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オレに似合う花

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 連れて来られたのは雑居ビルの一室にある、なんの変哲もないバーだった。
 バーに入ったのは初めてで詳しく比較はできないが、多分普通のお店のようで、店内にいる客は楽しそうに談笑しながらお酒を飲んでいた。
 一つ、気になることがあるとすれば、この空間に男しか居ないことだった。タイミング的にたまたまそうなっただけだろう、と思っていると、常連らしき客が冬火さんに話しかけてきた。

「まぁー、今日は珍しいタイプの子連れてるのねぇ」

 オレは思わず客の顔を見た。
 一応、歌舞伎町で仕事をしている関係で、"そういう人たち"を目にする機会は沢山あった。ただ、お店の客として接客したことは無かったため、あくまでも道ですれ違ったりとその程度だった。

 あまりジロジロ見ては失礼だと思うのに、髭を生やした自分よりよっぽどガタイの良い男の人からオネェ言葉が出てくる事実に脳みそが追い付かないで、どうしても視線を向けてしまう。

「コイツはそういうんじゃねぇから」
「え、普通のお友達? 可愛いーのに勿体無い。じゃあ私が貰ってもいい?」
「良いわけないだろ」

 冬火さんが手で追い払うような仕草をすると、声をかけてきた男の人は拗ねたように唇を尖らせた元いた席へと戻っていった。

「…………今ので分かったかもしれないけど、ここはそういう店だから」
「あー……はい」
「不快だったら他に移動してもいいけど」
「いや、不快とか無いですけど、ちょっとびっくりしてて」

 自分が同性から"そういう対象"に見られたことも驚きだったが、そんなことよりも冬火さんがオレをこの店に連れてきたことの方が気になった。
 今のやりとりから察するに、冬火さんもこの店の常連なのだろう。
 カウンター内にいる店員に目配せすると、店の奥にある席へと座った。

「冬火さんはこの店結構来るんですか?」
「大昔は毎日のように来てたな……近頃は減ったけど」

 それは、ヒロムさんとご飯に行くことが増えたから? そう思っても聞けず、誤魔化すように店内を見渡した。
 最近、誤魔化すことが増えたな、と思った。

「俺と似たような連中ばっかりだから気楽だったんだよ」
「似たような連中……?」

 オレの質問に冬火さんは答えてくれなかった。

「小太郎は何飲む? ここ、酒の種類は多いから好きな感じの飲めると思うんだけど」
「えーと……オレお酒って殆ど店で飲んだことしかなくて……大体缶ものか、先輩に恵んでもらったシャンパンとか……だから何が好きとか分かんないすけど……」
「じゃあせっかくなら店で出ないようなやつにするかー」

 そう言って冬火さんは適当に注文してくれた。

「何頼んだんですか?」
「小太郎にはミルクベースが似合うと思ってな」
「また犬扱いじゃないっすか!」

 そうは言ったが、冬火さんが頼んでくれたカクテルはすごく飲みやすかった。
 一杯、二杯と頼んで、三杯目の時には、冬火さんは少しだけ陽気になっていた。
 いつものクールな印象はだいぶ崩れて、ずっとニコニコ笑っている。これは貴重だと思いながら、オレは水を飲んだ。
 楽しそうに花について語り出した冬火さんは何故かオレに似合う花を考え始めた。
 自分に似合う花なんてなんとなくくすぐったい話題だったが、冬火さんが楽しそうだったので黙って見守ることにした。

「小太郎はなー、可愛いからガーベラか? いやパンジー感もあるな」

 内容はさておき、可愛いという言葉に反応してしまう。酔っ払いの戯言で、しかも犬みたいで可愛いという意味だと分かっているのに、無駄に期待してしまう自分がいる。可愛いと言われてこんなに嬉しい気持ちになったのは人生で初めてだ。

「いや、やっぱりベタにひまわりか? それとも――」

 冬火さんの戯言を止めたくなくて、取り止めのない言葉を聞いているとあっという間に時間が経ってしまった。
 まだ酔いが覚めていない冬火さんは会計に対して充分過ぎるくらいのお金を払い、店員に無理矢理財布に戻されていた。
 かっこ悪いと幻滅しても仕方がない状況なのに、始めてみる新鮮な姿に可愛いと思ってしまった。

「コイツのことお願いできますか……?」

 会計を担当した店員が、心配そうに聞いてきた。
 おそらく、冬火さんは過去にこの店で"やらかしている"のだろう。店員のウンザリしたような顔に苦笑する。

「大丈夫です。お酒、美味しかったです」

 オレは冬火さんに軽く肩を貸しながら外に出た。
 と、言っても身長が低いオレの肩は大した補助にはならなかった。
 ほぼ自分の足で歩く冬火さんの横につき、少しふらついた時だけ手を貸す。そんなことをしながら駅まで歩いた。
 オレが住んでいる寮は二つ隣の駅だが、冬火さんの家は知らなかった。

「冬火さん、駅着きましたよー。何線で帰るんですか?」
「ん? あー俺は地下鉄だからあっちだな」
「あ、じゃあここでさよならっすね」

 自分で言ってて名残惜しさで寂しくなってくる。
 冬火さんが見えなくなるまで見送ろうと、動かないでいると、不意に肩に腕を回された。そして力強く抱きしめられる。

「え!?」
「じゃーまたな」

 一言そう言うと、すぐに離れてまた頭を撫でられた。
 相手はまだ酔っている。
 そう思ったら自然に身体が動いていた。
 爪先立ちで冬火さんの首に腕を回すと、お返しと言わんばかりに強く抱きついた。

「冬火さん、好きです」

 冬火さんの胸に向かって、小さく呟くとすぐに腕を離した。たくさんの花の香りが混ざったような匂いが鼻に残った。
 オレの精一杯の告白も、冬火さんは表情を変えずに笑っている。それでいいと思った。

「じゃあ、気を付けて帰ってくださいねー」

 本当は見送りたかった。
 でもこれ以上冬火さんを見ていたら自分が何をしでかすか分からなかったため、すぐにその場を去った。
 時間差で顔が熱くなってくるのを感じながら、オレは電車に揺られた。
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