嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉

文字の大きさ
125 / 180
Light in the Dark(闇の中の光)

第53話 闇の侵攻

しおりを挟む
 リトスたちを起こしたのは、一番鳥の時を告げる鳴き声ではなく、絹を裂くような女性の悲鳴だった。
 静かなはずの朝の街が、にわかに騒然とした状態になる。

「……リトス」
「起きてるよ、さすがに」

 隣に寝ていたレイヴンが声を掛けてきたので、上体を起こして返事をする。
 くそ、敵の侵攻が早いな。

「殿下、すぐに出発できるよう準備を。私が様子を見て参ります」
「待てカリン。全員で移動しよう。何か嫌な予感がするのだ」

 リトスたち四人は、宿屋の広めの一部屋を貸し切って雑魚寝していた。
 カリンとアッシュは、慌ただしく武器や防具を身に着けている。
 四人は宿を出た。
 
「逃げろーーっ!!」

 男が大声で叫びながら、こちらに向けて走ってくる。
 その後を追いかけるように、街の北で白い煙が立ち上った。
 地響きを立てて、周囲の建物が崩れ始める。
 建物をつらぬくのは巨大な六角の水晶、あるいは氷柱か。北の方角から徐々に、結晶群が生え広がっている。地平を埋め尽くすような、氷柱の森。
 あれはおそらく、西風の魔術師の力で増強された、魔物の女王の領域だ。星瞳の魔術師の力を手に入れた一夜城の勢力は、グレイドリブンの国全体を飲み込もうとしている。
 逃げようとした人々が、次々と氷柱に閉じ込められる。
 辺りは阿鼻叫喚の絵図だ。

「炎よ!」

 アッシュが吠えて聖剣を振るう。
 彼の炎の魔術が発動して、近くの氷柱が溶けた。
 聖剣の力も手伝っての威力だろう。アッシュを中心とした半径数メルの範囲は、炎に囲まれた安全な空白地帯になる。なかなか、どうして殿下も腕のいい魔術師だ。背後で守られているリトスは、こっそりレイヴンと視線を交わし、無言で互いの方針を確認する。
 今はまだ、本気を出して戦う訳にはいかない。レイヴンは敵の標的になるし、リトスは万全の状態とは言い難い。

「―――お返事を伺いに参りました」
「クラウン!」

 交差する氷柱の上に、先日おそってきた魔物の男が立っている。
 
「蒼炎の騎士様。我が女王の城に来ていただけますか」

 アッシュの想い人を復活させてやると、そう魔物は勧誘した。

「断る!」

 しかし、アッシュはきっぱりと拒否し、剣を構える。

「ほぅ。なぜです? 私の言葉が嘘でないのは、噂を聞いてお分かりいただけたはず」
「黙れ、人を惑わす悪魔め。たとえ百歩ゆずってお前の言葉が真実だとしても、過去に戻ることは不可能だ。失ったものは、二度と戻って来ない!」

 よく言ったと、リトスは心の中だけで拍手する。
 つらかっただろうに、短い時間で心の整理を付けたアッシュは、英雄と呼ばれるだけのことはある。

「ふぅむ。孤立無援のあなたであれば、心折れると踏んだのですがねぇ。いったい誰が、あなたを支えているのでしょう」

 クラウンはあごをさすった。

「確かに私たちは、過去に戻ることはできません。しかし、蒼炎の騎士殿。ここから先の未来についてはどうでしょう。この国は、この世界は、あなたが救うに足るものでしょうか」
「なんだと?」

 氷柱の侵攻は、一時的に止まっている。
 建物に避難していた人々が顔を出し、剣を構えているアッシュを指さした。

「見ろ。蒼炎の騎士様だ!」
「あの有名な」
「きっと、この街を救ってくださる」
「蒼炎の騎士様が、魔物を追い払ってくれる!」

 人々の希望を一身に受ける、アッシュは苦しい表情だ。
 押し寄せる尋常ではない氷柱の群れを、ただ一人で受け止めることはできない。今の小康状態は、単純に敵が止まっているからに過ぎないのだ。

「あなたは無理だと分かっている。それなのに、民衆はあなたを死地に送り込もうとする。あなたが救いたい人はもういないでしょう。あなたは、何のために戦っているのですか?」

 クラウンの語り掛けに、蒼炎の騎士の剣先は揺れた。
 彼は恋人の死を乗り越えるので精いっぱいだ。何のために戦うのか、今は意味を見失ってしまっている。

「―――おしゃべりな魔物だな」
「!」

 いつの間にか、氷柱の上に登っていたレイヴンが、身軽な動作でクラウンに剣を向ける。影月の杖ではなく、今の青年の体格に見合った細剣だ。何の魔道具でもない只の剣で斬りかかるのを見て、クラウンは嘲笑する。
 
「愚かな青年だ。時空の彼方に送ってあげましょうか」

 クラウンの注意が逸れた瞬間、リトスは転移の魔術を発動した。



(※ガイエン視点)

 敵の偵察に行くと言って、西風の魔術師は帰って来なかった。時間が経つにつれ、嫌な予感が大きくなっている。
 客将として招かれた砕岩の僧兵ガイエンは、西風を待つ間、グレイドリブンの兵士たちの様子に困惑していた。この国には、蒼炎の騎士以外に有能な指揮官はいないらしい。北軍を任された将は、どうすれば良いか分からないと、ガイエンに指示を仰いでくる始末だ。

「西風殿は、いつ帰ってくるのでしょうか」

 いくら勇猛で知られるガイエンも、一人で魔物の群れに突っ込むほど無謀ではない。
 預けられた兵士をどうしたものか、頭を悩ませていた。

「ガイエン様! 北の方から煙が」

 天幕の下で他の将軍と話し合っていると、伝令の兵士が駆け込んでくる。
 不吉な予感を覚え、外に出る。
 他の大勢の兵士たちも、危機感を覚えたのか、皆外に出て様子を見ていた。
 北の方角から、白い波がじょじょに押し寄せてくる。
 地平線から迫ってくる異常現象に、ガイエンは本能的に悟った。これは、世界の終わりだと。

「誰か、転移が使える魔術師は、王都に戻って状況を伝えろ!」

 走って逃げても無駄だ。
 地面を覆い尽くす氷柱の群れが、全てを飲み込んでいく。
 
「神よ。光なき地に、希望をもたらしたまえ」

 ガイエンの祈りは雪の中に消えた。
 この日、勢力を拡大した魔王の領域は、王都北部を含むグレイドリブンの国土の大半を飲み込み、永久凍土に変じさせた。
 王都に駐留していた外国の高位魔術師は、自国に転移して悲劇から逃れ、グレイドリブンの危機的状況について、各国に伝え広めた。
 百年ぶりの魔界拡大に、各国に震撼が走ったのは、言うまでもない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界最弱と呼ばれた少年、気づけば伝説級勇者でした ~追放されたので気ままに旅してたら、全種族の姫たちに囲まれていました~

fuwamofu
ファンタジー
魔力量ゼロの落ちこぼれとして勇者パーティを追放された少年リアン。 絶望の果てに始めた自由な旅の中で、偶然助けた少女たちが次々と彼に惹かれていく。 だが誰も知らない。彼こそが古代勇者の血を継ぎ、世界を滅ぼす運命の「真なる勇者」だということを──。 無自覚最強の少年が、世界を変える奇跡を紡ぐ異世界ファンタジー!

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...