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09、事実は小説より奇なり

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「まさか、第2王子自身が信頼のおける者だけを集めているはずだ。そんなことはない」

 そうね。小説ではその侍従が命をかけて真犯人をあぶり出すのよ。彼の命と引き換えかのように証拠となる文書を手に入れて黒幕、真犯人を追い詰めるの。

 いわゆるお家騒動の第2王子と第1王子の立太子争いを書いたけれど、真犯人がみつかることで、王子達が同じ敵に立ち向かうことになる4巻。黒幕は小説と同じなら立場が似た人がいるのかしら。

「今から4巻の内容を話します…すでに最終校正段階の内容ですから絶対に漏らさないでください」

「…もちろんです。誓約書を」

「こちらに」

 さっと出すのはクラフト。


「陛下だけには真相をお伝えします。見極めねばなりません」


 結局私が話した内容は侯爵家ではなく伯爵家にぴったりの条件とのことでした。まさかの本当に小説通りの舞台であるとは。筆頭補佐官は様は文書を探す指示を出すためにした暗部にも指示を出しました。目の前で。実際に見ることはできませんでしたが天井から女性か男性かわからない声が降ってきました。大興奮です。一度は取材してみたいと思っていた方と接触です。取材魂が滾る!

「あの!お礼は暗部の取材はだめですか?」

「暗部の取材ですか。うちの内部統制を取材されるなら長期間の滞在申請が必要です。こちらの誓約書にサインを」

「長期滞在と秘密を守るって書類ね。いいわよ」

「ちょっと待った」

 止めたのはクラフト。

「ソフィー、興奮しすぎ。よく読んで。

「レックスフィット国に関する内部取材にあたり、次のことを誓約いたします。・・・・って、あ!長期間って期限がないわ!!そのままレックスフィット国にいることになる?のかしら。わー」

「うちの内部政治を見ていただくのであればこれくらいは当然です」

 筆頭補佐官様、さもありなんの笑顔、悩む。別にこちらでも作家活動はできるわよね。旅行として帰国すればいいし。特にこだわることないわよね。

「ソフィー、うちも暗部の取材、できますよ。しかも宰相の執務室、あと王家の生活スペースの見学も付けます」

 弟アランから聞いているから王家の部屋の感じは掴んでいるのよね。むしろこの国の方が気になります。

「考えますね」

 答えは急ぐべきではないでしょう。お礼ってまだ真犯人は捕まってないし、事件は解決してないじゃない。情報が確かでないのですから。最初は模倣したからって、その先はまだ発売もしていないもの。知っている人はそれこそ限られてくるから模倣できるわけがない。私の小説の通りなんて偶然はさすがにないわ。

 予想通り、2日経っても書類は見つかりませんでした。八方塞がりのようで、また私へ呼び出しがきました。その間、クラフトと観光を巡りました。「世話がかかる」と言いながらエスコートしてくれる姿が可愛くて、もっと甘えたくなりました。面白いんですもの。取材メモの1枚が飛んでいった時には泉へ入って取ってきてくれたし。この事件が解決したら婚約解消と思うと胸が苦しくなります。いえ、寂しいだけよ。きっと。今、ときめくこの気持ちに蓋しなければ別れが辛くなると分かっています。


 期間限定、迷惑はかけません。

「…見つからなかったか。やはり偶然には解決できないのだろうな。模倣犯をしそうな環境が近い人物…」

 ぶつぶつと自身に問いかける筆頭補佐官様。ついに呼び出された客間には陛下、第2王子が出席です。

 第2王子は床上げしたばかりですので、具合が悪そうです。蒼白な彼に侍従が決意を固めるシーン。作品の中の第2皇子は黒髪ですがこちらは金髪。青白さの顔も相まって全体的に幸薄く見えます。儚さがでてますわ。そういえば、このタイミングでもう一つのネタを考えていたのよね。小説の状況と似ているならもしかして可能性はあるかもしれないわ。

「あの、実はボツにした内容があるのですが、真犯人も証拠も別に。でもさすがにそれは無いかなと思っておりまして」

「なんだ?聞くだけ聞いてみよう」

「ソフィーちょっと待って。すみません。国王陛下並びに第2王子殿下、彼女が何を言っても罪に問わないと約束してくださいますか?」

 そうです。うっかりさっくり言いそうになりましたが、よく考えたら今から話すのは不敬罪になるかもしれない内容でした。よくわかりましたね。さすがです。

「約束しよう。まさか、王妃が絡んでいるというのか」

 え。まだ言ってないのにその名前が出てくるとは。まさかの展開が本当に??

 と、私の感情は顔に出てたのでしょう。陛下は私を見て小さく頷きました。

「まさか。いや、でも」

 筆頭補佐官様は混乱しております。第2王子は静かに状況を見守っているようです。

「証拠は?小説の中での話だ」

「没にしたので、残っておりません。確か王妃の侍女の部屋にある裁縫箱の針刺しの中に毒を滲ませて、掃除にきた新人侍女が犠牲になって真相が明らかになるという感じですね」

「わかった」

 陛下は小さくため息をつき、証拠を探すように指示しました。いや、さすがにそれはないでしょう。まさか簡単に見つかるなんて。

「この国の者なら知っているが、王妃は第3王子の実母だ。前王妃が亡くなり輿入れしている。動機は十分かもしれぬ。さらに良からぬ企みもともにかきだせるかもしれないのぅ」

「実は、第3王子が陛下の御子でない?」

 私の小説にはその設定はなかったのですが、偶然って怖いわね。さらに、10分ほどで証拠のまち針、毒入りの針刺しが見つかったと報告が上がりました。事実は小説より奇なり。いやぁこれで短編が書けますわ。取材しようと前のめりになると、

「ソフィー?」

 クラフトに止められました。

「これ以上ここにいたら締め切りに間にあわないですよ」

「こちらに担当を呼び出せばいいじゃないですか。気になりますよね?最後まで取材されますか?そしたら長期滞在でぜひこちらで作品を仕上げていただけますか?」

 と筆頭補佐官が声をかけます。

「ぜ「だめです」」

 捕獲されました。腰に腕を回されて離さないぞの連行スタイルです。しかもちょっと強め。

「想像したほうが面白いかもしれませんよ。それに、酷似していると呼び出されたんですよね?締切もありますし、帰りましょう?お願いです」

 低めの囁き声。私はこれに弱いのかもしれません。胸が苦しいほどに抱きしめられて、お願いされて、気づくと首肯していました。彼がお願いすることは今までなかったわね。最後くらいはいいわよね。そして、これがきっと最後の抱擁ね。
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