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相槌を打たなかったキミへ【5‐1】
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席に戻りたくねぇ~、と内心唸りながらトイレの入り口でぐだぐだと時間を潰す。
このまま体調不良ということにして帰ってしまおうかと悩んでいると、背後から声を掛けられ飛び上がる。
「都井さん……?」
「ひやぁ!」
振り向くと、俺より驚いた顔をしたナナトが、片手に皿をもう片方の手にはシャンパンを持って立っていた。
俺のリアクションに完全に固まってしまったナナトを呼び戻すために、恥ずかしさを押し殺して声を掛ける。
「あ、えーっと……俺さ」
具合が悪いからもう帰る、そう言おうとすると我に返ったナナトに遮られた。
「あ、もしかして席の場所分からなくなっちゃいました? こっちです!」
そして、俺の返事も聞かずに歩き始める。やってしまったと思ったものの、ナナトが居るならまだマシかと、諦めて席まで戻ることにした。
「心広くん、丁度ナナトと同じタイミングで帰ってきたんだね」
「都井さん、迷子になってたんで連れてきました~!」
余計なことを言うナナトよりも、当たり前のように名前呼びになっている江草さんに違和感を感じる。
別に、目上の人に名前を呼ばれることに拒否感は無いが、また苗加が嫉妬するのではないかと思うと気が気じゃない。しかし、俺に名前呼びを拒否する手立ては無く、そのまま流すしかなくなる。
後で、ちゃんと誤解だって話をしよう……
まるで間男のような言い訳じみた話をしないといけないことにげんなりする。なんでこんなことになっているのか。
「とりあえず、サラダを持って行けって言われたんで、一品目は、えーと、なんとかっていうソースがかかってるサラダです!」
誇らしげに、全く詳細が分からない説明をするナナトが最早愛おしい。このまま一生このテーブルから離れないで欲しい。
「ちょっと味見させて貰ったんですけど、変わった味がしました!」
更に、おそらく褒めていない感想付き。ナナトが居なかったらと思うとぞっとする。
「へ、へぇ! 美味しそうだな~!」
文脈の繋がらない会話をしながら、俺の前に置かれた皿を手に取る。
俺としてはさっさと食べて早々に帰りたかったのだが、テーブルにいる三人の視線がそうさせてくれない。
俺だけ食べている図があまりにも気まずすぎる。
「あの、みなさんは……食べないんですか……?」
「ホストは基本お客さんからご馳走されないと飲食できないんですよ~」
「え、そうなの……?」
ナナトがそう言いながら、チラチラと江草さんの顔を見る。
「確かに、通常はそうなんだが……心広くんにお金を出させる訳にはいかないから……ナナト、好きなものを頼んでおいで」
「え、マジですか!? やったー!」
ナナトは嬉しそうに席を立ち上がった。
第三者の俺から見ても、江草さんはナナトに甘い気がする。
俺に嫉妬するよりも接点の多いナナトに嫉妬する方が優先だろうと思うが、苗加の心情は良く分からない。同級生だから比較対象にしやすいのだろうか。
どのみち、俺が理不尽な目にあっているという事実は変わらないが。
「じゃあ私もこの辺で失礼しようかな」
江草さんもナナトと一緒に立ちあがった。
「え?」
「私もこれから仕事があってね。最後までもてなせないのは残念だけど、楽しんでいってね」
「あ、ありがとうございます……」
そう言って江草さんは近すぎる距離で苗加に何か耳打ちをし、笑顔で去って行った。
少しだけ緊張の解けた俺は、苗加の方を向いた。
「多分、お前誤解してる……!」
「誤解って……?」
「ヒロムが心配することなんて一つもないし、それに、俺は普通に女の子が好きだし……」
「普通……?」
早めに誤解を解こうと畳みかけたのが不味かった。
自分から出てしまった”普通”という言葉にショックを受ける。
「あ、あのーだから、そういうことじゃなくて、なんて言うか、俺は男は恋愛対象じゃないって言うか……」
「そんなの、知ってる!」
いきなり大きな声を出した苗加に、店内の空気が一瞬凍る。
しかし、対して気にならないのか、はたまた”そう言った類いの声”に慣れたいるのか、すぐに店内は騒がしさを取り戻した。
一方俺は、苗加の機嫌が更に悪くなってしまったことを肌で感じていた。具体的に言うと、苗加は俯いて無言になってしまった。
背中を丸めて自分の殻に閉じこもるようなその姿は、まるで学生時代の苗加そのものだった。
声を掛けようにも何を言ったらいいのか分からない。
かっこいい姿の苗加をこんな風にしてしまったのが自分だと思うと、どうしたらいいのか分からなくなる。
「ヒロ……」
「あはは、」
名前を呼ぼうとする声を遮って、苗加が乾いた笑い声をあげた。
「ごめん、ごめん。大きい声だして」
”また”苗加は自分から謝ってきた。
「…………」
違う。俺が謝らせた。
「なえ──」
思わず飛び出しそうになった本名を、俺の唇に人差し指を添えることで遮り、苗加はヘラヘラとした顔で笑った。
「お客さんを驚かせるなんてホスト失格だね」
「お客さんって……」
「お客さんでしょ? 違う?」
苗加の言葉は正しい。
俺はただの招かれた客。
どこにも相違は無い筈なのに、何故か胸が締め付けられるようにじんわりと痛い。
「ごめん、そろそろ席に戻らないと」
「え、あぁ……」
「もしかしたらもう戻って来られないかもしれないけど、心広くんはくつろいでいってね」
苗加はヘラヘラ笑いのまま席を立った。呆気にとられていたいた俺はろくにお礼も言えず、早足で去っていく苗加の背中を見送ることしかできなかった。
このまま体調不良ということにして帰ってしまおうかと悩んでいると、背後から声を掛けられ飛び上がる。
「都井さん……?」
「ひやぁ!」
振り向くと、俺より驚いた顔をしたナナトが、片手に皿をもう片方の手にはシャンパンを持って立っていた。
俺のリアクションに完全に固まってしまったナナトを呼び戻すために、恥ずかしさを押し殺して声を掛ける。
「あ、えーっと……俺さ」
具合が悪いからもう帰る、そう言おうとすると我に返ったナナトに遮られた。
「あ、もしかして席の場所分からなくなっちゃいました? こっちです!」
そして、俺の返事も聞かずに歩き始める。やってしまったと思ったものの、ナナトが居るならまだマシかと、諦めて席まで戻ることにした。
「心広くん、丁度ナナトと同じタイミングで帰ってきたんだね」
「都井さん、迷子になってたんで連れてきました~!」
余計なことを言うナナトよりも、当たり前のように名前呼びになっている江草さんに違和感を感じる。
別に、目上の人に名前を呼ばれることに拒否感は無いが、また苗加が嫉妬するのではないかと思うと気が気じゃない。しかし、俺に名前呼びを拒否する手立ては無く、そのまま流すしかなくなる。
後で、ちゃんと誤解だって話をしよう……
まるで間男のような言い訳じみた話をしないといけないことにげんなりする。なんでこんなことになっているのか。
「とりあえず、サラダを持って行けって言われたんで、一品目は、えーと、なんとかっていうソースがかかってるサラダです!」
誇らしげに、全く詳細が分からない説明をするナナトが最早愛おしい。このまま一生このテーブルから離れないで欲しい。
「ちょっと味見させて貰ったんですけど、変わった味がしました!」
更に、おそらく褒めていない感想付き。ナナトが居なかったらと思うとぞっとする。
「へ、へぇ! 美味しそうだな~!」
文脈の繋がらない会話をしながら、俺の前に置かれた皿を手に取る。
俺としてはさっさと食べて早々に帰りたかったのだが、テーブルにいる三人の視線がそうさせてくれない。
俺だけ食べている図があまりにも気まずすぎる。
「あの、みなさんは……食べないんですか……?」
「ホストは基本お客さんからご馳走されないと飲食できないんですよ~」
「え、そうなの……?」
ナナトがそう言いながら、チラチラと江草さんの顔を見る。
「確かに、通常はそうなんだが……心広くんにお金を出させる訳にはいかないから……ナナト、好きなものを頼んでおいで」
「え、マジですか!? やったー!」
ナナトは嬉しそうに席を立ち上がった。
第三者の俺から見ても、江草さんはナナトに甘い気がする。
俺に嫉妬するよりも接点の多いナナトに嫉妬する方が優先だろうと思うが、苗加の心情は良く分からない。同級生だから比較対象にしやすいのだろうか。
どのみち、俺が理不尽な目にあっているという事実は変わらないが。
「じゃあ私もこの辺で失礼しようかな」
江草さんもナナトと一緒に立ちあがった。
「え?」
「私もこれから仕事があってね。最後までもてなせないのは残念だけど、楽しんでいってね」
「あ、ありがとうございます……」
そう言って江草さんは近すぎる距離で苗加に何か耳打ちをし、笑顔で去って行った。
少しだけ緊張の解けた俺は、苗加の方を向いた。
「多分、お前誤解してる……!」
「誤解って……?」
「ヒロムが心配することなんて一つもないし、それに、俺は普通に女の子が好きだし……」
「普通……?」
早めに誤解を解こうと畳みかけたのが不味かった。
自分から出てしまった”普通”という言葉にショックを受ける。
「あ、あのーだから、そういうことじゃなくて、なんて言うか、俺は男は恋愛対象じゃないって言うか……」
「そんなの、知ってる!」
いきなり大きな声を出した苗加に、店内の空気が一瞬凍る。
しかし、対して気にならないのか、はたまた”そう言った類いの声”に慣れたいるのか、すぐに店内は騒がしさを取り戻した。
一方俺は、苗加の機嫌が更に悪くなってしまったことを肌で感じていた。具体的に言うと、苗加は俯いて無言になってしまった。
背中を丸めて自分の殻に閉じこもるようなその姿は、まるで学生時代の苗加そのものだった。
声を掛けようにも何を言ったらいいのか分からない。
かっこいい姿の苗加をこんな風にしてしまったのが自分だと思うと、どうしたらいいのか分からなくなる。
「ヒロ……」
「あはは、」
名前を呼ぼうとする声を遮って、苗加が乾いた笑い声をあげた。
「ごめん、ごめん。大きい声だして」
”また”苗加は自分から謝ってきた。
「…………」
違う。俺が謝らせた。
「なえ──」
思わず飛び出しそうになった本名を、俺の唇に人差し指を添えることで遮り、苗加はヘラヘラとした顔で笑った。
「お客さんを驚かせるなんてホスト失格だね」
「お客さんって……」
「お客さんでしょ? 違う?」
苗加の言葉は正しい。
俺はただの招かれた客。
どこにも相違は無い筈なのに、何故か胸が締め付けられるようにじんわりと痛い。
「ごめん、そろそろ席に戻らないと」
「え、あぁ……」
「もしかしたらもう戻って来られないかもしれないけど、心広くんはくつろいでいってね」
苗加はヘラヘラ笑いのまま席を立った。呆気にとられていたいた俺はろくにお礼も言えず、早足で去っていく苗加の背中を見送ることしかできなかった。
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