上 下
7 / 8

酔っ払いのその後

しおりを挟む

 あのどさくさ紛れの告白の後、冬火さんからの連絡は無くなった。
と、いうより元々連絡の大半はオレからだったので、オレが連絡を控えたと言った方が正しいかもしれない。
 あの時は自分も酔っていたんだな、と今になって思う。
 相手が酔っ払いだったから良かったものの、あの告白はどう考えても軽率だった。
 少し経った今でもあの時のことを思い出しては頭を抱えたくなった。
 接客中にもそれは態度に出てしまっていたようで、ヒロムさんに心配されてしまった。

「ナナト、最近元気ないけど大丈夫?」
「え! あー大丈夫っす!」
「あれ? おれの勘違いだった?」

 勘違いではないので嘘をつくのは心が痛いが、元気のない理由が話せない以上誤魔化しておくほうがいいと思った。

「あ、そう言えば、ヒロムさんは最近調子良いっすね! なんか良いことでもあったんですか?」
「え、なにもないけど!?」

 ヒロムさんの過剰な反応にオレは言葉を切る。
 こんなに慌てているヒロムさんを見るのは初めてかもしれない。
 少し前、ヒロムさんは客と揉めて顔に傷を作った。どれだけ殴られても相手に手を出さなかったらしいと聞いて、かっこいいなと思ったが、それとは別にヒロムさんの今後が心配になった。

 ホストは自分の見た目も商品だ。その商品が傷ついてしまったとなれば、価値が落ちるのも当然だと思っていた。加えて、衆人環視の中派手に暴行されたこともあって、変に噂に尾鰭がついて流れていた。

 ヒロムさんの事を気に入っていたオーナーも怒りを隠しきれない様子だったが、どうやらヒロムさんに言いくるめられたようで、ヒロムさんは店を辞めずに済んだようだった。
 勝手に首の皮一枚で繋がったような状態だと思っていたが、そこからのヒロムさんの巻き返しは凄かった。
 噂は逆手に取り自分の宣伝にし、顔の傷すら同情を買う要素に変えてしまった。更にはあの殴ってきた元エースを出禁にはせずに、バーイベのタワーまで入れさせた。
 本当にこの人にホストは天職なんだな、と思う。
 それに比べて自分は、と少し暗い気持ちで瞳を伏せた。

「…………ナナト、久しぶりにお使い頼んでもいいかな?」
「え……?」
「明日、仕事前に千代のところに行って花受け取って来て欲しいんだけど」
「それ、オレじゃないとダメっすか?」
「うーん、ナナト以外にあの店知ってる人いないからなぁ……」

 結局、断れる余地はないのだが、少しだけ抵抗してみた。
 今までだったらあんなに嬉しかったお使いが、急に億劫に感じる。今、冬火さんとはなんとなく顔を合わせづらい。

「…………分かりました!」

 これは仕事だと自分に言い聞かせ、元気よく返事をする。ヒロムさんは一瞬心配そうな顔をしたが、オレの元気な声に表情を和らげた。

「よろしくね」
「はい!」

 こうなればヤケだ、と更に大きな声で返事をする。心情とは裏腹に大きい声を出すと少しだけ吹っ切れたような気がした。
しおりを挟む

処理中です...