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一途な猫は夢に溺れる
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***
「不思議……」
窓の外は生まれ故郷に繋がっているとマリエナ様が言っていた。その言葉の通り、外に繋がる扉をあけると暗い森がどこまでも広がっていた。不気味なはずなのに、森育ちだからかなんとなく安心する。遠くで狼の鳴く声や鳥が羽ばたく音がして、パーティー会場とは違った騒がしさがあるのも気が紛れて丁度いい。
俺は当たりを見回しながら森の中を歩いた。夜の森には慣れているし迷子にはならないだろうという慢心が俺の足取りを軽くさせた。
ここがどこかと思い出す間もなく、何かに誘われるように歩調が速まる。
と、しばらく歩くと木々の隙間から何かが反射した。近づいて行くと、湖に月が反射して水面がきらきらと揺れているのが見えた。吸い込まれるように歩みを進めると、近くに人影があるのが分かった。
俺は目を凝らしてみたが、暗くてよく分からない。すると向こうが俺に気づいたのか、ゆっくりと近づいてきた。逆光でよく見えなかった顔が、一歩一歩近づいてくる度に徐々に姿を現してくる。
「君は……」
「あ……」
お師匠さんのお兄さんは意外そうな顔をした後、すぐに眉間に皺を寄せた。
慌てて逃げようかとも思ったが、それはそれで不自然すぎる。
「こんなところで何をしている?」
この場をどう切り抜けようか必死に考えていると、お師匠さんのお兄さんの方から喋りかけてきた。質問の内容自体は至極真っ当だが、俺の答えによっては面倒くさいことになる気がする。
とりあえず当たり障りのない答えて逃げ切ろうと決意した俺は下手な笑顔を作った。
「少し疲れてしまったので夜風に当たりたいと思いまして」
「あいつはいないのか」
あいつとはお師匠さんのことだろう。
「今、婚約者様と話をしています」
俺が答えると、またしてもお兄さんは驚いたような顔をして、舌打ちをした。
「君はあいつの恋人なんじゃないのか? なんで平気そうな顔をしている?」
少しだけ余裕のない口調で詰めてくる。
「わたしはアーネストのことを信じていますので」
思わず声に出た言葉に自分自身が驚く。心のどこかでお師匠さんは自分を選んでくれると大それた願いを持っていたなんて。
「信じてる? ……はっ、笑わせる」
全く笑っていない瞳でお兄さんは俺を見た。
「あいつはフェリシーと結婚することが決まってる。俺よりあいつの方が優秀だからな」
含みのある言い方に俺は首を傾げた。
「あいつはいつも俺の欲しいものを与えられる。生まれたときからずっとそうだった」
吐き出すような言葉に、言い表せない感情が混ざる。その感情に引きずられていくのを感じた。
手に入れられないものを手にしたいと望む気持ちすら罪なのだと、戒める日々は想像上に精神を壊していく。
「あ、の……」
思わず伸ばしかけた手をお兄さんは強く握った。
「俺にしないか?」
「え」
「そうだそれがいい! なんで気づかなかったんだ!」
「ちょっと、」
お兄さんは更に強く俺の手を握ると自身の方へ引き寄せた。女性の身体では太刀打ちできるはずもなく、お兄さんの胸の中に飛び込むような体勢で抱きとめられる。感じたこともない嫌悪感が全身を包み込み、鳥肌が立つ。
「話を聞いてください!」
「これであいつに勝てる!」
話が通じる相手ではないと、強く抵抗するがびくともしない。うなじに手を回され、髪を掻き揚げられる。首元に顔を寄せられ唇が触れそうになる。
悔しさから涙が出てきそうになるのを堪えるように目を瞑った瞬間、瞼の外で強い光を感じた。と、同時に身体が軽くなった。恐る恐る目を開けると、嫌悪感の塊だった顔が世界一安心できる人のものへと変わっていた。
俺を抱きとめるお師匠さんは安堵の表情で息を吐いた。
「なんでいなくなっちゃうかなぁ」
「ごめんなさい……」
「大丈夫? 怪我はない?」
お師匠さんは俺の顔を優しくなぞると、確認するように見回した。お兄さんがしたように俺の髪を掻き揚げると不快そうに眉を寄せた。
「兄さんが好きな下品な香水の匂いがする」
「あ……」
お師匠さんは俺の首筋に手を当てて匂いを拭うように滑らせた。途端に甘い薬草の匂いが漂ってくる。
「お揃い」
俺はくすぐったくて身体を捩り、周囲を見渡した。
「あの、お兄さんは……」
「こんな時でもあいつの心配?」
「……」
「大丈夫だよ。ちょっと遠くに行ってもらっただけ」
遠くに行ってもらったというのは比喩表現ではないのだろう。きっと想像もつかないようなところにお兄さんは飛ばされた。
彼の内なる思いを考えると少しだけ気の毒な気もするが、俺がそれに付き合う義理はない。
「行こう」
そう言ってお師匠さんは俺を抱きかかえたまま空を飛ぼうと地面を蹴った。が、少しだけ高い場所まで浮いた後、急に力がなくなったかのように真っ逆さまに湖に落ち始めた。
「え、」
派手に水しぶきを上げ、水中へと沈む。激しい水音がした後、耳の中に水が浸入してきて、やがてぼやけた音に包まれる。予想もしていなかった俺は勿論、お師匠さんも湖の水を吸い込んだ。辛うじて二人とも水面に浮上できたが、大量に吸い込んだ水を吐き出し咽ていて、呼吸がおぼつかない。それに加え夜の湖の水は刺すように痛くて、段々と手足が痺れてくるような感覚になる。
お師匠さんが魔法を失敗するところなんて見たことがなかった俺は一体どういうことなのかと首をひねる。
「不思議……」
窓の外は生まれ故郷に繋がっているとマリエナ様が言っていた。その言葉の通り、外に繋がる扉をあけると暗い森がどこまでも広がっていた。不気味なはずなのに、森育ちだからかなんとなく安心する。遠くで狼の鳴く声や鳥が羽ばたく音がして、パーティー会場とは違った騒がしさがあるのも気が紛れて丁度いい。
俺は当たりを見回しながら森の中を歩いた。夜の森には慣れているし迷子にはならないだろうという慢心が俺の足取りを軽くさせた。
ここがどこかと思い出す間もなく、何かに誘われるように歩調が速まる。
と、しばらく歩くと木々の隙間から何かが反射した。近づいて行くと、湖に月が反射して水面がきらきらと揺れているのが見えた。吸い込まれるように歩みを進めると、近くに人影があるのが分かった。
俺は目を凝らしてみたが、暗くてよく分からない。すると向こうが俺に気づいたのか、ゆっくりと近づいてきた。逆光でよく見えなかった顔が、一歩一歩近づいてくる度に徐々に姿を現してくる。
「君は……」
「あ……」
お師匠さんのお兄さんは意外そうな顔をした後、すぐに眉間に皺を寄せた。
慌てて逃げようかとも思ったが、それはそれで不自然すぎる。
「こんなところで何をしている?」
この場をどう切り抜けようか必死に考えていると、お師匠さんのお兄さんの方から喋りかけてきた。質問の内容自体は至極真っ当だが、俺の答えによっては面倒くさいことになる気がする。
とりあえず当たり障りのない答えて逃げ切ろうと決意した俺は下手な笑顔を作った。
「少し疲れてしまったので夜風に当たりたいと思いまして」
「あいつはいないのか」
あいつとはお師匠さんのことだろう。
「今、婚約者様と話をしています」
俺が答えると、またしてもお兄さんは驚いたような顔をして、舌打ちをした。
「君はあいつの恋人なんじゃないのか? なんで平気そうな顔をしている?」
少しだけ余裕のない口調で詰めてくる。
「わたしはアーネストのことを信じていますので」
思わず声に出た言葉に自分自身が驚く。心のどこかでお師匠さんは自分を選んでくれると大それた願いを持っていたなんて。
「信じてる? ……はっ、笑わせる」
全く笑っていない瞳でお兄さんは俺を見た。
「あいつはフェリシーと結婚することが決まってる。俺よりあいつの方が優秀だからな」
含みのある言い方に俺は首を傾げた。
「あいつはいつも俺の欲しいものを与えられる。生まれたときからずっとそうだった」
吐き出すような言葉に、言い表せない感情が混ざる。その感情に引きずられていくのを感じた。
手に入れられないものを手にしたいと望む気持ちすら罪なのだと、戒める日々は想像上に精神を壊していく。
「あ、の……」
思わず伸ばしかけた手をお兄さんは強く握った。
「俺にしないか?」
「え」
「そうだそれがいい! なんで気づかなかったんだ!」
「ちょっと、」
お兄さんは更に強く俺の手を握ると自身の方へ引き寄せた。女性の身体では太刀打ちできるはずもなく、お兄さんの胸の中に飛び込むような体勢で抱きとめられる。感じたこともない嫌悪感が全身を包み込み、鳥肌が立つ。
「話を聞いてください!」
「これであいつに勝てる!」
話が通じる相手ではないと、強く抵抗するがびくともしない。うなじに手を回され、髪を掻き揚げられる。首元に顔を寄せられ唇が触れそうになる。
悔しさから涙が出てきそうになるのを堪えるように目を瞑った瞬間、瞼の外で強い光を感じた。と、同時に身体が軽くなった。恐る恐る目を開けると、嫌悪感の塊だった顔が世界一安心できる人のものへと変わっていた。
俺を抱きとめるお師匠さんは安堵の表情で息を吐いた。
「なんでいなくなっちゃうかなぁ」
「ごめんなさい……」
「大丈夫? 怪我はない?」
お師匠さんは俺の顔を優しくなぞると、確認するように見回した。お兄さんがしたように俺の髪を掻き揚げると不快そうに眉を寄せた。
「兄さんが好きな下品な香水の匂いがする」
「あ……」
お師匠さんは俺の首筋に手を当てて匂いを拭うように滑らせた。途端に甘い薬草の匂いが漂ってくる。
「お揃い」
俺はくすぐったくて身体を捩り、周囲を見渡した。
「あの、お兄さんは……」
「こんな時でもあいつの心配?」
「……」
「大丈夫だよ。ちょっと遠くに行ってもらっただけ」
遠くに行ってもらったというのは比喩表現ではないのだろう。きっと想像もつかないようなところにお兄さんは飛ばされた。
彼の内なる思いを考えると少しだけ気の毒な気もするが、俺がそれに付き合う義理はない。
「行こう」
そう言ってお師匠さんは俺を抱きかかえたまま空を飛ぼうと地面を蹴った。が、少しだけ高い場所まで浮いた後、急に力がなくなったかのように真っ逆さまに湖に落ち始めた。
「え、」
派手に水しぶきを上げ、水中へと沈む。激しい水音がした後、耳の中に水が浸入してきて、やがてぼやけた音に包まれる。予想もしていなかった俺は勿論、お師匠さんも湖の水を吸い込んだ。辛うじて二人とも水面に浮上できたが、大量に吸い込んだ水を吐き出し咽ていて、呼吸がおぼつかない。それに加え夜の湖の水は刺すように痛くて、段々と手足が痺れてくるような感覚になる。
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