実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉

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天使様と里帰り

第56話 天使引退計画

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 貴族御用達の高級宿ホテルだけあり、内装は豪華かつ落ち着いている。女王陛下に用意された部屋は広く、案内後すぐウェルカムティーや豪華な菓子セットが運ばれてくる。
 本日の菓子は、胡桃《くるみ》とナッツをたっぷり練り込んで焼き上げたビスコッティだ。香ばしい菓子はそのまま齧ると固いが、コーヒーに浸すと、ちょうどいい柔らかさになる。
 ネーヴェは菓子の消費を手伝って欲しいという理由で、シエロを部屋に引き留めた。
 彼の思惑に乗ったようで癪だが、仕方ない。

「天使を引退すると仰っていた件について、そろそろ詳細を教えて頂けますか」
 
 向かいで優雅にコーヒーを飲むシエロの皿に、ビスコッティを取り分ける。彼が意外と菓子を好むことは、既に把握していた。

「そうだな」
 
 洗いざらい説明して欲しいと促せば、シエロは居ずまいを正してネーヴェを見る。

「全てを話そう。しかし、この話はセラフィや他の天使にも、誰にも他言無用だ。運命を共にする、お前にだけ打ち明ける」

 真剣な眼差しに、ネーヴェは息を飲む。
 他の天使にも、とは考えていた以上に重い。シエロは一体、何を企んでいるのだろう。
 ネーヴェが動きを止め、聞く体勢に入ってから、シエロはゆっくり語り始める。

「天使とは、天神の末裔にして、人の身でありながら、その力と役割を引き継ぐ者。しかし永い寿命も、特別な力も、俺にとっては大した意味を持たなかった。俺はずっと、この役割を神に還す方法を探していた」
「神に? でも神は」
 
 神は世界を創造し、かつて地上を思うがまま支配していたと伝承に謡われる、超常の存在だ。
 しかし今は、ネーヴェの知る限り、物語の中にしか存在しない。

「ほとんどの神は、魔物に堕ち、天使によって討たれたとされる。しかし、このフォレスタで語り継がれる豊穣神リベル・パテルは、眠っているだけらしい。俺が目指しているのは、豊穣神の復活だ。リベル・パテルに土地の支配権を委譲すれば、過分な力を手放し天使の役割から解放される……というのが、俺の計画だ」
「神は魔物に堕ち天使によって討たれた、ということは、もしかして天使たちは神の復活を望んでいないのですか?」
「察しが良いな。その通りだ。俺は天使の中では異端であり、だからこそ秘密裏に計画を進める必要があった」

 冒頭に、セラフィにも秘密でと念押しされた意味が分かった。
 やはりシエロは、天使の中でも特異な立場にあるようだ。

「豊穣神を復活させるには、かの神が宿る樹を育てる必要がある。お前は、初代国王以来の、植物を育てることに関心のある王だ。だからこそ俺は、お前となら計画を遂げられるかもしれないと考えた……説明が遅くなって、すまなかった」

 殊勝に頭を下げられて、ぎょっとする。唯我独尊の男が、素直に謝ってきたのだ。シエロは傲慢に見えて実はそうではない事を知っていたが、男に頭を下げられるのに慣れず、ネーヴェは慌てふためく。
 今までゆっくり話す機会が無かったのはネーヴェが彼を避けていたせいもある。自分も悪いと分かっているが、動揺していたせいもあり、つい子供のように唇を尖らせた。

「まったくですわ! あの戴冠前にした約束は、私をからかっていたのかと……本名も教えて下さらないし」

 手順を踏んで名前を聞き出すつもりが、動揺して口走ってしまう。

「本名?」

 しかし、シエロはきょとんとして聞き返した。

「シエロ様のお名前は、別にあると、妖精王セレス様が仰っていました」
 
 ネーヴェが焦りながら説明する。
 もしシエロが隠していたのなら、場合によっては彼の怒りに触れるかもしれないと、少し懸念していた。

「名前……名前か。すっかり忘れていた」
 
 だが、シエロはあっけらかんと言う。

「忘れていたのですか? ご自分のお名前を?」
 
 ネーヴェが信じられないと聞き返すと、シエロは苦笑した。

「ああ。最初はこだわっていたが、何百年も経つうちに、どうでもよくなってしまった」
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