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ようやく変わった二人の関係
しおりを挟む「コンニチハー」
あんなに何回も練習したのに、挨拶が裏返ってしまった。店のガラスの引き戸を開けて中に入ると、いつものように店内には誰も居なかった。
「すみませーん」
もう一度声をかけると、ようやく奥から冬火さんが出てきた。久しぶりのエプロン姿に思わずときめく。
「おー、来たか」
「ヒロムさんから頼まれた荷物取りに来ました」
冬火さんのいつもと変わらない態度に安心したのと同時に少しだけ残念な気持ちになる。
覚えていて欲しくないのに、もしかしたら、とどこか期待してしまっていた自分に気がついた。
「できてるからちょっと待ってな」
冬火さんは奥から今までで一番大きな花束を持って来た。驚くことに全て赤い薔薇で出来ていて、まるでプロポーズでもするかのような気合いの入れようだ。こんなものをヒロムさんが客に渡して勘違いされないかとヒヤヒヤしていると、いつもなら、持ち運び用のビニール袋に入れてくれるのに、何故かそのまま渡されてしまった。
この薔薇の花束を持ったまま歌舞伎町を移動するのは少し恥ずかしい。
オレが戸惑って冬火さんを見ると、若干視線を逸らされた。
「…………あの、ビニール袋とかは……」
「…………いらねぇだろ、お前に渡してんだから」
「……?」
冬火さんの言ってる意味が分からない。
オレが眉間に皺を寄せたまま固まっていると、大きいため息を吐かれた。
「薔薇の花束の意味、分かんない?」
「……詳しくは知らないですけど、よくプロポーズの時とかに渡したりするらしいっすよね」
「まぁ、そんな感じ」
要領を得ない会話に首を捻ると、何故か顔を赤くした冬火さんは一歩、オレに近づいた。
「まだ分かんない?」
そう言った冬火さんの顔は、ヒロムさんへの気持ちがバレた時と同じものだった。
「え、……えっ!?」
「そういうことだから」
強く手を引かれ、薔薇の花束を落としてしまう。
咄嗟に拾おうとするが、体を引き寄せられ完全に身動きが取れなくなる。
「…………返事は?」
探るような声が耳元で響き肩がすくむ。
「へ、返事って言ってもオレ何が何だか――」
オレがそう言うと、冬火さんは拗ねたような顔で少しだけ身体を離した。
「小太郎から言ってきたんだろ」
「オレから……? あ!」
「俺、酔っ払っても記憶はちゃんと残ってるタイプなんだよ」
どんどん状況に脳が追いついてきて恥ずかしくなってくる。記憶はちゃんと残っている、ということは、オレの告白もバッチリ聞かれていたということだ。
少し期待していた妄想が現実となりパニックになる。
「いきなり告白してきたと思ったら、全然連絡よこさなくなるし。俺から連絡したらビビらせるかもしれないと思って待ってたのに」
「いや、あの~あれは、ダメ元って言うか、勝手な吐き出しって言うか……」
「俺が勝手にその気になったって言いたいのか?」
「そういう訳じゃないんですけど……! だって、冬火さんにはヒロムさんがいるし……」
出来れば名前を出したくなかったが、こうなってしまってはしょうがない。オレは観念したように自分の気持ちを話した。
「? ヒロムのことはとっくの昔に諦めたって――」
「オレには諦められたようには見えなかったです」
オレの反論に冬火さんは一瞬瞳を大きく開け、一層大きく息を吐いた。
「…………ヒロムから恋人が出来たって連絡がきた」
「え……?」
「友達の俺に一番に知らせたかったんだと」
なんて残酷な、と大好きなはずの先輩を憎く感じた。オレの歪んだ表情に何か察したのか、冬火さんはオレの頭を優しく撫でた。
「でも想像してたより全然苦しくなかったんだよ。それどころか自然におめでとうって言葉が出てきた」
「なんで……?」
「俺もなんでだろう、って考えたんだけど、多分、小太郎がいたからなんだよな」
オレを見つめる瞳が優しい。
「もう小太郎が可愛くて可愛いくて、いつの間にか小太郎のこと考えてる時間が多くなってた」
犬扱いだと思っていた。
可愛いなんて言葉、そのままの意味で受け取ってはいけないといつも自分を戒めていた。
なのに。
「えっと、じゃあ、もしかして冬火さんはオレのこと好きってことですか……?」
ダメ押しでもう一声欲しい。
欲張りな自分が顔を出す。
「…………そうだよ」
肯定の言葉と共に唇を塞がれた。
一瞬だったが、オレにはすごい破壊力で思わず腰が抜けた。床にへたり込むと冬火さんが笑った。
「冬火さん、何を……!」
「両思いなんだからキスくらいいいだろ」
「キスくらいって言っても、オレ、初めてで――」
余計な事を言ってしまったと思った時にはもう遅かった。
冬火さんは驚いた顔をした後、またあの悪い顔で笑った。
「そうかー、じゃあ思い出に残るファーストキスにしてやんないとな」
「思い出にって……」
沢山の花が周りを囲む中、店の隅に追い詰められたオレは、大きな手で頭を撫でられた。
気持ちいい、と感じた次の瞬間には唇を重ねられていた。気持ちよさが幾重にも重なり思考を奪っていく。
受け止めるのがやっとのキスを冬火さんの気が済むまでされ、終わった頃にはオレの全身から力が抜けていた。
床に落ちた薔薇の花束を拾い、ジトっとした目で冬火さんを見る。呼吸困難になるかと思った。
当の犯人は満足そうな顔でオレのことを見つめている。
恥ずかしくなって顔を背けると、長い腕で引き寄せられた。
「もう店に行かないと!」
「つれないなぁ……」
にやにやとした顔をしながらオレを解放した冬火さんは、何事もなかったかのように花の手入れを始めた。
さっきまであんなに情熱的だったのに、と思うと大人の余裕が少し悔しい。
「じゃあもう行きます」
「おー」
冬火さんは花から視線を外す事なく返事をした。
あんなことをしたのに、本当にオレのことを好きなのか心配になってくる。
店のドアを開けて、最後に振り返ると、こっちを見ていた冬火さんと目が合った。
「今度からは暇じゃなくても遊びにこいよ」
冬火さんの悪い顔した笑顔に対抗する術を持たないオレは、僅かに首を縦に振った後、逃げるように店を出た。
その後、仕事中に来た冬火さんからの『頑張れよ』というメッセージを見て、ようやく二人の関係が変わったのだと実感した。
fin
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