俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ

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番外編/Honey Honey Moon.

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 私が智から新婚旅行の候補先を聞いた時に行きたいと強請ったのは、ガラスの美術館。ここはガラスアートと美しい建物と庭園が有名な美術館なのだ。一口にガラスと言ってもたくさんの種類があり、それらの作品をたくさん眺めた。キラキラと幻想的な雰囲気に包まれた館内や庭園を一通り周り終わり、旅の記念と贈り物に最適なミュージアムショップに足を踏み入れ、先ほど車の中で口にしたあの二人へのお土産を吟味していく。

(あ……)

 ふと、お店の入り口に設置されているディスプレイ什器に飾られた、一つのグラスに目を引かれた。桜の形の繊細なグラヴィール彫刻が施されたロックグラス。深い紫色や艶やかな赤色といった色とりどりのそれらから、琥珀色とエメラルドグリーンのグラデーションに染められたものを手に取って智を呼び止める。

「お祝い。もうこれ一択……だよね?」
「だな。逆にこれ以外の選択肢はねぇだろう」

 グラスの底に貼り付けられたシールに刻まれた、このグラスの色の名前は――《琥珀緑》。あの二人を象徴する色の組み合わせに私は智と顔を見合わせて小さく笑い合う。
 彼らの色がきれいに混じりあいグラデーションになっている様子を見ていると、加奈子さんと片桐さんが隣り合っている光景が、先ほどまでとは違い克明に想像できる気がした。
 手に持ったグラスをカゴに入れ、じっと眺めてみる。本当に……ものの、彼らが巡り会って手を取り合うのは、もしかすると【運命】に近かったのかもしれない。思わずそんなロマンチックなことを考えてしまうほどに、この二色のグラデーションはしっくりくるものだった。

「どうする? 三木とかにも買っていくか?」

 顔を上げると、智は鮮やかな赤いガラス製の四角い食器を手に取って楽しそうに笑っていた。その顔が本当に可愛いと思ってしまう。思わず頬が緩んでいく。

「う~ん……どうしようかな。三木ちゃんはご実家が料亭だし、こういうのたくさん持ってそう」
「あぁ、確かになぁ……だったら別のところで違うの買うか。中心街にもいろいろ土産屋はあるだろうから、明日とか明後日に街中を歩き回るのもいーかもな」

 店内を見回りながら他愛もなく会話を交わしていく。先ほど歩道を歩いていた人たちのように浴衣で街中に繰り出してあぁでもないこうでもないと言いながらお土産を探す旅に出るのも、悪くはない気がした。

「そうだねぇ。時間はいっぱいあるし、ゆっくり考えよう。智こそ浅田さんに買っていったら?」
「あ~、アイツはこういうの趣味じゃねぇからいいわ。そうだ、知香は何かいらねぇ?」
「……え? 私?」

 思わぬ問いかけに目を瞠ると、ジーンズのポケットから財布を取り出した智がいいことを思いついた、と言わんばかりに頬を綻ばせた。

「ん。あてもなく土産探しするのもいいけど、知香の欲しいもの探しをするのもいーなと思ったんだ」

 急な問いかけに戸惑うものの、今、欲しいもの……は特に思い浮かばない。
 綺麗なものは好きだし、可愛いものも好きだ。メッセージアプリで使える流行のスタンプのキャラクターも癒されるから好き。けれど、今、物理的な何かが欲しいかと聞かれると、そうでもない。

「我慢しねぇでいい。知香は普段から何も欲しがらねぇから、こういう時くれぇワガママ言ってくれねぇ?」
「……」

 確かに、智と出会って以降、これまで何かが欲しいと明言して購入したものはほぼない気がする。特段、我慢……しているつもりもないのだけれど、智にはそう見えていたのなら逆に申し訳ないくらい。

(う~~ん……)

 仕事やプライベートでも使うような目につく物はもうすでに持っている。私は何が欲しいだろうかと心に問いかけてみるけれど、何一つ思いつかず、思わずじっと考え込んでしまう。

「そう難しく考えねぇでいいって。……ま、なんか思いついたら言ってくれ。な? とりあえずレジ行こ」
「あ……ご、ごめん」

 思いっきり苦笑いを浮かべた智が、ぽんぽん、と。私の頭を優しく撫でていく。なんとなく処理しきれない感情を抱えたまま、私はレジに向かう智の背中を追った。

「そ、そういう智こそ何か欲しいのない? せっかくの誕生日だし、智の欲しいもの探ししてもいいんじゃないかなって」

 しなやかな背中を追いつつ智の服の裾を小さく掴んだ。智は驚いたように目を瞬かせぴたりと足を止め、次の瞬間にはふっと不敵に笑う。

「俺が欲しいのなんて決まってんだろ?」

 壮絶な色気さえ感じさせるその表情から視線を離せずいると、背の高い智が背中を丸め身体を屈めていく。

「知香の全部」
「~~っ!」

 左の耳元で低く囁かれた言葉は、一年前とまるっきり変わらないセリフだった。結婚して夫婦になっても相変わらずの智の態度に、耳まで熱を持った顔を背けて小さく「ばか」と返すのが精一杯だった。



 ***



 美術館を出ると、ちょうど日が傾き始める頃合い。広々とした庭園も回ったので思ったよりも時間を使ってしまったらしい。けれどこの後も特に予定を入れているわけではないから、温泉街の街並みを車窓からのんびりと楽しんで予約した旅館へと入った。

「すご……」

 智が車を停めたのは、間違いなくこの温泉街で一番高級な宿とわかる外観の旅館だった。温泉街の細道から上りあがっていった先の旅館は一日五組しか泊まれないらしい。客室はすべて離れとなっていて、五棟それぞれが趣が異なっている贅沢な空間。
 ラウンジ棟でチェックインを済ませる智の背中をロビーのソファから眺める。天井は高く、ゆったりとした建物の造りが非日常の空間をより一層際立たせているようだった。
 手続きを済ませた智とともに、仲居さんに連れられて渡り廊下を歩き、宿泊棟へと移っていく。全ての部屋に源泉を引き込んだ半露天風呂が完備してあるそうで、食事も全て離れで提供されるらしい。
 まるで時間が止まったような静けさの中に佇む、趣のある見るからに一番高級な離れ。和の雰囲気をたっぷりと残しながらも、どことなく洋風の雰囲気を纏い、室内も全体的にモダンな造りをしている。

(わ……ひっろ)

 離れのなかは、広々とした洋風のリビングの隣にベッドルームがあり、その他にもい草の青い香りがくつろげる空間を演出する和室と、檜の半露天風呂、そして内風呂もついている。和室からはこの離れ専用の寺院のような立派な日本庭園を眺めることができ、食事はこの和室で懐石料理を楽しむ流れなのだそう。
 こんな高級旅館に泊まれる機会なんて一生ないのではと思うほどに豪奢な造りをしていた。それもそのはず、この離れは百平米以上あって、いわゆるスイートルーム的な扱いの客室なのだ。

 智の勧めで選んだこの宿は、『離れ』に籠もる至極の休日――そうしたコンセプトを掲げた旅館だった。

 仲居さんから客室の案内を受け、荷物を部屋の隅に降ろして和室のふかふかの座布団に座った。お出迎えの抹茶で一服していると、目の前のテーブルの脇に置いてある新聞に目が留まる。

「……」

 緩慢な動作でそれを手に取った。大きな見出しには、『黒川被告側は改めて殺意を否定』と記されている。
 黒川、さん。銃刀法違反と殺人未遂、暴力行為等処罰法違反の複数の罪で起訴された彼の裁判は春に初公判を迎え、先週末に結審した。それに関する新聞記事のようだ。
 裁判の前に示談の申し出があったけれど、私はそれを受けることはしたくなかった。きちんとした裁きを受け、そして私の知らないところで幸せになってくれればそれでいい。凌牙に対してそう思っていたように、黒川さんに対してもそう思っていたから。
 検事さんの求めで、私も加藤さんも証言台に立つことが決まったのは、初公判が開かれた直後のこと。けれど彼は、私や加藤さんの証言を聞いたとて、私たちや片桐さんに対しても終始「脅すつもりだっただけ」と殺意の否定を繰り返している。
 それでも問われている罪が複数に及んでいるので、後日言い渡される判決は求刑通りの懲役十五年程度とみられているらしい。

「知香」
「あ、えっ」

 視線を落としていた新聞が手元からするりと引き抜かれた。荷物を広げていたはずの智は複雑な感情を隠すことなくあらわにし、眉根を寄せている。

「ただでさえ……知香は被害者として証言台に立ったんだ。あの時も昨日の結婚式も精神的にも疲れたろう? 俺が温泉を選んだのも、それが理由だから。しばらく日常のあれこれは忘れて……ゆっくりしよう。な?」
「あ……」

 思い返せば、確かにそのくらい時期の結婚式の打ち合わせの最中に新婚旅行の話が出て、国内で羽を伸ばそうと話し合って、あれやこれやと調べて――この旅館を予約した。
 けれど、智がそんな風に考えてくれていただなんて……私はちっとも考えていなくて。

「新婚旅行だっつうのにこんな近場で済ませてしまって申し訳ねぇとは思ってる。やっぱ情報が遮断できるハワイとかの方がよかったか……」

 顔を顰めながら新聞を折りたたみ小さく呟く智の横顔に、何とも言えない罪悪感がこみ上げる。

(うう……そんなこと、言われたら……)

 せっかく智が私を想って選んでくれたのに。そっと手を伸ばし、新聞をテーブルに置いた智の頬に触れる。

「ごめん……気遣ってくれて、ありがとう」

 智の背後に備え付けられた丸型の障子から広がる静かな庭園が、私の視界に映り込んだ。

「私、智と二人でなら、どこだっていい。……こんな素敵なところに連れて来てくれて、ありがとう」

 丸く切り取られた先に限りなく広がる光景に押し出されるように、気づけばそんな言葉が口をついて出てきた。
 どことなく不安げに私を真っ直ぐに見つめる智の表情がゆっくりと緩んで、私の言葉を穏やかに受け止めていった。

 智は柔らかな吐息を零し、私を大事そうに抱き込んで、小さく口付けを落としていく。その感覚が心地よくて、私はそのまま身体ごと智に心をも委ねきる。

「――――知香」

 耳朶に溶け込んでいく甘くて低い声が、私をがっしりと捕らえた。
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