僕のために、忘れていて

ことわ子

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夏休み明け

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 気が重い。今の俺の状態を一言で表すなら最適解な言葉だ。嫌々歩みを進める足も力なく地面スレスレの場所を行き来し、亀よりも遅い速度で進む。こんなに学校に行きたくないと感じたのはいつぶりだろうか。友達と騒ぐのが好きだった俺はあの憂鬱なテスト期間でさえ、まぁ学校に行ったら友達もいるしな、と前向きになれるほど、学校という場所が好きだったのに。

 原因は分かりきっているが、もうどうすることも出来ない。もしかしたら学校で出くわしてしまうのではないかという不安と元気にしているだろうかというお節介な感情が交互に襲ってくる。もう会わないと決めた。それなのに、最後に言葉を交わした、あの時のアキの顔が頭から離れない。あんな別れ方をしてしまい後ろめたさで気が滅入る。
 俺は寝癖がついたままの頭を振り、なんとかいつも通りの俺になろうとする。結局、忘れるしかないのだ。そう思うが無意識にため息だけが増える。

 と、幾度となく繰り返すため息と同じタイミングで急に背中に衝撃を感じて前傾姿勢になった。この衝撃は懐かしい感じがする。俺は衝撃の犯人に見当をつけて振り返った。

「おはよ。久しぶり」

 にやにやと笑いながら、同じクラスの良平が俺の肩を軽く叩いてきた。記憶にある良平の顔よりも全体的に小麦色に日焼けしていて、いかにも夏を満喫しましたオーラが出ている。

「元気そうじゃん」

 今の俺のどこを見たら元気そうなどと言う感想を抱けるんだろうか、と一瞬不信感を募らせたが、そういえば自分は事故にあって学校を休んでいた事を思い出す。アキとの時間が強烈過ぎてすっかり忘れていた。

「リュージが事故にあったって聞いてマジ心配したわ!」
「マジか」
「いや、心配するだろ普通ー! なんか連絡あるかなって思ってたけど音沙汰ねぇし、迷惑かもしれないから俺からは連絡入れられないし……」
「あ~~悪い」
「気の抜けた返事だなー」

 言い訳するつもりは無いが、入院中は友達に連絡しないといけないなと思っていた。とりあえず退院するタイミングで連絡入れて、現状報告をしようと思っていた。あわよくば出れなかった授業分のノートを写させてもらって、それを理由に課題も手伝って貰おうと思っていた。そう、思っていたのだが。

「色々あってさ」
「まぁ、大変だったよなー」
「もう、めちゃくちゃ大変」

 実際、事故に関してはそこまで大変な事は無かったが、ノリでそう返しておく。

「とか言いつつ半笑いじゃね?」
「バレた?」

 こんなにどうでもいい軽口が妙に懐かしく感じた。良平と話しているだけで心が軽くなっていくような気がしてくる。

「そう言えば、リュージ課題終わった?」
「え、まぁ、一応」
「マジかー! 絶対リュージは俺の仲間だと思ってたのに……」
「…………まだ終わってねぇの?」
「この俺の日焼け具合を見ろ! これが課題が終わってる男の姿に見えるか?」

 ドヤ顔で自分を指差し胸を張る良平に思わず吹き出す。馬鹿らしくて安心する。

「見えないな」
「だろ~? もう遊びまくりよ!」

 良平は楽しかった夏の思い出を懐かしむかのように目を細めると、急に真顔になって俺に詰め寄った。

「そういや、なんで課題終わってんの? 去年は俺と一緒に提出日ギリギリまで粘ったじゃん」
「それは……」

 思い出すと憂鬱になる顔を思い浮かべて言葉を切る。正直、俺の中でまだ整理がついてなくて考えるのをやめていたのに。

「俺だってやる時はやるんだよ」
「へー」

 全身全霊のどうでもいいという空気の相槌を無視して俺は少し声を落とした。

「そういや良平、黒咲アキって人知ってる?」

 出来る限り、何でもないように装って聞いてみる。内心、なんと突っ込まれるかヒヤヒヤしていたが、幸い良平は気にならなったようだ。

「黒咲~? ん~知らない気がする」
「そっか」
「なに、そいつ、ウチの学校のやつ?」
「多分」
「なんだそれ」

 俺の曖昧な態度に良平は首を傾げたが、何か心当たりがあったのか、あ! と声を出した。

「そいつ特進なんじゃね? 特進クラスのやつって棟が違うし行事の時くらいしか関わり合いないから殆ど分からないし」
「あー、確かにそんなような事言ってたかも」

 特進クラスかと聞いた時のアキの曖昧な表情を思い出す。否定はしなかった。ただ肯定していたかと言われれば微妙だったと今になって思う。結局、アキのことは何もかもが中途半端で分からずじまいだった。

「つか、知り合いなら直接聞けばいいじゃん」

 良平にいきなり爆弾を落とされて固まる。

「知り合いっていう程の関係じゃないから」

 今はもう。

「ふーん? まぁ、本当に特進クラスのやつだったら俺に手伝える事はないかなぁ~いや~本当に手伝ってあげたいのは山々なんだけどなぁ~」

 何を勘違いしたのか、良平はにやにやと目を細めると俺の顔を見た。

「でも俺も『アキちゃん』がどんな子か気になるし、何か情報掴んだら教えてやるから」

 冷やかし半分、励まし半分で良平は俺の肩を2回叩くと笑った。
 完全に勘違いしているのが分かったが、アキは男だと訂正するのも面倒なことになりそうで、俺は黙って歩き出した。
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