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堕ちた月が満ちるまで

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 泣きながら好きと告げるなんて、狡い。しかも――在りし日の、9歳の時の姿で。

「あっ……は、ぁっ……」
「エマ。ちゃんと、見て。きみの乙女を奪うのは、他の誰でもない――この僕だ」

 エマは自らを見下ろす紺碧の瞳を見つめながら、媚薬に侵され両腕の自由を奪われた身体のまま、心の中でひとりごちた。



 * * *



 コンコンと扉をノックすると、そう間を置かずに扉が開かれる。

「ごきげんよう、ロバート殿下」
「エマ! いらっしゃい、待ってたよ!」

 エマが挨拶をすると、扉を開けたロバートは弾けるような笑顔を浮かべた。

 ――せっかく死に戻ったのだもの。そもそもの物語のスタートを阻止してみせるわ。だってこんな小さな子が処刑されるだなんて残酷なこと、耐えられないもの。

 夜空に輝く満月のようなプラチナブロンドがふわりと揺れ動くのを横目にエマは決意を新たにする。目の前にいるのは、この国の第二王子であるロバートだ。

「エマが冒険小説が好きだなんて、本当にびっくりしたよ。僕の書斎は冒険小説だけじゃなくて他にもたくさんあるから、エマが好きなのをたくさん見ていって!」

 満面の笑みを浮かべたロバートに手を引かれ、エマはロバートの私室に足を踏み入れる。

 ――前回はわけがわからなくて、物語がスタートして進行していくだけだったけど、今回はそんなことさせない。だから、貴重な本をたくさん集めているらしい『ロバート』の書斎で何かしらのヒントを掴まなくちゃ。

 ロバートの背丈はエマの肩口ほど。デビュタントを迎えの大人の仲間入りをしたエマにとっては、ロバートのやわらかなてのひらは頼りなく、彼が守るべき存在なのだと改めて知らしめてくるようだった。

「ロバート殿下にそう仰っていただけてほっとしました。サロンの皆さまの間では恋愛小説が流行っていましたから、こちらの方が好きだとはなかなか申し上げにくくて。でも、勇気を出してルーデウス殿下にお話ししてよかったですわ」

 ルーデウス――この「ETERNAL EARTH」の世界、通称EEシリーズと略される、元の世界では有名なRPGゲームソフトの主人公。
 エマはこの世界の人間ではない。けれど、そう断言してしまうと少し語弊がある。
 前世のエマ――中郷なかざと恵茉えまは至って普通のOLだった。 仕事を終え自宅近くの横断歩道を渡っている最中、居眠り運転の車に突っ込まれ、目覚めるとゲームの世界に転生していたのだ。

 主人公・ルーデウスの婚約者、公爵家令嬢エマ・ヴァロワ――このゲームのヒロイン役として。

「ルディ兄様もびっくりしただろうねぇ」
「驚かれておりましたけれど、私らしいと仰っておられましたわ」
「ふぅん、そうなんだ」

 天真爛漫なはずのロバートから返されたどことなくおざなりな言葉に、エマは一瞬だけ違和感を抱くものの、本来の目的を悟られないようにと会話を続けていく。

「改めまして、今日はお招きいただきありがとうございます。けれど、王族のみなさまにとって大切な豊穣祭ハロウィーンの日に押しかけてしまって……」
「あぁ、いいんだって。僕はまだ母様の服喪期間でしょう?」
「あ……そう、でしたね……」

 ロバートは国王が側妃・アリアに産ませた庶子だ。彼女が病で急逝したのは去年のこの時期のことだった。雪が降りそうなほどの寒空の下の葬列で、エマの記憶にも深く印象に残っている。

「母様は側妃だったけど、曲がりなりにも王族のくくりだから、一年の服喪期間は教会の決まりだし。だから僕は今年の式典に出られない。でもこの時期は執事のアランもみんな準備で忙しくて誰も相手してくれないから寂しかったんだ。だからエマとこうしておしゃべりできてうれしい」

 葬儀の時とは対照的な、はにかんだような笑みを浮かべるロバート。まだ年端もいかない子どもが、一年という短期間で自らの親の死を乗り越える胆力を持ち合わせているのは、第二王子という生まれが要因なのだろうか。そんな彼が自らの机から書斎の鍵を手に取ったのを視認し、エマは今日の作戦を改めて振り返った。

 ――ひとまず冒険小説を読み漁るフリをして……きっと2時間粘れば『ロバート』も疲れてうたた寝したりするだろうし。そのタイミングで歴史書を探させてもらう。王城にしか存在しない資料もたくさんあるだろうから、そこにヒントがあるかもしれないわ。

 恵茉が『エマ』として覚醒したのは『今日』時点から半月前のこと。このゲームは王道RPGで、この国と隣国アルメアの間で戦争が勃発し、命からがら逃げ延びた第一王子・ルーデウスが身元を隠して各国を回り、領地の奪還と国の再起を目指して冒険を重ねるというゲームシナリオだ。

「本当ならこの書斎は王族以外は入れちゃいけないんだ。だから今日は特別だよ?」
「えっ、そうなのですか?」
「うん。王族の系譜の書物もあるから。特にこの国の建国に関わる『神』と『天使』のことが載った書物。でも、エマはもうすぐ僕と同じ王族になるんでしょう? だから特別だ」

 満面の笑みを湛えたロバートがニコニコと顔の横で鍵を揺らす。投げかけられた言葉に「ありがとうございます」と笑みを浮かべながらも、エマの脳内は違う話題でいっぱいだった。

 ――そうだわ。『神』と『天使』についても資料を集めないと。ルーデウスもロバートも、神からのお告げを伝えに来る天使の加護を受けた王族だから……その加護の力を応用したりすれば、物語の強制力だって跳ね除けられたりするんじゃないかしら。

 恵茉が転生した『エマ・ヴァロワ』は20歳を迎えたルーデウス王太子の婚約者でもあり、この国が隣国アルメアに攻め落とされた時、ルーデウスとともに逃げ延びて冒険をともにするキャラクター。転生したばかりのループでは、物語の強制力によってストーリーがスタートしてしまったものの、現実世界でこのゲームをチュートリアルで放棄してしまった恵茉はうまく立ち回ることができず物語の中盤で悪魔の呪いを受け、死を迎えた。

 ――というより、もう死んじゃうのはまっぴらごめんよ。痛いのは嫌いだもの。なんとか物語のスタートを回避しないと!

 この世界にはいわゆる『セーブシステム』があるらしく、エマは死を迎えたものの覚醒した時点に時間が巻き戻ったようだった。物語を正しいエンディングに着地させるための死に戻りだったのかもしれないが、エマはそれに抗うことにした。隣国に攻め落とされてしまったのち、戦争を仕掛けてきた隣国の皇帝によって、王や王妃、そしてエマの父や兄といった主要な貴族たちまで処刑台に送られてしまうのだ。転生者とはいえ、『エマ』として生きてきた歴史を持つ恵茉は身近な家族が死ぬという悲惨な出来事を回避したいと考えていた。

 ――だけど、前回と状況が違うもの。いろいろ慎重に動かなければね。

 今回のループは、主人公ルーデウスのひとつ年下であったロバートが、なんと10歳も年下の9歳となっていたのだ。ロバートはアルメアに攻め落とされた時から生死不明のキャラクターで、王家の血筋を引く彼はアルメアに捕らえられた後はおそらく処刑されてしまうはずだ。誰も不幸にしないために、2度目の人生はうまく立ち回らなければ。
 ……とはいえ。

 ――こんな可愛らしい子が、あんな不愛想な大人に成長するなんて、誰も想像していなかったでしょうね……

 目の前を歩くロバートからは音符が飛んでいるような空気感を感じ取れる。純真な彼を眺めたエマは、成長した『ロバート』の姿を脳裏に浮かべた。
 前回のループではエマと同年代だったロバート。彼は成人を迎えてもなお不愛想で陰気な気配をまとった人物だった。第二王子という立場だったため、周囲からも王位継承の素質があるのかと噂されるほどには内向的な性格をしていた。優しくて思いやりがあり、忍耐強く目標のために努力もでき、強い自制心を備えた、主人公然としている『ルーデウス』とは対照的な人物。

 ――でも、確かに昔はこんな風に素直で可愛い子だったわ。前回はどうしてあんな陰鬱な性格になってしまったのかしら。

『恵茉』ではなく『エマ』として生きてきた記憶の中にある『ロバート』の幼少期は目の前の『ロバート』と寸分違わない姿。なにが転換点だったのだろうと思考の海に沈みつつ、エマは鍵を持って私室を後にしたロバートの背中を追っていく。

「ここが僕の特別な書斎だよ」
「わ、ぁ……!」

 案内されたのは、王族居住区の中央庭園を抜けた場所にある離宮の中の書斎だった。壁一面に取り付けられた本棚にはいくつかの移動式梯子が備え付けられており、部屋の中央には執務ができそうなほどの広さを誇る机が鎮座している。そして、目を引くのは、壁面本棚をくりぬいたような形で設置されているベッドだ。

「どうしてベッドがここに……?」
「読書に疲れたらここで仮眠を取るんだ。ここは僕の部屋まで遠いし。寝っ転がりながら読書するのも悪くないものだよ?」
「まぁ。そんなことしたら、アランに怒られたりしませんか?」
「言ったでしょ? この書斎は王族以外は入れないから、アランは立ち入り禁止。だからこっちでは合法的にそういうことができるんだ。向こうの僕の部屋でやったら、そりゃあ怒られちゃうけど」
「ですよねぇ」

 くすくすとエマが肩を揺らせば、ロバートもおどけたように笑う。やはり、今回のループでの彼は、前回の『ロバート』とは全く違う人物のような気がする。

「とりあえずそっちのベッドをソファー代わりにエマに貸すからさ。僕はエノク書の原典を読んでるから、気が済むまでゆっくりしていって」

 ロバートは中央の机に載せられた古めかしい書物をぽんぽんと叩いた。

「やっぱり、ロバート様は勉強熱心なのですね」

 エノク書はこの国における聖典だ。ロバートは神や天使の力を授かった一族として、王位継承権を持つ者としての責務を全うしようという心づもりなのかもしれない。ロバートは少しだけ困ったように笑った。

「勉強熱心……ってわけじゃないと思うよ。僕が死んだあと、僕の存在をこの世界の全員の記憶から消す方法がないかなって、そう思ってるだけ」
「……どうして、そんな」
「母様が死んじゃって、すごく悲しかったから。だから、僕が死んだあと、僕が生きていたことをみんな忘れちゃえば、みんな悲しくならないでしょ? そのために色々調べてるんだ」
「……」

 眉を下げ、苦笑するロバートを目の前にし、エマは胸の奥がつきんと傷んだように感じた。普段は明るく元気な様子でいたところで、やはり幼い彼にとって、母の死というのは予想以上に心の傷になっているらしい。

 ――そう、よね。だってまだ9つだもの。

 何十年も先のこととはいえ、ロバート亡き後、彼の存在が自分の記憶から消えてしまうのは悲しい。エマにとってこの世界は物語の中の世界でもあるが、『今』は『エマ』としての人生を生きている。縁のある人物が傷ついているのを見過ごすことはしたくない。

「ロバート様が……その方法を見つけられたとしても、私だけはロバート様のことを忘れません」
「……」

 そっとロバートに近づいたエマは腰を下ろした。驚いたように目を瞠るロバートの手を取り、てのひらでゆっくりと包み込む。

「泣きたいと思ったときは思いっきり泣いていいんですよ。私の前だけでも構いません、お気持ちを抑え込まないでくださいませ。こう言うと大変おこがましいかもしれませんが、私はすでにロバート様を本当の弟のように思っておりますから」
「……エマ……」

 死に戻りを経験したとて、エマの中でロバートという存在は大きい。彼は将来の家族という大切なの人間だ。それはロバートの年齢が変わっていたとて、前回のループでも、今回のループでも、エマにとって変わることは無い事実。

「……ごめんね、エマ。僕も落ち込みすぎてるのは自覚してるよ。そう言ってくれて、ちょっとふっきれた気はする。たぶん、もう大丈夫。ありがとう」

 視線が絡まった紺碧の瞳は穏やかな感情を湛えている。投げかけられた、どこかエマを言い聞かせるような口調はどちらが年上かわからない。
 とはいえ、ロバートは紛うことなき王族で、現時点のエマはただの公爵家令嬢。王子に意見したという事実は変わりはしない。

「差し出がましく申し訳ございません。その……ご容赦を」
「いいってば。気にしないで。ほら、エマの好きな本探さないと、あっという間に夜になっちゃうよ? あっ、読書中に喉が乾いたらこの紅茶を飲んでね」

 反射的に謝罪したものの、明るいロバートに逆に助けられてしまったような気がする。もう一度頭を下げたエマはロバートの促すまま、そっと立ち上がり目の前に広がる本棚へと視線を向けた。



 * * *



「――――……マ…………エマ?」
「へっ」

 ロバートの呼び掛けに顔を上げたエマは、目の前に広がる室内の暗さにはっと我に返る。ロバートが灯してくれているいくつものカンテラがこの部屋を明るいものとしているものの、窓の外はずいぶんと日が落ちてしまっていた。

 ――やってしまった……!

 物語の開始を阻止するためにと勇んでこの場所を訪れたというのに、気がつけばエマはカモフラージュで読み始めた冒険小説に引き込まれていた。ソファ代わりにと腰掛けていたベッドには本棚から持ち出したシリーズ巻を山積みにしてしまっている。
 確かに、恵茉として元の世界に生きていた際、ライトノベルにハマっていた時期はある。稀代の陰陽師・安倍晴明の孫という設定の和風ファンタジーから、魔法が息づく世界で旅をしながら様々な国を巡る本格ファンタジー等、幅広く読み漁っていた。この世界の小説も元の世界に劣らないクオリティの作品ばかりで読み応えがあるとはいえ、本来の目的を忘れてしまうほどに没頭してしまうなどあってはならなかったはずだというのに。

「何回呼びかけても気づいてくれないから。その小説、そんなに面白かった?」

 にこにこと無邪気な笑みを浮かべたロバートを前に、エマはあたふたと言葉を紡ぐ。

「も、申し訳ありません……! 没頭してしまいまして……」
「大丈夫だってば。そんなに面白かったなら、それ、しばらく貸しててもいいよ?」
「え……」

 ロバートの申し出を聞き届けたその瞬間、エマの脳内で計算が始まる。

 ――ここで素直に借りておく方がまたここに来る口実にもなるかしら。今回はしくじったけど、次こそ資料を探さなきゃいけないから。

 一度目で失敗したのならば二度目にトライする。すぐさまその結論にたどりつけたのは死に戻りを経験したからだろうか。エマはロバートに謝意を述べていくつかの本を胸に抱えた。
 書斎を出て離宮の玄関を目指すと、窓から見える外はもう日が落ちきっていて、ロバートが手に持ったカンテラの光を頼りにしなければ足元も覚束無いくらいだった。そんな中、離宮の玄関に手をかけたロバートが「あれ?」と小さく首を捻った。

「どうなさったのですか?」
「鍵……外から閉められちゃってる」
「え、……」

 ロバートが扉の取っ手を揺すってもビクともしない。試しにエマも手を伸ばしてみるが、結局は同様だった。

「そうだ。今夜、ツヴァイエだ。かがり火の日だよ。だから王城に人が少なくなるから、いくつかの場所に鍵をかけるって言われてたんだった」

 カンテラの光に照らされたロバートは青ざめたような表情を浮かべているように見えた。ロバートが大声を出して離宮近くに誰かいないか探してみるものの、周辺からは物音一つ聞こえてこない。ただただ、時間だけが過ぎていく。

 ――こんな時に体力を消耗させてはいけないわ。かがり火が終われば人が来るかもしれないから、その時まで私もロバートも体力を持たせないと。

 一度目のループの時に学んだこと。緊急事態のときほど無駄な体力の消耗は命に関わる。エマは腰をかがめ、ロバートの肩を抱いた。

「……ロバート様、少し中で休みましょう?」
「うん……こんなことになってしまってごめんね、エマ。早くお屋敷に帰らないといけないでしょう?」
「大丈夫ですわ。ツヴァイエが終われば人も戻ってきます。その時に外に出れたらいいのですから」
「……うん。この離宮は僕が小さい時に母様と過ごした場所だから、不便では無いと思う……」
「ロバート様の書斎にはベットもありますし、ね? だから大丈夫ですよ。さ、戻りましょう?」

 エマは見るからに落ち込んだロバートを安心させるようににこりと笑みを浮かべた。しっかり者に見えても、ロバートはまだ幼いのだと実感する。
 先ほどまでいた書斎に戻ると、カンテラを置いたロバートが小さくあくびをした。エマはソファ代わりに腰掛けたベッドをぽんぽんと軽く叩いた。

「ロバート様、少しお休みになりませんと」
「ううん、大丈夫。ここで僕が寝ちゃったら、何かあったときにエマを守れなくなっちゃう」

 小さくともいっぱしの『男』であることは主張したいらしく、ロバートは剣を構える仕草をした。

「大丈夫ですよ、ロバート様。私、こうみえて武道も嗜んでいたのですよ」
「……本当に?」

 エマの記憶の中には一度目のループの際に叩き込まれた護身術がある。途中で仲間になった魔道士に、自分の身は自分で守れと教えこまれたのだ。
 それに、さっきロバートが大声で周囲に誰かいないかと呼びかけていたが、周りからは何一つ反応がなかった。この場所は王城の中でもあるので、エマにとってもロバートにとっても、特に脅威になるような存在は現れないはずだ。
 エマの返答を聞き届けたロバートが口を噤む。幼い顔から感情が消えたような錯覚を覚え、エマはふと小首を傾げた。

「ロバート……様?」

 ロバートの腕がエマへと伸び、その手がエマの身体をとんと押した。

「僕に……こうされても?」

 どさりという音とともに、エマの身体にぐっと重みがのしかかる。ロバートは突然のことで硬直したままのエマに馬乗りになり、エマの腕を抑え込んだ。ドレス越しに感じるロバートのてのひらの冷たさにエマはひゅっと息を飲む。

「ロ、バートさまっ……お、やめ、くださっ……!」

 押し倒された――そう理解したエマが悲鳴じみた声を上げるも、それは即座にロバートのてのひらで塞がれる。くぐもった声を上げながらじたばたと足を動かそうとしてもうまく四肢に力が入らない。

 ――どうしてっ……!?

 この世界では公爵家の令嬢として――王太子妃候補として育ってきた肉体だったとしても、エマは成人を迎えもうすぐ19歳となる。そんなエマが、9歳の少年に抵抗ひとつできないなど、ありえないはずだというのに。

「やめない。なんのために僕がこんな回りくどいことをしたと思ってる? 王城から人が捌ける豊穣祭の日を狙ってエマと約束を取り付けて――抵抗されないように薬まで盛って、さ」

 ロバートは声変わりをしていないはずだというのに、その声はいつもよりも幾段と低い。なにかがおかしいと感じたエマは本能的な恐怖感から必死に腕をばたつかせる。

「んんっ、んん~~!!」
「エマ。きみは僕の婚約者になるはずだったんだ。僕はずっと――母様にそう聞かされてきたんだよ。いまさら『ルーデウス』になんて渡してやるもんか」

 ロバートが口にした名前にエマは息を飲んだ。これまで、目の前のロバートは自らの兄のルーデウスのことを『ルディ』と愛称で呼んでいたはずだ。

「どうして? って顔をしてるね、エマ。簡単だよ。僕は兄様が憎かった。きみのそばにいられる兄様が、ずっと……」

 仄暗い憎しみのような感情が込められた声色で放たれた言葉に、エマは大きく目を瞠った。

「もっと早くこうすれば……母様も自死なんて選ばなかったかもしれないね」
「っ……!?」

 自死。この離宮で、何不自由なく生活していたであろう側妃が、どうして――

「あれ? 知らない? さすがルーデウスだねぇ、になることはエマに言ってなかったんだ」

 混乱を極めたエマの表情に、ルーデウスは嫌悪感を隠すことなく嘲るような笑みを浮かべた。

「母様は父様が市井の酒場から連れてきた元踊り子だったのは知ってるよね? 公爵家とかの後ろ盾もなくて立場が不安定なことを不安に思ってた母様のことを父様が不憫に思ったんだって。自分が強引に連れてきたのにね。だから僕の婚約者を筆頭公爵家のヴァロワ家の一人娘にすることを約束した。だけど父様は約束を破った。エマがルーデウスの婚約者に内定したのがきっかけで、母様は狂った。狂って――自分で喉を切り裂いたんだよ。その復讐のために僕はこの一年生きてきた。エマを取り戻すために。ルーデウスを殺せそうなアルメアの宰相と手を組むつもりだったけど、もうどうでもいいや」

 ロバートは依然として恍惚とした表情でエマを見下ろしている。思考回路は混乱をきわめているが、断片的な情報を繋いだ末に弾き出された答えがさらにエマの血の気を引かせていった。

 ――まさか……『ロバート』だったの!?

 確かに。確かに、このゲームのキャッチフレーズは『意外なラスボスが引き起こす衝撃的なストーリー展開』という目を引かれる煽りが使用されていた。その意外なラスボス、というのが主人公の弟を指し、彼がアルメアの人間を引き入れこの国を滅ぼした張本人として立ち回るストーリーだったのならば、納得がいくキャッチフレーズだ。

 ――こんなことならちゃんとプレイしてるんだった……!! というか、初めての転生で気づくべきだったわ。よりによって主人公の血を分けた弟がラスボスだなんて……!!

 嘆いても遅いのだが、今のエマは嘆くより他ない。とにかくこの状況を打開しなければと、エマは懸命に思考を巡らせる。全身から血の気が引くのを感じながら、エマは必死に両脚でシーツを蹴った。それでも、なにかを身体では、体重をかけて押さえつけられている戒めを振りほどくことはできなかった。

「あぁ、もう。めんどうだなぁ」

 少しばかり不愉快そうに眉を顰めたロバートはなにかを小さく囁いた。その途端、ロバートの手のひらで抑えられている箇所から電流が走り抜け、痺れていくような感覚がエマの全身を襲う。

 ――うそっ……! これっ、悪魔ルシファーのっ……!?

 一度目のループの時、『嘆きの森』でさんざん苦しめられた悪魔の加護。肉体を痺れさせ、戦闘能力を封じる力だ。神の加護を受けし王族であるロバートが、なぜ悪魔の加護を持っているのか理解が及ばず、エマは更なる混乱の沼に突き落とされていく。

「ロ、バートさまっ……なに、を」
「なにを、って。わかるでしょ、エマ。妃教育で閨の話もあったでしょ?」

 ロバートは淡々とエマの両手首を頭上で固定した。蔦のような湿ったなにかがエマの両手とベッドの支柱とを繋いでいく。

 ――っていうか、主人公の弟がラスボスだなんて、このシナリオ書いた人どんな思考回路してるのよっ!!

 じわりじわりと全身から力が抜けていく。それなのに、意識がはっきりしているのがひどく不快だ。思わずゲームシナリオを執筆した人物に悪態をついてしまうほどには、エマの思考回路は理路整然としていた。

「きみがこうして僕の書斎を見たいと言ってくれなかったらこんな機会は得られなかった。嬉しいなぁ」
「あ……!」

 ロバートの手がドレスの脇部分の編み上げにかかり、襟元の緩んだ合わせから侵入していく。シュミーズの上から先端を摘ままれ、エマは思わず甘く声を上げた。

「ひ、う……ッ?」

 胸元から生まれた甘い熱と痺れが全身に広がり、指先まで突き抜けていく。それを皮切りに、なにかを激しく求めるように身体の芯が疼きはじめた。
 確かに、『エマ』は王位継承権を持つルーデウスの婚約者であるので、まぎれもなく乙女だ。ただ、『恵茉』として生きていた際に性経験がなかったわけではない。会社の同期と恋愛関係にあった時期もあり、セックスは経験済みだ。それでも、これまで経験したことのない得体の知れぬ甘美な疼きにエマは戸惑いを隠せずにいた。

 ――なん、なのっ、どうしてっ……

 全身から玉のような汗が溢れ、ドレス下のシュミーズをじっとりと湿らせていく。エマは突然の昂ぶりに動揺したままあえかな吐息を吐きだし、頭上の両手を握り締めた。

「あ、やっと効いてきた?」

 ロバートがうっそりと目を細め愉しげに肩を揺らす。エマは身を捩らせてわずかな抵抗をみせるものの、自らを見下ろす瞳の昏さにぞくりと震えてしまう。目の前の幼いロバートがまるで別人のように感じられたからだ。

「怖がらなくていいよ。ちょっとの間、身体が痺れる薬。でもエマには紅茶に混ぜたのは効かなそうだったからルシファーの力も借りちゃったけど。あ、そうそう、身体の感度が倍増する効果もあるから、はじめてでも痛くないと思うよ?」

 ロバートに馬乗りされ、両手の自由を奪われ、そのうえ媚薬に冒された身体は満足に制御できない。ロバートはエマを愛おしげに見つめ、衣擦れの音をさせながらエマが纏うドレスとシュミーズをまとめてはだけさせていく。

「エマのここ、もうこんなに固くなってる。やらしいね」
「っ、ッ……!」

『エマ』の肉体は他人にこのように触れられた経験がない。けれど薬のせいか、くりくりと双丘の突起を捏ねられるだけで、背筋を蟲が這うような快楽がせり上がってくる。エマは唇を噛んで必死に声を押し殺した。それが年上の、ロバートの将来の義姉としての矜持でもあった。

「声、我慢しなくていいよ。この離宮全体に結界が張ってあるから、だれも入ってこられない。ここでなにが起こっても、もうだれにもわからない」

 結界――先ほどの、離宮の入り口でのロバートの行動は演技だったのだ。けれど、それが今さらわかったところで、エマにはもうどうしようもなかった。

「いやっ……やぁあっ……!」

 ロバートはそれでもなお身を捩らせて拒絶しようとするエマを面白そうに見つめながら、胸の尖りを弄び続ける。くりくりと指の腹で転がされるたび、燃えるような感覚が全身に走り抜けていく。エマは思わず両足をベッドの上で突っぱねさせてしまう。

「ぁああ……ッ!」

 ――なん、でっ……!

 エマは自らの喉から漏れた声の高さに驚愕する。身体が焼けるように熱い。胸元に添えられたロバートのてのひらの冷たさだけが、その熱を抑えてくれるようだった。
 ロバートのてのひらがシュミーズからまろびでている胸を解きほぐすように捏ねると、エマは今まで感じたことのない蕩けるような開放感と安堵感に包まれていく。

「ああぁ、んぁ……ッ!」

 快楽を知らない乙女の全身を甘い感覚が駆け巡る。脳髄まで焼かれるような灼熱が白く消失し、舞い上がるような快悦がエマの思考を支配する。

 ――やだ……やだ、こんなので感じたくないっ……!

 媚薬さえなければ、こんな拙い愛撫で感じることもないのに。そう心の中で叫ぶエマの幼い肉体に、性の悦びが刻みこまれていく。ロバートがふにふにと柔肉を弄ぶたび、身体の芯から甘い疼きがせりあがり、エマの身体はビクンと跳ねる。刹那、ロバートの指先が先端をつんと弾いた。

「ひう、ぁああっ!!」

 身体に落雷が直撃したような衝撃に、エマの思考は真っ白に染まる。

 ――も、っと……!

 ロバートはエマのスカートをたくし上げ、太ももを割り大きく開かせた。ドロワーズの内に秘めた花襞に指先が侵入し、エマは大きく身悶える。未熟な肉壁を掻き分けるように押し入られ、痛みにも似た快感が全身を駆け抜けていく。

「ぐっしょりしてるね、簡単に指が入ったよ?」
「んっ、んんんん~~っ! 」

 くちゅくちゅといういやらしい水音がエマの聴覚を支配する。ロバートの指先がエマの弱点を探しているように浅瀬でゆっくりと蠢き、下腹の奥がたまらなく疼いた。

 ――あ……あ……あう、そ、れ、きもち、い……きもちいっ……

 感情と肉体が相反し、エマはひどく混乱していた。自分の身体が自分で制御できないという衝動が加わり、惑乱を極めたエマは半狂乱で頭を振りたくった。

「だめっ、やだっ……やだ、や、ぁああっ!」

 盛られた媚薬さえなければ、こんなことには――そう自分に言い訳をしたとしても、自慰もろくにしたことのない乙女の秘裂は信じがたいほどに濡れそぼっていた。

「やだ? こんなにとろとろで気持ちよさそうなのに」

 爛れたように熱を持った秘部は隠しようもなく、ロバートの指先がゆっくりと動くたびに激しい呼吸が漏れ出ていく。

 ――きもちい、それきもちいの、もっと、もっとほしい……!

 乱れたシーツの上でもどかしい感情に掻き乱されながら、エマは泣き叫びながら押し寄せる快感の波に必死に抗い続けた。

「ダメぇ、だめ、やだっ、だめ、だめっ……!」
「こんだけ感じといて、やだなんてよく言えるねぇ」
「ひぅ! あっ、ぅううんっ!」

 嗜虐的に微笑んだロバートは、蜜壺で浅く遊ばせていた指先で、上下に摩る動きに加えて押し込むような動きを強める。臍側の粘膜が圧迫され、正気を失いつつあるエマにとってはたまらない感覚だった。

「安心してよ、エマ。きみという存在がいたってこと、みんなの記憶から消えちゃうから。きみの存在は僕しかしらない。きみがここでどんなに淫らになっても、僕しかエマの事を覚えていないから。だから正直になっていいんだよ。ほら」

 ロバートは意地の悪い笑みを浮かべながら、エマに覆い被さるようにして耳元で囁いた。エマの頭上で両手を拘束していた湿ったなにかにロバートが手を伸ばした途端、それは意思を持ったように蠢きだす。

「ひっ……!」

 エマの視界に現れたのは、肉色をしたぬらついた二本の触手だった。それでも両手首の戒めは解けないので、そこが根元に当たるらしい。うねうねと蠢くそれはエマの肌の上に透明な粘液を垂らし、下腹部へと伸びていく。

「やっ、あ、やだっ、やだぁっ……!」

 醜悪な触手は粘度の高い液体をなすりつけるようにエマの恥部を這う。うねりを帯びたそれは生暖かく、瘤の付いた表面で充血した芯芽をこりこりと刺激し、生理的嫌悪と快楽のギリギリの感覚をエマに刻んでいく。

「ひぅっ! だめ、だめぇぇっ……!」

 触手の先端がぷっくりと膨れた花芯にちゅうと吸いついた。ぴったりと貼りついた触手は、人では決して出来ないであろう動きをしてエマを翻弄していく。秘芽を押し潰すようにくにくに揉まれ、きゅうきゅうと淫壺が収縮する。
 潜り込ませたロバートの指と外側の触手によって、表と裏から刺激され、目の奥に小さな光がちらついている。

「あっは、ふぅ……っ!」

 花芽に吸いついた蠢く触手の動きはひどく緩慢なものだった。ロバートの意思によって、すぐには絶頂が訪れないようにしているらしい。
 もう一方の触手が、ロバートの指が犯す蜜壺の先――後孔につんと口づけを落とす。

「ひ、ぁあああっ……!」

 媚薬の効能で敏感になっているためか、全身の感度が凄まじく高まっている。窄まった後孔の周囲をぐにぐにと刺激されるだけで下腹の奥がもどかしく疼く。背徳感による欣悦が脊椎を駆け巡るのを恥じながらも、エマは下腹の奥から迸る甘い衝動を抑えきれないでいた。

「い、いやぁ……入って、こ、ない、でぇ……」

 弱々しい拒否も空しく、触手は全身をくねらせながらその身を沈めていく。いやいやと頭をふるエマの声はか細く、そしてこの上ないほどに甘い声色だった。侵入に成功した触手がずりゅずりゅと音を立てながら妖しく蠢き始める。

 ――いやぁっ! や、だ……死ぬ……っ! 死んじゃうううっ……!! 誰か、だれかたすけっ……!

『恵茉』としても経験したことのない責めに恐れながらも、充分過ぎるほどに快感を与えられた身体が、更に快楽に溺れさせられることへの期待が綯い交ぜになっていく。恥ずかしくてたまらないのに、どうしようもなく気持ちいい。

「いやぁああっ! は、入ってっ、こないでぇっ……! だ、め……そんな、奥……ダ……メぇ……ッ」

 異物が胎内に入っていく恐怖と、それを上回る悦楽。全身をロバートと触手に好き勝手に弄ばれ、呼吸もままならない。ロバートの行動にも衝撃を受けているはずなのに、そんなことがどうでも良くなってしまうぐらい、全身に受ける刺激が気持ち良かった。

「ぅうううっ……あっ、あっ……」

 触手はゆっくりと、肉壁を押し広げるように慎重に蠢き、ぐぷぐぷといやらしい音を響かせながら深々とエマを犯していく。その間にもロバートは花襞の粘膜をお構いなしに責め立てる。

「大丈夫だよ、エマ。こっちはそれに犯させない。僕だけの場所だから」

 仄暗い笑みを口元に浮かべたロバートはそっと顔を落とした。尖りすぎた乳嘴を優しく口に含まれ、ころころと転がされていく。

「~~ッッ!!」

 そこから走った電流のような快感の強さにエマは戦慄いた。シーツは乱れ、全身から汗が滝のように流れ落ちていく。いつ終わるとも知れぬ拷問のような淫悦の疼きに、エマはだらしない表情をさらしてむせび泣くことしかできない。

「あ、あ、まっ、て、まってぇ、ぁあああ……っ」

 うねうねと蠢く触手は相変わらず秘芯にも刺激を与えていて、エマの精神を追い詰めてくる。ロバートの指先が浅瀬をリズミカルに押し上げ、瘤のついた触手は容赦なく後孔を擦りあげて腹側の粘膜を刺激し、エマを悦楽の渦へと引き摺り込んでいく。ぬめった物体のぐぽぐぽという粘着音によって、耳から全身を犯されていくような錯覚に囚われてしまう。

 ――きもちい、きもちいのぉ……でもぉっ……奥っ、おくっ、足りない、足りないっ、のぉ……!

 本当に気持ちがいい。異物に対する恐怖よりも、下腹の奥に疼く切なさが勝って全身が快楽に震えている。嫌だ、怖い、気色悪い、と思えば思うほどに下腹部がきゅうきゅうと疼いて肉棒を欲している。
 常軌を逸しているのはわかっている。けれど、このままだと本当におかしくなってしまいそうだ。複数の箇所を同時に責められ、気が狂いそうになりながらも決して絶頂へと至れないもどかしさにエマは思わず腰を揺らしていた。

「エマがたっぷり感じてくれてて嬉しいよ。聖典を勉強してルシファーと契約した甲斐があったなぁ」

 欲望に濁った笑みを浮かべたロバートの燃えるような眼差しに、エマの背中がぞくりと震えた。単なる恐怖だけではない、正体のわからない歪な感情が思考の奥で燻っているのを感じる。
 それはロバートの欲望が伝わるからなのか、飲まされた媚薬の所為なのか、後孔を犯す触手の所為なのか。

 それとも、――エマ自身の肉欲に起因するものなのか。

 狂おしいほどの焦燥感に身体も心も焼かれているエマは、焦点の合わなくなった瞳でロバートを見上げた。


 もう、身体ごとなにもかも溶けてしまいそう。
 早く、早く、触れて欲しい。
 もっと激しく、もっと甘く、蕩けてしまうくらいに。
 もっともっと、なにも考えられなくなるくらいに――


 エマのとろんとした顔を見遣ったロバートは、エマの耳元で満足げに囁いた。

「もっと欲しい? エマ」

 エマの思考回路の中で、ロバートの言葉が上下に揺れる。目の前の景色がぐるぐると回っている。
 後孔を、蜜壺をずるずると擦られるたび、なにかが脳天からするすると抜けて行くように錯覚してしまう。
 全身の細胞のひとつひとつが煮えたぎっているように熱い。どうすれば――――この感覚を抑えられるのだっただろう。

「……もっ、……と……」

 エマの声は途方もなく蕩けたものだった。もう脳髄が融けてしまっていて、頭がうまく回らない。
 理性を失ったエマを見下ろすロバートの表情は充足感に満ちているのに、どことなく寂しげにも思えた。

「エマ……ずっと前から、好きだった」
「あ、ふ……っ」

 ロバートが深窟から指先を引き抜いた。喪失感から、エマの唇からはつい残念そうな声が漏れてしまう。

「エマ。ちゃんと、見て。きみの乙女を奪うのは、他の誰でもない――この僕だ」

 愉悦に染まっていたはずの紺碧の瞳は湿っていて、落とされた言葉も僅かに震えているようだった。ロバートは汗でべったりと額に張り付いたエマの髪を指で掬い、口づけを落とす。神経が通っていないはずの髪に触れられるだけでも、エマはびくりと身体を震わせた。
 ロバートは9つの少年の幼い体格に見合わないほどに膨張した楔の先端を、エマの肉窟から溢れる蜜に絡ませる。綻びた蜜口は歓喜を表すようにひくひくと小さく痙攣を繰り返していた。

「ろ……ば、と……」

 灼熱の渇望のあまりエマは物欲しげな声をあげた。もっと気持ちいいものを与えて欲しい。この先の悦びを感じたい。
 エマがロバートを呼ぶと、ロバートは苦し気に笑いながらエマにキスを落とす。唇が重ねられ、その隙間から舌が侵入する。歯列をなぞられ、舌と舌を絡められていく。粘膜と粘膜が触れ合う感覚に、エマの心は悦びに震えた。

「やっと、やっと手に入れた。エマ」

 ロバートはエマの腰を掴み、ぐぐっと腰を押し進めてきた。圧倒的な熱量で入口をこじ開けられ、喉から小さく悲鳴が漏れる。灼熱の剛直が少しずつ侵入していく。誰にも犯されたことのない隘路を貫かれた瞬間、引き裂かれる痛みを感じたものの、エマは痛みさえも快感へと変換してしまう。

「あ゛、あ、あっ……ひうっ……あ゛っ……!」
「エマのここ、とろっとろで気持ちい……ルシファーにおっきくしてもらっててよかった」

 柔襞を擦り上げる猛茎と後孔を塞いだままの触手とで感じる凄まじい圧迫感。二種類の触感と固さに襲われて、エマは身動き一つ取れない。
 そうしている間にも触手はぐにぐにと、より奥深くへ潜りこもうと動きを強めた――次の瞬間。

「あ、ぁ……――――ッッ!!」

 花芯にぴったりと貼り付いていた触手が、きゅうとその締め付けを強くした。その瞬間、身を裂くような、強烈な一撃がエマの下腹から脳天までを貫き、思考は快楽の濁流に押し流された。

「っ……これ、ぜんぶがぎゅーって締まるの、やばい……」

 ロバートが眉を顰めながら苦しげに呟いているが、エマはそれどころではない。前も後ろも、感じたことがないくらい深くまで、侵入されてしまっている。
 絶頂へ至るきっかけさえ生まれればあとはその波が押し寄せるだけだった。高みに昇ったまま降りてこられない。

「あっ、あ゛、ぁああっ!」

 ロバートが腰を引いてとちゅんと最奥に口付けるたび、うねる触手がずちゅんと淫らな音を立てて後孔を出入りするたび、そして秘芯を苛められるたび、エマは泣き叫ぶように喘いだ。頭上で固定された両手を握りしめ、意図せず足の指が丸まって、またせり上がってきた感覚が脳天で弾ける。上り詰めれば上り詰めるほど、肉体が燃え上がる。こんな情欲は『恵茉』であったときでも経験がない。

「だめぇっ、こんな、あ゛、ぁあ、あっ……」

 もはやどの箇所への責めで頂点を極めているのかすらわからず、エマは混乱した。触手に犯され、破瓜を経験し、普通は痛いとか苦しいとか、辛いとか気持ち悪いとか、そんな感情を覚えるはずだ。そう、こんな行為には嫌悪感を覚えなければならないのに。

「それぇっ、あぁぁっ、ぜんぶきもちいのっ、ゆっくり、してぇっ……!!」

 ずりゅうと引き抜かれて全てを埋められる。繰り返される緩やかながらも力強い律動の最中に尖った双丘の飾りを両手で捏ねられる。喉からは勝手に甘い声が出て、エマの隧道は収斂を繰り返し肉棒を締め付けた。

「ひうっ、あうぅううっ! あぁっ!」
「僕にこうされるの、好き? エマ」
「すきっ、あ゛っ、それぇっ、すきぃっ……」

 エマはもうなにも考えられず、本能のままに言葉を返す。すると、ぐるんと後孔で異物が捻られ、エマは予期せぬ刺激に足を突っ張らせた。

「い゛っ、あ゛っ……!?」

 腸内で方向を変えた触手が前後に蠢き、肉壁を隔てた蜜路の最奥をぐりぐりと押し込んでいく。エマの甘ったるい嬌声が響き、ぎしぎしとベッドが軋む音と、噎せかえるのほどの情事の香りだけがこの書斎のすべてだった。

「あ゛っ――ッ、ひうっ、んんんんんッ!!」
「嬉しい。僕も好きだよ……もっと……もっと狂って、エマっ……!」

 満足げに青い目を細めたロバートにがつがつと奥を突かれ始め、エマはくぐもった悲鳴を上げた。上から押しかかられて身動ぎすらできない。
 もうなにも考えたくない、物語のスタートだなんてどうでもい、余計なことを頭に入れておきたくない。ロバートだけを感じていたい、見ていたい。

「だ、め゛っ……! あ゛あぁ! ――――ッ!!」
「エマっ……! あい、してるっ……」

 どちゅんと最奥を貫かれ、雄槍がどくんと震えた。エマは大きく目を瞠り、背中をびくびくと痙攣させる。

「エマ……子どももたくさん産んでいいよ。公にはできないけど、ルシファーに言ってなんとかしてもらうから」
「あ……う、あ……」

 ロバートは小さなてのひらでエマの下腹をゆっくりとさすった。結合部から蜜と白濁とが混ざったものが溢れ、シーツに染みていく。――――エマは虚ろに宙を見つめながら、深すぎる絶頂の余韻を彷徨っていた。

「大丈夫、エマ……これから毎日ここで愛して、満たしてあげる……誰にも邪魔なんてさせないから……」

 どろりと濃い情念が宿ったロバートの瞳だけが、遠のくエマの思念に焼き付いた。
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