実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉

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おかえりなさい

第79話 母の夢

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 母がいなくなったのは、いつ頃だっただろうか。
 ネーヴェが物心ついて少し後に、母は風邪で亡くなった。父親をはじめフォレスタの民の間では単なる風邪だったが、異国から旅をしてきた体質の違う母には、致命的だったそうだ。
 銀髪に薄紫の瞳をした母親は、しなやかな肢体をひるがえして舞う、異国の踊り子だった。

「ネーヴェ。私の愛しい、六花の娘」
「おかあさま」
「強く生きるんだよ。理不尽に負けては駄目」

 逞しい女性だったと思う。
 しとやかな姫のような見た目に反して豪快な言葉遣いに、思いきった行動をする人だった。
 気弱な父と、気の強い母。見事な正反対。尻に敷かれた父が幸せそうにしていた姿を思い出す。
 そんな美しい母親が今、幼いネーヴェの手をとって子供の歩幅に合わせ、ゆっくり歩いている。
 夢の中だからだろうか、ネーヴェは母親の在りし日の姿と再会していた。

「でも、おかあさま。おかあさまは病に負けてしまったわ。生も死も、他人の想いも、私たちには、どうしようもない」

 これは夢だ。
 だから、少し文句を言っても許される。
 幼いはずのネーヴェの糾弾に、母親は嬉しそうに微笑む。

「うん。さすがに病には勝てないな。世の中には、ままならないことが多すぎる。だからと言って、諦めるのも業腹ごうはらだ」
「うん……」
「文句を言うということは、何か諦めたくないことがあるのかな」

 母は、ネーヴェの前に屈み込んで笑った。
 
「この母に話してごらんよ」

 夢の中で幼子に戻ったネーヴェは、もじもじしながら打ち明けた。

「実は好きな人がいて……助けてあげたいの」
「娘の悩み相談が、男の話なんて母ショックだわ」
「え?」
「な~んてね。可愛いネーヴェちゃんの相談事には、全力で向き合っちゃうぞ」

 母は一瞬怖い顔になったが、気のせいだったようで、すぐ穏やかな表情になった。

「大丈夫。悩みが解決する、秘密のおまじないを特別に教えてあげるから」

 いつか、母が教えてくれたこと。
 それが夢の中で、鮮やかに甦る。

「この世界のどこかに、古き神々が眠っている」
「古き神々?」
「そう。ずっとずっと昔に、滅びた神様たち。何でもできる、とっても大きい……」
「どうして滅びたの?」
「神様には欲がなかったんだよ。欲深い人間の餌食になってしまった。だから秘密だよ、ネーヴェ」

 誰にも言ってはいけないよと、母は人差し指を立てて内緒の合図。

「その神様に願えば良いの?」

 神様だから、願いを叶えてくれるのだろうか。
 ネーヴェが嬉しくなって聞くと、母は「願う?」と不思議そうな顔をした。

「願い事を叶えてくれるのは、人間だよ、ネーヴェ」
「え?」
「天使は、人間のために作られた偽りの神。古き神々は、人の願いを叶えない。無慈悲で、残酷で、だからこそ無限の可能性に満ちている」

 ぽかんとするネーヴェに、母は微笑んで告げた。

「願うんじゃなくて祈る。あるいは、交渉する」
「祈る……?」
「さあ、試しにやってみよう!」
 
 母に促され、ネーヴェは祈る。
 この地に眠る、古き豊穣の神よ―――
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