【R18】偽りの鳥籠

春宮ともみ

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偽りの鳥籠

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 手元で動かしていた針が窓から差し込む陽射しを浴びて銀色の煌めきを帯びた瞬間、ジュデスはふと違和感を抱いた。
 その銀色は、澄んだ水面に一滴落とされた泥水が広がりゆくように、ジュデスの思考の奥深くになにかを残していく。
 埃が立ちのぼる空間に煌めいた鈍い光は――酸化した赤黒い飛沫を纏っている。

「……?」

 ジュデスは思わず首を傾げ、ぼんやりと手元の丸い刺繍枠を見下ろした。視線の先に映る絹糸が、ちりちりと明滅する陽光に呼応するように輝いている。

 ――わたくし、は……

 ヘイマン王国。太古の昔から魔法が息づく大国に、ジュデスはウェザード公爵家の令嬢として生を受けた。ジュデスの父は政務を担う宰相でもあり、この国の筆頭公爵でもあったため、ジュデスは幼くして婚約者を定められた。
 その婚約者はこの国の第一王子である、エリック・デュ・エヴァンス。王家の血筋を引く、正統な後継者。王太子だったエリックは半年前に国王に即位し、ジュデスは生家を離れエリックと婚姻を結んだ。このためジュデスはそれ以降、王城で王妃として細々とした政務に就いている。

 ――この光景……どこかで……

 つきん、と、頭の奥が痛みを訴えた。その痛みにジュデスは思わず眉を顰める。
 ジュデスは生家である公爵邸か、この王城かしか知らないはずだというのに。
 なぜ、こんな――ありえない光景を、どこかで見たように感じているのだろう。

「……っ」

 ぐらりとした激しい眩暈を覚え、ジュデスは手に持っていた刺繍枠を膝の上に落とし、両手をソファについて身体を支えた。揺れる視界が痛みにちかちかと瞬き、それに合わせて銀の糸で編まれた精緻な刺繍が小刻みに震える。

 ――この景色を……わたくしは、知っている?

 ズキン、ズキンと痛みが増していくこめかみを押さえながら、ジュデスは何度も深呼吸を繰り返す。しばらくするとやっと息が整い始め、ようやく顔をあげたジュデスはゆっくりと周囲を見回した。
 エリックが用意してくれた部屋は日当たりが良く、控えめながらも品の良い調度品が飾られている。自分が身を置く場所はいつも掃除が行き届き、鮮やかな花々まで飾られている。
 これは普段となにも変わらない光景だ。そう自分に言い聞かせながらジュデスはふるふると頭を振った。けれど、違和感は消えるどころかますます強くなっていく。

「……どうして」

 ジュデスは小さく呟き、ふたたび手元を見下ろした。なにかがおかしいのに、なにがおかしいのかを思い出せない。こんなもどかしさを覚えたのは初めてのことだった。

 ――わたくしは……なにを忘れているの……?

 忘れているはずの、けれど忘れてはならないなにかがある気がするのだ。それはここに在るのに、記憶からすっかり抜け落ちてしまったとでも言いたげにぽっかりと空洞になっている。
 まるで、思考回路の一部が大きな黒い影によって遮断されてしまったようだ。
 ジュデスは刺繍枠をテーブルに置くと、白いソファに身体を投げ出すようにして寝転び、天井をぼんやりと見つめる。シャンデリアの光は十分に部屋を照らしてくれるのに、自分の頭の中だけが暗澹としていく。頭の中からなにか大切なものがぽろぽろと零れ落ちていってしまうようで、ジュデスは思わず額を押さえた。

 ――この穴は、なに……?

 けれど、その空洞はジュデスに答えを与えてはくれなかった。

「ご正妃さま?」
「……っ!」

 不意にドアの向こう側から声をかけられ、ジュデスは勢いよく起き上がった。心臓が大きく飛び跳ねている。胸を押さえて呼吸を整えながら声のした方を見遣れば、ドアを開けた侍女のミレイユがポットとカップの乗ったトレイを持って佇んでいた。

「お返事のないままに入室してしまい申し訳ございません。その、何度もお呼びしたのですが……」
「ごめんなさい」

 ジュデスはぎこちなく微笑んだ。ミレイユは物心ついた頃からジュデスの側にいる侍女だ。両親よりもジュデスに長く仕えているジュデスはジュデスと意思の疎通がしっかりとれている数少ない人物でもある。

「少し考えごとをしていたの」

 そう微笑んだジュデスは、手招きしてミレイユを呼び寄せる。ジュデスはいつもと変わらない隙のない仕草でジュデスの側に寄ると、ポットからカップに紅茶を注いでいく。

「ありがとう」

 礼を言ってからカップを手にとり、ジュデスは湯気の立つ紅茶を口にする。ふわりと香ったベルガモットが鼻腔をくすぐり、ジュデスはようやく心を落ち着かせることができた。熱い液体が喉を通って胃に滑り落ちていくのを感じながら、そっと窓の外へと視線を向ける。
 大きな窓からは穏やかな午後の日差しが差し込んでいる。忙しない公務とは打って変わって、静かで穏やかな時間だ。けれど、ジュデスの心だけは穏やかさを失っていた。

 ――……どうしてわたくしは、こんな気持ちなの?

 今までずっと、穏やかに過ごしてきた。幸せだった。愛する人と共に愛すべき家族に恵まれ、侯爵令嬢として、そして王妃としてこれ以上なく贅沢で幸せな生活を送ってきたはずだというのに。
 なのに――なぜ自分は、こんなにも胸が苦しいのだろうか。
 霞がかったように脳内が白んでいるようで気分が優れない。ジュデスはカップを手にしたまま深いため息を落とす。

「ご正妃さま……」

 ミレイユの声にジュデスははっと我に返り、顔をあげた。思わずじっと考え込んでしまったらしい。なにか言いたげな表情を浮かべていたミレイユは、ジュデスが視線を向けると少し俯いた。

「なにかしら?」

 やわらかく微笑んだジュデスはそっとミレイユに問いかける。緩慢な動作で顔を上げたミレイユは一瞬言い淀んでから、おそるおそる口を開いた。

「その……国王陛下から……ご伝言です」

 そう告げたミレイユの声は微かに震えていた。普段、用事がある時は自らこの部屋に足を運ぶエリックからの伝言があるなど珍しいとジュデスは思ったが、それ以上にミレイユの緊張が伝わってきてジュデスは首を傾げた。

「どうしたの?」

 そう優しく問いかけたジュデスに、ミレイユは深呼吸を繰り返すと震える声で告げた。

「今晩も、……お渡りがある、と……」

 もう何度も行われていることだというのに、ジュデスはどくりと心臓が高鳴るのを感じた。
 毎夜、エリックがこの部屋を訪れていることは周知の事実だ。この王宮では当たり前のことすぎて、このように侍女伝いで事前に伝達されることの方が珍しい。
 ジュデスは自分を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐き出した。昨夜の閨で自分に触れたエリックの熱い手のひらが肌を撫でる。ぞくりと甘い感覚が蘇り、ジュデスは慌てて首を振った。

「……わかりました。ありがとう、ミレイユ」

 怯えたような様子のミレイユに微笑みかけると、ミレイユは小さく「いえ」と短く答えて頭を下げた。ミレイユはいつも、エリックのことになるとひどく不安そうな表情を覗かせる。それがジュデスには不思議でならなかった。
 エリックはこの国の頂点に君臨する国王である。臣下たちがその身分を敬い恐れるほどの存在であるのだから、ミレイユのような侍女が緊張するのは当然といえば当然なのだが――それでもジュデスにはひっかかる部分があった。

 ――なんだか、それだけではない気が……

 うまく説明出来ないのだが、ミレイユの表情はそれとは違うなにかがある気がするのだ。
 それは――畏怖の感情に近い、悚然としたなにか。

「下がっていいわ」

 その感情に当てはまる言葉を思いつかず、これ以上なにかを考えた所で答えも出ないだろうと判断したジュデスは、ミレイユに下がるように命じた。ミレイユはふたたび礼をすると静かに部屋を出て行く。

「……」

 昨晩の記憶は、ほぼない。いつも明け方に気を失うように眠りについて、目が覚めたら自分の身体は綺麗に清められて寝台に横たえられている。
 エリックと夜を共に過ごすのは夫婦となったのだから当たり前のことなのだと割り切ろうとも、何度身体を重ねても慣れはしなかった。少しでも刺激があれば昨晩のことを思い出して身体の芯が熱を持ちそうになる。そんな自分自身を諫めるように、ジュデスはゆっくりと立ち上がる。
 王妃となった自分の役目はこの国を豊かにし続けることだ。そのために世継ぎを産むことこそが自分に課せられた使命であると理解している。だから、エリックの求めを拒むわけにはいかない。
 今夜もまた――ジュデスは彼の妻としての役目を果たさなければならないのだ。
 ジュデスは気持ちを切り替えるように小さく頭を振ると、窓の外へと視線を向けた。
 四角く切り取られた空に、どこまでも続く青い空が広がっている。遥か彼方の水平線に沈む夕日はきっと美しいに違いないだろうと思いながらも、その想像はジュデスの胸に僅かな違和感をもたらしただけだった。

 ――やっぱり、なにか忘れている気が……

 大切ななにかが、抜け落ちてしまっているような気がする。けれど、それが一体なんなのか思い出すことができない。胸の中のもやもやとした感覚を味わいながら、ジュデスはまたひとつ、深いため息を吐き出した。



 * * *



「……ジュディ」

 耳朶を擽る甘い声にぞくりと背筋が粟立つのを感じながら、ジュデスは膝元のシーツを握り締める手のひらに力を込めた。触れ合った箇所から溶けてしまいそうなほどに、全身が熱い。

「あ……、や……っ」

 薄暗い部屋の中には二人分の熱い呼吸で白く靄がかかっているかのようだった。後ろから抱きしめられながら腰を引き寄せられる感覚にジュデスは思わず身を硬くしたが、彼の指先は優しく肌の上を滑っていくだけで性急に愛撫を施そうとはしない。
 夜着の合わせ目から覗いた肩口にくちづけが落とされると、それだけで身体中に電流が流れるような刺激が走った。思わず唇から零れ落ちた声を恥じるように、ジュデスは指先で口元を押さえた。

「ああ……今夜はあまり顔色が優れないな」

 うなじを甘噛みされたかと思うと、今度はしっとりと湿ったものが首筋に触れた。肌が粟立ち、ゾクゾクとした感覚が全身を駆け巡る。強く吸い上げられた箇所からじわじわとした熱が広がり始め、更には痛みを伴った。痕がつくほどに強く吸われたのだろうと思うと同時に身体の芯が切なく疼いたような気がして、ジュデスは思わず内股を擦り合わせた。

「い、いえ……、そんなことは……」

 その甘やかな刺激に身体が震えてしまいそうになるのを必死に堪えながら、ジュデスは寝台の脇に置かれた大きな鏡面から目を逸らした。磨かれた銀に縁取られた鏡は月明かりを反射し、薄闇に慣れたジュデスの瞳に自らの姿を映し出す。

 ――なんて……はしたない顔をしているのかしら……

 上気した頬、潤んだ瞳、そしてどこか物欲しげに細められた青い瞳からは情欲の色が見て取れる。女の自分からしても扇情的なその表情に、思わずぞくりとした。

「どうした? ジュディ」
「ひゃう……っ!」

 黒髪を揺らしたエリックに名を呼ばれたかと思うと、彼の指先がしこった双丘の飾りを夜着の布地ごと引っ張った。思わず身体を仰け反らせたジュデスは鏡の中の自分を見つめながら小刻みに首を振り乱す。腰にまで届く銀色の髪が、はらはらと揺れている。
 けれど、彼はそれすらも許さないとばかりにジュデスの首筋を強く吸い上げる。その瞬間に、背筋にぞくぞくとしたものが這い上がってきた。

「いや……だめです、エリックさま……」

 だめと口では言っているものの、本心からではないことはエリックにはとっくに伝わっているはずだ。その証拠に、彼はジュデスの耳朶に軽く歯を立てながら囁きかけてきた。

「なにがだめなんだ?」

 蜜のような甘い声色が鼓膜を震わせると同時に、彼の指先が胸の膨らみを包み込むようにして揉みしだく。ゆっくりと捏ね回すような動きに自然と呼吸が荒くなるのを感じた。心臓の音が高鳴り、身体の奥深くから熱を持っていくのがわかる。

「あ、……ふ」

 自分の欲に忠実な反応をエリックに見せたくなくて、思わず手の甲を唇に押し付ける。しかし、その努力も虚しく彼は小さく笑うだけで更にジュデスの身体を抱き寄せると首筋に顔を埋めたまま言葉を続ける。

「可愛い人だね。さあ……もっと乱れてごらん」

 その言葉と共に、ふたたび彼の熱い指先が肌の上を滑り始める。いつの間にか肩口の結び目が解かれていて、夜着は腰紐一本で辛うじて身体に巻きついているような状態だった。夜着の中に滑り込んだ手のひらが直接胸に触れて、ジュデスは小さく悲鳴を上げた。

「ひ、っ、あっ……」

 つんと上向いた胸の先を指で弾かれると、その刺激にびくりと背中を反らしてしまう。じんじんとした痛みと共に広がる快感から逃げようと身動ぎをすればするほどにエリックの指先が執拗に追いかけてくる。

「やっ、あ……だめ、です……」

 次第に荒くなる呼吸を抑えることもできずにジュデスは首を振った。そんなジュデスの様子を鏡越しに見つめたエリックは深いルビーのような紅い瞳を眇めると、ジュデスの細い腰に腕を回し、ぐいっと自分の方に引き寄せる。

「あっ……」

 バランスを崩したジュデスはそのまま背中からエリックの身体に寄りかかるように倒れ込むが、彼はそれを受け止めるとそのまま寝台の上に胡座をかいて座り込んだ。エリックの足の間にすっぽりと収まるような形になり、ジュデスは反射的に腰を浮かせようとするものの、下腹に回された彼の腕がそれを許さない。

「なにを逃げることがある?」

 ジュデスを捕らえる腕に力が込められ、耳元にエリックの熱い吐息がかかった。ぞくりと背筋を震わせたジュデスが背後を振り返ろうとした瞬間、エリックの無骨な手がジュデスの膝の裏辺りをするりと撫でていく。

「あ……」

 太ももをなぞられていくくすぐったさと、それ以外の感覚にジュデスの口から吐息が漏れる。エリックの指先はその動きを繰り返すと、ゆっくりとジュデスの脚を開かせていく。露になっていく自分の痴態に思わず顔を背けると、背後からくつくつと笑う声が聞こえてきた。

「どうした? もうここを濡らしているじゃないか」

 愉悦を含んだ声色と共に、なにも纏っていない無防備な秘所を指の腹で擦り上げられ、ジュデスはびくんと身体を跳ねさせた。じわり、とまた蜜が溢れ出すような感覚がして、頬に熱が集まる。

「ほら……ちゃんと見なさい」

 羞恥心を煽るように耳元で囁かれた言葉にすら感じてしまいそうになる自分に嫌悪しながらも、ジュデスはゆっくりと視線を鏡へと向ける。そこに映る自分はひどく淫靡な表情を浮かべており、口はだらしなく半開きになっている。
 彼の指先がそこを押し開くようにして弄ると、くちゅりと淫らな水音が響き渡り、恥ずかしさに逃げ出したくなった。それも叶わず、彼はさらにその奥にある小さな花芽を蜜を纏わせた指先で挟むようにして擦りあげていく。

「ひっ、あ、や……だめぇ……っ!」

 強い刺激にジュデスは身体を反らして悲鳴を上げたが、それでもエリックの指先は止まる気配がない。何度も何度も執拗にそこばかりをくにくにと攻め立てられて、下腹がじくじくと疼いていく。

「あ、ああ……っ!」

 がくがくと膝が震え、全身から力が抜けてしまいそうになったジュデスの耳元でエリックが小さく囁いた。

「君は本当に可愛い人だ。私の世界に舞い降りた天使か、はたまた女神か……」

 甘く蕩けてしまいそうなほど優しい声色に身体の熱が高まるのがわかる。思考回路すらぼんやりと霞みがかったようになってしまい、ジュデスは無意識のうちに腰を揺らしていた。
 鏡の中に映る自分の姿はとても淫猥なもので、目を覆いたくなるほどの有様だった。上気した肌、潤んだ青い瞳、そして僅かに開いた唇から覗く赤い舌。その姿はまるで発情している猫のようで、とてもではないが一国の王妃たる姿には見えなかった。

「さぁ……そろそろこちらにも欲しいだろう?」

 エリックの指が淫核を離れ、泉の淵をゆるりとなぞる。ぴくりと小さく身体を震わせながらも、ジュデスはどこか物足りなさを感じていた。身体の奥が切なく疼き、じわりと新たな蜜が溢れてしまう。
 もっと決定的な刺激が欲しい。そんな欲望を見透かされているかのように、エリックは意地悪な笑みを浮かべたままそれ以上先に進むことはなかった。

「どうしてほしいんだい?」
「……あ」

 愛涎が溢れ出す入り口を指先で撫でられるたびに小さく腰が跳ねるが、それだけだった。もどかしさに無意識に自ら腰を動かしてしまいそうになるが、それを抑え込むようにしてジュデスの身体を抱きしめる腕に力が込められる。
 鏡越しにエリックの赤い瞳と視線が絡み合うと、彼の指先がゆっくりとそこに沈められた。

「ん、ああぁ……っ!」

 待ち望んでいた刺激にジュデスは歓喜の声を上げた。剣を握る太い指が内壁を擦り上げる感覚に、ぞくぞくとした快感が全身を支配し、四肢が戦慄いた。
 蜜層を擦り上げるようにしながら抜き差しを繰り返されると、ジュデスは髪を振り乱して身悶えてしまう。

「気持ち良いかい? ジュディはここが好きだろう?」
「あぁ……っ!」

 臍側の内壁をえぐるように強く押し込められ、ジュデスは背中を反らせた。蜜壺が激しく収斂し、無意識のうちにエリックの指を締め付ける。
 眼前の鏡面には、自分とは思えないほど快楽に溺れた表情をした女が映り込んでいる。まるで同じ顔をした別の人間が目の前にいるような錯覚に陥ったジュデスは、じわりと眦に涙を浮かべた。

 ――いや……こんな、恥ずかしい顔……!

 はしたなく快感を求める自らの姿など、見たくなかった。それなのに、この身体はもう言うことを聞かないのだ。むしろ、もっと強い刺激を求めてしまっているかのような淫らな動きを繰り返している。

「やっ……あ、っ……!」

 脳裏に浮かんだその名を口にすると、なぜだか胸の奥が切なく締め付けられた。と同時に、背後のエリックの動きが止まる。ふっと顔を上げると、鏡に映っているエリックは眉をきつく顰めていた。

「ジュディ」

 低い声音で名を呼ばれ、心臓が大きく跳ねる。鮮紅色の瞳には怒りにも似た感情が浮かんでおり、本能的な恐怖感からジュデスは小さく息を呑んだ。

「まだ……忘れられないのか。あの男が」
「え……?」

 なんのことか分からずにジュデスが首を傾げると、エリックは苛立たしげに舌打ちをした。エリックはぬかるんだ狭隘から乱暴に指を引き抜くと、ジュデスの腕を掴み上げ立ち上がらせる。

「まさか、解けかかっているのか?」
「あ、やっ……なにを……」

 戸惑うジュデスに構わず、エリックはジュデスを寝台から引きずり下ろした。そしてそのまま部屋の片隅まで引っ張っていき、そこに備え付けられていた本棚を強引に横にずらす。

「ミレイユの記憶を弄らずそのままそばに置かせていたのが要因か? それとも別の要因だろうか……」

 露になった壁面には隠し扉らしき物が存在していた。ぶつぶつと独り言をつぶやくエリックがそこを開くと、地下に続く階段が現れた。

「ジュディ」

 冷やかに吐き捨てられた己の名に、ジュデスは背筋が凍るような感覚を抱いた。彼がジュデスに対してこのような態度を見せたのは、記憶にある限り初めてのことだったからだ。
 ジュデスは怯えた眼差しでエリックを見つめるものの、エリックは有無を言わせずにジュデスの腕を引いて、華奢な身体を抱え上げた。

「っ……!」

 ジュデスを肩に担いだエリックは無言のまま階段を下りていく。地下へと続く階段には明かりはなく、薄暗い空間だけが広がっていた。
 ひんやりとした空気が夜着の隙間から肌を撫でていくなか、エリックは階段を降りると突き当たりにある木製の扉を開いた。
 そこは薄暗くてじめついた地下牢だった。あまり使われていないのかあちこちに蜘蛛の巣が張っており、錆びた鉄のような臭いが鼻をつく。
 室内には古びた寝台が一台とチェストが一つ置いてあるだけだ。寝台の上に放り投げられたジュデスは小さく悲鳴を上げるが、すぐにエリックの身体に組み敷かれてしまう。

「いや……っ」

 仰向けに転がされた拍子に纏っていた夜着は乱れ、ジュデスの白い柔肉が露になる。

「やっ、エリックさまっ……」

 脳裏に浮かぶのは、闇を宿したような黒髪のエリックとは正反対の、はちみつ色をした柔らかな髪と、太陽のような朗らかな笑顔を浮かべる青年の顔だった。けれど、それが誰なのか思い出すことはできずにジュデスは頭を振る。

「違う……誰なの……」

 確かに自分は、彼を愛していたはずなのに。
 どうして忘れてしまったのだろう。
 いや、そもそも――――本当に『彼』はいたのだろうか?
 思い出そうとすればするほど頭の中がぼんやりとしていって、思考回路が曖昧になっていく。

「い、や……なに、これ……」

 脳裏に浮かぶ彼の姿を消し去ろうと首を振ると、不意にエリックがジュデスの顎を掴んで無理やり視線を合わせてきた。
 その瞳の昏さに、ぞわりとしたものが背中を走る。と同時に、冷えた鉄の感触が首元に生じ、じゃらりと重い鎖の音がジュデスの耳朶を打った。

「君は私のものだ。そうだろう?」

 感情を押し殺したような低い声音で問われ、ジュデスは恐怖に身を震わせた。それは肯定以外の返答を許さない声音だった。ジュデスが怯えながら小さく首を縦に振ると、彼は満足したように唇の端を上げた。

「……そうだとも」

 エリックの手がジュデスの首に繋がれた首枷をゆっくりとなぞっていく。その指先は冷たく、まるで体温というものを感じさせない。

「君は……私だけのものだ」

 そう言って彼は笑った。とても満足そうな笑みなのにどこか空虚で恐ろしいと感じるのはなぜだろうか。ジュデスにはわからなかったが、彼に逆らうことはできなかった。逆らう気も起こらなかったと言う方が正しいのかもしれない。彼が望むとおりに行動する以外に、生きる術はないのだから。
 エリックは自身の夜着を緩め、既に昂ぶった剛直を露わにさせる。そしてジュデスの脚を大きく開かせると、その間に身体を割り込ませてきた。

「君を私で満たしてあげよう」

 羞恥を感じる余裕もなく膝裏を押さえつけられると、ひくつく秘所に熱く硬いものが押し当てられた。しかし、それは挿入されることはなく割れ目の上を行き来するだけだ。

「やぁっ……エリックさまっ……」

 焦らすような刺激に思わず腰を揺らしてしまうが、それでも彼は先端を僅かに沈める程度でそれ以上の事はしない。入り口から垂れる蜜だけを丹念に塗り付けるかのような動きを繰り返すだけだった。

 ――どうして……

 じわじわと内側から溶かされていくような快感にジュデスは戸惑いの表情を浮かべることしかできない。無意識のうちに腰が揺れてしまうと、それに気づいたエリックがくつくつと笑った。

「やはり君は、何度も身体に教え込んでならないようだ」

 彼はそう呟くと、ようやく自身をジュデスの中へと埋めていった。待ち望んでいた刺激に思わず腰を引くが、逃がすまいとするかのように腰をしっかりと押さえつけられてしまう。

「ひっ……」

 ゆっくりと内壁を押し広げるようにして侵入してくる、途方もない質量に背筋が震える。既に何度も受け入れているとはいえ、はち切れんばかりに膨張した異物を受け入れる瞬間だけはどうしても圧迫感を感じずにはいられない。
 下生えが密着する感覚に、エリックのものが根元までしっかりと入ったことをジュデスは察した。

「ん……くっ……」

 下腹を貫く強烈すぎる存在感に顔を歪めると、そっと頭を撫でられる。まるで恋人同士のような優しい触れ方に気が緩みかけた瞬間、不意に記憶の隅に瞬く光景があった。

『好きだよ』

 夕陽を背に、青い瞳を和らげて微笑む青年を、なぜだか懐かしく感じてしまう。

 ――あなたは……誰……?

 苦しげに顔を歪めたエリックが性急に腰を動かしめた。ジュデスの問いは声にならず、代わりに甘い啼き声だけが溢れ出す。下腹に集まった熱がざわざわと騒ぎ始めていく。

「あ、あっ……いやぁぁっ!」

 容赦なく突き上げられる度に身体の奥底まで犯されているような錯覚を覚えるほどだ。痛みとも快楽ともつかぬ感覚に全身が悲鳴を上げる。

「や、うぅううっ!」
「二年以上この牢に閉じ込めて、手間と時間をかけて記憶の上書きをしたのにっ……たった半年であの男の名を思い出せるくらいに薄れてしまうとは……っ!」

 苛立ちの滲む声音で独り言ちたエリックは、そのままジュデスの腰を掴むと、深く深く己自身を突き立てた。

「ひっ……あああぁぁっ!!」

 なにかに憑かれたようなじっとりとした視線をエリックから向けられたまま最奥を穿たれ、ジュデスは絶叫にも似た声を上げる。髪を振りたくると、乱れた髪が硬く起ち上がった乳嘴に擦れ、ジュデスは思わず喉を反らしてしまう。
 そんなジュデスに構わず、エリックはずちゅ、ずぷ、と淫らな音を響かせながら、太い肉傘で花壁を押し広げていく。

「やぁっ……だめぇっ! そんなに強くしないでぇ……っ!!」

 激しい抽挿に思考が追い付かず、ジュデスは泣き叫ぶことしかできなかった。身体は正直に快楽を拾い上げているというのに、心が追いつかない。自分が自分でなくなってしまうような恐怖と喪失感が襲ってくるのだ。

 ――どうして……

 こんな気持ちになるのだろう。
 自分は一体、なにを失ったというのだろう。
 いや、そもそも――本当になにかを失くしてしまったのだろうか?

 ――なにも思い出せないのに……!

 脳裏に浮かんでは消える、金の髪色と高く澄んだ空色の瞳。記憶の蓋が緩みかけたところに、エリックの言葉と途方もない脈動によって思考は強引に現実へと引き戻される。

「セイラの連れ子で魔力を持っているからと爵位を与えられても、九つの私にはなんの後ろ盾もないまま……どれだけ虚無だったか、生粋の王女だったジュディにはわからないだろうっ……!」
「ひっ、あぁぁっ!!」

 怒りをぶつけるように激しく最奥を穿たれ、行き止まりをこじ開けられそうな感覚にジュデスはシーツを握り締め背を仰け反らせた。その拍子に、じゃらりと首元の鎖が大きく音を立てる。

 ――セイラ……?

 その名に聞き覚えはないはずなのに、なぜか懐かしく感じてしまう。その名前を口にするエリックの表情はどこか苦しそうで、今にも泣きだしてしまいそうにも見えた。けれどその表情はすぐに消え去り、精悍な顔にふたたび冷たい仮面が貼り付いていく。

「豊穣祭でバルコニーに立っていた五つの君は、ただただ美しかった……無垢で清らかで、天使と見紛うほどで……私の生きがいは、君だけになっていたっ……!」
「あっ……やぁっ!」
「それなのに、君の婚約者候補となった宰相の息子が、私から君の全てを奪っていった……! 君と過ごした穏やかな日々も……!」

 激しく揺さぶられ、生々しい打擲音とともに結合部から溢れ出した恥蜜が飛び散る。エリックはジュデスの両膝裏を抱え込むようにして脚を大きく開かせると、さらに深く自身を押しつけた。

「やああっ……! ふ、かっ……!」

 最深部まで届いた熱に思わず悲鳴を上げると、彼は妖艶な笑みを浮かべて顔を近づけてきた。至近距離で見るその美貌はやはり彫刻のように美しくて、こんな状況だというのについ見惚れてしまいそうになるほどだった。
 それでも、その鮮紅色の瞳に宿るのは暗く冷たい光だけ。その瞳も、次第に黒く濁っていく。

「君の婚約を覆すためによき義兄を演じ、ダグラス王の忠臣として働いてきたというのに……君だけは心を開いてくれなかった。散々世話を焼いても、君は他の令嬢のように媚を売ることもしなければ私に取り入ろうともしなかった。カインの婚約者として、私とは距離を取って接していた……君の心は欠片も私に向けられることはなかった!」
「う、あぁぁっ……!」

 ずぷりと音を立てて剛直が引き抜かれ、ふたたび最奥まで一息に貫かれる。ひくひくと蠕動する淫壁の感覚に翻弄されながらも、ジュデスは必死にエリックの言葉を理解しようと試みる。けれど、意識の全てが下肢に集中してしまい思考回路はまともに働かなかった。

「私は君を手に入れるためにダグラス王まで殺して国を乗っ取ったのに……君の心は未だあの男に囚われたままだ……!」
「ひっ、やぁっ……! ああぁっ!」

 深い箇所を穿たれたまま小刻みに腰を打ち付けられ、強烈な快感に意識ごともっていかれそうになる。目の前がチカチカと明滅し、頭の中が真っ白になる。

「は、ぁっ……や、いやっ……!」

 青い瞳をした青年が、こちらを向いてジュデスに微笑みかけている。その手には色とりどりの薔薇の花束があった。ジュデスは深い沼に足を取られたようなもどかしさに、シーツを蹴り上げる。
 しかし、その青年の姿もすぐに消え去り、代わりに蘇ってくるのは激しい炎の熱さと苦しさ、そして全身に走る痛みだった。

「いや……っ、カインっ、助けてっ、いやぁぁっ!!」

 燃え盛る炎の中、自分に向かって手を伸ばす血みどろの青年の姿が眼底に再現され、ジュデスは悲鳴にも似た声を上げる。

 ――いや、いやよ、忘れたくない……!

 白亜の大広間だったその場所は薄暗く、埃が舞っており床は赤黒く染まっていた。念願の王太子だった弟のロイドを守るように覆い被さっていた父――ダグラスの立派な服も、焼け焦げて千切れ、剥き出しの背中は大きく切り裂かれている。

「あ……ぁ……!」

 声にならない声を漏らし、ジュデスは震えながらも必死に記憶を辿る。
 エリックそっくりの艶やかな黒髪を床に散らした義母――セイラの白い腕が、王座まで続く階段からだらりとぶら下がっていた。
 肩で呼吸をしながらそこに立っているのは、足元に広がる血だまりのような瞳の色をした男の姿。
 黒い瘴気のようななにかを全身に纏ったその姿は、まるで邪悪な力を宿しているかのようで――
 目の前のエリックと記憶の中の男が重なった瞬間、ジュデスの頭の中でなにかが弾けたような気がした。

「あ、あっ……!」

 今まで思い出そうともしなかった数々の景色が頭の中に流れ込んでくる。同時に激しい頭痛に襲われ、ジュデスは幻影を振り払おうと強くかぶりを振った。

「あぁぁぁっ……!!」

 頭が割れそうなほど痛みのから逃れようと無意識に身を捩るものの、エリックは逃がすまいとするようにジュデスの腕を寝台に押し付け、一層激しく腰を打ち付けた。

「ああっ……! いやぁっ……!」
「君だけは誰にも奪わせない。心も身体も、魂さえもすべて私のものだ……!」

 パンッと乾いた音を立てて肌を打たれる度に鋭い痛みが走る。けれど、それ以上に下肢へ与えられる強烈な刺激の方が大きかった。擦れ合う粘膜が燃えるように熱く、深く穿たれる度、頭の芯まで痺れるような快感に襲われる。

「あっ……やぁっ! い、ぁぁ……!」

 一際強く最奥を抉られ、ジュデスは背を仰け反らせて達した。びくんと身体を痙攣させながら頂点を極めるが、エリックの動きが止まることはない。

「っ……食い千切られそうだ……だが、私はそんな獣のような君が欲しい……!」

 絶頂直後の敏感な隘路を容赦なく攻め立てられ、ジュデスは息をつく間もなくふたたび強烈な快楽の波に飲み込まれていく。許容範囲を超えたまま与えられる甘い責め苦に全身が悲鳴を上げている。だというのに、ジュデスの肉体は心とは裏腹に従順に快楽を受け入れてしまっていた。淫らに腰を揺らしながら、ジュデスはエリックを誘惑していく。

「いやっ……もう許してぇ……!」

 涙を零しながら許しを乞うが、エリックはに冷たい笑みを浮かべるだけだった。むしろその声に興奮を覚えたかのように律動が激しくなっていく。

 ――だめっ……忘れては、だめなの……!

 咥え込んだ逞しい熱杭に、隧道を押し広げられていく。己の淫らな啼き声と息遣いに気が狂いそうになる。

「君をこんな風に穢していいのも、生涯私だけだ……!」
「ひっ……! あああぁぁっ!!」

 最奥を抉るように突き上げられ、視界が真っ白に染まる。激しい絶頂感と共に身体がびくびくと痙攣する。数拍置いて襲ってくる失墜感に身を任せ、ぐったりと荒い息を繰り返していると、耳元に彼の唇が寄せられた。

「もう君の身体はとっくに堕ちているんだよ、ジュディ……」

 彼がなにを言っているのか理解しようと思考を巡らせようとするものの、上手くいかない。

 ――カイン……

 愛しい人の名前を呼べば切なさが増したような気がして、涙が溢れそうになる。彼に会いたいという想いだけが心を占めていく。

「さぁ……ジュデス。私の魔法であの男の記憶を私で埋め尽くしてあげよう。君が私の手によって気をやる度に、幸せになれる魔法をかけてあげるからね……」

 いつだって、彼はジュデスに優しく微笑んでくれた。
 次期国王となるロイドの側近として、国を支えようと励む彼をジュデスは誇らしく思っていた。彼が喜んでくれるようにと刺繍を習い、誕生日の贈り物も彼のために手製の物を用意したこともあった。
 青い瞳にはいつ何時も、慈しみと愛情が溢れていた。その眼差しは、ジュデスにとってはかけがえのない宝物だった。
 カインと共に――生きていきたかった。
 それなのに、どうして自分は、彼のことを忘れたのだろう。
 あんなに大好きだったのに、彼を愛していたのに、その思い出すら失ってしまったなんて――

「カインっ……ごめん、なさ……ああぁぁっ!!」

 充血したあわいをふたたび擦り上げられ、思考が霧散していく。もうなにも考えられないくらいに身体中が熱く蕩けてしまいそうだった。
 律動は激しさを増していき、結合部から溢れる蜜が泡立っているのがわかるほどだった。最奥のその先を目がけて貫かれるたび、充血した花芽がぐりっと押しつぶされ、下腹に新たな滓が蓄積していく。

「っあ、やっ! いやぁっ……」

 絶頂後の敏感になった身体には強すぎる刺激にジュデスは身体を捩らせ、悲鳴じみた嬌声を上げる。枷を付けられたジュデスはなす術もなくエリックにされるがままになっているほかなかった。

「ああぁっ……やぁぁっ!」

 引き締まった腰を打ち付けられる度に意識が飛びそうになるほどの快感が押し寄せてくる。身体はもう限界だと戦慄いているのに、それでもなお貪欲に新たな快楽を求めてしまう自分が浅ましく思えてくる。
 そんな葛藤を見透かすかのように、エリックはぐっと顔を近づけてきた。

「さあ、もっと堕ちておいで……ジュディ」

 耳たぶを食まれ、ねっとりとした舌が耳の中に侵入してくる。くちゅりという水音が脳内に直接響き渡り、視界が一瞬だけ黒く染まる。

「あぁっ……い、いやっ、いやぁぁっ……!」
「ジュディ……君は永遠に私のものだ」

 熱っぽく囁かれる言葉すらもう聞き取れない。意識を保とうと必死でシーツを搔きむしるが、それも無駄な抵抗だということはわかっていた。

「子を孕まぬよう薬を日々料理に混ぜさせているから、どれだけ気をやっても心配はない……何度でも君の中に注ぎ込んであげるからね……」

 ジュデスの銀色の髪を一房掬うと、エリックはそこに口づけた。そのまま頬ずりをするような仕草を見せる彼に嫌悪感を覚えてしまう。それでも、じわじわと思考が黒いなにかで侵食されていく感覚に、抵抗することができないでいる。

「あ、あっ……だめぇっ……」
「可愛いよ……もっと乱れる姿を見せておくれ、ジュディ……」

 小刻みに最奥を突かれる度に意識が飛びそうになるほどの悦楽に襲われる。強烈な快感から逃れようと身を捩るが、陰惨な笑みを浮かべたエリックはそれを許してくれない。
 これは私のものだとでもいうかのように――自分以外の者に奪われぬようにという思いが、ひしひしと伝わってくる。

「っ、あっ! ああぁっ!」

 肉壁がうねり、綻びきった粘膜が雄槍を強く絞り上げる。ジュデスが身悶える様子を見て楽しんでいるかのように彼は執拗にそこばかりを責め立てた。何度も何度も達しているのに、一向に解放してくれる気配がない。正気を失いそうになるほどの快感を与えられ続け、意識を保つことさえ困難になっていく。

「ひっ……ああっ……! いやぁっ……!」

 またも頂点を極めてしまいそうになり、思わず彼の腕に爪を立てる。と同時に、ぐっと奥歯を噛み締めたエリックが微かに眉根を寄せる。その表情に、彼も限界が近いのだと悟った。

「ああぁっ! ――――っ!!」

 一際高い嬌声を上げて背を仰け反らせれば、じゃらりと重い金属音が一際大きくなった。どくりと震えた肉楔から、熱い飛沫が中に注ぎ込まれていく。その刺激すら敏感になった身体には辛いもので、びくびくと痙攣するように腰が揺れてしまう。
 どくんどくんと脈打ちながら大量に吐き出される熱を感じ、ジュデスは背中を大きく仰け反らせる。
 苦くて濃厚な精の香りにあてられ、頭がくらくらとした。ひくひくと足の指を引き攣らせながら、深い官能の淵へと引きずり込まれていくような錯覚に陥ってしまう。

 ――ああ……

 もう、なにも考えられない――……
 身体の内も外も焼けるように熱く、このまま溶けてしまいそうなくらいだ。霞む視界の中、宵闇よりも深い黒の瞳だけが妖しく輝いていた。

「君は私を愛しているのだろう? ならば、なにを躊躇う必要がある?」

 エリックは耳元に唇を寄せて囁いた。途端、視界全体が揺らりと影を帯びる。甘く優しい声音だが、その言葉一つ一つがまるで呪文のようにジュデスの心を縛っていくような気がした。

 ――そう……だった……わ……

 そうだ。
 そう、なのだ。
 私はこの人を愛しているんだ――
 薄暗い寝台の中、ジュデスは蕩けた思考回路でぼんやりと考える。
 身体の内と外、全てが彼に満たされているという幸福感に脳髄までもが蕩けてしまいそうだった。
 このまま彼と一つになってしまえばどんなに幸せだろうかと思うほどに多幸感が心を満たしていく。

 ――ああ……なんて、幸せなんでしょう……

 彼にこうして愛されていることがたまらなく嬉しい。身体の奥深くに感じる熱の感覚に浸っていると、自然と涙が溢れてきた。目尻から流れ落ちた雫がこめかみを伝っていく。
 それを拭うようにエリックの指が優しく頬を撫でた。その指の感触すら愛おしくて、ジュデスはうっとりと目を閉じる。


 これでもう、迷う必要はないのだ。
 この身を焦がすほどの愛は――エリックへと向けられているのだから。
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