僕のために、忘れていて

ことわ子

文字の大きさ
21 / 29

なんでもない日常

しおりを挟む
***

 何事もなく1日が終わった。
 既に下校の時間になり、教室内に人はまばらで俺も帰り支度を始める。あまりにも拍子抜けするくらい何事もなかった。
 学校にアキを思い出すものは何も無く、ただアキに出会う前のいつもの日常に戻っただけだった。友達とふざけて騒いで怒られて、授業中に寝てまた怒られて、すいませんでしたーと形だけの謝罪をして、また寝る。そんなくだらなくて心地良い時間に安心した反面、言いようの無い虚無感を覚えた。理由は分かってる。いつも頭の片隅にアキがいる。
 いくら振り払っても消えてくれない。

「あ~~~~~~しんど」
「お疲れさん」

 良平がそう言って俺の背中を叩いてきた。この男は容赦という言葉を知らないのか、力も強めで俺は思わず仰け反った。

「俺、怪我人」
「あ、そうだった。わりぃ」

 そう言って過剰に痛がるふりをしてみせるが、大した事は無いと見透かされたのか笑って流された。

「にしても、入院明けで一日中授業はしんどいよな~」
「ほんとそれ」
「夏休み延長しても良かったんじゃね?」
「流石に授業ついていけなくなるし」
「真面目~」

 良平は茶化すように口笛を吹くと、何かに気が付いたように俺の背後に目を向けた。

「あ、平川さん」
「え」

 振り向くとそこには気まずそうな顔をした瑠璃華が立っていた。若干挙動不審気味に俺の顔盗み見ると、少しホッとしたように緊張から上がっていた肩が下がった。心配して俺の様子を見にきてくれたんだろうか。

「瑠璃華……?」

 俺は微動だにしない瑠璃華に声を掛けた。

「あ! 俺もう部活行かないと! じゃあまた明日な!」

 良平は慌てたように声を上げた。雑に鞄を持ち上げると、大袈裟に手を振って教室から出て行く。気を遣っているのがバレバレでやるせない気持ちになる。正直、今ここで2人きりにして欲しく無かった。
 足早に良平が去って、教室には俺と瑠璃華だけが取り残された。

「どうかした?」

 2人きりになっても口を開こうとしない瑠璃華に俺は尋ねる。今まで見たことがないような瑠璃華の挙動に違和感を感じる。瑠璃華はどちらかと言えば気が強い方で、こんなに何かに怯える様な気配を見せる子ではなかった。そもそもお見舞いに来てくれた時から何かがおかしいと思っていた。

「あ、あの……」
「ん?」

 瑠璃華は少しづつ、絞り出すように声を出した。いつもハキハキとものを喋る瑠璃華らしくない。

「怪我、大丈夫……?」

 瑠璃華は俯きがちにそう聞いてきた。病室でも同じことを聞かれたが、よほど怪我のことを気に掛けてくれているんだろうと思った。

「うん、もう平気。だから心配すんな」

 俺はなるべく心配掛けないように穏やかに声を出した。と、瑠璃華は堰を切ったように泣き出した。両手で自身の顔面を覆い、声を殺して息を吐く。

「え、ちょっと──」
「良かった……良かったぁ…………」

 子どもみたいに泣きじゃくる瑠璃華。どうして良いか分からず混乱した俺は、思わず瑠璃華の頭を撫でた。香奈を落ち着かせる時はいつもこうしていた。流石に同級生相手にこれはまずかったかもしれないと考えてももう遅い。
 瑠璃華は俺の背中に腕を回すと思いっきり抱きついてきた。頭をぐりぐりと俺の胸に押し付けしゃくり上げるように泣き続ける。

 どれだけそうしていたんだろうか。瑠璃華が落ち着く頃には教室内がオレンジ色に染まっていた。その間俺は直立不動で瑠璃華の頭を撫で続け、たまに廊下を通る生徒の不思議そうな視線を無視しようと努力していた。

「ごめん」

 ぽつん、と瑠璃華はこぼした。
 お見舞いに来た時も瑠璃華は俺に謝っていた。何に対しての謝罪なのか、見当もつかない。

「あの、さ、前に会った時も謝ってたけど、なんで?」

 俺は瑠璃華の顔が見えるように両手で少し距離を開けると、聞いた。

「リュージが事故に遭ったの、わたしのせいだから……」
「え」
「リュージはわたしを庇ってくれて、それで……」

 なるほど、と思った。どうにも自分が事故に遭う状況が想像つかなかったが、瑠璃華を助けたとなれば何となく納得出来る。車にぶつかりそうになった瑠璃華を見つけて、無我夢中で駆け出したんだろうなと我ながら簡単に想像出来る。

「あ~なるほど」
「……怒ってない?」
「なんで? 瑠璃華に怪我なくて良かったじゃん」

 そうか、瑠璃華は俺が怒っていると思ってこんなにビクビクしていたのか。そんなことで怒るはずなんか無いのに。ちょっと見くびられていたような気分になってへこむ。
 瑠璃華は俺の言葉に瞳を大きく見開くと、途端に顔を真っ赤にして俯いた。

「リュージ、あのね、」
「うん?」
「わたし、リュージとやり直したい」
「え、」

 思ってもみない言葉だった。

「リュージはわたしの事なんてもう嫌いかもしれないけど」
「嫌いってことは……」
「じゃあ!」
「でもごめん」

 考えるよりも先に言葉が出ていた。自分でも驚くほどにきっぱりと。

「俺、好きなやついるから」
「そう、なんだ……」
「うん。だから──」

 言いかけて声が詰まる。廊下に見慣れた背中が見えた気がした。見間違うはずがない。アキだ。そう思った瞬間、俺は瑠璃華を更に遠ざけると走り出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

小石の恋

キザキ ケイ
BL
やや無口で平凡な男子高校生の律紀は、ひょんなことから学校一の有名人、天道 至先輩と知り合う。 助けてもらったお礼を言って、それで終わりのはずだったのに。 なぜか先輩は律紀にしつこく絡んできて、連れ回されて、平凡な日常がどんどん侵食されていく。 果たして律紀は逃げ切ることができるのか。

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

幼なじみの友達に突然キスされました

光野凜
BL
『素直になれない、幼なじみの恋』 平凡な俺、浅野蒼にはイケメンでクラスの人気者な幼なじみ、佐伯瑛斗がいる。 家族ぐるみの付き合いのせいか、瑛斗は昔から距離感がおかしくて、何かと蒼にベッタリ。けれど、蒼はそれを“ただの友情”だと思っていた。 ある日、初めての告白に浮かれていると、瑛斗から突然キスされて......!? 「蒼のことが好きだ」 「お前が他の奴と付き合うのは耐えられない」 友達だと思っていた関係が一気に変わり、戸惑いながらも瑛人の一途で甘い想いに少しずつ心が揺れていく。 しかし、素直になれない蒼は最後の一歩が踏み出せずにいた。 そんなとき、ふたりの関係に”あるトラブル”が訪れて......。 じれったくて、思わず応援したくなるふたりのピュアな青春ラブストーリー。 「......蒼も、俺のこと好きになってよ」 「好きだ。好きだよ、蒼」 「俺は、蒼さえいればいい」 どんどん甘く、独占欲を隠さなくなる瑛斗に、戸惑いながらも心が揺れていく。 【一途で独占欲強めな攻め × 不器用で素直になれない受け】

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

処理中です...