俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

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 空港と陸地を繋ぐ橋を渡りきった先のレンタカー屋さんに入り、初期手続きを進めていく。今回は極東商社うちの会社の福利厚生を使って申し込んでいるから、書類を書くのは私。書いている間にも職員さんたちの間で交わされていくこの地方独特の方言が耳に入ってきて、早く両親に会いたいという哀愁の気持ちが湧き上がってくる。

「お申し込みいただいたお車の説明をさせていただきますね」

 書類を書き終えると、職員さんに連れられて車の説明を受ける。任意保険のことや万が一事故に遭った時の対処などの注意事項をふたりでふんふんと聞いていく。

 全ての説明を受け、車が引き渡された。トランクを開けてふたり分のスーツケースを積み込み、運転席に乗り込もうとすると、智が「待った」と私を制する。
 どうしたんだろう、と、その問いかけに首を捻らせていると、智が財布からETCカードを取り出して、運転席の足下の機械に差し込み、口の端をふっとつり上げた。

「多分、高速はつかわねぇだろうけど。もしかしたら使う時が来るかもしれねぇし。あった方が便利だろう?」

 智のその言葉にはっと我に返る。予定では実家から遠方に行くつもりはないけれども、確かに、ないよりはあった方がいい。

「ETCカードの存在、完っ全に忘れ去ってた!ありがと」

「んーん。お互いに補い合いだな」

 楽しそうに細められたダークブラウンの瞳と視線が交差する。智が助手席に乗り込んだのを確認して、私も運転席に乗り込んだ。

「ふふ、そうだね」

 シートベルトをつけながら、助手席の智を見遣る。どちらかが忘れていたら、どちらかが思いだせればいい。私たちはひとりじゃないのだから。


 胸の奥がむず痒い感覚。それでも、とても―――幸せな、感覚。


 その感覚に口元が緩んでいく。サイドブレーキを下げて、車をゆっくりと発進させた。

 空港の近くは『サンセット通り』という名前が付いている道路。太陽が海に沈む、というよりは、海に、という表現が正しいような、そんな夕陽が本当に綺麗なのだ。その光景を智に見て欲しくて、帰りは夕方の飛行機を予約している。

 途中、コンビニに寄って欲しい、と、智に声をかけられる。私も両親に、何時頃に着くよ、という連絡を入れていなかった。智が買い物をしている時にメッセージアプリでお父さんに連絡を入れようと考えて、サンセット通りの途中にあるコンビニの駐車場に入り、するりと車を停める。サイドブレーキを引くと、独特のギアが噛み合う音が響いた。

「ちょっと行ってくる。飲み物とか要るか?」

 智がシートベルトを外しながら私に視線を合わせる。その問いかけに少し逡巡する。これから少し運転するから、眠くならないようにカフェインが取りたい。そう考えて、車から降りようとする智に声をかけた。

「ん~……じゃぁ、ホットコーヒーで」

「ん、リョーカイ」

 智がふっと笑い、車から降りていく。そのままコンビニの入り口の自動ドアに消えていく背中を眺めて、ブレーキから足を離してエンジンを切り、ジーパンのポケットに入っているスマホを取り出した。

 メッセージアプリを立ち上げて、お父さんの情報を呼び出し『レンタカー借りたよ。あと40分くらいで着くと思う』と送信すると、即座に既読がついて『OK』という猫のイラストが入ったスタンプが返ってきた。お父さんはスタンプなんて使わないタイプだったはずなのに、職場の若い子に教わったんだろうなぁ、と思うとくすりと笑みがこぼれる。

 コンコン、と窓がノックされて、ふい、と視線を上げると、智が会計後にセルフで淹れるタイプのコーヒーの紙コップを手に持っていた。

「知香、はい。ホットコーヒー」

 その声に、思わず驚いて窓を開け、その紙コップを受け取った。

「え、缶コーヒーでよかったのに」

 私のその言葉に、智が苦笑したように頬を掻きながら口を開く。

「言うと思った。淹れる練習してんならわかるだろ?コーヒーは淹れたてが一番美味いんだって」

 確かに、智が言うように。コーヒーは挽きたて・淹れたてが香りアロマが一番強く出て、美味しく感じる。智がイタリアに出張している時に読んだコーヒーの本を読んでいた際に、コンビニでセルフで淹れるシステムは理にかなっているのだなぁと感心した記憶を思い出した。

 智から紡がれたその言葉に、いつだって智は、私が美味しい、と感じることが出来る心配りをしてくれているのだなぁと感じて。ふたたび口元が緩んだ。





 うねうねとした細道を運転して行く。ハンドルを切るたびに、右に、左にと身体が揺れ動く。智が腕を伸ばしてアシストグリップをぎゅっと握りしめたのを横目で確認し、少しばかり不安になる。

「酔ってない?大丈夫?」

 私はもう慣れた道だけれど、都会で生まれ育った智はこんな山道を登る機会なんてあまりなかったんじゃないだろうか。そう考えながら、不安気に声をかけた。

「ん?大丈夫。……いやしかし、すっげぇ山道だなぁ」

 智は半ば関心したかのように左右の森林に視線を向けている。

 地元は平野だけれど、ここはまだ隣の県。この県は海に面しているのに山が多くて坂道が多い。山越えをすれば嘘のように開けてくるのだけれど。

「……あ。県境」

 斜め前に視線を向けていた智が、小さく看板を読み上げた。その視線の先には、ここが県境という表示があって、それを通り過ぎて行く。

「………もうすぐ?」

 智がポツリと呟く。その声に、うん、と返す。

 しばらくすると、視界が開ける。懐かしい風景、見慣れた街並み。思わず手を伸ばして、窓を全開にする。目の前の信号が赤になり、前を走る車と車間距離を取って停車し、くるりと周辺を見渡す。

「あー!向こうの閉店してた本屋さん、コンビニになってる!」

 助手席の智を見ようと左側に視線を向けると、数年前に閉店していた懐かしの本屋が改装されてコンビニになっている。

 10ヶ月も帰ってなければ、そんな街並みの変化も訪れるわけで。高校時代……3年生になる頃に、同級生たちと受験対策の参考書を買いに行ったなぁ、と、懐かしく思い出す。

 全開にした窓からざぁっと風が吹き付けて、私の髪だけでなく、智のさらりとした黒髪も揺れている様子を横目で捉える。

「……悪いんだけど、ちょっとそのコンビニ寄ってくんね?」

 視線をそのコンビニに向けて、窓際に片肘をついたまま智が静かに口を開く。

「へ?あ……うん、わかった」

 なんだか、智の様子が変だ。静か、というか。どうしたんだろう、と、少し心配になる。

 信号が青になるのと同時に車を発進させて、智の視線の先のコンビニの駐車場に滑り込む。ありがとう、と、智が車を降りて、店内に入る。

 しばらくすると智が店内から出てきて、そのまま軒下の喫煙所に向かった。いつものアメリカンスピリットたばこの箱を開封して、内側の銀紙を黒いテーパードパンツのポケットに捻り込んでいる。長い指で箱からするりと一本を取り出して口に咥える姿をぼうっと眺めた。
 ジリッと音を立てて火が付き、薄い唇から白く紫煙が吐き出される。どこか遠くを見ている、ダークブラウンの瞳。

 その姿に、グリーンエバー社で遭遇した時の瞬間を思い出して、むぅ、と、口の先が尖っていく。外では接待の飲み会の時以外吸っていないと言っていたのに、あの時も日中吸っていた。

 そう言えば、普段の煙草の本数を正直に吐いてもらうと意気込んだのに聞いてなかったな、とつらつら考えて、ある考えにたどり着いて息を飲んだ。

(……もしかしなくても……緊張、してる?)

 結婚前提の彼女の実家に挨拶。緊張しない方がおかしい。私は吸わないからわからないけれど、三木ちゃんのように仕事のペースを乱されイライラした時とか、ほっとしたい時とかに、吸うのだそうだ。

 さっきから口数が減っていたことも鑑みるに、やっぱり緊張してソワソワしているのだろう、という考えにたどり着く。

 ふたたび智に視線を向けると、大きく紫煙を吐き出し、ぐりっと火を消して、助手席に戻ってきた。煙草独特の苦いかおりが、ふわりと車内に広がる。

 緊張しているのだろうし、今日は煙草の本数を問い詰めたりするのはやめておこう。そう考え、智がシートベルトをしたのを見てサイドブレーキ下げてギアをリバースに入れながら、智の不安を取り除くような話題を振る。

「私の母はずっとこっちにいたから方言が強いかなぁ。だから、方言で言ってることがわからない部分があるかもしれないけど、基本的にはおっとりのんびりした人だから。父は話したことあるからわかるよね?」

 背後を振り返りながら車をバックさせて方向を転換し、国道に合流する。

「そういや、知香は方言全然出てねぇよな?」

 私の言葉を受けた智が目を瞬かせて運転席の私を見遣った。その言葉に、苦笑しながら進行方向を見つめたまま言葉を紡ぐ。

「そりゃぁ、大学入学で上京した時に、田舎っぺって思われないように必死に標準語覚えたもの」

 入学した大学には、同じ高校から進学した同級生はいなかった。所謂大学デビューを目指して、必死に方言やイントネーションを隠す術を身につけたのだ。

 私の言葉に、ふぅん、と面白くなさそうに智が声を上げた。そして、ニヤリと口の端をつり上げる。

「じゃ、これから俺は、知香が方言を喋るっつう、貴重で姿が見れるわけだ」

 可愛い、を強調して紡がれたその言葉に思わずぶっと吹き出した。方言を喋る可愛い姿、という言葉にかっと身体が熱くなる。運転中にそんなストレートな言葉をぶっこんで来ないで……!!

 思わず顔を赤くしながら、横目で智を睨みつける。緊張してるだろうと思ったのに、実はそうでもないのかもしれない。

 こんな風に言われて、方言を喋る度に可愛いと内心で思われるのは恥ずかしすぎて死ねる。

(意地でも方言喋ってやらないんだから!)

 ムスッとした私の表情を見つめたまま、くすくすと。私を揶揄うような愉しそうな智の笑い声が、車内に響いた。
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