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第26話 山の悪神3

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「ふ、ふざけるなッ!!」

 俺は手に持ったスマホを思わず、床に叩きつけてしまう。
画面はひび割れ、そこには先ほど受信したメールが表示されていた。

千時武人せんじたけひと殿。貴殿のお話から状況はある程度理解しました。恐らく強力な山の物の怪の類であると、大蓮寺様はおっしゃっております。今回のご依頼を行う場合、最低でも前金で一千万。成功報酬として更に一千万をご用意ください。下記口座に振込みが確認出来次第、大蓮寺様より、貴方の娘様を守る、大変有り難い護符を郵送いたします。また、この護符は霊験あらたかな物です。護符が手元に到着次第、早急に護符代として200万円をお振込みください。以下振込先の銀行となります』


 なんなのだッ! このふざけたメールは!
前金と合わせて2千万、更によく分からん護符に200万! 
この様子なら恐らくまだ金を取るつもりなのは明らかだ!
これで娘を確実に守れるなら考えもする。だが、このメールからは悪意しか感じない。
本当にそれで愛奈を守れるのか!? 
髪の毛が抜けるほど、髪をかきむしる。
浅見さんから言われ、頼ろうともしたが、これはだめだ。
本気でこちらのことを考えているとは思えない。
このメールからはどう金を取るのかという事しか考えていないように感じる。

「もう、この人に頼るしかない、か」

 勇実心霊相談所。
最近、SNSのツイッターを始めたらしく、ネットにホームページなどは存在していない。
そのため、評判などを調べようと検索してみたが、まったくヒットしなかった。
恐らく最近出来たところなのだろう。
だが、もう頼れそうなのはここしかない。
DMを送り、本当に前金は入らないのか、20万円のみでいいのかを再三確認した。
その際に返事として送られてきた内容では、最低金額は20万円。
祓う霊の強さによって金額は要相談。
ただ、俺の話を聞く限りではただの霊ではなさそうなので、一度お会いしてから相談させて欲しいという事だった。

 なるほど、確かに普通の霊ではないだろう。
なんせ、浅見さんが言うには山に住む悪神の類という事なのだ。
大蓮寺と比べ、20万という安すぎる金額に逆に詐欺ではないかと伺ったが、とりあえず話はしておこう。

 そうして、浅見さんから預かった札をしっかりと娘に持たせ、DMで指定された場所へタクシーで移動した。
幸い場所はそれほど離れていない。
自宅までタクシーを呼び、周りを確認しながら、タクシーに乗り込んだ。

「どちらまでいかれますか?」
「この住所までお願いします」

 そんなやり取りをして、タクシーは動き出した。
流れる景色を見ながら、今後のことを考え不安に襲われる。
どうすれば娘を守れるか。そんな事ばかりを考えているため、仕事にも手が付かない。

「おとーちゃん。大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だよ」

 こんな自分の身を案じてくれる可愛い娘のために、やれることは何でもやろう。
そう心に気持ちを新たにした時だ。
急にタクシーがブレーキを踏み、俺と愛奈は身体を前に投出されそうになる。
シートベルトをしていなければ、本当に危なかった。

「お、おいッ! 危ないじゃないか!!」
「申し訳ありません、急に動物が飛び出してきたもので……」
「動物だと?」
「ええ、何かでしてね」

 そういうと運転手はシートベルトを外し、扉を開けようとしている。
俺はそれを全力で止めた。

「おい! すぐに発進してくれ!!」
「え、ですが、轢いてるかもしれないですし……」
「いいから、頼む! ――早く行ってくれ」
「は、はあ」

 いぶかしむ運転手はゆっくりとまたタクシーを前進させた。
当然、車の前に轢かれた動物なんていなかったため、問題なくタクシーは先に進む。
時間がないと思った。
愛奈を抱き寄せ、早く目的地に着いてくれと祈ることしか出来ない。
そうして、タクシーに乗って約1時間程度経過し、ようやく目的地に到着した。

 代金を払い、恐る恐る外に出る。
あたりには何もないようだ。安全を確認してから娘を下ろし、目的地を見上げる。
どうみても一般的なマンションだ。
ビルのテナントという訳でもない。普通の家庭が住んでいそうなマンションにしか見えない。だが、ここまできたのだ。行くしかない。
詐欺の類ではない事を心から祈る。


 エレベーターに乗り、4Fのボタンを押す。
目的の階に到着し、そこでDMで貰った402号室まで行く。
自分の心臓の鼓動が強くなるのを感じる。
どんな人物が出てくるのかさっぱり分からないが、惑わされないように慎重に見極めなくてはならない。
大きく深呼吸をしてからチャイムを鳴らした。
すると、ドアの向こうから人の気配がする。

『はい、どちら様でしょうか?』

若い女性の声だ。

「本日、予定をご相談していました千時武人です」
『千時様ですね、お待ちしておりました。どうぞ中へ』

 扉が開錠される音が聞こえ、その後に目の前の扉が開かれた。
玄関には、一人の若い女性がこちらを見て微笑んでいる。

「どうぞ、中へ」
「はい、失礼します」
「しつれいします」

 愛奈の手をしっかりと握り、玄関で靴を脱ぐ。
思ったより広い部屋だ。間取りは3LDKだろうか。
観葉植物やインテリアなど飾られているが、あまり霊能力者の事務所には見えない。
そうして女性の後ろに続いてリビングに行き、俺は思わず息が止まりそうになった。


 銀髪の男がいる。
青いスーツに身を包み、
足を組みながらソファーに座り、黒いカバーの本を読んでいるようだ。
オールバックの髪に青い瞳、十字架のイヤリングをつけおり、その様子はまさに映画のワンシーンを切り取ったかのような造形美であった。
黒いカバーのあの本は聖書だろうか。
とても真剣な様子で目を通している。
そして、俺たちに気づいたのだろう。
こちらに目線をやると、本を閉じ、立ち上がり、こちらにやってきた。
身長は、2mくらいはありそうだ。若干見上げる形になるが、なんだろうか。
オーラが違うというのか、一目見て分かった。
多分、彼は本物だ。





Side 勇実礼土

 俺はかつてない危機にいるのかもしれない。
3度、魔王を殺し、真祖のヴァンパイアを殺し、龍さえも殺したことがある。
そんな俺にここまでの恐怖を与えるなんて、やるじゃないか。

「絶対にいやだ」
「なんでよ、絶対似合うわ」

 和人の力も借り、俺は自分の事務所を作る事になった。
田嶋から物件を紹介され、あれよあれよという間に、池袋という場所にマンションを借りてそこを事務所にする事に決まったのだ。
またホテル住まいだった俺のために事務所兼自宅という事になったため、現在はここに住んでいる。以前泊まっていたホテルの受付の男とのやり取りがなくなったのはつまらないが、まぁそれもいいだろう。
それにしても、あの受付は本当に意味がわからなかった。
男だけでは泊められないなどと意味の分からない事をずっと言っており、そのたびに俺は論破していった。
楽しいコミュニケーションだったな。
また、あそこに泊まるのも面白いかもしれない。


 だが、問題はそこじゃない。
何故か利奈と栞の二人は俺の事務所のバイトとして仕事を手伝うことになっていた。
まぁ、それはいい。正直一人では何をやればいいのかさっぱり分からないからな。
問題は――


「礼土君。これつけようよ」

 この一言から始まった。


「ん、何だいそれ?」
「ピアスよ。礼土君に似合うと思って持ってきたの。ね、つけてみて!」

 そういって銀色のアクセサリーを渡された。
そこには針のような小さい金具から鎖につるされた十字架があしらわれている。
正直に言って、めっちゃ好みのデザインだった。
あのハント×ハントのクロロンという団長が付けているのを見て、密かに憧れていたのだ。

「へぇ、カッコイイね。どうやってつけるの?」
「えーっとね。あ、礼土君、穴空いてないのか」
「穴?」
「そ、ピアスつけるために耳たぶに穴を開けるのよ、ほらこんな感じで」

 そういうと髪を掻き分け自分の耳たぶを見せてくる栞。
それを見て、俺はドン引きした。



「え、それ自分で穴を開けたの?」
「一応病院でやってもらったわ、でもピアッサーっていう器具もあるから、家でも出来るよ」
「ふーん。俺はやめておくよ」

 いやいやいや、耳たぶに穴を開けるとか意味わからん。
仮にそれ引っ張られたら、どうなるの? 耳が裂けない?
いや、裂けるよね?
無理無理無理無理無理無理無理無理。
あの世界でも自分で身体に穴を開ける奴なんていなかったぞ?
怖いな日本。


「えぇーどうしてよ」
「はははは――絶対にいやだ」
「なんでよ、絶対似合うわ」


 俺だって勇者として幾度も戦場を乗り越えてきた。
まだ5歳のガキだった頃は当然、怪我をする事も多くあったし、時には身体を欠損するほどの大怪我を負ったことだってある。
俺を育ててくれた恩師が居なければ俺は今もこうして五体無事ではいなかっただろう。
もっとも、15歳くらいになってからは怪我らしい怪我を負ったことはないのだが。
それでも、自分で自分の身体に穴を開け、そこに金属の棒を差し込むとか、どんな拷問だ!?
マジおっかねぇ。


 そんな感じで、栞と嘗て無い攻防を繰り広げ、結果的に耳に挟むイヤリングで妥協する事になった。
っていうか、俺はそっちの方がいいわ。
耳たぶに穴開けるとか、マジで意味わからん。

 そうして、新しいアクセサリーを身につけ、日課の漫画を読む。
和人たちがツイッターというSNSで勇実心霊相談所という名前でアカウントを作成したらしい。基本的な管理は栞と利奈が行うそうだ。
一応アカウントに入るためのIDとパスワードを教えてもらったが、ツイッター自体よく分からないので、俺はノータッチだ。

「今日は暖かいですね」
「まぁそれは仕方ないさ、夏だしね」
「ねぇ、礼土君。一つ聞いてもいい?」
「何?」
「それ、どこで買ってきたの?」


 そういって栞が指指すのは俺のブックカバーだ。

「あぁこれか」


 これは、秋葉原で散策中に見つけたブックカバーだ。
黒塗りで表紙に十字架やら、よく分からない模様なんかがあり、一目惚れして購入した。
基本電子書籍で漫画を読む俺だが、ちょうど、【シャーマン・王】の完全版が出ており、それを購入し、さっそく買ったブックカバーを嵌めて読書中だ。
かさ張らない電子書籍もいいが、やはりこの印字された本の匂いは結構好みだ。
よし、今日は全巻読み倒すとしよう。


 すると、部屋の中にチャイムの音が鳴る。

「おや、頼んでたピザが来たかな」
「見てきますねー」
「ごめんな、ありがとう」

 そうして俺はまた読書に戻る。
うーむ、しかしどうやってハオハオを倒すのだろうか。
スピリット・ファイヤー強すぎだろう。


「礼土さん、今日アポを取られていた千時さんがいらっしゃいましたよ」


 あれ、今日でしたっけ?
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