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海辺の家
第10話 最適なストレス発散方法
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「ああ? 石鹸作りは、夏場はやってねえよ」
「なんですって」
帝国の石鹸作り職人を尋ねたネーヴェだったが、今は石鹸作りの季節じゃないと、弟子入りを断られた。
「考えてみれば当然なのに、抜けていましたわ……」
ネーヴェはがっくり肩を落とす。
帝国の海辺の街では石鹸作りが盛んだが、石鹸に使うオリーブオイルは秋に採れるので、石鹸作りは秋冬の作業なのだった。
「陛下……じゃない、ネル様。気を落とされないで下さい」
護衛のため同行しているフルヴィアが慰めてくれる。
彼女は、お忍びで帝国に旅行に来たネーヴェの専属護衛を担当する近衛騎士だ。
今回ネーヴェは、石鹸作り職人に弟子入りするという目標があるため、周囲の反対を押しきって護衛の人数を減らしまくり、身辺にはフルヴィアしか置かないよう徹底している。他の護衛たちは、少し距離を開けて付いてきており、別行動なのだった。
お忍びとは言え、女王陛下が無防備だが、ネーヴェは元から単独行動するつもりで、親しい人以外に行き先を告げずに出てきた。たまには見張りのいない生活を満喫したい一心の家出である。
帝国にも、女王の訪問は秘密だ。もっとも夏の季節、帝国の海辺は正体を隠した貴人が沢山バカンスに訪れるので、ネーヴェに気付いても黙って見逃してくれる可能性は高い。
フルヴィアは商人の娘に変装しており、ネーヴェは貴族令嬢の服装だが普段より動きやすい格好で、布を被って顔を隠している。
「せっかく海辺に来たんです。そんな仕事されなくても、いいじゃありませんか。海を見てゆっくりしましょう!」
フルヴィアの意見は、非常に正しい。
そもそも体調を崩しており、別荘地に静養に行くと言って、王城を出てきたのだ。石鹸作りしていないで、休めという話だ。
「休む……休むって、どうすれば良いのかしら」
趣味は家事全般、休日もつい働いてしまうネーヴェは、首をひねる。
しかし誰も休息の仕方など指導できない。フルヴィアは困ったあげく、荷物の中から雄鶏を取り出した。
「ニワトリを撫でるのはどうでしょう? 羽がふわふわで、癒されますよ」
『俺っちを忘れるなよ、姫さん』
「モップを連れてきたのね……」
なんとフルヴィアは、旅行に雄鶏のモップを連れてきていた。
彼女に気遣いを汲んで、ネーヴェは雄鶏の白い背中を撫でる。ふわふわの、サラサラだ。
「……床を掃きたくなってきたわ」
「何か仰いましたか」
「なんでもありません」
羽と言えば、羽つながりで不敬にもシエロを連想してしまった。いつか鶏に張り合って翼を撫でさせてくれたが、普段はおさわり厳禁だ。いくらネーヴェが鋼の心臓を持っていても、天使様を撫で回すのは気がひける。
そのシエロは、教会の伝手で空き家を探して来ると別行動だ。彼の方は、順調なのだろうか。
「待たせたな」
あらかじめ決めた場所で待っていると、シエロが現れた。
今回、彼は司祭の服装で旅をしている。
顔は隠していないので、道行く人はシエロを見ながら通り過ぎる。
夏の海辺なので薄着をしており、短い裾から引き締まった腕や胸板が垣間見えている。顔は綺麗でも、体格が良く鍛えている男性なので、絡もうとする者はいない。
「空き家を確保してきたぞ」
「シエロ様、実は石鹸職人に弟子入りを断られてしまったのです」
「だとしても、しばらく、この街で静養すれば良いだろう。職人の元にも何回か足を運べば、話を聞けるはずだ」
シエロはそう言って、ネーヴェを案内し、歩き始めた。
街並みを少し離れ、急な坂道を上っていくと、一気に視界が開け、青い海が広がる。夏の熱気をはらんだ風がびゅうと吹き付け、ネーヴェは服の裾を押さえなければならなかった。
「うわぁ」
フルヴィアが、素直な感嘆を漏らす。
紺碧の海を背景に、古びた白い石造りの教会が立っている。
そこは崖の上にある教会で、周囲には庭園もあり、塀に這う蔦にはオレンジ色の花が咲き乱れていた。
絵になる光景だ。
芸術品のような、その教会を見つめ、ネーヴェは言葉を無くす。
「管理者が高齢になって手放した修道院らしい。好きに使って良いそうだ。掃除はしなくてはならんが、煮炊きの釜や井戸、生活に必要な設備は生きている。庭は薬草園も兼ねているらしい」
シエロはそう言って、こちらを振り返る。
「こういう家が好きだろう?」
ネーヴェは、もうその言葉を聞いていなかった。
整備しがいのある家に胸を踊らせ、どうやったらもっと綺麗になるか、想像を巡らせる。
きらきらした瞳で修道院を見つめるネーヴェに、シエロは苦笑した。
「掃除しがいがありそうですわ!」
「それは良かった」
こうしてネーヴェ達は、石鹸作りが盛んな海辺の街シオタで、修道院の空き家を借りて生活することになった。
「なんですって」
帝国の石鹸作り職人を尋ねたネーヴェだったが、今は石鹸作りの季節じゃないと、弟子入りを断られた。
「考えてみれば当然なのに、抜けていましたわ……」
ネーヴェはがっくり肩を落とす。
帝国の海辺の街では石鹸作りが盛んだが、石鹸に使うオリーブオイルは秋に採れるので、石鹸作りは秋冬の作業なのだった。
「陛下……じゃない、ネル様。気を落とされないで下さい」
護衛のため同行しているフルヴィアが慰めてくれる。
彼女は、お忍びで帝国に旅行に来たネーヴェの専属護衛を担当する近衛騎士だ。
今回ネーヴェは、石鹸作り職人に弟子入りするという目標があるため、周囲の反対を押しきって護衛の人数を減らしまくり、身辺にはフルヴィアしか置かないよう徹底している。他の護衛たちは、少し距離を開けて付いてきており、別行動なのだった。
お忍びとは言え、女王陛下が無防備だが、ネーヴェは元から単独行動するつもりで、親しい人以外に行き先を告げずに出てきた。たまには見張りのいない生活を満喫したい一心の家出である。
帝国にも、女王の訪問は秘密だ。もっとも夏の季節、帝国の海辺は正体を隠した貴人が沢山バカンスに訪れるので、ネーヴェに気付いても黙って見逃してくれる可能性は高い。
フルヴィアは商人の娘に変装しており、ネーヴェは貴族令嬢の服装だが普段より動きやすい格好で、布を被って顔を隠している。
「せっかく海辺に来たんです。そんな仕事されなくても、いいじゃありませんか。海を見てゆっくりしましょう!」
フルヴィアの意見は、非常に正しい。
そもそも体調を崩しており、別荘地に静養に行くと言って、王城を出てきたのだ。石鹸作りしていないで、休めという話だ。
「休む……休むって、どうすれば良いのかしら」
趣味は家事全般、休日もつい働いてしまうネーヴェは、首をひねる。
しかし誰も休息の仕方など指導できない。フルヴィアは困ったあげく、荷物の中から雄鶏を取り出した。
「ニワトリを撫でるのはどうでしょう? 羽がふわふわで、癒されますよ」
『俺っちを忘れるなよ、姫さん』
「モップを連れてきたのね……」
なんとフルヴィアは、旅行に雄鶏のモップを連れてきていた。
彼女に気遣いを汲んで、ネーヴェは雄鶏の白い背中を撫でる。ふわふわの、サラサラだ。
「……床を掃きたくなってきたわ」
「何か仰いましたか」
「なんでもありません」
羽と言えば、羽つながりで不敬にもシエロを連想してしまった。いつか鶏に張り合って翼を撫でさせてくれたが、普段はおさわり厳禁だ。いくらネーヴェが鋼の心臓を持っていても、天使様を撫で回すのは気がひける。
そのシエロは、教会の伝手で空き家を探して来ると別行動だ。彼の方は、順調なのだろうか。
「待たせたな」
あらかじめ決めた場所で待っていると、シエロが現れた。
今回、彼は司祭の服装で旅をしている。
顔は隠していないので、道行く人はシエロを見ながら通り過ぎる。
夏の海辺なので薄着をしており、短い裾から引き締まった腕や胸板が垣間見えている。顔は綺麗でも、体格が良く鍛えている男性なので、絡もうとする者はいない。
「空き家を確保してきたぞ」
「シエロ様、実は石鹸職人に弟子入りを断られてしまったのです」
「だとしても、しばらく、この街で静養すれば良いだろう。職人の元にも何回か足を運べば、話を聞けるはずだ」
シエロはそう言って、ネーヴェを案内し、歩き始めた。
街並みを少し離れ、急な坂道を上っていくと、一気に視界が開け、青い海が広がる。夏の熱気をはらんだ風がびゅうと吹き付け、ネーヴェは服の裾を押さえなければならなかった。
「うわぁ」
フルヴィアが、素直な感嘆を漏らす。
紺碧の海を背景に、古びた白い石造りの教会が立っている。
そこは崖の上にある教会で、周囲には庭園もあり、塀に這う蔦にはオレンジ色の花が咲き乱れていた。
絵になる光景だ。
芸術品のような、その教会を見つめ、ネーヴェは言葉を無くす。
「管理者が高齢になって手放した修道院らしい。好きに使って良いそうだ。掃除はしなくてはならんが、煮炊きの釜や井戸、生活に必要な設備は生きている。庭は薬草園も兼ねているらしい」
シエロはそう言って、こちらを振り返る。
「こういう家が好きだろう?」
ネーヴェは、もうその言葉を聞いていなかった。
整備しがいのある家に胸を踊らせ、どうやったらもっと綺麗になるか、想像を巡らせる。
きらきらした瞳で修道院を見つめるネーヴェに、シエロは苦笑した。
「掃除しがいがありそうですわ!」
「それは良かった」
こうしてネーヴェ達は、石鹸作りが盛んな海辺の街シオタで、修道院の空き家を借りて生活することになった。
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