちの関係を察しているのだと気が付かされて。そこから水野課長に情報が伝わっていたのだ、ということを今更ながらに知った。
「池野課長には証拠が固まってから伝えようと思っていたんだ。一応、黒川も……池野課長からしたら、部下のひとりだから。証拠も何もない状態であいつが不正をしているかもしれない、なんて言えなかった」
「……そっか…」
だから、ひとりで抱え込もうとしていたのか。池野課長に心配をかけなくていいように。池野課長に、大事な部下を証拠もなく疑わせなくていいように。
「………なんの証拠も掴めてねぇのに、報告を入れるのは気が引けるが……こればっかりは、仕方ねぇことだよな……」
はぁ、と。智が肩を大きく上下させながら、ため息をついた。黒川さんの話題が途切れたことで。……終業後の出来事を、切り出した。
「あのね……ちょっと、片桐さんのことで…話しておきたいことがあって……」
その言葉に、智が緩慢な動作で。私をゆっくりと見つめた。
智が背中をさすりながら、私を落ち着けるように、穏やかな声をかけてくれる。その問いかけに、鼻声のまま、うん、と、返事をした。
「本当にごめんな。不安にさせて。順を追って説明するから」
ゆっくりと、智が私の身体を離した。私の手を引いて、リビングに誘う。リビングに向かう廊下を歩きながら、智が自分自身にも言い聞かせるように、状況を整理するように。言葉を紡いでいく。
「知香が黒川から受けた輸出の依頼。返品関係だった場合は、相手方が通関の手配をするんだ。だから、あれは返品ではないはず」
「え……」
紡がれた言葉に目を見張る。極東商社で使用している売上入力システムで三井商社との履歴を追った時に、冷凍ブロッコリーの『輸入』は前例があるが、『輸出』は初めての取引で。だからこそ、今回の依頼については返品なのでは、と思っていた。
智がリビングに繋がるドアを開けながら、言葉を続ける。
「黒川は。恐らく、何かしらの不正な取引をしている。それに知香を巻き込む気だ」
「っ……」
その一言に、ひゅっと息を飲む。私を巻き込んだ不正な取引をすることで、恋人である智の立場を脅かそうとしている、ということ。
盲点、だった。
智と私の関係は、ごくわずかな人しか知らない。
お互いに取引先同士。特に智は新部門を任されている立場であるからこそ、極東商社に便宜を図ってもらっているのではないか、と、変な勘ぐりを受けさせたくない。だからこそ、私も会社で恋愛の話をする時は細心の注意を払っている。
私たちを通じて新部門の機密情報が流れ出ないか不安視されたりするかもしれないし、そもそも、取引先や営業先との恋愛関係に対して良く思わない人だっているのだから。
そう言った事情を利用して……要は、私を巻き込むことで。智に、不正な取引をしていた女と付き合っている、という印象を植え付ける。そうすることによって智の立場を危うくさせることは出来なくもない。
智がリビングのソファに沈み込みながら、ふぅ、と、長いため息をついて、気怠そうな視線を私に向けた。
「何かの証拠がないかと思って……昨日は誰もいなくなるまで待って、証拠探しをしようと思ってな」
「……そっか…」
ようやく、合点がいった。それで昨日は…日付が変わるまで帰ってこれなかったのか。
「じゃぁ、昨日、何かわかったことあったの?」
昨日、あんなに遅くまで会社にいたのなら、何かわかったことがあるのかも。そんな淡い期待を持って、ソファに座った智の隣に沈み込む。
智が私の言葉を否定するように、ゆっくりと首を横に振った。
「いや。結局、証拠はなにも掴めなかった」
「え……」
「あいつ、デスクの引き出しに鍵かけてやがった。普段からそんな習慣はねぇんだ、うちの会社は」
智はその言葉を吐き捨てるように紡いで、ダークブラウンの瞳を細めた。苛立ったような雰囲気が見て取れる。
デスクの引き出しに、鍵。通関部でもそんな習慣はない。休暇中や営業による不在時などに急用があった場合を考えて、引き出しは誰でも扱えるように、なるべく私物はデスクに持ち込まないというルールになっている。特に通関という仕事は世界をまたぐ貿易にかかる業務だからこそ、リアルタイムで状況が動く。それ故に業務の共有が求められるから、デスクは自分以外の人が触ることが出来る前提になっている。
智の口ぶりからして、三井商社も通関部と同じような状態なのだろう。だからこそ証拠が掴めると踏んで、昨晩は遅くまで残ったのだろうに。
「……でも、そんな習慣がなくて、鍵かけてるってことは……もう、それは『グレー』でもなんでもなくて『クロ』ってことなんじゃ…」
逆接的に考えれば。後ろめたい何かがあるからこそ、鍵をかけている、ということに繋がるのでは。
私のその言葉に、智が真剣な表情で私に視線を合わせた。切れ長の瞳に、真っ直ぐに貫かれる。
「そう。黒川は確実に動いている。確実に、知香を巻き込もうとしている。確実に……知香を、傷つけようと、している」
「……」
智はそう口にして、私の両腕をぐっと掴んだ。そうして、私を真っ直ぐに見つめていたダークブラウンの瞳が大きく揺れた。
「知香をこんな形で巻き込んじまって、申し訳ねぇと思ってる。俺のせいだ。俺が……社内で敵を作らねぇように上手く立ち回っていれば、こんなことには」
ふるふると。目の前にあるダークブラウンの瞳が、深い後悔で揺れ動いている。
私は、その言葉に、ううん、と首を振った。
「智のせいじゃない。黒川さんが智の事を恨んでいるのはただの逆恨みだよ。智の、せいじゃない」
そう。黒川さんが智を引き摺り下ろそうとしているのは、逆恨みだ。だって、三井商社は……営業課に所属していた時の智のように。営業成績を残すことができれば年齢や社歴云々でなく、幹部候補として引き立てられるということなのだから。
年齢も社歴も下の智に追い抜かれて悔しいのなら、同じ『営業』という土俵で勝負するべきで。
「確実に間違っているのは、黒川さんの方だよ。だから、智は悪くない。絶対に」
後悔で大きく揺れ動く智の瞳を真っ直ぐに見つめて、自分の視線に強い意志を込めて。ゆっくりと、言葉を紡いだ。
目の前にあるダークブラウンの瞳が、ゆっくりと湿っていく。今、智が何を考えているのか、少しだけわかる気がする。
智が困ったように、細く整えられた眉を動かして、小さく吐息を漏らしながら笑った。
「ほんと……知香には」
「敵わないって?」
智の言葉に、自分の言葉を重ねる。どうして、と、見開かれた切れ長の瞳を見つめて、ふわり、と笑って見せた。
「だって私、智の予約済みの彼女だもん。智が言いたいことくらい、わかるよ。智が……目元のメイクがよれてるからって理由で、私が泣いてたってわかるように。……私も智が言いたいこと、わかるよ」
さっき、智が私の眦を触ったように。智の湿った目元を指でゆっくりなぞる。そうして。
「よく言うじゃない?苦しいことも、悲しいことも、はんぶんこしよう。やるせないことも私に吐き出してくれたら少しは軽くなると思う。一緒に考えよう。ね、智」
その言葉を紡いで、ふたたび、にこりと智に笑顔を向ける。……ほろり、と。ダークブラウンの瞳から、一筋の涙が溢れていった。
智が、私の腕から手を離して。角ばった親指で、乱暴に目元を拭っていく。
「……ごめんな。一人で、抱え込みすぎてんだな……俺。何回目だよ……ほんと、情けねぇ……」
智が、震えるような声で言葉を続けながら。腕を持ち上げて、ワイシャツの二の腕の部分で、ゴシゴシと目元を拭った。
「……メッセージ、返事返せなくてごめんな。一応、目は通したから」
そうして、いつものように。私をしっかりと据えて、智が言葉を続けていく。その様子に、私もいつものように返答をしていく。
「メッセージにも書いたけど、黒川さんから輸出依頼のメール、私にしか来ていなかったの。私が遣り取りしてる取引先って、Ccに誰かしら入ってるのが当たり前で……初めは間違ってBccにいれたのかなって思ったんだけど……」
こうなると、やはりあのメールは意図的だったということだろう。ならば、何度問い合わせをしても黒川さん以外の担当者の名前の返信は来ないと考えていいはずだ。むぅ、と眉間に皺が寄るのを感じて、ソファに深く沈み込む。
「……あのメッセージでより確信を持った。知香を巻き込もうとしてるっつうことに。俺を引き摺り下ろせるなら自分が処分されても構わねぇって心意気なんだろう、あいつは」
ふぅ、と、大きなため息を吐きながら、智も同じように深く沈み込んでくる。ソファに座ったまま、どちらからとなく手を絡めた。
「黒川さんからメールにCcが入ってなかったことで水野課長に相談を入れているの。他の担当者の名前を聞くように指示されて、そういう風に返信もいれたのだけれど、返事は来なかった。こういう事なら、これに関しての返事は永久に来ないって考えていいよね?」
真っ黒な画面のままのテレビの液晶に映り込む私たちの影を見つめながら、繋いだ手をぎゅうと握りしめて。さっきまで考えていた推測を口にする。
「そうだな……俺があいつの立場だったら、誰にも噛ませない。だから、知香が言うようにそれに関する返事は来ないと思う」
私の問いに、智も同じように、真っ黒なままの液晶画面をじっと見つめて答えてくれる。
「水野課長に相談した手前、こういう風な懸念があるっていうことだけは水野課長に伝えたい。私も社会人として、極東商社の一社員として、不正な取引の可能性があるってことを見逃すわけにはいかないから。智としては、内密にしたいところだろうけれど。……いい?」
私の言葉に、わかった、と。智が頷いて。
「不正かもしれねぇってことを見逃す方が立場が悪くなりそうだしな。……知香が水野さんに話すなら、俺も池野課長に相談しておく。あの人たち、情報が筒抜けだから」
「え、そうなの?」
紡がれた言葉に驚いて、思わず目を瞬かせながら隣の智を見つめた。
池野さんと水野課長。このふたりが旧知の仲、という事は知っていた。けれど、情報が筒抜け、ということは知らなかった。
(だから……私と智の関係を知っていたのか、水野課長は)
新年の賀詞交換会に出席していた池野さんに。「その面でもうちの腑抜けがお世話になると思うわ?」と言われた事で、池野さんが私たちの関係を察しているのだと気が付かされて。そこから水野課長に情報が伝わっていたのだ、ということを今更ながらに知った。
「池野課長には証拠が固まってから伝えようと思っていたんだ。一応、黒川も……池野課長からしたら、部下のひとりだから。証拠も何もない状態であいつが不正をしているかもしれない、なんて言えなかった」
「……そっか…」
だから、ひとりで抱え込もうとしていたのか。池野課長に心配をかけなくていいように。池野課長に、大事な部下を証拠もなく疑わせなくていいように。
「………なんの証拠も掴めてねぇのに、報告を入れるのは気が引けるが……こればっかりは、仕方ねぇことだよな……」
はぁ、と。智が肩を大きく上下させながら、ため息をついた。黒川さんの話題が途切れたことで。……終業後の出来事を、切り出した。
「あのね……ちょっと、片桐さんのことで…話しておきたいことがあって……」
その言葉に、智が緩慢な動作で。私をゆっくりと見つめた。
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