山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

166 炎の剣

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「カノン、君はもう、貴石級取得の目処は付いたのかい?」
 
 さっきまで喧嘩していたのに、続くノクトの口調は一転して穏やかだった。
 カノンも先ほどと違い、大人しく答える。
 
「論文と証跡、術式の手順はまとめた。年明けにでも塔に提出する」
「え?! いつの間に!」
 
 リュンクスは仰天した。
 提出物の審査には一ヶ月ほど掛かるが、早ければ春までに貴石級が授与される計算だ。
 
「カノン、早過ぎない?!」
「何がだ。最初から、先輩と同じ時期に取得すると宣言していただろう」
 
 カノンは涼しい顔で答えた。
 動揺しているリュンクスを「驚き過ぎだよ」とノクトは笑う。

「何を驚いているんだい? 多少早いとは言え、別にあり得ない事ではないだろう。私という前例もあるのだから」

 後輩に追い付かれそうなのだが、彼は平然としていた。

「だいたい、学生の内は審査が甘い。誰もやったことのない魔術を確立するだけで、一番下の紫水晶アメシストは取れる。コツさえ分かっていれば楽なものだよ」
「えぇぇ?」
「私の時は早いと褒めそやされたけれど、セイエル先生の弟子なら、在学中に取得するのは珍しくない。早いか遅いかだけの違いだ」

 あまり高い山になってしまうと登る者がいなくなる。貴石級の最下位については、条件さえ満たせば取得できるのだと、ノクトは言う。特に塔の学生は優遇される。学生に自信を持たせ、社会に出た後も高い階位に挑んでもらおうと、塔は考えているからだ。
 しかし、そうは言っても最下位の条件を満たすのも相当難しい。他の学生がどれだけ苦労しているか知っているリュンクスは「先輩とカノンは常識と違うよ」と肩を落とす。

「そろそろ七階だ」
 
 雑談を交わしている内に、三人は研究室のある七階に辿り着いていた。
 先頭のカノンが、廊下に足を踏み出したところで、立ち止まる。
 
「カノン?」
「止まれ」
 
 片腕を上げ、制止の指示をする。
 彼の前の廊下に、黒い渦が漂っていた。
 見る間に渦から半透明の人影が現れる。飴細工のように引き伸ばされた胴体が行く手を遮り、狂ったように笑う顔が天井からリュンクス達を見下ろした。

「あははははぁ! 冬至も素敵な解剖タイムゥ!」
 
 ジャキン、と人の身長ほどもある鉄のはさみが開閉する。
 以前の探検でも襲われた、解剖好きの幽霊だ。
 冬至の影響か、巨大化している。

「先輩、祓ったんじゃないの?!」
「さっきの術は、陰気を祓うだけで、既に凶暴化した悪霊には効果が薄いんだ。軽く洗い流したようなものだね」
 
 陰気の魔物を退治するのは苦手なんだ、と明るく笑うノクト。
 自信満々だった癖に、と胸ぐらをつかんで揺さぶりたいリュンクスだった。
 
「冬至に塔に入るなんて、いけない子達だ。解剖されても、文句は言えないねえ?」
 
 はさみをジョキジョキ言わせながら、幽霊が迫ってくる。
 首と舌が長く伸びた。
 赤錆が浮いた鋏が振り下ろされる。
 
「黙れ」
 
 カノンが無表情のまま、素早く抜剣する。
 銀の閃光が閃いたかと思うと、鋏の先が切り飛ばされた。
 
「!!」
 
 振り抜くのがあまりに速かったせいか。剣の軌跡が後から見える。剣影を追って、空中に金炎が弧を描いた。

「僕のお気に入りのハサミがぁ!」
「通行の邪魔だ。俺の行く手を遮るのは、万死に値する」
 
 どこの王様かという台詞を吐きながら、カノンは無造作に幽霊の足元に踏み込んだ。
 
「消えろ」
 
 炎をまとった銀の刃を一閃する。
 胴体を分断された幽霊は、驚愕した表情のまま、まるで紙切れのように燃え上がった。
 燃え上がる火の渦に呑まれ、断末魔の悲鳴も聞こえない。
 
「さすが火の魔術師は、破壊力抜群だね。剣術と魔術を合わせるのは君のオリジナルかい? いくつか私の知らない術も、混じっているようだけど」
 
 ノクトは、冷静に魔術を観察している。
 杖の代わりに剣を使い、剣の概念である「斬」を魔術に付与しているのはリュンクスにも分かった。しかし通常、朱色のはずの炎はカノンの場合、金色が混じる。おそらく竜の力だろう。
 二人とも、派手に自分の力を使っていると、リュンクスは密かに呆れる。この三人の間では、あまり隠す必要も無いのだろうが。

「先輩も自分の手の内は明かさなかっただろう」
 
 カノンは剣を柄に収める。
 そして、暗い廊下の向こうを透かし見た。
 
「この陰気、そして鋏を振り回す悪霊。セドリックは無事なのだろうな?」
 
 リュンクスは、はっと我に返る。
 急いで自分の研究室に駆け寄った。
 
「セドリック!!」
 
 ばん、と音を立てて扉を開ける。
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