俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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番外編/Bright morning light.

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「総合商社ってことはあれだろ、『食品から機械まで』何だってやるってことだろう? あの人のことだからものも扱うって意思の現れなんじゃねぇの?」
 
 スマホを片手に呼吸を乱したまま、愉し気に細まった二重の瞳。そのぱちりとした瞳に貫かれ、回想から一気に現実に引き戻された。
 
 何かを企むような笑みを浮かべたままの浅田から投げかけられた言葉。目の前の親友は定石にとらわれないタイプの思考回路をしていると常々思っていたが、まさかこんな―――逆転の発想が出てくるとは。

 浅田が開け放ったままのドアから秋風が吹き込んで、手に持った資料がかさりと音を立てた。その音にはっと我に返り、そして浅田の笑みにつられるように口角が上がる。

「……あの人にを依頼すりゃ、一気に解決ってことか」
「ん。やり手のあの人のことだ、ダイヤモンド以外の最適解を提案してくれると思うぜ?」

 頼れる俺の片腕参謀は小さく喉を鳴らし、このブースに身体を滑らせてドアを閉めた。

「タンザニアは時差マイナス6時間だ。今電話かければあっちはお昼頃。するにはいい頃合いだろ。おら、突破口掴むために残りの仕事ぱっぱと片付けるぞ」

 片手に持ったスマホを背広のポケットに落とし、ニヤリ、と。浅田が意味ありげに笑いながら斜め前の予備デスクに腰掛け、後回しにしていた分別してファイリングするだけの書類の束に手を伸ばした。その動作に一瞬、意表を突かれる。

「いいのか、お前。帰るって奥さんに連絡したんだろう」

 目の前の浅田は帰宅する寸前だったのではないのだろうか。10分ほど前に終業時刻を過ぎ、ビジネスバッグを斜がけしてスマホを片手にこの企画開発部のブースに飛び込んできたことが何よりの証拠のはず。俺はそのルーティンを知らぬほど、こいつと上辺だけの付き合いをしているつもりはない。

 浅田の真意が飲み込めずパチパチと目を瞬かせていると、気の置けない友は心底愉しげな笑みを浮かべたまま芝居がかったように肩を竦めた。

「んん? 雛子にはお前を手伝って帰ってくるって伝えてっから心配すんな。つっうか、悪友の『プロポーズ大作戦』なんっつう人生で一番面白れぇもん、みすみす見逃すなんざしねぇよ」
「……野次馬根性が過ぎんだろ…」

 浅田のその言葉に思わず眉間に皺が寄る。呆れたため息とともに、俺は見せ物じゃねぇよ、という言葉が喉元まで出かかるが、恐らく浅田なりのの言葉なのだろうと理解しその言葉を已の所で飲み込んだ。自分が興味を持ったから手伝うだけで、礼など余計な物は要らない、と。だからこの件に関して悪感情を持つな、と……そう言いたいのだろう。

 そしてその行動は正直助かるどころではない。俺は猫の手も借りたいくらいに忙しい日々を送っていたのだから。じんわりと胸の中に浮かぶ熱い感情を押し込め、全てが片付いて式を挙げる運びとなれば、こいつへ準備する引き出物はランクアップしよう、と……そう心に決め、手元の資料に視線を落として部長業務を再開した。





 電卓を叩きながら頭を悩ませ、農産チームの新規取引先の与信枠に目処をつけ決裁書類に走り書きをしていると、デスクの上に置いていたスマホが震えた。そちらに視線を向けるとディスプレイにはメッセージアプリの通知が表示されている。

 その通知の上に表示された時刻は極東商社の終業時刻である18時を指していた。メッセージの差出人は恐らく知香だろう。そっと手を伸ばし、人差し指だけでロック画面を解除する。

『お疲れさま。月次処理と明日からの連休で通関が立て込んでて、帰りは遅くなりそう』

 表示されたメッセージを確認し、今日は俺も遅くなる旨を書き込んで送信ボタンをタップする。握り締めていたペンをパタリと落として。ゆっくりと、右の手のひらを見つめる。

(……)

 来月の知香の誕生日を最良の日にするために―――今日は一刻も早く手元の書類を捌いて、池野課長あの人に依頼の電話をかけなければならない。急いていくような心を抑え込みながら、ふたたび手元に視線を落とした。




 浅田が書類の束を分別してファイリングし終えるのと、俺が全ての決裁書類に目を通し終えるのはほぼ同時だった。お互いに椅子の背もたれに重心を預け、長いため息を吐き出す。

 くんっと伸びをしながら浅田が壁掛け時計に視線を向けた。俺もそれに倣って顔をそちらに向けると、ちょうど終業時刻から1時間を過ぎようとしているところだった。

「ん、いい頃合いじゃねぇの。ちょうどあっちもランチ時だろ」
「ん……だな」

 ほぅ、とため息を吐き出しつつ、手元の資料をとんとんと音を立てて纏め上げた。そのまま「ありがとうな」と小さく謝意を述べる。

 分担して行っていた仕事が同時に終わった、ということは、俺ひとりであれば2倍以上の時間がかかっていたことを意味する。そうなれば池野課長に連絡が取りづらい時間帯となっただろう。向こうも向こうで商社経営ビジネスをしているのだ。昼時以外は商談に出ている可能性が高い。池野課長がこの依頼を受けてくれるかどうかもわからない。ただでさえ通話料が高い国際電話を無駄にしないために、初めの電話は確実に連絡が取れる時間帯にかけたかった。

 そうして、何より。浅田がこうして提案してくれなければ打開策も見い出せなかっただろう。

「ん? だぁから、俺は野次馬してぇだけだって」

 はぐらかすようにからからと笑い、伸ばした腕を頭の後ろで組んだ親友に、ふっと口元が緩む。すると、浅田もふっと口元を緩ませた。そうして、俺は……ゆっくりと視線をデスクの上に落とす。

「……」

 妙に強張る身体。腕が鉛のようだ。目の前にあるスマホの真っ黒なディスプレイを……じっと。ただただじっと、見据えていく。

 池野課長に連絡を取る、ということは。……片桐にも、知香へのプロポーズこの話が行くことになる。

「……あいつのことか?」
「……」

 俺は目の前の親友には、隠し事など出来ないらしい。身体の重心を背もたれに預けたまま、キコキコと椅子を揺らし小さく問いかけてくる親友に。緩慢な動作で首を縦に振った。



 かつての恋敵は池野課長にヘッドハンティングされ、それに呼応し彼女の片腕となった。俺が面会に行った日の夕方に彼女が面会に行き、したらしい。

 俺がひとりで入院中の片桐に面会に行った次の日、知香を連れて面会に行ったが、あろう事か本人の希望でふたたび面会謝絶となっていた。予期せぬ事実に、俺自身も病院の受付で色を失ったまま立ち竦むしかなかった。

 ……どういうことかと彼女に連絡を取ろうとしたが、彼女から先手を打たれていた。

 『今彼女さんを連れて面会に行っている時間だろうけれども、彼の今後については彼本人が誰にも漏らすなと言っている。特にあの子には知られたくない、と。それが私のヘッドハンティングを受ける条件だと彼に言われている。私の商社のことは喋ってもいいが、下手に動いて私の仕事の邪魔をしてくれるな』と。彼女からそういった文言の、……俺の言動に釘を刺すような内容が書かれたメールを受信していたのだ。

 知香の『謝罪と感謝を伝えたい』という感情を慮るなら、俺が今知っている事実を洗いざらい知香に告げるべきだろう。だが。

「……行こう、知香。また日を改めよう」

 前日に病室にて面会した際に穏やかに会話を交わしたとはいえ、俺の胸の奥底に巣食う……片桐へ向ける靄がかった感情は、完全には消えてくれなかった。

 片桐が生命すべてをかけて知香を護ろうとした事には心から感謝している。それは確かな事実だ。それでも……知香の心に触れ、知香の感情を捻じ曲げようとした前科のある片桐が―――こうして知香の心の中に居座り続けていることが。あの瞬間、それがひどく度し難い、と。己の生命よりも大切な女性を護ってもらった立場だというのに、卑しくも心の何処かでそう感じてしまったのだ。

 これが醜い感情、ということもわかりきっている。けれども、あの日は結局、元上司、それから片桐の意向を尊重する、という言い訳を自分で自分にし『彼らの邪魔をしない』という選択を選び取って……自失したままの知香を自宅に連れ帰った。


 その後、知香とともに何度も病院に足を運んだが梨の礫だった。そうして片桐は、知香と顔を合わせることなく転院してしまった。そのことに対して安堵してしまった自分を、……嫌悪した。


 タンザニアに戻った彼女からも数度連絡が入った。自分の勧めで片桐はリハビリに強い病院に転院させたこと、10月下旬には退院すること、その数日後には片桐はタンザニアに向けて日本を発つ手筈になっていること。伝え聞いたスケジュールからするに、今週の初め辺りには日本を発っているはずだ。

 片桐本人は面会可能な状態まで回復しても、あの1日を除いて面会を希望しなかった。恐らく面会出来るその状態では知香を含む大勢の人間が面会に来て、日本を離れるという決意が揺らぐ可能性が無きにしも非ずと考えたのだろう、と推察した。


 その、片桐に。俺がずっと……複雑な感情を持ち続けている男に、この話が行く。


 あの日、面会に行った日に。自分は犯罪者となってしまったから身を引く、と口にした片桐。

「……」

 己の心に巣食う黒い感情に向き合いながら。それを象徴するような、真っ黒なスマホのディスプレイをじっと見つめ続けた。



 知香への想いが……完全に途切れているわけではない、はずだ。そんな片桐にこの話が行く、というのは、片桐にとっても複雑だろうし、俺自身も複雑な感情を抱いてしまう。

(……それでも)

 片桐は、一歩を踏み出した。もう住み慣れたはず日本を発ち遠い異国の地で全てをリセットし、ゼロから始めた。俺から見える角度だけであいつの感情をあれやこれやと詮索し顧慮することは、片桐の覚悟に対しての冒涜に値する。

「ま、お前の気持ちはわかるがな。春先にも言ったが俺らはエスパーでもなんでもねぇんだ。……池野課長の許可が降りればついでにそいつとも腹割って話せるいい機会になるだろ」
「……だな…」
 
 浅田の感情の籠っていないようにも聞こえるその言葉に、はぁ、と重いため息を吐き出す。


 俺の片腕である浅田だけには、池野課長が興した総合商社のこと、彼女の行方、それから片桐恋敵の行方についても零していた。

 浅田は丸永忠商社から池野課長によって三井商社うちへ引き抜かれた人間で……俺が黒川の不正取引に関する証拠集めを依頼し、ノルウェーから帰国した際の報告の電話口で『池野課長に恩がある』と言っていた。

 池野課長が退職したと知った際の状況把握と思考回路の復帰は早かったが、その後、彼女が座っていたデスクをぼんやりと眺めている姿を数度見かけた。普段はポーカーフェイスで隠してはいるが、俺よりもショックを受けているのだろう、と……そう察していた。そんな浅田に、彼女の行方を知っているのにそれを伝えない、という選択肢は、俺の中に存在しなかった。

「……」
「…………」

 しん、と、雪が振りしきるような沈黙が落ちていく。俺の内心の葛藤を理解している浅田からの『腹を割って話せ』という言葉は重かった。

 ぎゅっと唇を結び、愛おしい女性ひとの綻んだ笑顔を脳裏に思い浮かべる。


『私の知らないところで、幸せになってくれたら』


 知香は、そう言った。憎むのではなく、恨むのではなく。自分から見えない場所で、幸せであってくれたら、と。

 そんな知香に、俺はプロポーズをするのだ。だから―――俺も、いい加減。知香の隣に立つ相応しい人間となるために。この胸の中に巣食う黒い感情にケリをつけなければ。

 ゆっくりと腕を伸ばしスマホを手に取って、連絡先から池野課長の新しい番号を探し出してタップした。浅田の視線が俺の一挙手一投足に突き刺さっているのを感じつつ、そっと左耳にスマホを当てた。接続音が呼び出し音に変わる音を聞き届けて、はぁぁ、と。肺がまるごと出ていきそうなくらいの大きなため息を吐く。

 らしくなく、スマホを持つ手が僅かに震えている。落ち着け、と己を叱咤し、無機質な呼び出し音をただただ聞いていると、ふつりと呼び出し音が途切れた。その瞬間。


『………なに? 智くん』


 ムスッとした、不機嫌そうな声が―――耳元で響いた。
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