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泣き虫な俺と泣かせたいお前【11】

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 俺は今、凛乃介の家でこれから見る映画を選んでいる。
 それ自体は別になんの問題も無い。ただ一つ、近すぎる凛乃介の距離を除いて。

「ってか何この体勢」
「え、嫌?」

 まるで俺が突飛押しもないことを言い出したかのような表情で凛乃介は聞き返してきた。

「嫌っていうか……」

 俺は恥ずかしさに口籠る。
 それもそのはず、今俺はベッドに腰掛け、背後から抱き抱えられるようにして、凛乃介の脚の間で身体を固くしている。
 凛乃介は慣れているのか、動揺が全く感じられず、自分との圧倒的な経験値の差を見せつけられる。

「ってか何で、テレビの前にベッドが置いてあんだよ!? 普通、ソファとか置かねぇ?」
「ベッドに座ってた方が色々やりやすいんだよ」
「え?」
「いや、こっちの話」

 凛乃介の訳の分からない理屈に、俺は顔を顰める。
とりあえず、この体勢を何とかしたい。でないと、俺の心臓が持ちそうにないからだ。

「じゃ、じゃあ俺は床に座る!」
「なんでだよ」
「凛乃介とくっ付いてると苦しいし!」
「俺はくっ付いてたい」

 やっぱり凛乃介の頭のネジはあの夜に数本飛んでいってしまったのではないかと思う。ただの幼馴染だった時から態度を一変した凛乃介に、正直動揺を隠せないでいる。



 凛乃介のバイト先に突撃してから三日経った。
 俺は帰るなり、冷たいシャワーを頭から被り、冷静になって話の流れを整理しようと頑張った。
 凛乃介に謝りたい一心で会いに行ったが、売り言葉に買い言葉で言い合いをしているうちに、何故か凛乃介にキスをされた。そして好きだと言われた。
 混乱しているうちに、自分も好きだと口走ってしまったような気もする。
 凛乃介がふざけていないのなら、俺たちは両思いということになる。
 想像もしていなかった展開に、脳内を整理すればするほど、どんどん疑問が湧いてきた。

 一体いつから凛乃介は俺のことが好きだった?
 そもそも凛乃介は女の子が好きなはずで?

 一人で考えても決して解けることのない疑問に悶々とする内に、三日経ってしまった。本人に直接聞こうにも、今は恥ずかしくて顔を合わせられない。
 そう思っていると、突然部屋のチャイムが鳴り、凛乃介が映画を見ないかと誘ってきた。
 正直、チャンスだと思った。恥ずかしがっている場合じゃない。向こうから声をかけてきたのなら乗るしかない、と俺は二つ返事でオッケーした。



「お前、どっかに頭のネジ飛ばした……?」

 なおも抱き抱えられながら、機嫌良さそうに映画を選んでいる凛乃介の顔を下から覗き込んだ。

「え、なんで?」
「なんでって……、こんな体勢とか……くっ付いてたいとか…………」

 自分で言ってて恥ずかしくなる。

「付き合ってるんだから普通じゃね?」
「えっ!?」
「何その反応」

 本日二度目の凛乃介の困惑した表情。

 いや、困惑してるのはこっちなんだけど。

「つ、付き合ってるって誰と誰が!?」
「俺と直生」
「何で!?」
「いや、俺も直生もお互いがお互いのことが好きなんだから当たり前でしょ」
「当たり前なの!?」

 自分の生きてきた世界では想像もつかない展開にパニックになる。
 確かに、両思いなら付き合うのは当たり前なのかもしれない。当たり前なのかもしれないが、その前に俺と凛乃介は幼馴染で男同士でそれから色々、考えることが多過ぎて処理しきれない。

「もしかして、まだ心の整理できてない?」
「え……?」
「突然のことで直生びっくりしてるかもって思って、時間空けたつもりなんだけど」
「時間空けたって……」
「三日、空けたじゃん」
「三日!」
「三日あれば充分でしょ、俺のことが好きなら」

 意地悪そうにニヤッと笑って、凛乃介は俺の腰に腕を回してきた。
 自分の余裕の無さと正反対の凛乃介の態度に一気に顔の熱が上がってくる。
 このまま凛乃介のペースではダメだと、俺は凛乃介の腕を無理矢理引き剥がすと、這って逃げ出し、テレビのリモコンを掴んだ。

「映画見るんだろ! 何にする!?」

 喧嘩腰に声を荒げた俺を見て、凛乃介は短く吹き出した。

「何でもいいよ、直生の好きなやつで」
「え、……分かった……じゃあ…………」

 俺はテレビの画面に集中して、映画を吟味し始めた。
 これ以上醜態を晒せないと、映画の内容には細心の注意を払う。
 俺はとにかく犬が死ぬ映画が苦手だ。あ、これ死ぬかもしれないと想像しただけで泣きそうになってくる。
 この前はデマサイトに騙されてハズレを引いてしまったが、今回は失敗するわけにはいかない。
 俺が画面をスクロールしていると、ポップな色合いの映画が目に止まった。

「あ、それ、犬死なないやつだよ」
「えっ!?」

 おもむろに凛乃介が口を開いてそう言った。
 犬が死ぬ映画が苦手なことは誰にもバレていないと思っていたのに、知らないうちにバレていたらしい。
そういう事なら、遠慮なくこの流れで乗らせてもらおう。ただ、すんなりと認めるのは癪だから、理由をつけて。

「これ、コメディか? 見たことないし、これでいいか……」
「いいんじゃない」

 さも、犬が死なないから選んだわけではないですよという空気を醸し出しつつ、再生ボタンを押す。
 また凛乃介が抱きついてくることを恐れたが、意外にもベッドの上から動かず、凛乃介はベッドに腰掛けて、俺は床に座ってベッドを背もたれにして映画を見始めた。
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