泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子

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泣かせたい俺と泣き虫な君【1】

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 直生の涙以外どうでもいいなんて、我ながら手に負えないな、と思う。
 目の前には大きな瞳に涙を溜めながら、俺の事を見つめる下着姿の女の子が一人。なんてことはない、キスを拒んだら泣かれた。

「なんでしてくれないの!?」

 ヒステリックな声に頭痛がする。
 なんでもなにも、そういう『約束』だったはずだ。
 キスは愛情を伝える手段だから好きなやつ意外にはしたくない。そう言ったところで絶対に分かってもらえる気がしない。
 だから俺は話を逸らすことにした。

「キスしなくったって、いつも満足させてるじゃん」
「そういう問題じゃない!」

 そういう問題じゃないのか? と自問する。
 だって俺たちは愛情を確かめ合う関係じゃない。今だってお互いの利害の一致で顔を合わせているだけなのに。
 最初に約束したはずだった。お互いに絶対に入れ込まないこと。それだけの条件すら守ってもらえなくなるなら、この人とも、もう潮時かな、と息を吐く。

 面倒くさい。
 そう思ってしまう俺は薄情者なんだろうか。

「じゃあ、やめる?」

 女の子声がピタッと止まった。効果覿面。
 焦ったように視線を動かすと、茶色い長い髪を指先で絡め、下を向いた。

「俺はやめてもいいけど」

 駄目押しでもう一度。
 女の子とはあくまでも"良い関係"でいたい。それなのに、何故かいつも約束以上を求められて拗れてしまう。

「……………………やだ」
「じゃあキスは無しね」
「……………分かった」

 渋々という顔で俺の顔を見上げてきた。媚びるような瞳にも俺は特に何も感じない。
 見つめる作戦がダメだと悟ったのか、女の子は俺の首に細い腕を巻き付けてきた。完全に、獲物を狙うそれだなぁ、と思いつつ、ノってあげる。力強く腰を引き寄せると、嬉しそうな声で小さくキャっと笑った。

 もう機嫌は直ったんだろうか。

 何人相手にしても女の子の気分はいまいちよく分からない。俺が本気で分かろうとしていないのも原因だとは思うが。
 機嫌の良さそうな声に、内心ホッとすると、女の子の首筋に顔を埋めた。細くて滑らかな曲線は明らかに男のものではない。
 これが男だったら良かったのに、と今日も思う。
頭の中で抱いてる相手を置き換えて、自分を慰める日々を、後どれだけ繰り返せば直生のことを諦められるんだろう。
 虚しい行為なのは分かってる。それでも、そんな虚しさに縋らないと、自分を保てないような気がしていた。

 直生。

 大好きな幼馴染の顔を思い描く。恥ずかしそうに声を出す直生の顔が女の子の顔を重なる。触れる度、身体を震わせ、もっと、もっと、とねだってくるその瞳から涙が滑り落ちてくるのを期待している。

 泣かせるのも、泣き止ませるのも、俺がいい。

 俺が優しく瞼を拭うと、笑ってくれた。それだけで心が満たされる。堪え切れない思いを吐き出して、俺はすぐに目を閉じる。そうやって余韻に浸る。
 こんな妄想をしていることが直生にバレたら、きっと軽蔑されるだろう。軽蔑されるだけならまだしも、最悪、俺から離れていってしまうかもしれない。
 だから、これは絶対に内緒だ。
 誰にも知られちゃいけない、俺の秘密。

***

「あー、最悪……」

 女の子の匂いが着いてしまったシーツを引き離しながらそう呟く。乱暴に丸めると、洗濯機の中に突っ込む。いつもより多めに洗剤を入れ、スイッチを押すと部屋まで戻ってきた。カーテンを勢い良く開け、窓に手をかける。開けると、少し湿った風が部屋の中に入ってきた。
 俺はふと、視線を落とした。
 テーブルの上にはぐちゃぐちゃになった一万円札。
それを手に取ると、両手で皺を伸ばして、乱雑に床に積まれていた雑誌の間に挟んだ。この雑誌の中には既に沢山のお札が挟まれていた。どれも直生から押し付けられたものだったが、どうしても使う気にはなれず、ここに溜めていくのが習慣になっていた。

「ってか一万円って……、あいつお金大丈夫なのかよ……」

 最初はお金なんか払おうとしていなかった。いつの間にかお金を払うようになり、その金額もどんどん上がっていった。
 直生にとってそれだけ口外して欲しくない秘密なのだろうということは察しがつく。だけど、お金で解決しようとする様が、どれだけ自分のことを信頼していないかの指標になっているような気がして、お金を渡されるたびに気が沈んだ。

「タイミング悪いんだよ……」

 加えて、あんな場面を見られて、今の気分は最悪だった。
 直生を諦めるために始めた行為とは言え、本人に見られてしまうのは想定外だった。噂を聞いた時ですら激しく軽蔑したような態度をとられたというのに、決定的な現場を見られてしまっては、もう言い訳は聞き入れてもらえないだろう。

 言い訳するつもりもないけど。

 最近は、俺が諦められないなら、直生の方から離れていってもらった方がいいんじゃないかとすら思う。離れたくないのに離れて欲しい。矛盾した思いを抱えたまま、ずるずると過ごすのにも疲れてきた。
 こんな想いなんて、いっそ消えてくれたらいい、そう思えば思うほど、直生に触れたくて仕方なくなる。

「マジで病気じゃん」

 あ~、と頭を抱えながら呻く。部屋の中にさっきまで充満していた女の子向けの香水の匂いはいつの間にか消え去っていた。

***

 最近の俺って本当についてない。
 目の前に座った直生を見て、心底そう思う。
 友達に誘われた飲み会。気分転換にいいかと思い、了承した。だけど、本音は酒の力で直生のことを一瞬でも忘れたかった。あれ以来、避けられ続けている現実から目を背けたかった。
 なのに。
 まさかの直生本人が、目の前の席に座ってくるなんて誰が想像しただろうか。
 直生は友達が多い方じゃない。ましてやこんな合コンの様な飲み会に参加する類のグループにいないはずなのに、何故か今日、よりにもよってこんな荒れた飲み会に直生は来ていた。

 マジかよ……直生一人で大丈夫か……?

 探る様に盗み見ると、案の定、一人で居心地悪そうにしている。
 俺は女の子たちに囲まれながらも、適当に話を合わせながら本人にはバレないように直生の様子を窺い続けた。
 直生は酒が飲めない。誰かが無理矢理酒を飲まそうとするなら自分が止めなくては。そう思っていると、何かの拍子に隣の女の子と会話が弾み始めた。
 それはもう楽しそうに話す直生とテーブル以上の距離を感じる。
 俺ともあんな風に楽しそうに会話している時代があった。確かにあったはずなのに、なぜか遠い昔のような気がして、心臓が痛くなる。
 俺の知らない直生は普段、あんな風に、笑って、喋って、冗談を言って、過ごしているんだと思うと、寂しくなる反面、なぜか少しの苛立ちを感じた。
 いつも一緒だったはずなのに。

 モヤモヤと表現できない思いを振り払うようにビールを呷った。同時に直生がジョッキに口をつけているのが目に入ってきた。

 は?

 俺が驚いて固まっていると、直生は思い切りよく喉に流し込んだ。
 直生はお酒が飲めない。飲めないはずなのに、かなりの量を飲み込んだ。

「直生!」

 思わず声が出た。ついでに身を乗り出してしまった。
 直生はちらりとこちらを見た後、あろうことかもう一度、ビールを思い切り呷った。
 直生の瞳はもう焦点が合わなくなり始めている。

 ヤバい。

 そう思うより前に俺は立ち上がった。
 隣に座っていた女の子が直生に触れるよりも先に抱き上げる。

「ちょっと外で落ち着かせてくるわ」
「え、ああ、うん!」

 女の子は驚いたような顔をしていたが、それどころではなかった。俺の周りにいた女の子達も、いきなり直生の方に駆けて行った俺に唖然とした顔をしていたが、別にどうでもいい。
 案の定、腕の中で涙をボロボロ流しながら文句を言い続ける直生を宥めながら店を出る。
 直生の文句は止まるところを知らず、路地裏に言ってもずっと続いていた。

「あーもー、なんで酒なんか飲むんだよ」
「うるさい俺の勝手だろ」

 勝手じゃないだろ、こんなになって。

「こうなるって分かってたじゃん」

 どうしても説教臭くなってしまう。

「凛乃介には関係ないだろ!?」
「いや、実際巻き込まれてんだけど」
「ほっとけばいいだろ俺のことなんて!」

 ほっとけたらどんなに楽かと思う。
 直生への気持ちを全部捨てて、赤の他人になれたら良いと何度思ったことか。
 それでも、最終的には、想いはまだ捨てられず、俺の中にまだある。

「とりあえず泣き止ませるからこっちこい」

 直生が素直に俺の言うことをきかないということなんて百も承知だ。嫌だ、なんだと、ゴネられるのにも慣れている俺は、このままでは埒があかないと、少しこの場を離れることにした。

「はぁー、分かった。じゃあとりあえずここで待ってろ。水買ってくるから」

 直生からの返事はない。
 俺は無言でその場を離れると、近くの自動販売機まで小走りで駆け寄った。
 ペットボトルの水を買い、取り出し口に手を伸ばす。ヒヤリと冷たい感触に、少しだけ我に返った。
 もしかしたら、直生の世話を焼くのも、もうやめた方が良いのかもしれない。離れたいならそうするべきで、それが絶対に正しい。それなのに、俺はいつも真逆の行動をとってしまう。
 また疼き出した不快感を閉じ込めるようにして直生の元まで戻る。
 直生は泣いていた。子どもの頃から変わらない顔で。
 その顔を見た瞬間胸が苦しくなる。無意識に俺の手は直生の頭を撫でていた。
 暴れる様子もなく、されるがままの直生に魔が差しそうになる。
 と、直生があろうことか、俺の手に自身の手を重ねてきた。

 …………は?

 甘えるように俺の手を握る。
 直生は今酔っている。そう、酔っているのだ。絶対に他意は無い。そう思おうとするのに、直生の手は未だに離れず、俺の手の甲には直生の体温が移る。
 俺はゆっくりと手を動かし、直生の首に触れ、頬の涙を拭った。女の子首とは違う、骨張った感触に思考が奪われる。とんでもない高揚感に思わず抱きしめてしまいそうになるのを必死で堪える。
 直生のこんな姿を見ているのは自分だけなのだという優越感で自然と笑みが溢れてしまう。
 直生がとろんとした瞳で俺のことを見た。俺は思わず笑い返す。
 すると、安心したような顔をした後、すっと身体の力を抜いた。

 まさか。

「あっ、ちょっと待て、このまま寝たら大変なことになるから!」

 まるで遊び疲れた子どものように、直生は寝の体勢に入った。二十歳過ぎの大人とは思えない早さの行動に驚く。

「せめて水飲めって!」

 言ってみるが、全く効果は無い。
 俺はペットボトルの蓋を開けると、直生の口をまじまじと見つめた。
 これは非常事態。これは非常事態。
 自分に言い聞かせる。例えるなら人工呼吸器と同じ。人助けであって、決してやましい気持ちはない。
 俺は、ペットボトルの口を自身の口につけようとして、やめた。
 急に虚しくなったからだ。

「は~~勘弁してくれよ、もう~~」

 大きなため息をついて、少し乱暴に直生の口にペットボトルを押し付けた。幸い、直生はすぐに水を飲んでくれて、俺の行動は無駄にはならなかった。
 すやすやと気持ち良さそうに眠る直生に、憎らしさと安堵感を覚え、自身の疲労感には全力で目を背けた。
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