泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子

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泣き虫な俺と泣かせたいお前【10】

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 入店してからずっとうるさかった心臓がようやく落ち着きを取り戻し始めた頃、凛乃介がグラス片手にやって来た。
 そして、何故か俺の向かいの席に座った。

「バイトは……?」
「休憩貰ってきた。直生はこれな」

 俺の前に丸いグラスに入ったオレンジ色の飲み物が置かれた。

「これは……?」
「オレンジベースのカクテル作った。勿論ノンアルだから心配すんな」
「…………ありがとう」

 手持ち無沙汰だった俺は、緊張から一気にそれを飲み干した。
 そしてやることがなくなってしまい、盗み見るように凛乃介を見た。
 いつもと違うバーテン姿にどうしても顔が熱くなってしまう。男の俺から見ても凛乃介はかっこよかった。周りの女の子達が凛乃介を放っておかないのも納得できる。

「で、本当は何しに来たの?」
「え……」
「俺に何か言いたくて来たんじゃないの?」
「あぁ、ええと……」

 凛乃介の方から突っ込まれるとは思わなかった。想定外の事態に、俺はパニックになった。

「凛乃介が俺のこと避けるから!」
「……」

 思わず出た言葉だったが、否定はされなかった。肯定するように、凛乃介は瞼を伏せた。

「俺だって悪かったって思ってるよ! いつもいつも凛乃介のこと巻き込んで! だけど、お前がいないと俺は……」

 言い切る前に、凛乃介の短いため息に勢いを削がれた。

「俺がいなくても、直生はもう大丈夫だって」
「は……?」
「いつまでも一緒にいるわけにはいかないだろ?」

 決定打だった。
 まさか自分が感じていたことを凛乃介の口から聞くことになるとは思っていなかった。

「俺も……直生も、このままじゃ良くないよなって」

 どんどんと突き離してくる凛乃介の言葉に意識が遠退く。
 今日で最後にするつもりだった。そのつもりでここまで来た。それなのに、縋りつこうとしている自分がいた。

「やだ」
「やだって言っても──」
「やだ。凛乃介と離れたくない」

 ここまで追い詰められてようやく、俺は自分の直生な気持ちを口にできた。もう手遅れだというのに。

「離れたくないって……」

 凛乃介は困惑している。当たり前だ。ただの幼馴染だと思っていた相手にこんな告白をされているのだから。もしかしたら、男同士で気持ち悪いとさえ思ってるかもしれない。
 俺は堪え切れずに、ぼろぼろとみっともないくらいの涙を流し始めた。拭っても拭ってもすぐに溢れてくる。

「直生……」

 凛乃介は迷うように瞳を動かした後、下を向いてしまった。
 その様子が悲しくて、小さくしゃくり上げる。

「凛乃介、」

 名前を呼んでもこちらを見てくれない。
 もう本当に、俺たちの関係は終わりを迎えてしまったのだと、テーブルの下から動かない凛乃介の大きな手を見てそう思う。

「ごめ、俺、こんなで……今まで凛乃介に甘えてて、」
「…………」
「凛乃介の気持ち考えてなかった」
「俺の、気持ち……?」

 凛乃介がようやく顔を上げてくれた。
 しかし、その瞳は揺れていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「俺の気持ち分かってんの?」
「え……」

 少し怒ったような、やるせないような表情で凛乃介は俺を見つめてきた。
 凛乃介の初めて見る表情に、俺は意識の全てを持っていかれた。
 凛乃介は顔を歪めた後、投げやりな目をして、突然立ち上がった。そのまま腰を屈めて、滑るような手つきで、俺の顔を上に向かせた。
 俺が何が起こったか理解する頃には、凛乃介の唇は俺から離れていた。

「俺だって泣きたいよ」

 苦しいくらいの気持ちを含んだ言葉。
 その意味が理解出来ずに、今起こったことも夢なのではないかと思い始める。

「本当に俺の気持ちが分かってんの? こんなに直生の事が大好きで、触るたびに色々我慢してる俺の気持ちを?」

 立て続けに衝撃的な言葉を浴びせられ、もう何も考えられなくなる。

「こんな俺といると直生が駄目になると思って、離れなきゃいけないと思った俺の気持ちが直生に分かんの?」

 凛乃介は辛うじて泣いてはいないが、苦しそうな顔をしている。

「凛乃介……あの……」
「分かんないよな? 直生はただ単に俺を幼馴染の泣き止ませ屋くらいにしか思ってなかったもんな」

 その言葉にはカチンときた。
 俺がどれだけ悩んでいたかも知らずに、決めつけるように言い放たれた言葉に食ってかかる。

「そっちこそ! 俺がどれだけ凛乃介のことが好きで悩んできたか知らないだろ!?」

 言い終わってから、一気に顔に血が昇る。とんでもないことを言ってしまったと理解した瞬間、凛乃介の大きな手が、俺の手首を捕まえた。

「それ、本当?」
「離せよ」
「本当かって聞いてんだよ」
「本当だから離せよ!」

 ヤケになってそう言ったが、凛乃介は離してくれなかった。

「はぁー」

 凛乃介が大きく息を吐いた。

「なんで、そういう大事なこと……」

 言い掛けて、言葉を切る。
 凛乃介は少し拗ねたような顔をすると、俺の手首を引っ張った。
 引っ張られた反動で、俺は上半身をテーブルの上に乗り上げた。
 文句を言う間も無く、大きな手両手で頬を抑えられ、気付いた時には唇を塞がれていた。
 俺が動けないでいると、頬に添えられていた片手は徐々に頭に移動し、ゆっくりと撫で始めた。
 いつもの感触と初めての感触に戸惑い、頭がくらくらしてくる。
 最後にまた頭から戻ってきた手が頬に添えられ、下唇を啄むようにして唇が離れた。
 こんな状況でもしっかり泣き止んでいる自分に、恥ずかしいやら、悔しいやらで凛乃介の顔がまともに見られない。

「………………普通にしろよ」

 やっぱり口を開けば憎まれ口が出てしまう。
 それでも凛乃介は慣れたもので、気にしていないようだった。

「分かった。じゃあ今度は普通にする」

 また立ち上がり腰を屈めてくる。
 俺は両手で凛乃介の肩を押した。

「違う! そっちじゃなくて!」

 凛乃介は笑って元いた場所に戻った。揶揄われたのだと、瞬時に気付けなかった俺は、凛乃介の頭のネジが飛んでしまったのではないかと心配になった。

「まぁ、ここじゃあれだしな」

 言われて思い出す。
 そう言えばここは凛乃介のバイト先だった。
 いくら個室とはいえ、結構な大声で喋ってしまっていたような気がする。
 恥ずかしさで慌てる俺を、凛乃介は優しく撫でた。

「みんな酒入ってるし、他人の話なんか聞いてないから平気だって」

 その言葉を裏付けるかのように、店を出る時も誰も俺たちに注目しておらず、急死に一生得たような気持ちで俺は帰路に着いた。
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