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2.アレイシ王子の寝室へ
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薄暗く長い廊下を抜け、階段を上り、また長い廊下を歩いた。
金で縁取られた大きな扉の前に親衛隊員が立つと、ギョロ目の役人や兵士たちは、最早お役御免とばかりに追い払われた。
「──入れ」
いつもと変わらない、アレイシ王太子の声が聞こえてくる。
親衛隊員が扉を開け、私が部屋の中に入ると、大きな天蓋付きベッドに腰掛けていた彼が立ち上がった。
「早く閉めろ」
王太子の急かす声が響く。
慌てて親衛隊員が扉を閉める時、キィィと鳴き声のような不気味なか細い音がした。
室内には無数の燭台が並び、ロウソクの炎が揺れる。
壁側には絵画や壺や裸身の女神彫刻。最高級の家具調度も並び、眩いほどに飾り立てられていた。
ロウソクの明かりは洒落た文様織りの絨毯や、よく磨かれている石造りの床も照らし出している。
「ナディア。待っていたよ」
アレイシ・ロンダル王太子殿下は白い歯を輝かせ微笑む。
私の婚約者であり、二つ年上で今年二十歳になられる。
ロンダル王家の第一王子。
老齢な父親ジャール王に代わり、政務も軍務も指揮を執る。今や実質的にも王国の支配者であった。
美しい赤い髪、意志の強い瞳、すっと通った鼻、薄い唇。ギンガムチェック柄の夜着の上に白いガウン姿だった。
優しい声に瞳が熱くなり、私は涙が溢れる。
「⋯⋯アレイシ様」
「よい、何も言わなくとも信じている」
涙を流す私を、王太子は優しく抱きしめた。後ろ手に縄の体勢で胸がせり出し、彼の胸板に軽くバウンドする。
──今、私が頼れるのは王太子しかいない──
過去を振り返れば──
私、ナディア・フェレスは子爵家の長女として父母に大切に育てられ、年の離れた兄にも可愛がられ幸せに暮らしていた。
しかし、隣国との戦のおり、王の親衛隊員だった兄が行方知れずとなってからは、領地が自然災害にも見舞われ没落の一途を辿った。
何の特技もなかった私だったけれど、毎日家族の健康と幸せを女神様に祈ったおかげなのか──
ふとしたことから聖女の能力が発動し、正式に教会で学ぶことになる。
教会では見習いという名の下働きの後には、飛び級にて高位の能力を会得。正式に聖女として認定された。
聖女の力の発現から兵士を鼓舞し治療し、前線で戦って来た私。
それから戦場で優しい王子様と出会った。親衛隊を率いて前線で指揮を執っていたのが彼。
お互い多忙を極める中、言葉を交わすだけで惹かれ合い両想いになるのに時間はかからなかった。
王様自らの強い勧めもあり、正式に婚約が決まった。
それに王家の援助により、子爵家もどうにか持ち直し、両親に笑顔が戻った。私の幸せもこれからなのに──
「ナディア。薄い夜着姿も綺麗だよ」
「ああっ、見ないでください。恥ずかしぃ」
(アレイシ様の言葉と態度が変⋯⋯もしかして酔っていらっしゃるのかしら)
いつもは厚く肌の露出の少ない地味で清楚な服装。今は薄い夜着で胸の下から腕ごと縄で縛られていた。
「ふふっ、神聖さと魅惑で僕を誘うかい」
「なっ⋯⋯⋯⋯え⋯⋯っ? あぁっ⋯⋯!?」
私は驚きで言葉を失う。
両手を後ろ手に縛られたまま、唇と唇が重なり合う。お酒の匂い、ワインの味。
私の初めてのキスだった。
「だ、めっ、です。これ以上は⋯⋯」
「いつもの勿体ぶりは、もういい」
彼は私の胸もとに視線を落すと、舌なめずりする。
「ですが⋯⋯聖女の力が無くなってしまいます」
「もう、こちらの勝利は目前だから、お前の奇蹟は必要ないんだよ」
王太子の冷たい視線にゾッとする。
私をドンっとキングサイズのベッドに押し倒した。
背中に伝わるベッドの柔らかな反発感触が、気味悪く感じてしまう。
「本当に、これ以上は、お許しください」
「僕なりに我慢したんだ。いいだろう、さぁさぁ」
ロンダル王家の跡継ぎとして過保護に甘やかされて育てられたせいか、酒癖が悪いとの噂。酔うと子供っぽいわがままが、よく出ると聞いたことがある。
でも、私の前では一度もなかったのに。
「いっ⋯⋯いや⋯⋯あぁいやっ、やっ、誰か、助けて!!」
「うるさい! お前の両親への資金援助がなくなってもいいのか」
「⋯⋯⋯⋯酷い」
必死に泣き叫んだけれど、誰も助けに来てくれない。王太子の命令を覆してまで、まして隣国との密通疑惑の聖女など、助ける者はいない。
長引く戦乱により次期当主を失い、大火にもあい、没落した子爵家の娘では王太子に逆らえない。
さらにロンダル王家の援助を受けて生活している、私の両親。それを遠回しどころか、あからさまに人質に取って脅す言葉だった。
「裏切り者が、おとなしくしろ!」
「うぅ⋯⋯きゃぁ⋯⋯⋯⋯ッ」
彼は顔を歪め叫ぶと、私の頰を強く引っぱたいた。
ずっと自分には優しかった婚約者が眉をつり上げる。初めて見せる怒りの形相に身体が硬直してしまう。
「⋯⋯あぁ⋯⋯」
ズキズキズキ。
心の痛みに遅れて、頰の痛みがやってきた。
心臓もバクバクして息苦しい。
「誤解です。どうか、どうか私を信じてください」
何をされるのか、正直よくわからない──
(⋯⋯怖い)
でも、終戦も復興もしていないこの不安定な時期。
ロンダルの民や兵士の傷を癒やすのも聖女の役目であり、奇蹟の力を失うわけにはいかなかった。
「はっ、信じられないから、全身を調べるんだよ」
王太子の無慈悲な声が響いた。
金で縁取られた大きな扉の前に親衛隊員が立つと、ギョロ目の役人や兵士たちは、最早お役御免とばかりに追い払われた。
「──入れ」
いつもと変わらない、アレイシ王太子の声が聞こえてくる。
親衛隊員が扉を開け、私が部屋の中に入ると、大きな天蓋付きベッドに腰掛けていた彼が立ち上がった。
「早く閉めろ」
王太子の急かす声が響く。
慌てて親衛隊員が扉を閉める時、キィィと鳴き声のような不気味なか細い音がした。
室内には無数の燭台が並び、ロウソクの炎が揺れる。
壁側には絵画や壺や裸身の女神彫刻。最高級の家具調度も並び、眩いほどに飾り立てられていた。
ロウソクの明かりは洒落た文様織りの絨毯や、よく磨かれている石造りの床も照らし出している。
「ナディア。待っていたよ」
アレイシ・ロンダル王太子殿下は白い歯を輝かせ微笑む。
私の婚約者であり、二つ年上で今年二十歳になられる。
ロンダル王家の第一王子。
老齢な父親ジャール王に代わり、政務も軍務も指揮を執る。今や実質的にも王国の支配者であった。
美しい赤い髪、意志の強い瞳、すっと通った鼻、薄い唇。ギンガムチェック柄の夜着の上に白いガウン姿だった。
優しい声に瞳が熱くなり、私は涙が溢れる。
「⋯⋯アレイシ様」
「よい、何も言わなくとも信じている」
涙を流す私を、王太子は優しく抱きしめた。後ろ手に縄の体勢で胸がせり出し、彼の胸板に軽くバウンドする。
──今、私が頼れるのは王太子しかいない──
過去を振り返れば──
私、ナディア・フェレスは子爵家の長女として父母に大切に育てられ、年の離れた兄にも可愛がられ幸せに暮らしていた。
しかし、隣国との戦のおり、王の親衛隊員だった兄が行方知れずとなってからは、領地が自然災害にも見舞われ没落の一途を辿った。
何の特技もなかった私だったけれど、毎日家族の健康と幸せを女神様に祈ったおかげなのか──
ふとしたことから聖女の能力が発動し、正式に教会で学ぶことになる。
教会では見習いという名の下働きの後には、飛び級にて高位の能力を会得。正式に聖女として認定された。
聖女の力の発現から兵士を鼓舞し治療し、前線で戦って来た私。
それから戦場で優しい王子様と出会った。親衛隊を率いて前線で指揮を執っていたのが彼。
お互い多忙を極める中、言葉を交わすだけで惹かれ合い両想いになるのに時間はかからなかった。
王様自らの強い勧めもあり、正式に婚約が決まった。
それに王家の援助により、子爵家もどうにか持ち直し、両親に笑顔が戻った。私の幸せもこれからなのに──
「ナディア。薄い夜着姿も綺麗だよ」
「ああっ、見ないでください。恥ずかしぃ」
(アレイシ様の言葉と態度が変⋯⋯もしかして酔っていらっしゃるのかしら)
いつもは厚く肌の露出の少ない地味で清楚な服装。今は薄い夜着で胸の下から腕ごと縄で縛られていた。
「ふふっ、神聖さと魅惑で僕を誘うかい」
「なっ⋯⋯⋯⋯え⋯⋯っ? あぁっ⋯⋯!?」
私は驚きで言葉を失う。
両手を後ろ手に縛られたまま、唇と唇が重なり合う。お酒の匂い、ワインの味。
私の初めてのキスだった。
「だ、めっ、です。これ以上は⋯⋯」
「いつもの勿体ぶりは、もういい」
彼は私の胸もとに視線を落すと、舌なめずりする。
「ですが⋯⋯聖女の力が無くなってしまいます」
「もう、こちらの勝利は目前だから、お前の奇蹟は必要ないんだよ」
王太子の冷たい視線にゾッとする。
私をドンっとキングサイズのベッドに押し倒した。
背中に伝わるベッドの柔らかな反発感触が、気味悪く感じてしまう。
「本当に、これ以上は、お許しください」
「僕なりに我慢したんだ。いいだろう、さぁさぁ」
ロンダル王家の跡継ぎとして過保護に甘やかされて育てられたせいか、酒癖が悪いとの噂。酔うと子供っぽいわがままが、よく出ると聞いたことがある。
でも、私の前では一度もなかったのに。
「いっ⋯⋯いや⋯⋯あぁいやっ、やっ、誰か、助けて!!」
「うるさい! お前の両親への資金援助がなくなってもいいのか」
「⋯⋯⋯⋯酷い」
必死に泣き叫んだけれど、誰も助けに来てくれない。王太子の命令を覆してまで、まして隣国との密通疑惑の聖女など、助ける者はいない。
長引く戦乱により次期当主を失い、大火にもあい、没落した子爵家の娘では王太子に逆らえない。
さらにロンダル王家の援助を受けて生活している、私の両親。それを遠回しどころか、あからさまに人質に取って脅す言葉だった。
「裏切り者が、おとなしくしろ!」
「うぅ⋯⋯きゃぁ⋯⋯⋯⋯ッ」
彼は顔を歪め叫ぶと、私の頰を強く引っぱたいた。
ずっと自分には優しかった婚約者が眉をつり上げる。初めて見せる怒りの形相に身体が硬直してしまう。
「⋯⋯あぁ⋯⋯」
ズキズキズキ。
心の痛みに遅れて、頰の痛みがやってきた。
心臓もバクバクして息苦しい。
「誤解です。どうか、どうか私を信じてください」
何をされるのか、正直よくわからない──
(⋯⋯怖い)
でも、終戦も復興もしていないこの不安定な時期。
ロンダルの民や兵士の傷を癒やすのも聖女の役目であり、奇蹟の力を失うわけにはいかなかった。
「はっ、信じられないから、全身を調べるんだよ」
王太子の無慈悲な声が響いた。
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