プラチナピリオド.

ことわ子

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交渉成立【トナミ】

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 昼には起きるつもりだったのだが、気づいたら15時を回っていた。

「寝過ぎた……」

 オレは毛布を畳むと、立ち上がった。
 ゼンの仕事を見せてもらう約束をしていたのに、いくらなんでも遅くなり過ぎたと反省する。
 家を出て慌てて階段を駆け降りると、工房に繋がるドアを開けた。
 昨日、ゼンが座っていた机は今は無人で、人の気配は無かった。

「ありがとうございましたー!」

 ハキハキとしたゼンの声が部屋の奥からしてきた。オレと喋る時とは違うよそ行きの声だった。
 オレは様子を見ながら声のする方へ歩みを進めた。昨日来た時は直ぐに追い返されてしまったため、工房内をゆっくり見られなかった。
 壁には沢山の、使い方が分からない工具が掛かっていた。見たこともないような機械も所狭しと置いてあり、蹴ってしまわないか不安になった。
 昨日はただの工房だと思っていたが、どうやらここは店舗も兼ねているらしいということが分かった。現に、昨日はシャッターが閉まっていた所が開き、表の通りから店内が見えるようになっていた。
 カウンターの近くに立っていたゼンは振り返り俺に気づくと、ふ、と笑った。

 …………?

「大分元気になったみたいだな」
「え、あーうん。オカゲサマデ」

 寝過ぎだと、おちょくられているのは分かったが、嫌な気はしなかった。

「ごめん、来たいって言ったのオレなのに」
「今日はなんか忙しくて、早く来ても相手してやれなかったと思うから寧ろ丁度いいよ」
「そう……」

 ゼンは直ぐに肯定してくれるな、と一瞬寂しくなった。それはオレにあまり関心がないことの裏返しだと思ったからだ。

「今から作業戻るけど見ていく? もう店の方は閉めるから落ち着くと思うし」

 ゼンは言いながらシャッターを下ろし始める。表通りの喧騒が遮られ、想像以上に静かな空間に二人取り残されたような感覚になった。

「あ、そうだ」

 ゼンは何かを思い出したように、ゼンの作業机の隣に置いてある、小さな机の上を片付け始めた。椅子の上に重ねて置いてあったバインダーを棚へ戻すと、オレを手招きした。

「トナミ、ちょっとこっち来て」
「なに?」

 オレが近づいて行くと、ゼンは椅子に座るように指差した。

「トナミはいいって言ったけど、ちょっとやってみないか? トナミ、器用そうだしセンスあると思うんだけど」

 ゼンの言わんとしようとしていることが分からず、首を傾げながら机の上を見た。
 そこには真新しい工具と小さなパーツが置いてあった。

「何これ……?」
「んー彫金初心者入門セット? 違うな、これだと語弊があるな……ジュエリー製作初心者入門セット? こっちの方がしっくりくるな……」

 なんの違いがあるのかは分からないが、とりあえず何かの初心者入門セットであることは分かった。

「これ、失敗しても大丈夫なやつだから、組み立てしてみないか?」
「組み立て?」
「そう。ここにあるパーツをそこにある工具を使って繋ぎ合わせるとブレスレットになるんだよ。まぁ、真鍮製のおもちゃだけど」
「へー……ってなんでオレが?」
「だから、トナミは絶対向いてると思って」

 やけに押しが強い。昨日より少しだけ饒舌になっているのはゼンが仕事バカだからだろうなと思った。

 ……仕事バカ過ぎて、元カノからの依頼も断れなかったんだろうな。

 そう思うと、少しだけ不憫に感じた。
 だからという訳ではないが、少しだけ気が変わった。

「……分かった。ちょっとだけやってみる」
「よし、じゃあここに座って」

 オレは言われるがまま椅子に座り、机と向き合った。挑戦すると決めたはいいが、道具の使い方が全く分からない。図工ですら小学校の時以来で、初めに何をしたらいいのかですら見当もつかなかった。
 と、突然、背もたれを挟んで覆い被さるようにゼンがオレの背後から手を重ねてきた。
 毛布からしたゼンの匂いに覆われる。

「…………え?」
「いや、持ち方、分からなさそうにしてたから」

 全く悪びれる様子がない。というより気にしていない。仕事のことになると、これほど周りが見えなくなるのかと、少し心配になった。

「……お手本、見せてもらった方が早いかも」
「それもそうか」

 客にあれだけ抱かれて疲労困憊だったはずなのに、不意打ちとはいえ、微かに反応した自分に少し引く。

 見境なさすぎだろ、オレ……

 幸い、ゼンには気づかれなかったようで、俺もそのまま何事もなかったかのように振る舞った。
 ゼンは熱心に道具の使い方を教えてくれ、オレも短時間でブレスレットを作り上げられた。
 初めて自分が一から作り上げたことに感動を覚えながら、しげしげとブレスレットを見つめる。ゼンが言うように素材的にはおもちゃの部類なのかもしれないが、オレには輝いて見えた。

「出来た~!」
「やっぱりトナミ、センスあるって」
「自分の才能が怖いよね」

 茶化してそう返したが、ゼンは本気にしたようで、オレの顔を見た。

「もし良かったらたまにでいいからウチの手伝いしてくれないか? 勿論給料は払うし、トナミのバイトがない時で大丈夫だから」
「え、でも流石にアクセサリー作ったりは出来ないよ?」
「それは俺もいきなり任せたりしないって。ただ最近忙しくなる頻度も増えてきたから、人手があったら助かると思って」

 正直、すぐにでも飛びつきたいほど魅力的な申し出だった。この先ずっと身体を売り続けて生きていけるかと言われれば、多分無理だろう。童顔のお陰で歳を誤魔化して働けているが、それもいつかは終わりがくる。そうなった時に自分には何も無くなってしまうのがいつも怖かった。
 オレは一瞬の躊躇の後、口を開いた。

「…………たまになら」
「交渉成立だな」

 ゼンにこれ以上甘えてしまうことへの恐怖を見ないフリをして、オレは頷いた。
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