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「和彦。別れて欲しいの」
「……は?」
夜景の綺麗なレストラン。12本の薔薇も、手配した。あとは、指輪を渡すだけ。
そんなタイミングで、いきなり切り出された話が……別れ話。
「………どういう、ことだ」
混乱のあまり声が震える。
「あなたが通関部で頑張ってるのは知ってる。だけど……会社とプライベートでの顔があまりにも違いすぎる。裏表がある人……私、苦手なの」
確かに、夏子の前で。田邉課長の愚痴を話したことは数えきれない。
けれど。それは社会人として、極普通のことではないのだろうか。
「それにね……最近、仕事優先でなかなか会ってくれなかったじゃない。そんな人と結婚しても……家庭を顧みてくれない気がするの」
仕事優先。それは、今日、こうしてプロポーズする時間を作るために、頑張ってきていたことであって。
お前のためだ、と。すぐに返答すればよかったのに。喉が凍りついて、声が出ない。
「ごめんなさい。あなたと一緒に将来を歩んでいくことは、出来ない」
カタリ、と音がして。夏子が席を立った。カツカツとヒールの音が響いて。夏子の背中が、消えていった。
「……すみません。この花束はこちらで処分してよろしいでしょうか」
俺たちの様子を窺っていたスタッフが、茫然とする俺に声をかけた。
この人は、こんな場面を仕事上何度も見てきたのだろうな、と思えるくらい。冷静な声色だった。
ここは何度も雑誌で取り上げられる、有名なプロポーズスポットだ。
スタッフがサポートするプロポーズプランなどが充実している。
フレンチのフルコースのあと。男性から『感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠』の意味を込めた12本の薔薇、ダズンローズを贈る儀式を行い、女性の返答がYESであれば、その中の1本を男性に贈り返す、という、ロマンチックな演出ができるレストランなのだ。
「……お願い、します」
それだけを呟いて、席に座ったまま会計をしながら、ビジネスバッグに入ったベルベットの箱を思い浮かべる。
今の俺には、夏子が居ないという、現実を受け入れられそうにない。
どうか夢であってほしい。この個室の扉を開けたら、
「嘘よ、びっくりした?」
……と、夏子が笑っていてくれるのではないか。
そんな、ありもしないようなことを考えながら。重い、重い扉を、ゆっくりと開けた。
ふわり、と。爽やかな薫りが漂った。
アーモンド色の短い髪が、さらりと揺れた。その人が俺の顔を見て、その赤く染まった目を、ゆっくりと瞬かせた。
「……水野さん?」
「………池野、さん」
顔を合わせるのは久しぶりのような気がした。いつもは電話口でのやり取りだから。
なんで、この人が……この場にいるのだろう。
そう考えて、ゆっくりと。ココがプロポーズプランのあるレストランだと思い出した。
この人は、きっと、プロポーズされた側の人なのだろう、と理解した。目が真っ赤だ。プロポーズされて、嬉しくて泣いたのだろう。
夏子に、こんな表情をして欲しかったのに。もう、叶わない。
「……おめでとうございます」
俺は、それだけを告げて、この場を立ち去ろうとした。
このままこの人の幸せオーラにあてられては……俺の精神が持たない。そう思った。
池野さんの横を通り過ぎようとして……スーツの裾を掴まれて、勢いよくつんのめった。
「……っ、ちょ、」
「あなたと同じなの」
その言葉の意味を飲み込むのに、軽く10秒はかかったと思う。
琥珀色の瞳が。哀しみと、絶望と、怒りで……歪んでいた。
「……は?」
夜景の綺麗なレストラン。12本の薔薇も、手配した。あとは、指輪を渡すだけ。
そんなタイミングで、いきなり切り出された話が……別れ話。
「………どういう、ことだ」
混乱のあまり声が震える。
「あなたが通関部で頑張ってるのは知ってる。だけど……会社とプライベートでの顔があまりにも違いすぎる。裏表がある人……私、苦手なの」
確かに、夏子の前で。田邉課長の愚痴を話したことは数えきれない。
けれど。それは社会人として、極普通のことではないのだろうか。
「それにね……最近、仕事優先でなかなか会ってくれなかったじゃない。そんな人と結婚しても……家庭を顧みてくれない気がするの」
仕事優先。それは、今日、こうしてプロポーズする時間を作るために、頑張ってきていたことであって。
お前のためだ、と。すぐに返答すればよかったのに。喉が凍りついて、声が出ない。
「ごめんなさい。あなたと一緒に将来を歩んでいくことは、出来ない」
カタリ、と音がして。夏子が席を立った。カツカツとヒールの音が響いて。夏子の背中が、消えていった。
「……すみません。この花束はこちらで処分してよろしいでしょうか」
俺たちの様子を窺っていたスタッフが、茫然とする俺に声をかけた。
この人は、こんな場面を仕事上何度も見てきたのだろうな、と思えるくらい。冷静な声色だった。
ここは何度も雑誌で取り上げられる、有名なプロポーズスポットだ。
スタッフがサポートするプロポーズプランなどが充実している。
フレンチのフルコースのあと。男性から『感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠』の意味を込めた12本の薔薇、ダズンローズを贈る儀式を行い、女性の返答がYESであれば、その中の1本を男性に贈り返す、という、ロマンチックな演出ができるレストランなのだ。
「……お願い、します」
それだけを呟いて、席に座ったまま会計をしながら、ビジネスバッグに入ったベルベットの箱を思い浮かべる。
今の俺には、夏子が居ないという、現実を受け入れられそうにない。
どうか夢であってほしい。この個室の扉を開けたら、
「嘘よ、びっくりした?」
……と、夏子が笑っていてくれるのではないか。
そんな、ありもしないようなことを考えながら。重い、重い扉を、ゆっくりと開けた。
ふわり、と。爽やかな薫りが漂った。
アーモンド色の短い髪が、さらりと揺れた。その人が俺の顔を見て、その赤く染まった目を、ゆっくりと瞬かせた。
「……水野さん?」
「………池野、さん」
顔を合わせるのは久しぶりのような気がした。いつもは電話口でのやり取りだから。
なんで、この人が……この場にいるのだろう。
そう考えて、ゆっくりと。ココがプロポーズプランのあるレストランだと思い出した。
この人は、きっと、プロポーズされた側の人なのだろう、と理解した。目が真っ赤だ。プロポーズされて、嬉しくて泣いたのだろう。
夏子に、こんな表情をして欲しかったのに。もう、叶わない。
「……おめでとうございます」
俺は、それだけを告げて、この場を立ち去ろうとした。
このままこの人の幸せオーラにあてられては……俺の精神が持たない。そう思った。
池野さんの横を通り過ぎようとして……スーツの裾を掴まれて、勢いよくつんのめった。
「……っ、ちょ、」
「あなたと同じなの」
その言葉の意味を飲み込むのに、軽く10秒はかかったと思う。
琥珀色の瞳が。哀しみと、絶望と、怒りで……歪んでいた。
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