追放された異世界勇者 ―地球に転移しインチキ霊能者になる―

かーる

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第24話 山の悪神1

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「おとーちゃん……」
「大丈夫だ、大丈夫」

 森を駆ける。
必死に後ろを視ないように、娘を抱きかかえながら慣れない道を進む。
途中木の根に足がもつれそうになり、転ばないように注意する。

「はぁはぁ」

 心臓がはち切れそうだ。
もう走るのをやめてしまいそうになる自分を追い出し、必死に山を下りる。
なぜこんなことになったのか。
あそこに残った親父は大丈夫なのか。
分からないことばかりだ。そもそも――


 


 分からない、分からないッ!
でも確実なのはアレが俺の娘を狙っている事だ。

「はぁ、はぁはぁ」

 視界がかすむ。
何故こんな事になった。
何もしていない、ただ田舎に帰って来ただけだ。
それがなんであんな化け物がッ!

「もうすぐ、もうすぐ車だ」
「……おとーちゃん。おサルさんが……」
「ッ!」

 足に力を入れる。
あの化け物がすぐ近くにいるという事は俺達のために残った親父は……
くそくそくそ、早く早く早く!!

 山の麓につき置いた車に乗り込む。
元々はただの墓参りで3人で来たっていうのに、今は車の中の人数は行きと違っている。
娘を車の助手席に乗せ、車のキーを回す。



「――ッ! くそ、何でかからないんだ!?」

 思わずハンドルを叩きそうになる衝撃を抑える。
クラクションを鳴らしてアレを刺激する可能性だってあるんだ。
そんなことは絶対に出来ない。
流れる汗が目に入るのも忘れ、必死にキーを回しようやくエンジンが起動した。

「よ、よし。すぐにここから――ッ!?」

 心臓が止まりそうだ。
フロントガラスの向こうにアレがいた。
体毛に覆われ腕が異様に長い猿のような動物。
だが間違っても猿ではない。身長は猿よりも二回り大きく人間とほぼ変わらない。
目があるのかも分からないほど真っ黒な眼球はどこを見ているのかも分からない。
親父はアレを山の神なんて言っていたが、あれは神なんて代物じゃない。
どうみてもただの化け物だ。
その証拠に口元から赤黒い液体が流れており、口が妙に動いている。
まるで何かを咀嚼しているかのように……


 車が震え、エンジンがかかったのが分かった。
バックミラーも見ず、そのままバックで発進する。
目の前の猿の化け物はこちらを見たまま動かない。
助手席にいる娘は懸命に両手で口を抑え、震えながら涙を流している
声を出さない娘を褒めたい気持ちを飲み込み俺はエンジンを全開にし車を進めた。

「くそ、くそ、くそ、どこにいく? 親父が言うにはアレは山の悪神らしいけど」

 なら神社か?
いや寺だろうか。
くそ、何も分からない。
だが、少なくともこの場所から離れればアレはついてこないはずだ。
もう実家にある荷物は忘れて、このまま家に帰ろう。

「待ってろよ、愛奈。すぐ帰るからな」





 あれから1週間が経過した。
念のため実家に連絡を掛けたが繋がらなかった。
この時間は畑に行っておらずいつも家にいるはずなのに。
不安は大きくなる。夢じゃなかった。やっぱり親父は……


「ただいまー」

 愛奈の声だ。
もう帰って来たのか……?
外を見ると既に夕方になっている。
あぁくそ、全然仕事が進まなかった。
あの日から仕事に一切手が付かない。
頭の片隅に必ずあのおぞましい化け物の姿が過ってしまう。
だが、疲れた顔を娘に見せるなんて出来ない。
精一杯楽しいことを考え、可能な限りに笑みを浮かべ、愛娘の帰りを出迎える。

「お帰り! ――どうした愛奈? 顔色が悪いぞ」

 いつも太陽のような笑顔を見せてくれる娘の表情が雲がかかったように沈んで見える。

「あのね、おとーちゃん。今度、近くの山へ遠足に行くんだってせんせーが言ってたの」

 そういうと手に持ったプリントを目の前に差し出してきた。
いつもの可愛らしいイラストが書かれたプリントではなく、保護者用に用意されたプリントだ。
そこには、来月ピクニックに行くという旨が書かれた内容の書類だった。
震える手でそれを受け取る。
内容は簡単だ。
幼稚園のバスで近くの小さな山に行き、そこでお弁当やお菓子を食べて帰る。
日帰りの本当に簡単な遠足。
だが――



「お猿さん。また来るかな」




 あの日戻ってすぐに俺たちは近くにある有名な神社へ行き、お払いをしてもらった。
神主に事情を説明し、何とかならないかと話したのだが、神主からは望んだ答えは貰えなかった。

『娘さんは恐らく山の神に魅入られたのでしょう。すぐに忘れなさい。山に行く事はもちろん、その事を思い出すだけでも危険かもしれない』

 山の神。
とても信じられないが、親父もあの化け物を見た時に、そう言っていたのは覚えている。
あの神主のいう事が本当であればあの山に近付かなければ平気という事ではなく、山であればどこであろうとも駄目なのだそうだ。
基本あの化け物はあの山に住んでいるそうだが、山に近付けばすぐに分かってしまうそうだ。
それに気になる事も言っていた。

『娘さんから何か不思議な気配を感じます。おそらくそれがその神との縁になっているのでしょう。どうかすぐに忘れるようになさい。この日本には神は大勢いますが、今回娘さんを魅入った神は悪神の類です。それも強力な力を持った存在だ。最低でも数年は山に近付かず、あの日のことを思い出さないようにするしかないでしょう。人には念というものがあり、想いとはその相手に届いてしまうものなのです。人里に来るという事はないと思いますが、どうか努々忘れないように』

 それから俺はあの日の事を娘が忘れるように、遊園地に連れて行ったり、水族館に行ったりと、他の楽しい思い出を作ろうとした。
愛奈も何かを察してなのか、あの日のことは言葉には出さなかった。
今日までは……


「――ごめんな、愛奈。その日はお休みして、おとーちゃんと一緒に遊びに行こう。この間言った遊園地とかどうだ?」
「……うん。そうだよね」

 娘の沈んだ顔を見るのが辛い。
妻を早くなくし、娘との時間を作るために仕事も変えた。
愛奈は俺の全てだ。望んだことは何でもしてやりたい。

「――おとーちゃん! 今日のご飯なに!?」
「ッ! あ、ああ。今日は愛奈の好きなハンバーグだぞ!」


 本当に良くできた娘だ。
ごめんな、ごめんな。
父ちゃんが何とかしてやるからな。




 
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