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053 いざ、穴の中へ
しおりを挟む「よし、行って来る。ジベ、ステラのことは頼むな」
「グル!!」
「気を付けて」
穴の淵。ひしめく魔物の中に俺は意を決して飛び込む。
着地をすると、俺の匂いに気付いた魔物たちが一斉に距離を開ける。ちゃんと効果があるようだ。
俺は崖の上でこちらを覗くステラに親指を立てて合図する。彼女もじっとこちらを見たまま親指を立てて返してくれた。
その様子に少し微笑むと、俺はつるはしを構えて歩き出す。
「ただの穴だと思ったけど、洞窟みたいになってるのか……」
地面は採掘をした跡が残っており、つるはしや何か機材を使って土を削ったようになっている。その上から大量の魔物たちが歩いたため、様々な爪痕や足跡などで塗り潰されたようだ。
壁の方をとりあえず目指してみたが、そこには更に穴が続いており、奥に進めるらしかった。元採掘場なのは間違いない。何かがきっかけで魔物が押し寄せ、人が立ち入れなくなったというところか。
……魔物はこの奥に向かっているように見えるが、何があるのだろうか。念のために練術を使用し、周囲の気を探る。
「……ん? なんだこれ」
すぐに何かを感知する。強力な魔力の……魔物?
よくわからない。生きているのか死んでいるのかもわからない。ステラに渡された資料によると、目的の物は青い鉱石で、魔力との親和性が高いそうだ。
これだけ魔物が集まっていれば、当然ここの魔力の濃度も高くなっており、鉱石はかなりの魔力を吸収しているだろう。
その鉱石が俺の感知網に引っかかったのだろうか。とにかくそちらの方に向かってみる。
香水のおかげで魔物が避ける為かなり楽に進むことが出来る。が、中には無謀にもこちらに飛び込んでくる奴もいる。
「練術。金剛剣」
すぐさま練術を剣に込め、魔物を斬り付ける。狼のように見えた魔物は首を斬り落とされると、どろりと倒れ込む。
手加減をしなくて良いのがかなり楽だ。人間相手に普通に練術を使うと、このように簡単に殺してしまう。
魔物相手だからこそ、この速度で戦闘を終わらせられるのだ。
「……ここか」
最奥部に辿り着く。そこはかなり広くなっている。辺りが薄く輝いているのは、先人の残した魔道具によるもののようだ。魔力式の灯はこの場所の魔力濃度なら、誰かが魔力を込めずとも勝手に魔力が充填されているらしかった。
その更に奥側、小型の魔物が密集している場所がある。俺が近付いても誰も離れようとしない。それほど魅力的なものがあるのか……? 先程感知した強大な魔力もここだ。
「何だこの魔物たちは……」
どかそうと魔物に手を触れた時、異常に気付く。彼らの体が溶けている。
先程魔物を斬った時もそうだった。元は獣のようにも見えたが、斬り伏せた瞬間にどろりと溶けた。
気分の悪くなった俺は警戒しつつ距離を取り、たっぷり時間をかけて気を集中する。
手についた魔物の体液のような、皮膚のようなものが気によって浄化され蒸発していく。魔力を弾き飛ばすことの出来るこの力で浄化されたということは、つまり体そのものが魔力になりつつある……?
自然エネルギーが俺によって集められ、俺の気が膨大な量になっていく。そのエネルギー量により、最奥部のこの部屋の温度が少しずつ上昇していく。
俺はそれを右手に集めると、魔物の山へと突き出す。
「練術、煌々練波!」
光線が魔物たちへ浴びせられる。
大量の魔物が唸る声、爆散する衝撃で耳がビリビリと痺れる。次いで砂が舞い上がり、俺は顔を覆う。更に肉の腐ったような酸い臭いが充満し、思わず咳き込む。
数秒後、それらが晴れ、俺は目を開ける。
黒く蠢く肉の溶けた魔物たちが大きく隆起した何かにしがみついている。
それは足と思われる部分を踏み出して、更に起き上がる。
「で、でかい」
立ち上がったそいつは俺なんかより遥かに大きく、高さも優に5メートルは超える程だった。
黒いドロドロとした体の隙間から光が漏れている。青い、魔力濃度の高い物質だ。
「もしかして、あいつ鉱石を吸収しているのか……!」
大きな黒い魔物が動くと、先程感知した強大な魔力も動く。間違いなくあの中に俺の探す鉱石がある。
あれを倒して目的の物を手に入れないといけないのか……。
静かに息を呑む。覚悟を決めろ。やることはいつもと変わらない。
死ななければ大丈夫だ。
「いくぞ……!」
俺は呟き、剣を握る。黄金に輝く剣は辺りを照らしつつ風を斬る。空間内に充満する魔力が斬れているらしく、とんでもない風切り音が響き渡る。
鉱石を吸収した魔物が向きを変えている。俺の方を向いているのか、そもそも俺に気付いているのかすらわからない。
「とりあえず、これでもくらえ!!」
やり直し前提で、俺は間合いの外から剣を投げる。金剛剣は更に激しい音を立てながら魔物に突き刺さる。
次の瞬間、練術を受けた魔物が大きく唸り声をあげ、周りにへばりついていた他の魔物が爆散した。
効果は抜群だ。だが、そのせいで俺の体が爆散した魔物たちの体に襲われる。ドロドロとへばりつき、強烈な臭いを放つそれは、毒のように俺の体も侵食しているように見えた。さっき軽く触れた時と様子が違う。表面と内部ではこんなにも差が……
!
「れ、練術!!」
体中に気を纏わせる。すかさず浄化を行うが、皮膚の一部が爛れたようになってしまう。
濃い紫に変わってしまった手で、俺は画面を表示させる。
光が溢れる。
「練術、鱗纏……!
鱗纏。気を練り上げ、防御力を高めた物を更に何層にも纏う技。鱗のような模様が術者の周りを覆うことからその名がついた。トーキさんに教えられた技術の一つ。
俺はその力を即席の鎧とし、先程の魔物の肉を防ぐことを考えた。
剣を構え、魔物の肉に突き立てる。
「ぐ……! なんだ、この手ごたえ! 気持ち悪い」
耕した土に剣を突き立てるよりも柔らかく、更に粘性を帯びた液体のようにグニグニと気持ちの悪い感触が伝わる。
剣が飲み込まれていく。とても柔らかい感触のはずなのに、引き抜くことが出来ない。
とんでもない力で引っ張られているかのように、ゆっくりだが確かな力で引き寄せられていく。
「金剛剣!」
剣に気を送り込む。次の瞬間、またも魔物の体が爆散する。
鱗纏を使用した俺は魔物の毒性を弾き返す。……効果はある。引き抜けないなら、このまま貫け!
「おおおおおお!!」
声を上げて剣を突き込んでいく。へばりつく魔物が練術に触れ爆散する。本体の大きな魔物の体がどこにあるのかはわからないが、この勢いなら貫けるはずだ。
ガツン! と剣が何かに弾かれて動きが止まる。何かに刺さったわけではない。相も変わらずびくともしないその剣は、青い鉱石に触れた状態で止まっていた。
俺は貫くことを諦め、左右にずらそうとするがそれも全く動かない。謎の力によって完全にそこで固定されているように見えた。
「けど、目的の鉱石がここにあるなら、これを貰っていけばいいだけだ」
危険を冒す必要はない。これさえ回収できれば今回の依頼は達成なのだ。
俺は鉱石にを掴み、引き抜こうとするがそれも叶わない。魔物の本体と繋がっている肉が鉱石を離さない。斬ろうにも剣も動かない為、どうしようもなくなってしまう。
ここまでたった十数秒の出来事。この魔物の本体からへばりついた魔物を爆散させながら、鉱石を取り上げようとしたが叶わない状況。
しかし、次の瞬間に俺の足は別の魔物の肉片に覆われていた。
「なにぃぃぃいい!?」
足の様子に気付いた直後、辺りを見回す。
先程洞窟の入り口側に居て、俺を避けていた魔物たちが群れを成してこちらへ飛び込んでくる。
……いや、違う。引き寄せられているんだ。よく見ると彼らの意志はそこになく、先程の俺の剣のように謎の力によって引っ張られているように見えた。
「くそっ!」
俺が跳び退くと、元居た位置に新しく来た魔物たちがへばりついた。避けなければ俺もあそこに巻き込まれていたはずだ。
事実、俺の剣はあの中に取り残されてしまった。
やり直すか……? それとも何か対策を探るべきか……!
俺は練術を緩めず、奴の体を睨む。多少魔物が剥がれたことにより、頭部の造形が窺い知れた。
「ジベ……いや、マージベア……!?」
その顔は、仲間になった魔物と同じ姿に見えた。
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