実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉

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おかえりなさい

第74話 結婚するんですの?

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 張り切って着飾ろうとする伯爵の侍女に、花嫁より目立たないよう、女王として扱ってくれるなと頼まなければならなかった。

「そのルビーのネックレスは結構よ。ドレスだけで十分だわ」
「ですが」
「今日の主役は私ではありません。壁の花になるようにしてくれるかしら」

 陛下が壁の花なら、壁がとても豪華に見えますと、侍女は少し笑ってくれた。
 夜会に出席し、簡単な祝辞を述べると、ネーヴェの仕事は終わりだ。人々は「飛び入りで女王が祝福してくれるなんて名誉な結婚だ。語り継がなければ」と大層喜んでいた。
 挨拶に訪れる貴族を適当にあしらいながら、パーティーの主役である新郎新婦を眺める。

「私もいつか結婚するのかしら」

 普通の娘には当たり前な結婚が、ひどく遠いものに思えた。
 女王であるネーヴェの結婚は、退位してもなお重要な意味を持つ。政争に巻き込まれるのは嫌なので、結婚には慎重にならざるをえない。その面倒があっても一緒にいたい男は聖職者だ。清貧を至上とする聖職者と、華々しい結婚式は考えにくい。シエロと連れ沿うなら、面倒事は避けられる。
 しかし⋯⋯結婚、するのかしら。
 相手は一国の守護天使で、女王とはいえ一介の人間であるネーヴェでは恐れ多い。
 何よりもシエロの意思が分からない。
 あの男は、ネーヴェを女王にして自身の野望に巻き込んだ責任を取ると言っていた。
 天使様の慈悲なんか要らない、とネーヴェの心の声がささやく。ちょっと前まで、責任を取ってもらうだけで十分だと思っていたのに。
 フルヴィアの姉オリヴィアの花嫁姿は眩しい。彼女は微笑みながら、そっと新郎の腕に手を添える。政略結婚ではないのだろうか。幸せそうに寄り添う二人の様子を見て、ネーヴェは心がざわつくのを感じた。
 
「……葡萄酒を下さい」
「陛下、そのさかずき酒気アルコールが濃いですが、大丈夫ですか」

 急に酒を飲みたくなって、杯を呷《あお》る。
 フォート伯爵は心配そうだ。

「大丈夫よ。酒は強い方ですから」
「さすが陛下! もう一杯!」

 調子に乗った他の貴族がおだててきて、ネーヴェはつい杯を重ねてしまった。
 
「……そろそろ失礼させて頂こうかしら」
 
 疲れているからか、酔いを感じた。
 頃合いだろうと、フォート伯爵に断って夜会を退出する。
 シエロは待っていてくれているだろうか。
 ドレスで歩きにくいのを我慢して、暗い廊下をゆっくり進んだ。
 護衛として付き添ってくれた寡黙なテオが、さりげなく扉を開けてくれた。
 部屋の奥のランプ下で、読書していたシエロが顔を上げる。

「戻ってきたか……なんだ? 酔っているのか」
「酔っていません」
「うわっ、服を脱ぎ始めるな! 絶対酔っているだろう!」

 さっさと就寝した一心で、邪魔なドレスを脱ごうとすると、シエロが目に見えてたじろいだ。
 しまった。酒のせいか、淑女のたしなみを忘れていた。
 
「シエロ様が悪いんですのよ。私の部屋に居座るから!」
「そうだな。俺のせいだ。あっちを向いているから、安心して着替えろ」

 いつもフルヴィアが気を回してネーヴェの着替えを手伝ったり、シエロとかち合わないようにしてくれていた。彼女がいれば、自分の部屋に戻る前に着替えていただろう。しかし、フルヴィアは姉や親族の相手をしていて、ここにいない。
 ネーヴェは酔いも手伝って、大胆にぽんぽん服を脱ぎ捨てた。下着の上に夜着のガウンを羽織ると、ベッドに身を投げ出した。

「おい。俺がいるのに……」
「診察は良いんですの?」
「お前な……」

 疲れたからとベッドに寝そべって聞くと、シエロは何故か酷く動揺した。
 おかしいですわね。遠慮が過ぎますわ。夫婦になるかもしれないのに……本当に夫婦になるのかしら?
 考えているうちに眠くなってきた。

「シエロ様、私たち、結婚するんですの……?」
「……」

 寝入り際に無意識に呟いた言葉だった。シエロがどういう反応をしたかも気にしていなかった。
 ただ、ふわふわと眠りの雲に包まれている間、優しい手がそっと頭を撫でて、温かい感触が唇に触れた気がした。
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