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旅館経営、そして実りの秋へ
第28話 夫婦共同作業
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アイーダが紹介してくれたのは、街の手前の峠に立つ館だった。なんでも兵士の行軍のために領主の財で建設したが、オセアーノとの戦争終結後、使い道を失って放置されたのだそうだ。
小川の畔に建てられており、水回りの便利は良い。部屋から川のせせらぎが聞こえる。
「では、掃除を始めましょう」
「またか……」
手入れされていない館は、例によって埃まみれで、すぐに使える状態ではない。
ネーヴェが張り切って宣言すると、シエロはげんなりした顔になった。
「そう気を落とさないで下さい。アイーダが後程、物資と共に従業員を数人派遣して下さる約束です。それに……シエロ様は宿の亭主になりますわ」
「俺が宿屋の主人だと?!」
シエロが眼を剥いて驚く。
偽装とはいえ、夫役を続けるのなら、当然の帰結である。
「お嫌ですか?」
「む……」
シエロは悩むような表情となり、眉間を揉み始めた。
何やら思考を巡らせた後、ゆっくり口を開く。
「……良いだろう。一時であれば、そういう趣向も手慰みになる」
「ときにシエロ様は、帳簿は付けられたことは、ございますか」
「……俺にできないことはない」
ネーヴェの言葉は、彼のプライドを変に刺激してしまったらしい。
シエロはかっと目を見開いて叫ぶ。
「この俺が経営に携わるのだ。利益の出る旅館を目指すぞ!」
やる気が出たのは結構だが、客前に出るなら、もう少し清潔に出来ないものだろうか。
ネーヴェは彼の頬を覆う無精髭を凝視した。
「そろそろ、髭をお剃りになりませんこと?」
「却下だ」
シエロの頑なな態度に、ネーヴェは「仕方ありませんね」と退いたものの、裏では「いつか絶対に石鹸で丸洗いにして髭を剃ってやる」と心に誓っていた。
数日経つと、館の清掃はあらかた終わった。
「姫~、布を運んできたよ」
カルメラが麓の街から仕入れてきたシーツ類を、館内に搬入する。
この館は、街からそう遠くない。
街に近いのは買い出しに便利だが、それは客が旅館を通りすぎて街の宿屋に宿泊してしまうデメリットを秘めている。
「かといって街より値段を下げると、利益率が悪くなる。付加価値を考えろ。付加価値を」
シエロは木板に試算を書き付けている。
羊皮紙や、植物の繊維から作った白い紙は高級品なので、たかだかメモ程度には普通、紙を使わない。
それにしても、やはりこの男、学がある。どこか良いところの坊っちゃんでは無いだろうか。
ネーヴェは流麗な書体を眺めながら、提案した。
「貴族の避暑地として売り出すのは、いかがでしょうか。ただ今アントニオさんに依頼して、追加の氷を仕入れています。オセアーノから持って帰ったレモンで、レモンソルベを提供しましょう」
オセアーノ帝国の海辺の街サンレモを見て、思い付いた。
高山地帯に位置するフォレスタは、海際のオセアーノより暑くないが、それでも夏場は涼しいところに行きたくなる。
冷たい食べ物も、ご馳走だ。
「レモンソルベ……」
シエロは一瞬、自分が食べたそうな顔をした。
しかし、すぐに表情を引き締める。
「貴族をターゲットにする訳か。悪くない。むしれるところから、むしりとれ」
二人は、滞在の目的を忘れたかのように、旅館経営について熱心に話し合った。
小川の畔に建てられており、水回りの便利は良い。部屋から川のせせらぎが聞こえる。
「では、掃除を始めましょう」
「またか……」
手入れされていない館は、例によって埃まみれで、すぐに使える状態ではない。
ネーヴェが張り切って宣言すると、シエロはげんなりした顔になった。
「そう気を落とさないで下さい。アイーダが後程、物資と共に従業員を数人派遣して下さる約束です。それに……シエロ様は宿の亭主になりますわ」
「俺が宿屋の主人だと?!」
シエロが眼を剥いて驚く。
偽装とはいえ、夫役を続けるのなら、当然の帰結である。
「お嫌ですか?」
「む……」
シエロは悩むような表情となり、眉間を揉み始めた。
何やら思考を巡らせた後、ゆっくり口を開く。
「……良いだろう。一時であれば、そういう趣向も手慰みになる」
「ときにシエロ様は、帳簿は付けられたことは、ございますか」
「……俺にできないことはない」
ネーヴェの言葉は、彼のプライドを変に刺激してしまったらしい。
シエロはかっと目を見開いて叫ぶ。
「この俺が経営に携わるのだ。利益の出る旅館を目指すぞ!」
やる気が出たのは結構だが、客前に出るなら、もう少し清潔に出来ないものだろうか。
ネーヴェは彼の頬を覆う無精髭を凝視した。
「そろそろ、髭をお剃りになりませんこと?」
「却下だ」
シエロの頑なな態度に、ネーヴェは「仕方ありませんね」と退いたものの、裏では「いつか絶対に石鹸で丸洗いにして髭を剃ってやる」と心に誓っていた。
数日経つと、館の清掃はあらかた終わった。
「姫~、布を運んできたよ」
カルメラが麓の街から仕入れてきたシーツ類を、館内に搬入する。
この館は、街からそう遠くない。
街に近いのは買い出しに便利だが、それは客が旅館を通りすぎて街の宿屋に宿泊してしまうデメリットを秘めている。
「かといって街より値段を下げると、利益率が悪くなる。付加価値を考えろ。付加価値を」
シエロは木板に試算を書き付けている。
羊皮紙や、植物の繊維から作った白い紙は高級品なので、たかだかメモ程度には普通、紙を使わない。
それにしても、やはりこの男、学がある。どこか良いところの坊っちゃんでは無いだろうか。
ネーヴェは流麗な書体を眺めながら、提案した。
「貴族の避暑地として売り出すのは、いかがでしょうか。ただ今アントニオさんに依頼して、追加の氷を仕入れています。オセアーノから持って帰ったレモンで、レモンソルベを提供しましょう」
オセアーノ帝国の海辺の街サンレモを見て、思い付いた。
高山地帯に位置するフォレスタは、海際のオセアーノより暑くないが、それでも夏場は涼しいところに行きたくなる。
冷たい食べ物も、ご馳走だ。
「レモンソルベ……」
シエロは一瞬、自分が食べたそうな顔をした。
しかし、すぐに表情を引き締める。
「貴族をターゲットにする訳か。悪くない。むしれるところから、むしりとれ」
二人は、滞在の目的を忘れたかのように、旅館経営について熱心に話し合った。
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