山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

168 存在する意味

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 セドリックは目を丸くして、リュンクスを凝視する。
 
「君は……どこまで知ってるの?」
「概要くらいしか知らないよ。セドリックの大事なマスターの名前がカーマインで、彼は吸血鬼だから塔に殺された」

 リュンクスは、先生に聞いた内容をざっくりまとめた。

「それは、ほぼ全てじゃないか」
 
 隠す意味が無かったと、セドリックは苦笑する。

「君は、未練は無いのかと僕に聞いたね。そんなの、僕の方が聞きたいよ」
 
 セドリックは、いつかリュンクスが投げた問い掛けを口にする。

「カーマインを殺した塔に、復讐したい訳じゃないんだ。自分でも不思議なんだけど昔から、誰かを怒るとか仕返しするとか、思い付かなくてね。じゃあ何故、僕はここに存在してるんだろう。数十年、考えていたけど、分からずじまいだ」
 
 未練が無い自分が、何故この世に残っているか分からない。
 それがずっと気掛かりだったのだと、セドリックは言う。
 
「僕は、自分の未練が知りたい。未練を知って解決できれば、昇天してカーマインのところへ逝けるかもしれないだろう……?」
 
 それまで黙って話を聞いていたノクトが、そこで「ちょっと待った」と口を挟んだ。
 
「君のマスター、カーマインの研究は、妖精が死んだらどこへ行くか、だったそうだよ。彼の研究に、君の求める回答がある」
「妖精が死んだら?」
 
 リュンクスは、傍らの先輩を見上げた。
 
「ええと、妖精が死んだら、精霊になるんだっけ?」
 
 うろ覚えの知識を引っ張り出す。
 ノクトは「そうだ」と微笑んで、小さな子供にするようにリュンクスの頭を撫でた。
 
「妖精の子孫である魔術師も、死んだら精霊になるかもしれない、という理論があってね……」
「俺たちも?」
「そうだ。全員が全員という訳ではないけどね。思うにカーマインは、君の死を悼んで咄嗟に、君を精霊にする魔術を掛けたんじゃないかな」
「!!」

 セドリックが驚愕の表情になる。飛躍した推論に、リュンクスも驚いて言葉を失った。

「人の霊魂は、陰気を帯びるものだ。陰気を帯びない霊体は、神霊か精霊の類しかいない。試してみるかい? 陰気を消す退魔の術で、自分が祓われるかどうか。何十年も祓われずにいるんだから、まあ試さなくても結果は明らかだと思うけどね」
 
 すらすらと述べながら、ノクトは肩をすくめて見せた。
 先輩の推測通りなら、未練の無いセドリックが存在し続ける理由が説明できる。
 しかし、それは同時に残酷な話ではないかと、リュンクスは思う。カーマインのもとへ逝きたいと言うセドリックにとっては、出口の見えない迷路に迷い込むようなものだ。今まで未練が解消されれば、自分は昇天できるのではないかと、希望を抱いていたのだから。
 はたして、セドリックの顔に浮かんだのは、困惑だった。
 
「それが本当なら、僕は永遠にカーマインのもとへ逝けないじゃないか! この世に存在する意味も無いのに、現世に繋ぎ止められたまま……そんなの、嫌だよ」
 
 セドリックは、視線を落として嫌いやと頭を振る。
 
「これだから、マスターは! カーマインの奴、僕に生きろと言って地獄に落とすなんて」
 
 そこで唐突に、カノンが「駄々をこねるな」と苛立たしそうに叱責した。

「この世に存在する意味が無い? 自分が存在している理由が分からないだと? ふざけるな」
「カノン」
 
 少し手加減してあげてほしいと言いかけたリュンクスは、次のカノンの台詞で息を飲んだ。
 
「そんなものは俺達だって分からない。自分が存在している理由など、誰にも分かるものか。生きる意味を問うのは、生きている者の特権だ」
 
 カノンの言う通りだ。
 誰も生まれてきた理由を知らず、これから行く先も知らない。だから人間は「何のために生きるか」自問自答するのだ。
 セドリックも理解したのか、唇を引き結ぶ。
 
「あのね、セドリック……」
 
 これが慰めになるだろうか。
 リュンクスは迷いながら、口を開く。
 
「俺は、セドリックにお礼を言わないといけないんだ」
「お礼?」
 
 いまだ混迷の淵にあるセドリックは、苦しそうな目で、リュンクスを見た。
 
「俺の母さんを……シルヴェストリスを好きになってくれて、ありがとう」
「!!」
「母さんの事を好いてくれる人がいて嬉しかった」
 
 セドリックは「君はシルヴェストリスの子供なのか」と目を見開く。ふわふわ空中を滑ってリュンクスをのぞきこむと、やっと笑顔になった。
 
「そうか……僕の勘違いじゃなかったんだ。うん。確かに、誰もいなくなった訳じゃない。君もいるし、誰か知らないけど、カーマインの事を覚えていてくれた人もいる。生きる意味は分からないけれど、僕の人生、捨てたもんじゃないな」

 半透明のセドリックの手が、リュンクスの頬に触れる。
 幽霊の彼には実体が無いのに、不思議な熱が伝わってきた。
 セドリックは顔を近付け……
 
「はい、ストップだよ」
 
 後ろのノクトが、リュンクスの肩をつかんで下がらせた。
 
「もう! ほっぺにキスくらい許してよ。狭量なマスターだなあ!」
 
 セドリックは面白くないと唇を尖らせる。

「え? キス? え?」
 
 リュンクス一人だけ状況に付いていけない。
 笑顔のノクトが「まったく隙だらけな子だ」と苦笑する。
 
「……もう良いだろう。行くぞ」
 
 カノンが少し嘆息して告げた。
 さっと身をひるがえし、露台から遠ざかる。
 
「私達も中に入ろう。いつまでもここにいると、体が冷える」
 
 ノクトがやんわりと促す。
 確かに、露台は強い風が吹いていて寒かった。
 
「セドリックは?」
「僕は、もう少し、この景色を見ているよ。幽霊だから、風邪をひかないしね」
 
 セドリックは、リュンクスに背を向けて、地上の灯りを眺めている。きっと心の整理が必要なのだろう。
 露台にセドリックを残し、三人は塔の中に入った。
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