俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

文字の大きさ
220 / 276
本編・第三部

【小噺】Hold hands together as it is.

しおりを挟む
 昨晩の『雨』という天気予報が外れ、今日は絶好の野外フェス日和。会場待ちをしていた数時間前まで肌を刺すような真夏の日差しが青々とした芝生に照りつけていたけれど、日差しが西に傾き徐々に周囲が茜色に染まっていくと同時に、眼前に広がるステージに鮮やかな夕陽が舞台照明のように差し込んでいく。その景色にステージ上の演者たちが奏でる艶やかなジャズミュージックが調和し、圧巻ともいうべき空間が広がっていた。多彩なリズムに演者のアドリブも加わり、すでに終演間際だというのに全く飽きが来ない。目も耳も幸せ、というのはこのような状況を指すのだろうと思う。

 今日は、私の誕生日――8月5日、土曜日。達樹が野外フェスのチケットをプレゼントする、と言ってくれたのが先々週の出来事。その申し出に甘えるように、Jazz系フェスのチケットを希望した。

 あの日――近隣で大きな夏祭りが行われた日。「フェスには一緒に行こう」、と約束を交わした。どうせ一緒に行くなら私が普段行くようなモッシュが起こるフェスよりも、達樹も楽しめるような、ゆったりとしたフェスがいいと思ったのもひとつの要因だった、けれど。

「古都観光ついでに。せっかくですし、旅行気分でいかがでしょう」

 てっきり、達樹は近郊にあるレンガ造りの港町で行われるジャズフェスのチケットをおさえているのだろうと思っていた。このフェスのチケットと一緒に新幹線のチケットが目の前に置かれ、先輩に私たちの関係を暴露した時と同じような、しらっとした表情で突然の宣告をされたのが昨晩の夕食後の出来事。想像もしなかったタイミングのサプライズに、一瞬口から心臓が飛び出るかと思った。

 以前から関西圏の野外フェスのさきがけとなったこのJazzフェスに一生に一度は参加してみたいと思っていたものの、自宅から遠距離で行われるということもあり、なかなか機会に恵まれなかった。……けれど、まさかこんなタイミングで『旅行ついでに』というような展開になるとは、思ってもみなかった。

 目の前に広がる光景に思考と感情、その全てが追い付かず、半ばパニックになった私の表情を視認したはずの達樹は――響介に嫉妬していたあの日と同じようにくすり、と。満足そうに笑っていた。

 オープンにしていない社内恋愛中の私たちは、普段から一緒にどこかに出かけるということをあまりしてこなかった。けれど、こうした遠い街であれば町中をふたりで歩いていても会社内の誰かに見つかるということはほぼないはず。突然の出来事に驚きはしたものの、達樹のその心遣いはひどく嬉しかった。

「……晴れてよかった。雨でも開催はされるとは言ってましたけど、せっかくなら外でと思ってましたので」

 事前に持ち込んだペットボトルに口を付けながら、達樹がぽつりと零した。芝生に敷いたレジャーシートに座って観覧するタイプのこのフェスは、雨天となっても近くのホールに会場を移して決行されるらしい。4月に畜産販売部に異動となってから商談やら取引先に提示する企画立案やらで忙しい日々を送っているはずだろうに、今日のためにと色々な案を考えてくれていたのだと察した。

 その言葉を紐解いていけば――達樹自身も、この日を心待ちにしてくれていた。その事実に行き当たると、身体の奥底からあたたかい感情がじわりと込み上げてくる。気を抜けば口元が盛大に緩みそうになるのを必死に押し殺した。

『次が最後の一曲です。皆さま本当にありがとうございました!』

 MCの人の掛け声とともに雨のような拍手が沸き上がる。それに倣い演者の人々に拍手を送りながら、そっと隣の達樹に視線を向けた。拍手を終えた達樹は身体を支えるために右手をレジャーシートについている。手を伸ばそうと腕に力をいれて、少しばかり躊躇う。

 込み上げてくる小さな恥ずかしさに頬が僅かに熱を持つ。……でも。

(……ちょっと、ずつ)

 達樹に対して、遠慮したり、我慢したりするのは、もうおしまいにしようと決めたから。躊躇いがちに伸ばした手のひらを、達樹の右手にそっと重ねる。

 ゆっくりと……視線が絡み合った。重ねた手も、自然と絡まっていく。

 お互いに小さく笑みを浮かべ、そっとステージに視線を戻した。トクトクとときめく心臓の音を聴きながら、そのままゆっくりと達樹の肩に頭を預ける。

「こうして外でジャズが聴けるなんて、贅沢ですよね」
「……ん」

 このフェスは、終演前の最後の一曲は毎年同じ楽曲が演奏されるらしい。フェスの暑さや激しさとはひと味違う哀愁が漂う大人な演奏かと思えば、ジャズならではの自由なリズムで明るさが協調されたフリースタイルな演奏も響き、思わず感嘆のため息がこぼれ落ちていく。カフェなどでも流れるような有名な曲も、演者によってこんなに違うのだと改めて認識させられる。

 こうしたライブ等に参加する度に思うのは、やはり生音は何にも変えられない。音だけではなく、その場の空気感も含めて『ライブ演奏』なのだ。これは会場にいなければ味わうことが出来ない、唯一のもの。

(……しあわせ、だな…)

 音楽鑑賞の中での最大の贅沢。そんな贅沢な時間を、同じ音楽を。達樹と隣合ったまま、共有している。こんなに幸せなことはない。

 来年この場所に聴きにきても、今とは違う感想を抱くのだろう。同じ楽曲だとしても、その日のその瞬間の演奏がこんなにも違うのだから。


 それはきっと。この場に、何度だって聴きに来たくなるような――――


「……来年も、また来ましょうね。真梨さん」


 ステージから奏でられた最後の一音の余韻。そこに、達樹の穏やかな声で紡がれた、倖せな一言が。



 ゆっくりと……溶けて、いった。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。