相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【3‐2】

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 ***

 躊躇していたのが嘘のように、境内に入ってからの苗加はキョロキョロと辺りを忙しなく見渡していた。
 人の目を気にしているのかと思ったが、表情を見る限りそうではないらしい。
 特に行事があるわけでもない何の変哲もない神社の何がそんなにも気になるのか。

「……なんかおもしろいもんでもあった?」
「え? あー……こういうとこ本当に久しぶりで……なんか新鮮に感じて」
「へーそっか」

 苗加の感情を否定も肯定も出来ない俺は適当に返事をして濁した。

「そう言えば、神社のどこで撮るの?」
「あーそうそう、それ言ってなかったわ」

 俺は境内の石畳の道を外れると苗加を手招きした。苗加の動揺を表すように砂利を踏む音が鈍く近づいてくる。
 苗加が付いて来ていることを確認しながら、更に神社の奥へと進む。俺は丁度本殿の真裏で足を止めた。

「え……」

 再度苗加の戸惑う声が聞こえた。俺は思わず噴き出す。

「本当にここで撮るのかって顔してる」
「だって……」

 苗加の言いたいことは分かる。
 俺は辺りの木を見渡し苦笑した。記憶ではもう少し整備されていたような気がしたが、実際は雑木林のようになっていて、そこらじゅうに葉が生い茂っている。どうりで許可を貰いに行ったとき、神主さんが気まずそうな顔をしていたわけだ、と納得する。確かにこの有様は少し管理不足で恥ずかしい。

「神社で撮影っていうか、本当はこっちでどうかなって思って」

 言いながら足を進める。
 状況を理解できていない顔の苗加は、とりあえず俺の後を付いてくる。

「ここ、一応神社が管理している土地なんだけど、結構季節の花が綺麗でさ。多分、今の時期だと──」

 神社にお参りをしに来た人たちの声が遠く聞こえなくなる。それだけ奥まった場所に目的のものを見つける。

「あった、あった」
「これって」
「金木犀。見たことない? この時期になるとよく街中でも匂いが──」

 ヒヤ、と嫌な汗が背筋を伝うような感覚を覚えた。やってしまった、と後悔してももう遅い。

「ごめん! 花の匂い苦手なんだっけ!?」

 吐きそうだった、と、そう苗加が言っていたのはほんの数時間前の話だ。
 客の飾ってくれた薔薇が嫌だったと。
 事前にそんな話を聞いていたのにも関わらず、あろうことか、案内したのが金木犀がたくさん生えている雑木林。吐きそうだった、と零した苗加にショックを受けて肝心の内容が頭から飛んでいた。

「すぐ、他の場所考えるからちょっと待ってて! 確か境内の端の方にも写真撮れそうな場所が──」

 苗加が不満を漏らす前に畳みかける。が、苗加は構わず金木犀に近付いて行った。

「心広くんは、なんでここ選んでくれたの?」
「え……? なんとなく……?」

 なんとなく、苗加に似合うのは薔薇より金木犀だと思った。

「そっか」

 それだけ呟くと、苗加はオレンジ色の花の房に顔を近づけた。

「おれ、金木犀の匂いは好きだよ」

 戸惑っている俺の顔を見て、にっと笑う。
 瞬間、懸念が杞憂だったことを理解して脱力する。内心盛大に息を吐いたが、なんとなくそれが苗加に伝わるのが癪で平静を装う。

「じゃあ、その辺に立って」

 気を取り直して指示を出す。色々あって忘れていたが、時間が押しているのだ。

「この辺?」

 言われたとおりに、苗加は金木犀の木の前に立つ。比較的背の低い金木犀の木は、丁度花が咲いている位置が苗加の顔のあたりに来る。
 思った通り、似合っていると思った。
 派手で激しい赤い薔薇より、細やかで儚い金木犀。

「そう、そこ。で、俺の左手辺りに視線寄こして」

 そう言って、俺は自身の左手を肩より少しだけ高い位置に掲げた。それを追うように苗加の視線が動く。
 流石だな、と思った。俺の撮りたい構図を理解して、それでいて自分の一番いい角度でレンズの前に立つ。
 視線を外した苗加の顔を見るたびに、こっちを向いて欲しいような欲求が生まれる。
 これが正解なんだと、強烈に瞳に焼きつく。

「……」

 俺は持ってきた機材を一つも使わずに夢中でシャッターを切った。
 ”綺麗な”写真を撮ろうと思ったら、今の俺の行動はセオリーに反している。しかし、それを無視していても良いものが撮れている自信があった。
 俺が指示を出さなくても苗加はポーズを変えた。まるで、俺の欲求に応えてくれているようでワクワクした。

「っと、夢中になりすぎた……」

 本音を隠すことも忘れてそう漏らすと、さっきまでの澄んだ表情を一変させて苗加は笑った。

「夢中だったんだ?」

 拾って欲しくない部分をきっちり拾われ、俺はバツが悪くなって顔を僅かに背けた。

「……確認して欲しいんだけど」

 肩に回していたネックストラップを外すと、一眼レフの画面を苗加に向けて見せた。

「画面が小さいから分かりづらいかもしれないけど、なんとなくこんな雰囲気って感じで……」

 普段、お客に対してこんなことはしなかったが、なんとなく苗加の反応が気になった。

「……」
「…………ヒロム?」
「あ、ごめん」

 何も言わない苗加に段々と心配になってきた。
 ”カメラマン”の俺的には最高の写真が撮れたと思ったが、落ち着いて見ると”ホスト”の写真としては異質かもしれない。
 しかも、すっかり忘れていたが、これは誕生日会用の写真だ。苗加の顔がはっきりと写っていることが最優先事項で、金木犀の花に溶けてしまいそうな俺の写真は相応しくない。
 またやってしまったと頭を抱えたくなった。いつもならこんな心配を繰り返さない。客の要望を忘れるなんてカメラマン失格だ。

「あの……」

 また、撮り直しを提案しようかと口を開くと同時に苗加の声が重なった。

「想像以上に綺麗に撮って貰えてて言葉が出なかった」
「え……?」
「すっごい気にいった! ありがとう!」

 心の底から喜んでいるのが伝わるから、釣られて口元が緩んでしまう。
 でも、と一瞬緩んだ気を瞬時に引き締める。

「誕生日会用の写真なら、もっと明るくて派手な方が良かったよな……」
「全然? むしろこっちの方がおれらしくて気にいったよ?」

 本人がいいと言うならそれ以上言及することは無い。
 もし仮に女の子の不評でも、俺は責任取らないからな、と苗加を見ると、また無邪気な顔で笑われた。
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