山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

167 何もかも失われた訳じゃない

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 暗い部屋の中、窓際に立っていたセドリックが振り返った。
 
「リュンクス……?」
 
 どうしてここに、とセドリックは不思議そうにしている。
 
「セドリックは、地縛霊じゃなかったんだよ! 部屋から出られるよ!」
「え?」
「ほら、試しに、俺と一緒に部屋を出てみよう!」
 
 リュンクスは部屋の外から、こっちに来いとセドリックを呼ぶ。
 
「えー、無理だよ」
「今まで試したことは?」
「そういえば、数十年試してないなあ」
 
 幽霊になった直後に部屋を出ようとして、無理だったから出られないと絶望した。その後は、ずっと部屋にこもって不貞寝《ふてね》していたと、セドリックは言う。
 
「大丈夫だよ」
 
 リュンクスに促され、セドリックは恐る恐る、扉をくぐった。
 
「あれ? 跳ね返されない……?」
 
 様子を見ていたリュンクスは安堵する。万が一、先生の言っていた事が間違いだったらと、どきどきしていたのだ。
 セドリックは通路に出て呆然としている。
 何十年も出られないと思っていたのに、それは勘違いだったのだ。彼は放心していた。
 
「セドリック、十一階に行こう」
 
 リュンクスは、ぼんやりしているセドリックに向けて微笑みかける。
 
「雪景色が綺麗なんだろ? 俺に見せてくれよ」
「リュンクス……」
 
 セドリックは、しばしリュンクスを見つめていたが、我に返ったように「こっちだよ」と空中を滑るように移動を始めた。
 リュンクスは、カノンとノクトに目線で合図し、その後を追いかける。
 三人は、暗い階段を駆け上がった。
 十一階には、空飛ぶ騎獣が入ってこられるように、予備の発着口がある。半円形に壁から突き出た露台は広く、そこに立つとまるで空の中に建っているようだ。
 手すりに乗り出すと、地上で行われている冬至祭の立食パーティーが真下に見えた。篝火が集まって、パーティー会場は暗い樹海に浮かぶ星のように、そこだけ明るい。
 霧の結界の切れ目があるのか、十一階からは、森の全貌と彼方にあるミスティアの街も見えた。
 街の灯りが地平線を彩るように点々と輝いている。
 降り出した雪が、地上の灯りを反射しながら、ゆっくり空中をダンスする。
 リュンクス達は、言葉もなく、その光景を見下ろした。
 
「絶景だな」
 
 ぽつんとカノンが呟いた。
 
「竜の上からも見えなくはないが、あれは高すぎるね。ここは、地上の温もりを感じられる、ちょうどいい高さだ」
 
 ノクトは風になびくローブを押さえながら同意する。
 
「……」
「セドリック?」
 
 肝心のセドリックが黙っているので、リュンクスは彼がどう思っているか気になった。
 半透明の幽霊の少年に声を掛ける。
 
「……うん。もう彼と一緒に見られないんだな、と思って」
 
 セドリックは、悲しそうに答える。

「時の流れは残酷だ。僕はここにいるのに、僕のマスターも、僕らを知る人も、もう誰もいなくなってしまった」

 リュンクスは迷ったが、明かすなら今しかないと思った。

「セドリックのマスターは、カーマインっていうんだよね?」
「!!」
 
 セドリックが弾かれたように、リュンクスを振り返った。
 
「何故それを?!」
「昔を知っている人に、教えてもらったんだ」
 
 セイエル先生だとは明かさずに、リュンクスは慎重に話を進める。秘密にするように言われてはいないが、セイエルの気持ちが分からないリュンクスは、なぜ黙っていたかと聞かれても答えられない。だから、セイエルの事は話さない。
 代わりに、セドリックを励ませる言葉を、自分の中から探した。

「セドリックは一人じゃないよ。カーマインの事を覚えている人はいる。記録は消えたかもしれないけど、消された後には空白が残る。何もかも失われた訳じゃない」
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