泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子

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泣かせたい俺と泣き虫な君【2】

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***

 直生の様子を見に来たら、案の定、死にそうな顔をしてトイレに篭っていた。
 もしかしたら、と思って来てみたが、正解だったようだ。
 目に涙を溜めて床に這いつくばる姿は痛々しい。ただの二日酔いだとは思うが少し心配になってくる。
 それなのに、昨日俺がどれだけの思いで直生を家まで届けたかなんて綺麗さっぱり覚えていないであろう直生は、俺の登場に煩わしそうな顔をした。
 何を言っても聞き入れてくれなさそうで、やり取りが面倒だった俺は、早々に会話を切り上げて、問答無用で直生を抱き上げた。昨日のように担ぐのではなく、お姫様抱っこのような体勢だったが、文句を言われなかったのは意外だった。
 布団に下ろして水を用意してくる。
 おそらく、暴れる気力が無いだけなのだが、言うことを聞く直生が新鮮で、少し可笑しくなる。

「じゃあ、後俺の仕事は泣き止ませるだけだな」

 俺の出番とでも言うように、少し生き生きとそう言う。
 "これ"は俺にしか出来ないことで、俺と直生を繋ぐ唯一のものだ。そう思うと、何にも変え難い特別な行為のように感じてくる。
 が、直生はそんな俺の気持ちに反してボロボロと泣き始めた。そう言えば、素直にとってこの行為は屈辱的なもの以外の何者でもないのだと思い出す。
 俺は黙って直生を抱きしめた。
 いつものようにゆっくりと頭を撫でると、段々と涙の量は減っていった。
 一人で浮かれて馬鹿みたいだと思った。
 直生の気持ちを第一に考えられなかった自分に嫌気がさす。

「もう寝ろ」

 涙が止まった頃合いで、そう声を掛ける。
 布団に入って目を閉じたのを確認すると、俺は静かに立ち上がった。
 昨日、直生のカバンの中を勝手に漁って見つけた家の鍵をジーパンのポケットから出す。今日の内に返そうと思っていたが、このまま開けっぱなしで出て行くのも不用心だ。
 また後で返しに来ればいいかと思い、鍵をかけて家を出る。
 内心、直生の様子を伺いに来る口実が出来たな、と悪い考えが頭をよぎり、打ち消すように自分の家の鍵を取り出した。


 俺が夕方になって再び直生の様子を見に来ると、すぅすぅと心地良さそうに眠る直生の顔があった。
 やはり、寝ている顔は子どもの頃から変わらない。かと言って、起きている時の顔が大人びたかと言うとそうでもない。若干、寝ている時よりは成長したかな、という程度だ。
 本人は童顔なことをすごく気にしているが、俺は、変わらない直生の顔が好きだった。
 まだ仲が良かった頃を思い出して、小さく笑う。
 と、不意に直生が目を開けた。
 思っていたよりも近くで直生の寝顔を見ていて焦る。

「あ、ごめん。起きると思わなくて」

 紛らわせるようにそう言う。
 しかし直生からの反応は無く、首を傾げる。

「あれ? おーい? 直生ー?」

 名前を呼んでも反応が無い。

「寝ぼけてんのか?」

 視点の定まらない目で俺のことを見る。そう言えばすっかり忘れていたが、直生は寝起きが弱かった。小さい頃はしょっちゅう俺が起こしに行っていた。

「二日酔い、少しはマシになったか? 適当に食べれそうなもん買ってきたんだけど──」

 拒否されるのが分かっていながら一応声を掛ける。いらない。そう言われる心の準備をしながら、コンビニの袋を掲げて見せた。

「ありがとう」

 思考が停止した。

「え」
「えってなに……?」
「あー、いや、やけに素直だなって思って」
「そう?」

 素直な態度に戸惑いを隠せない。どう対応していいか分からなくなる。

「じゃ、じゃあ今用意してくるわ」

 俺は慌てて立ち上がろうとした。が、直生によって引き止められた。

「えっ!?」
「凛乃介の手……」

 手…………?

 直生は俺の手を掴むと、そのまま手の甲に指を滑らせ始めた。何かを確認するかのようにゆっくりと動かしていく。
 突然の直生の行動に動けなくなる。何の意味があってこんなことをしているのか、全く分からない。分からないのに、俺の体温はどんどん上がって、やがて抑えがきかなくなってくる。
 俺は直生の方を向いた。
 どういうつもりなのかと問いただすためだ。
 答えによっては自分のタガが外れてしまうかもしれない。もしかしたら直生に嫌われてしまうかもしれない。
 それでもこの機会を逃したくなかった。

「凛乃──」

 直生が俺の名前を呼ぼうとした時、床に落ちていた俺のスマホが振動した。
 女の子の名前と共にいつものようなハートだらけのメッセージが表示される。瞬間、まるで冷水を浴びせられたかのように俺の思考が冷え渡った。
 何のために、女の子とこんな碌でも無いやり取りをしているのか。
 何のために、好きでもない女の子を抱いて気を紛らわせているのか。

 全部、全部、直生を諦めるため。

 俺の空気が変わったのが分かったのか、直生が慌てて手を離した。急に失われた体温に縋りつきたくなる。

「ごめん! 引き止めて」
「え、あぁ……」
「この後用があるんだろ? 俺のことはいいから行けって」
「いや、でも……」
「もう大丈夫だし、お前に手伝ってもらうこともないし」

 直生を諦めると言いつつ、往生際の悪い自分に頭が痛くなる。直生も、もう俺は必要としていないと言っている。

「…………分かった。今日くらいは安静にしてろよ」

 気の利いたことなんて何一つ言えない。
 これ以上、直生と同じ空間にいるのが耐えられなくなって、俺は足早に家を出た。
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