きせかえ人形とあやつり人形

ことわ子

文字の大きさ
1 / 18

人形の追憶

しおりを挟む
 眩しいライトの光を浴びて、俺は思わず目を細めた。急激に狭くなる視界の端にボヤけた人影が映る。
 今更、意識する必要もないくらいの見知った顔だが、どこかいつもと違う空気を纏っていることに気が付いた。
 どこが、と聞かれると答えることは出来ない。違和感は感じるのに、言葉には表せない。笑っている顔にも、泣いている顔にも見える人影はいつものように表情を変えることなく、ゆっくりと近づいて来た。

 俺の前で立ち止まると、椅子に座っている俺を見下すように正面に立った。男にしては小柄なほうだと思っていたが、座りながら見上げるとさすがに大きく感じる。普段は感じることも無い威圧感のようなものも存在している気がしてきて、少し鳥肌が立った。

 丁度逆光になっていて、俺を見下す人影の表情は分からない。元々線が細いと思っていた身体はボヤけた光に包まれていつもの何倍も頼りなく見える。何も言わない人影は脱力したように右手に持ったカメラを俺に向けてきた。
 いつもなら、すぐに聴こえてくるシャッター音がいつまで経っても聴こえてこない。不思議に思って目を細めると、人影は項垂れたように頭を下げた。

 そしてポツリと吐き出すように空気を漏らした。

「脱いで」

 俺は目を伏せて一拍置いた。そして深く息を吸う。

 少し悩むような素振りを見せた後、俺は自分の着ているシャツに手をかけると時間をかけてボタンを外し始めた。まるで音を出すことを禁じられたような張り詰めた空気が充満する室内で、ライトに照らされた身体に熱が篭っていくのを感じる。いっそ、全て脱ぎ捨ててしまえば、少しこの焦ったい熱から解放されるのではないかと考えてしまう。それでも俺はボタンを外す手を早めたりはしなかった。

 俺の動きにあわせて、布の擦れる渇いた音だけがやけに強調されて耳まで届いた。何をやっているのだろうと考えたら負けだよな、と自問自答してみる。すると、少し笑えてきて緊張感が緩んだ気がした。

 全部のボタンが外れる頃には、今までの事を振り返るには十分過ぎるくらいの時間が経っていた。






 「宮秋……まさと、くん」

 最初に久城望(くじょうのぞむ)に出会ったのは誰もいない美術室だった。
 厳密に言うと、最初に久城望と接近したのは、授業が終わったのにも関わらず、クラスメイトの誰にも起こして貰えず、一人取り残された美術室で惰眠を貪っていた時の事だった。接近、という言葉を選んだのには理由がある。
 久城望はこの学校では有名人で、名前くらいは普通科の俺でも聞いた事があったからだ。

「…………ん?」

 気持ちよく寝ていた所を揺さぶられ、少しの苛立ちを感じながら机にうつ伏せになっていた頭をゆっくりと上げた。頭が覚醒していくにつれて、停止していた嗅覚も同時に動き始める。美術室特有の埃っぽさと絵の具の油っぽい匂いが混ざって少しの不快感に眉を細める。
 それでも今自分がどこに居るのかまでは理解が追い付かず、ボヤけた視界を晴らす為に軽く頭を振った。

「あの、」

 随分歯切れの悪い言葉を発するな、と思った。人の至福の時間を奪っておいてこの煮え切らなさに苛立ちが募る。

「…………」

 それでもいきなり怒鳴ったりはしない。頭がクリアになってくればなってくるほど、この場にそぐわないのは自分の方なのだとちゃんと理解できているからだ。
 辺りを見渡すと教室には二人しかいない。置いてけぼりにした薄情な友人達を恨むならまだしも、目の前の気弱そうな有名人に当たるのは間違っている。

「あ~~~~、ごめん、俺寝ちゃってたみたいだ」

 そんな事見れば分かるのに、敢えて説明するような口調になってしまう。誰にも起こして貰えずに今ここにいる事実をうやむやにしたくて、急いで立ち上がる。
 ふと、揺れるカーテンの隙間から強くて鮮やかな光が漏れているのが目に留まった。

「あれ? 今何時だ?」

 時計を探そうと視線を動かす前に久城がボソリと呟いた。

「四時半」
「うわっマジか! 授業終わってんじゃん! じゃあもう放課後?」

 思っていたより爆睡だったらしい。昨日オールでゲームをしていたのが原因だと言うことは分かる。分かるが、やめるつもりはない。もう放課後だと言うのなら早く帰って昨日の続きがやりたい。

「あ、じゃあ、久城は部活でここに来たの?」

 特に意識するでもなく、何となく会話を続けたつもりだった。しかし、久城は驚いたように黒目がちの瞳を大きく開いて俺のことを見た。人にこんなに見つめられる経験なんてそう無い。俺は小さく息を飲み込むと、どうしていいか分からず久城から視線を逸らせなかった。

「なんで、名前」

 あぁ、そういうことか、と納得する。一度も話したこともない、ましてや科すら違う俺に名前を呼ばれたから驚いたのか。

「だって久城、有名人じゃん。よく分かんねぇけど、何とかって賞たくさん貰ってるんだろ? すごいじゃん」

 久城は旧校舎にある美術科の二年生だ。俺と同級生だけど、基本違う棟で生活している美術科の生徒とすれ違う機会はほとんど無く、なんとなく顔を知っている程度だった。

「そんなことないよ」

 謙遜も言い慣れている感じがして、住む世界が違うことを感じる。
 俺はこんな機会でも無いと一生喋ることはないだろう、と更に久城に質問してみた。

「美術科ってどんな感じ? やっぱりみんな優秀なの?」

 俺たちが通っている高校は普通科よりも先に美術科が存在していた珍しい高校だ。普通科が出来たのはここ数年で、校舎も増築された綺麗な場所で勉学に励んでいる。
 一方、由緒正しい歴史を持つ美術科の生徒さま達は格式高い校舎で、まるで俗世とは関わる気が無いと言わんばかりの閉鎖された空間で作品作りに打ち込んでいる。

 美術科の生徒は皆が皆優秀だけどその中でも久城はその容姿も相まって、この学校の有名人になっていた。
 俺は噂話に興味が無く、久城のこともなんかすごい人、という程度の印象しか無かったが。

「優秀…………な人も中にはいるんじゃないかな。俺は、違うけど」

 ここまで謙遜されるとむしろ自慢されているような気がしてくる。邪推だと分かっていても、平凡な俺に対しての返事にしては謙遜が過ぎる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

赤い頬と溶けるバニラ味

hamapito
BL
在宅勤務が選べるようになっても出社し続けているのは、同期の岡野に会うためだった。 毎日会うのが当たり前になっていたある日、風邪をひいてしまい在宅勤務に切り替えた。 わざわざ連絡するのもおかしいかと思ってそのままにしていたけれど……。    * 岡野はただの同期。それ以上でも以下でもない。 満員電車に乗ってでも出社している理由だって「運動不足になりそうだから」って言ってたし。 岡野に会えるのが嬉しい俺とは違う。    *

「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始
BL
「好きって言ったら負け」 それが、俺たちの間にある、たったひとつのルールだった。 星遥学園の顔、生徒会長・一ノ瀬結翔と副会長・神城凪。 容姿、成績、カリスマ性――すべてが完璧なふたりは、周囲から「最強ペア」と呼ばれている。 けれどその内側では、日々繰り広げられる仁義なき恋愛頭脳戦があった。 ・さりげない言葉の応酬 ・SNSでの匂わせ合戦 ・触れそうで触れない、静かな視線の駆け引き 恋してるなんて認めたくない。 でも、相手からの“告白”を待ち続けてしまう―― そんなふたりの関係が変わったのは、修学旅行での一夜。 「俺、たぶん君に“負けてもいい”って思いかけてる」 その一言が、沈黙を揺るがし、心の距離を塗り替えていく。 勝ち負けなんかじゃない、想いのかたちにたどり着くまで。 これは、美形ふたりの駆け引きまみれなラブコメ戦線、 ついに“終戦”の火蓋が落ちるまでの物語。

ランドセルの王子様(仮)

万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。 ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。 親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。

処理中です...