山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

154 大事なもの

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「吸血鬼の侵入を許したのは、塔の名誉に関わる。また、吸血鬼であったものを魔術師として扱うことはできない。よってカーマインの名前は記録から抹消された。同級生が消されるというショッキングな出来事が、生徒達に悪影響を与えないよう、記憶の改変と資料の改ざんが行われた」
「え?! 改ざん?!」
 
 カーマインの名前は、塔の書庫にも、どこにも資料が残っていないとセイエルは言う。
 ただでさえ衝撃的な事件なのに、さらに驚愕の事実がくわわり、リュンクスは絶句した。

「あのシルヴェストリスさえも、塔の隠蔽からは逃れられなかった。彼女は、カーマインと親しい友人だった。吸血鬼だからというだけで殺されそうな友人を、必死に守ろうとしていた」
「母さんが……」
「しかし、塔の方針で関係者からカーマインの記憶は消された。守ろうとした友人の名前を忘れさせられ、理由の分からない憤慨に身を焦がす彼女の姿は、とても見ていられないものだった」
 
 安定して低い声音で話し続けるセイエルだが、その一瞬は、瞳に僅かな痛みがよぎった。
 母親が受けた仕打ちを思い、リュンクスは怒りが沸く。と同時に、塔の影を垣間見て恐ろしくなった。魔術に闇の部分があるのは、進学して徐々に分かってきていた。今のリュンクスには、それを受け入れればいいのか、怒って抵抗すべきなのか、よく分からない。
 
「先生は、なんで記憶があるんですか……?」
「私は、カーマインともセドリックとも、表向きには何の接点も無かった。当時、私は関係者ではないと見過ごされたのだ」

 その答えは釈然としないものだった。
 何の接点もないセイエルが、なぜ全てを知っていたのだろう。
 リュンクスの母親から聞いていたのだろうか。だが、そういった繋がりがあるなら、記憶の抹消候補にされそうなものだが。
 七階に研究室を持っている事自体、セイエルが何か知っていると匂わせるには十分だ。

「当時、と仰いましたよね。先生は七階に研究室を持っているから、今はセドリックとの関係はばれているんですよね」
「そうだな。私は不正を暴くために卒業後、塔に戻ってきた。こんなに長く教師業を勤めると、あの時は考えていなかったな」
 
 セイエルの声には、昔を懐かしむような響きがあった。
 
「カーマインの名前を名簿に戻すことはできなかったが、彼の大事なものを残してやることはできた」
「大事なもの……? 先生は、なぜそこまで……」
 
 腐れ縁と濁した母親との関係や、セドリックを監視していた理由について……まだまだ謎が残っている。
 リュンクスはまだまだ聞きたいことが沢山あった。
 しかし。
 
「リュンクス、好奇心は猫をも殺すというぞ。お前が欲しているのは、セドリックが現世に留まる理由ではないのか? 私の理由まで知ってどうする」
 
 セイエルはうっすら笑みを浮かべた。
 やんわりと、回答を拒否される。
 
「お前も魔術師の端くれなら、己の力でもって謎を解き明かしてみるがいい」
 
 セイエル先生は厳しかった。
 てっきり一から十まで説明してもらえると期待したリュンクスは、がっかりした。
 ねばっても先生は解説してくれないだろう。
 ここは引き上げるしか無さそうだ。
 リュンクスは、立ち上がりながら、せめてもの意趣返しを試みた。
 
「師匠として、俺に厳しいのは分かりますけど……ミスト先生には説明した方がいいのでは? 図書館で調べてた時に、うっかりミスト先生に聞かれちゃって」
「……なんだと?」
 
 それまで大人の威厳を漂わせていたセイエルが、急に焦った表情になる。
 
「失礼しますー」
「結界を張っていなかったのか? リュンクス! 全くお前は」
 
 先生のお小言を無視して、リュンクスはさっさと研究室を出た。


 

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