俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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本編・第三部

【幕間】このままずっと、優しい日々が。(中)

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 入浴を済ませて寝間着に着替える。足元に置いた新品の夏用のスリッパに、お風呂で温まってホカホカの足を滑り込ませた。

 今日、この達樹の家に上がる時。本格的に夏が来るから、と、ござとデニムのスリッパを達樹が用意してくれていた。小さな心遣いだけれど、嬉しかった。血流が巡っている足の裏に触れる、ござのひんやり感が心地よい。スキンケアを済ませドライヤーをかけて、パタパタとリビングに戻る。

「お先しまし、た……?」

 そう口にしながら視界に飛び込んで来た違和感に、思わず疑問符が付いた声が漏れた。

 リビングに設置してあるテレビのすぐ目の前に座り込んでいる達樹。視力は悪くなかったはずなのに、どうしてそんな距離にいるのだろう。

 不思議な光景に首を捻っていると、達樹が手に持った虹色に光るディスクを顔の横で小さく振った。

「去年流行った映画のDVD、借りてきたんです。……俺が上がったら観ません?」

 達樹のその言葉に、ようやく腑に落ちた。借りてきたDVDをレコーダーにセットしようとしていた場面だったのだろう。達樹と一緒に映画を観るなんて、初めてだ。

「……ん。観る」

 DVDを借りてきている、なんて、一言も聞いていないけれど。私と過ごす時間を想像しながら選んでくれたのだろうか、なんて考えると、口元がにやけそうになる。それを隠すように、リビングに直行するのではなくキッチンに足を向けた。

 私の意図を察したのか、達樹は「お願いします」と嬉しそうに声を上げて、浴室に向かっていく。

 達樹は借りてきた映画のタイトルを口にしなかったし、どんなジャンルの映画なのかもわからないけれど、映画鑑賞なら飲み物と簡単なつまみがあると雰囲気が出るだろうから。冷蔵庫の中にある材料で片手で気軽に食べられるおつまみを作ろうと、カウンターキッチンの笠木に畳んで置いていたエプロンに手をかけた。

 白ネギを刻み、オイスターソースとごま油で和え、ちょうど明日の夕食に出そうと思って購入していた春巻きの皮を使って和えた具材をくるっと細長く巻いていく。

(皮、余るかなと思ってたから、ちょうどよかったわね……)

 買い物に出た時、足りないよりはと枚数が多めのパックを買っていたから。逆に好都合だったかしらとぼんやり考えつつ、巻きあげたものをオーブンで軽く色目が付くくらいまで焼き付ける。

 そうこうしているうちに20分ほどが経ち、達樹がお風呂から上がってきた。大きなバスタオルを肩にかけたまま、軽く髪を拭き上げつつキッチンに入ってくる。達樹が身体を動かす度に、ふわり、と、私と同じシャンプーの香りが漂っていく。隣にいることが夢じゃない、ということを実感し、やっぱり口元が綻びそうになる。

 達樹が冷蔵庫からチューハイ缶をいくつか取り出しリビングに持って行ったのを確認して、焼き上がった春巻きスティックおつまみをお皿に盛り付けていく。そのお皿を手に取って、私もリビングに向かった。

 手に持ったお皿をテーブルに置き、身に纏ったエプロンを外して達樹の隣に沈み込む。私が好きなレモンサワーの缶が、私の定位置となったテーブルの左側に置いてあるのを認識した。隣同士で座るのが当然、ということを伝えられているように感じて、なんだか胸がこそばゆい。

 達樹がリモコンを操作して、映画の再生が始まった。


 あらすじは、主人公ふたりの誕生日がキーワードになる。
 同じ日に産まれたふたり。他人と接するのが苦手な彼女と社交的な彼。
 ふたりは誕生日に巡り合い、不確かな未来に不安を抱えながら、互いに寄り添い…淡く切ない日々を過ごす。
 やがてある事件が起き、ふたりは誕生日に離別の道を選ぶ。そして…十年の時を経て、ふたりの誕生日に再会する、というストーリー。
 映画で描かれていたのはここまで。ふたりがどんな選択肢を選んだのか。解釈は読み手それぞれ……という作品だった。


(……先輩が、邨上さんと観に行ったって言ってたやつ)

 先輩が言っていた感想の通り、主人公ふたりの心理描写がとても切なく、心に残る映画だった。言葉にできないような哀しさもあるけれど、心が温かくなるような作品だ。

 映画の再生が終わった後、ふたりで無言のままテーブルに広げたチューハイ缶やつまみを口に運んでいく。アルコールが入ったからか、心地よい沈黙が続くからか。ソファに座ったまま、私は次第に微睡んでいく。

「………幸せになるんでしょうね、このふたり。別れたという痛い経験を経ても、お互いに補い合いながら」

 達樹がチューハイ缶に口をつけながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。私もその言葉に、夢見心地のまま小さく返答する。

「そう、ねぇ……」


 劇中に出てきたふたり。他人と接するのが苦手、相手は社交的。正反対の性格なのに不器用なところは一緒で。だからこそ、自分の気持ちを理解するまでに十年という歳月をかけてしまった。

 このふたりはきっと、不器用なところが一緒だからこそ。お互いにお互いが必要だと気がついた。そうして、ふたりで手を取り合って、十年越しの優しい日々を重ねていくのだろう。


 私たちも。同じような、気がする。


 寡黙な達樹と、口から生まれてきたのではと親に揶揄われるような私。それでも、お互いに不器用だからこそ、偽りの関係を持ってしまった。

 不器用だからこそ―――痛みを越えて惹かれ合ったのではないかしら、と。

 ひどく烏滸がましいけれど、そんな風に思えるのだ。

「………夜も遅いですし。そろそろ寝ましょうか」

 私がうとうとと微睡んでいることに達樹は気がついたのだろう。達樹がテーブルに置いていた空いた缶を片付けだした。

 その様子をぼんやりと眺めながら。………同じことを考えていたらいいのに、と。

 達樹に気が付かれないように、小さく願った。





 リビングの電気を消して、達樹に手を引かれながら隣の寝室に移動して。いつもの通り、同じ布団に潜り込んだ。天井の豆球をぼんやりとふたりで眺めながら、手だけを絡めたままゆっくりと眠りに誘われていく。

「……誕生日。来て欲しくないって思うの」

 さっき観た映画のテーマに影響されたからか、はたまたアルコールが入っているからか。夢か現か、揺蕩うような曖昧な感覚の中で。ぽつり、と。胸の中に渦巻く不安を、小さく呟いた。繋いだ手が、ぴくり、と動いた感覚にハッと意識が浮上して、一気に覚醒する。しまった、と、心の中で声を上げた。

「……どうしてですか?」

 達樹の不安げな声が響く。その声に、やらかした、と後悔するけれど。酔っているのか、深層心理の声は止まってくれない。

「だって……誕生日が来たら達樹とまた一歳差になるから」

 最近の私の悩みの種が、止め処なく転がっていく。


 年齢差が、あること。どうしても、素直になれないこと。


 元気さとか、素直さとか、軽く付き合いやすい、とか。年下の甘え上手な女性の方が、達樹の好みなんじゃないか、とか。素直な子の方が魅力的に感じて、……私から離れていってしまうのではないか、と、不安になる。

 同い年が2ヶ月あったから余計にそう思うのかもしれないけれど。やはり同年代の子、だったり、年下の若い子の方がよかったりするんじゃないか、と。言いようのない不安感が押し寄せてくる時もあるのだ。特に、今日は切なくなるような映画を観たからか、その感情に拍車がかかってしまう。

「……おやすみ」

 吐露してしまった身勝手な不安感。なんだか居た堪れなくなって、するり、と。絡めていた手を離し、シーツの衣擦れの音をさせながら達樹に背を向けた。

「………」

 しばらくの沈黙があって。唐突に枕と首の間に腕を差し込まれた。

「!?」

 普段は、こうして私が背を向けたらそのまま眠りに入るはずの達樹が。違う行動を取ったことにひどく動揺する。混乱していると、そのまま、ぐい、と。背後の達樹に抱き寄せられた。私の上半身が、達樹の胸の辺りにぴとりとくっついて。私の頭のてっぺんに、達樹が顎を乗せている。

「…………俺は、口下手ですし、なかなか伝わらないかもしれないですけど」

 真上から、達樹の震えたような声が振ってくる。声をかければ泣いてしまいそうな。何かを堪えているような、何かを我慢しているような、そんな声に、心臓がぎゅっと掴まれていくような。ひどくリアルな感覚に襲われていく。

「素直じゃなくて、強がりで、それでいて優しくて、繊細なのに、それでも強くて眩しいあなたが、」

 ぎゅう、と。強く抱きしめられながら紡がれた言葉の強さと、温かさ。


「俺は……そんな真梨さんが、好きです」


 ハッキリと。力強い声で、私に届けられた、その迷いのない言葉たち。


 達樹が私に向けてくれている気持ちを―――自分勝手な憶測で蔑ろにしている。そんな自分の愚かさを突き付けられていくような、気がした。


 達樹に後ろから抱きしめられているから、その表情は見えない。けれど、私の心の奥の不安を感じ取って、口下手な達樹が最大限に愛を伝えてくれている、ということがとても嬉しかった。

「……ごめん。ありがと…」

 込み上げる何かで視界が滲む。やっぱり私は酔っているのだろう。躊躇いもなく感情のままに、ぎゅう、と。達樹の腕を握りしめて、首を捻りながら背後の達樹を見上げる。

「………私も。不器用で、口下手な達樹が、好き」

 達樹は黒曜石のような黒い瞳を、小さく揺らして。私を、真っ直ぐに貫いていた。自然と身体を捩らせて、少しだけ背中を伸ばし、達樹の唇に軽く触れる。

「……好きよ」

 ゆっくりと唇を離して。驚いたように揺れ動く瞳を見つめながら。熱に浮かされたように、愛の言葉を小さく囁いた。

 しばらく時が止まったように見つめ合っていると、かぁっと。達樹の顔が急速に赤らんでいく。そうして、私を抱きしめていた腕を解いて、勢いよく背を向ける。

「………さっきから。反則、ですってば…」

 私に聞こえるか聞こえないかの声量で、ぽつりと呟かれたその言葉。

「え、ええ?」

 なんのことだろう。話が全く見えない。混乱したまま達樹の背中を見つめていると、ふたたび達樹が小さく声をあげた。

「………さっきのも。今のも。反則です。これ以上真梨さんの顔見てたら絶対に我慢できなくなるので…」

 震えるような声で、小さく紡がれた言葉の意味を。それを噛み砕いて、思わず目を見張った。


 我慢、できなくなる。これまで達樹には鈍感だと何度も言われてきたけれど、を投げられた意味がわからないほど、鈍くはない……はず。


(…………)

 ゆっくりと腕を伸ばして。達樹の寝間着のトップスの、肩甲骨の部分を……ぎゅうと握り締めた。

「………………我慢、しなくて、いい、…わよ……」

 やっぱり私は酔っているのだろう。こんな大胆な言葉を口に出来る日が来るなんて、考えもしていなかった。それでも、今にも消えてしまいそうな、そんな声で。アルコールの力も借りて、小さく私の意思を伝えた。


 私は男性経験が達樹だけだからあまりわからないけれど、毎週のようにお互いの家に行き来して、夜を一緒に過ごして。こうして手を繋いだりして触れ合っていても、一定のライン以上は踏み込んでこない達樹は、実はかなり我慢しているんじゃないだろうか、と、思ってはいた。


 だから。今日は、全てにおいて、いい切っ掛け、なのかもしれない。


 私の言葉に、達樹が小さく身動ぎして。緩慢な動作で、こちらを振り向いていく。握り締めた達樹の寝間着から指を離して、黒曜石のような黒い瞳に視線を合わせた。

「…………我慢、出来なくなりますよ。本当に」

 揺れ動く瞳とともに、躊躇いがちに問いかけられる。するり、と。掴むべき場所を失った私の手のひらが、達樹に絡め取られていく。



 じっと、私を見つめている、熱い瞳。

 そこに宿る―――確かな、愛と情熱。



「……うん。大丈夫…」


 恋人となってから、初めてだ。
 緊張しないわけもない。

 でも。今日は。一歩を踏み出す時、だろうから。

 私の確固たる意思を伝えるように。
 ゆっくりと、瞳を閉じる。



 すると。達樹の熱の篭った唇で、優しく口を塞がれた。
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