あなたに溺れて

春宮ともみ

文字の大きさ
5 / 5

5

しおりを挟む
 違和感、というのも違う。ちぐはぐしたような感じ、というのも違う。
 
「Then, since negotiations will be concluded under those conditions, thank you for your continued support.」
 
 彼女が、柔和な笑みを浮かべながら、流暢な英語で。外資系企業の出席者と流れるような会話を交わしていた。
 
(……スポットライトが似合う人、だなぁ)
 
 俺はその様子を眺めて、そんなことをただただぼんやりと考えていた。
 
 
 あの大晦日から元旦にかけての二年詣りから、あっという間に4ヶ月が過ぎた。お互いに社会人でなかなかデートらしいデートも出来ていないが、メールでの連絡だったり、時には電話をしたり。ごくごく普通の……恋人同士の時間を過ごしていた。
 
 
 そう。ごくごく普通の、恋人同士、の……はずだった。
 
 
 ゴールデンウィーク直前の今日は、貿易協会主催の国際取引に関する討論会が開かれていた。その後の交流会での一幕で。
 
 俺でも知っている、外資系企業の幹部の中でも指折りの実力者といわれている人物と、齢35の彼女が。対等に、会話を交わしている。あまつさえ、商談成立をもぎ取っている場面に遭遇してしまったのだ。
 
(……住む、場所が……違う)
 
 ただただ。俺は、そう思った。俺は通関業に携わっていて、税関と依頼主としか会話を交わすこともない。淡々とした日々を過ごしている。
 
 けれど。彼女は……俺とは違って。華やかで煌びやかな世界を飛び回って、あまつさえその世界を胸を張って堂々と渡り歩いている。
 
 目の前にいる彼女は、別世界に生きる人間のようだった。目が眩むほどのスポットライトを浴びて、キラキラと輝く彼女と。舞台袖でそれを見ている、俺。
 
(………彼女を……幸せになんか、できない……)
 
 俺は、自分と彼女の立ち位置の違いを、はっきりと。この討論会で、見せつけられてしまったように、感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「疲れたわねぇ、本当に」
「……」
 
 コツコツと、ヒールの音がする。討論会を終え、交流会も無事に終了し彼女と一緒に会場を出て、春の終わりの夜風に当たりつつ、ゆっくりと帰路についた。
 
 彼女が討論会の感想や交流会での出来事について嬉しそうに話をしていくけれど、俺はそれに生返事しか返せなかった。
 
 
 俺は、彼女の横に立てる自信がなかった。……何より、彼女の真っ直ぐさが、眩しかった。夏子は幸せに出来なかったけれど、彼女を幸せにしたい、という気持ちだけはあった。
 
 でも。その感情すら、今の俺には烏滸がましく感じられた。
 
 
「……和彦さん、さっきから変よ? どうしたの? 飲み過ぎ?」
 
 気がつけば。彼女が俯き気味の俺の顔を覗き込んでいた。琥珀色の瞳が、心配そうに揺れて……俺を見つめている。
 
「……」
 
 彼女を、幸せにしたい。それは確かな気持ちだ。けれど。
 
(あんなに……輝く彼女を見てしまったら)
 
 本当は。彼女は俺の手の届かない、眩い世界の人間、ということを、思い知らされてしまった。
 
「……加奈子、さん。すみません。別れてください」
 
 俺は、ただただ。自分の力の無さを噛み締めながら、ぽつりと小さく呟いた。
 
 彼女は、俺の言葉にひゅっと息を飲んで。琥珀色の瞳を大きく見開いていた。
 
「………俺は、あなたを幸せには出来ない。あなたの隣に立てるような、そんな器を持ち合わせていはいない。だから、」
「和彦さん。あなたは基本的に他人を下に見ているのよ」
 
 俺の声を遮るように。彼女が震える声で、それでも鋭く声を放った。
 
「きっとさっきの私を見てそんなことを思ったのだろうけれど」
 
 彼女は琥珀色の瞳を湿らせながら、それでもなお強い口調で言葉を続けていく。
 
「結局貴方は他人を下に見てるからそうなるの。人間は独りじゃ弱い、だからこそ支え合うの。私の隣に立つのが烏滸がましいと感じるのならば、貴方はを選んだら満足するの?」
「……」
 
 そんなつもりは、なかった。格下の人間を選ぶつもりは、無かった、はずなのだ。
 
「日本人は謙虚さを大切にするけれど、過剰な謙虚さは傲慢の始まりよ」
 
 湿った彼女の瞳から、それでもなお強い意志を宿した瞳から、視線が離せない。
 
「……ここまで、言っても。わからない? 別れて欲しい、という意志は変わらない?」
「……」
 
 多分、俺は。彼女の地雷を踏み抜いてしまったのだろう。それでも俺は俯いたまま。
 
 ただただ……自分の立ち位置と、彼女の立ち位置の違いに打ちのめされていた。否定の言葉なんて、口に出来なかった。
 
「……っ、傲慢なのよ、あなたは!」
 
 泣き叫ぶような声が、月明かりが差し込む路地に反響して響いた。彼女はそのまま、くるりと踵を返して、俺から遠くなっていく。
 
「……」
 
 俯いたままでも。彼女が泣いていた、ということは。
 
 目の前のアスファルトに落ちた、雫のような何かが―――俺に教えてくれていた。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

りろる
2020.10.14 りろる

池野さん好きなので嬉しい。
不定期更新でも楽しみ。
いつまでも待ってます!!

2020.10.15 春宮ともみ

りろる様、感想をありがとうございます😊
池野さん、私も好きなキャラクターです。こちらの物語は彼らの過去のお話しではありますが、本編第3章に絡む形での更新を予定しております。
どうぞお楽しみいただければ幸いです(*´ー`*)

解除
まこまこちー

この先が、めちゃめちゃ気になります(笑)いつも、バリバリ仕事してる憧れのお二人の恋物語(涙)読めるなんて、嬉しいです。ありがとうございます。

2020.07.14 春宮ともみ

まこまこちー様、こちらでもありがとうございます😊
本編が完結するまで不定期更新になるかと思いますが、どうぞお楽しみいただければ幸いです♡

解除

あなたにおすすめの小説

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。 まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。 今日は同期飲み会だった。 後輩のミスで行けたのは本当に最後。 飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。 彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。 きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。 けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。 でも、あれから変わった私なら……。 ****** 2021/05/29 公開 ****** 表紙 いもこは妹pixivID:11163077

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

ひとつの秩序

水瀬 葵
恋愛
ずっと好きだった職場の先輩が、恋人と同棲を始めた。 その日から、南莉子の日常は少しずつ噛み合わなくなっていく。 昔からの男友達・加瀬透真は、気づけばやたら距離が近くて、優しいのか、図々しいのか、よく分からない。 好きな人が二人いるわけじゃない。 ただ、先輩には彼女がいて、友達は友達の顔をしなくなっていく。 戻れると思っていた関係が、いつの間にか戻れなくなっている。 これは、仕事も恋もちゃんとやりたいのに、だいたい空回りしている大人たちの、少し不器用なラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

思わせぶりには騙されない。

ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」 恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。 そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。 加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。 自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。