276 / 278
おかえりなさい
第79話 母の夢
しおりを挟む
母がいなくなったのは、いつ頃だっただろうか。
ネーヴェが物心ついて少し後に、母は風邪で亡くなった。父親をはじめフォレスタの民の間では単なる風邪だったが、異国から旅をしてきた体質の違う母には、致命的だったそうだ。
銀髪に薄紫の瞳をした母親は、しなやかな肢体をひるがえして舞う、異国の踊り子だった。
「ネーヴェ。私の愛しい、六花の娘」
「おかあさま」
「強く生きるんだよ。理不尽に負けては駄目」
逞しい女性だったと思う。
しとやかな姫のような見た目に反して豪快な言葉遣いに、思いきった行動をする人だった。
気弱な父と、気の強い母。見事な正反対。尻に敷かれた父が幸せそうにしていた姿を思い出す。
そんな美しい母親が今、幼いネーヴェの手をとって子供の歩幅に合わせ、ゆっくり歩いている。
夢の中だからだろうか、ネーヴェは母親の在りし日の姿と再会していた。
「でも、おかあさま。おかあさまは病に負けてしまったわ。生も死も、他人の想いも、私たちには、どうしようもない」
これは夢だ。
だから、少し文句を言っても許される。
幼いはずのネーヴェの糾弾に、母親は嬉しそうに微笑む。
「うん。さすがに病には勝てないな。世の中には、ままならないことが多すぎる。だからと言って、諦めるのも業腹だ」
「うん……」
「文句を言うということは、何か諦めたくないことがあるのかな」
母は、ネーヴェの前に屈み込んで笑った。
「この母に話してごらんよ」
夢の中で幼子に戻ったネーヴェは、もじもじしながら打ち明けた。
「実は好きな人がいて……助けてあげたいの」
「娘の悩み相談が、男の話なんて母ショックだわ」
「え?」
「な~んてね。可愛いネーヴェちゃんの相談事には、全力で向き合っちゃうぞ」
母は一瞬怖い顔になったが、気のせいだったようで、すぐ穏やかな表情になった。
「大丈夫。悩みが解決する、秘密のおまじないを特別に教えてあげるから」
いつか、母が教えてくれたこと。
それが夢の中で、鮮やかに甦る。
「この世界のどこかに、古き神々が眠っている」
「古き神々?」
「そう。ずっとずっと昔に、滅びた神様たち。何でもできる、とっても大きい……」
「どうして滅びたの?」
「神様には欲がなかったんだよ。欲深い人間の餌食になってしまった。だから秘密だよ、ネーヴェ」
誰にも言ってはいけないよと、母は人差し指を立てて内緒の合図。
「その神様に願えば良いの?」
神様だから、願いを叶えてくれるのだろうか。
ネーヴェが嬉しくなって聞くと、母は「願う?」と不思議そうな顔をした。
「願い事を叶えてくれるのは、人間だよ、ネーヴェ」
「え?」
「天使は、人間のために作られた偽りの神。古き神々は、人の願いを叶えない。無慈悲で、残酷で、だからこそ無限の可能性に満ちている」
ぽかんとするネーヴェに、母は微笑んで告げた。
「願うんじゃなくて祈る。あるいは、交渉する」
「祈る……?」
「さあ、試しにやってみよう!」
母に促され、ネーヴェは祈る。
この地に眠る、古き豊穣の神よ―――
ネーヴェが物心ついて少し後に、母は風邪で亡くなった。父親をはじめフォレスタの民の間では単なる風邪だったが、異国から旅をしてきた体質の違う母には、致命的だったそうだ。
銀髪に薄紫の瞳をした母親は、しなやかな肢体をひるがえして舞う、異国の踊り子だった。
「ネーヴェ。私の愛しい、六花の娘」
「おかあさま」
「強く生きるんだよ。理不尽に負けては駄目」
逞しい女性だったと思う。
しとやかな姫のような見た目に反して豪快な言葉遣いに、思いきった行動をする人だった。
気弱な父と、気の強い母。見事な正反対。尻に敷かれた父が幸せそうにしていた姿を思い出す。
そんな美しい母親が今、幼いネーヴェの手をとって子供の歩幅に合わせ、ゆっくり歩いている。
夢の中だからだろうか、ネーヴェは母親の在りし日の姿と再会していた。
「でも、おかあさま。おかあさまは病に負けてしまったわ。生も死も、他人の想いも、私たちには、どうしようもない」
これは夢だ。
だから、少し文句を言っても許される。
幼いはずのネーヴェの糾弾に、母親は嬉しそうに微笑む。
「うん。さすがに病には勝てないな。世の中には、ままならないことが多すぎる。だからと言って、諦めるのも業腹だ」
「うん……」
「文句を言うということは、何か諦めたくないことがあるのかな」
母は、ネーヴェの前に屈み込んで笑った。
「この母に話してごらんよ」
夢の中で幼子に戻ったネーヴェは、もじもじしながら打ち明けた。
「実は好きな人がいて……助けてあげたいの」
「娘の悩み相談が、男の話なんて母ショックだわ」
「え?」
「な~んてね。可愛いネーヴェちゃんの相談事には、全力で向き合っちゃうぞ」
母は一瞬怖い顔になったが、気のせいだったようで、すぐ穏やかな表情になった。
「大丈夫。悩みが解決する、秘密のおまじないを特別に教えてあげるから」
いつか、母が教えてくれたこと。
それが夢の中で、鮮やかに甦る。
「この世界のどこかに、古き神々が眠っている」
「古き神々?」
「そう。ずっとずっと昔に、滅びた神様たち。何でもできる、とっても大きい……」
「どうして滅びたの?」
「神様には欲がなかったんだよ。欲深い人間の餌食になってしまった。だから秘密だよ、ネーヴェ」
誰にも言ってはいけないよと、母は人差し指を立てて内緒の合図。
「その神様に願えば良いの?」
神様だから、願いを叶えてくれるのだろうか。
ネーヴェが嬉しくなって聞くと、母は「願う?」と不思議そうな顔をした。
「願い事を叶えてくれるのは、人間だよ、ネーヴェ」
「え?」
「天使は、人間のために作られた偽りの神。古き神々は、人の願いを叶えない。無慈悲で、残酷で、だからこそ無限の可能性に満ちている」
ぽかんとするネーヴェに、母は微笑んで告げた。
「願うんじゃなくて祈る。あるいは、交渉する」
「祈る……?」
「さあ、試しにやってみよう!」
母に促され、ネーヴェは祈る。
この地に眠る、古き豊穣の神よ―――
121
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります
恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」
「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」
十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。
再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、
その瞬間に決意した。
「ええ、喜んで差し上げますわ」
将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。
跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、
王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。
「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」
聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?
なか
恋愛
「お飾りの王妃らしく、邪魔にならぬようにしておけ」
かつて、愛を誓い合ったこの国の王。アドルフ・グラナートから言われた言葉。
『お飾りの王妃』
彼に振り向いてもらうため、
政務の全てうけおっていた私––カーティアに付けられた烙印だ。
アドルフは側妃を寵愛しており、最早見向きもされなくなった私は使用人達にさえ冷遇された扱いを受けた。
そして二十五の歳。
病気を患ったが、医者にも診てもらえず看病もない。
苦しむ死の間際、私の死をアドルフが望んでいる事を知り、人生に絶望して孤独な死を迎えた。
しかし、私は二十二の歳に記憶を保ったまま戻った。
何故か手に入れた二度目の人生、もはやアドルフに尽くすつもりなどあるはずもない。
だから私は、後悔ない程に自由に生きていく。
もう二度と、誰かのために捧げる人生も……利用される人生もごめんだ。
自由に、好き勝手に……私は生きていきます。
戻ってこいと何度も言ってきますけど、戻る気はありませんから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる