嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉

文字の大きさ
102 / 180
Legacy of Hope(希望の継承)

第30話 取返しのつかない過去

しおりを挟む
(※???視点)

 頑張れば、いつかむくわれると思っていた。
 専用の基盤に魔法陣を刻み、回路に魔力を流しこめば、魔導具に魔術いのちが宿る。歪みのない真円の線を描き、一文字も間違えないように魔術の印を刻んでいく。魔導具作りは地道な作業だ。しかし、時間は掛かるが手順さえ間違えなければ、誰でも完璧な魔導具を作ることができる。あらゆる仕事は、同じように時間と手間さえ掛ければ達成可能だ。

「トーヤは天才だな」
「そんなことはない。俺は、少しばかり器用なだけだ」

 友人のレイナールに賞賛されたとき、嬉しくなかったと言えば嘘になる。気恥ずかしいがそれを表に出すのが苦手なトーヤは、しかめっ面をして謙遜けんそんをするに留めた。
 トーヤは優秀な補助系の魔術師で、将来有望な魔導具作りの職人だ。
 ラタトスクを卒業してからは、アミュレット商会の支援を受け、自宅に工房を併設し、新しい魔導具作りに没頭する毎日だ。

「もうっ、朝食用のパンを買ってきてって、お願いしたでしょ!」
「すまんすまん」

 妹のアンズは、約束を忘れたトーヤに怒っている。
 幼い頃に両親を亡くした兄妹は、ずっと二人暮らしをしていた。

「夕ご飯は?」
「……」

 生返事をしたあとも作業を続けるトーヤに、アンズは不愉快そうな様子を見せたが、途中であきらめて工房を去っていった。
 去り際の足音を聞いたトーヤの胸が、わずかに痛む。
 しかし、彼にとっては魔導具作りの方が優先だった。
 妹の魔力制御できない体質を、この魔導具さえ完成させれば解決できる。妹の喜ぶ顔を思い浮かべると、つい飲食も忘れて励んでしまうのだ。
 トーヤは、とうの妹をほったらかして、魔導具作りに没頭してしまっていることに、心のどこかで気付いていた。気付いていながら「魔導具さえ完成すれば妹のためになるから」と自分に言い訳をしていた。

「アミュレットに、数字を投影する魔術を組み込んで―――」

 試作品を商会に持っていくと、大変な発明だと喜ばれた。
 トーヤにとっては道半ば、まだまだ改良の余地がある。
 周囲の人々の反応は、大げさに思えた。

「おめでとうございます。今年の最優秀の魔導具作り職人に、あなたが選ばれました」

 そう評価を受けたときも、さほど感動した訳ではなかった。

「ランクSになった暁に、あなたは樹冠に移住する栄誉を手に入れたのですよ!」
「樹冠に興味はない」
「……樹冠に住めば、特級の魔石が無料で支給されます。新しい魔導具作りもはかどるでしょう」
「……」

 妹と一緒に樹冠に移住できないため、誘いを断っていたトーヤだが、魔導具作りの素材を支給されると聞いて心が動いた。
 妹のための魔導具を完成させ、用が済んだら樹冠を降りればいい。
 一時的な引っ越しなら問題ないだろう。
 その判断が、取返しのつかない間違いだったと知るには、彼はまだ若すぎた。



 樹冠に移住したトーヤは、約束どおり魔導具作りの素材の提供を受け、新しい工房で作業を開始した。
 しかし、しばらくすると不穏な気配が漂い始めた。

「お願いした魔導具はできた?」
「銀花様」

 樹冠に登ってから出会った、星瞳の魔術師、銀花。
 彼女は、ハイランド国民に認知されていない、秘された存在だ。
 伝説の星瞳の魔術師に拝謁できることは、樹冠の魔術師の栄誉だと言われたが、トーヤはあまり関心がなかった。
 しかし、銀花の方はトーヤに興味を持ったらしく、たびたび工房を訪れて、魔導具の注文をするのだ。

「申し訳ありません。優先したい作業がありまして」
「私の依頼より優先するものがあるというの?」

 銀花の威圧に呑まれ、また周囲の魔術師の無言の圧力を受け、トーヤは妹のための魔導具作りを後回しにせざるをえなくなった。
 いつになれば、自分の好きな魔導具を作ることができるのだろう。
 樹冠に来る前の方が、自由だった気がする。
 いつのまにか黄金の壁を、まるで檻のように感じるようになった。

「樹下に降りたいです」

 そう申し出ると、難しい顔をした友人のレイナールが、説得に訪れた。

「トーヤ。一度、樹冠に登ったら、出るには銀花様の許可が必要なんだ」
「なんだって?」

 考え直すように言われ、あまりの理不尽さに、トーヤは怒りを感じた。

「たとえ星瞳の魔術師様だって、俺の自由をうばう権利なんてないはずだ!」
「トーヤ!」

 無視して、身ひとつで出て行こうとするトーヤ。
 しかし、その前に銀花の魔術師が立ちはだかる。

「どこへ行くのかしら」
「帰る! 俺は、妹のもとへ帰るんだ!」
「望まれていないのに? 妹さんの人生を、また邪魔するの?」
「なっ?!」

 銀花の謎めいた言葉に、トーヤは思わず立ち止まる。

「どういう意味だ?!」
「可哀そうに。あなたは、ご両親が亡くなった事件の真相を知らないのね」

 銀花が腕を振ると、周囲の景色が変化し、過去の光景が浮かび上がる。
 まだ幼いアンズを連れて、遠くの街に買い出しに出かけた、両親の姿が映し出された。

『ねー。疲れたよ~! 早く帰ろうよ~!』
『いや、留守番のトーヤにお土産を買って帰らないと。あの子が欲しがっていた魔石が、まだ手に入ってないんだ』

 寄り道をする両親。その行きつく先に、何が待ち受けているか、現在のトーヤは知っている。
 両親は鉱山に近い街に出かけ、街を襲った魔物の大群によって殺されたのだ。生き残ったのは、アンズだけだった。

「やめろっ!!」
「あなたが魔石のおねだりをしていなければ、ご両親は健在だったでしょうに。妹さんも事件の後遺症で、魔術を扱いにくい体質になってしまった。すべて、あなたのせいよ」

 トーヤは頭を抱えてうずくまる。
 不気味な笑みを浮かべた銀花が歩み寄り、トーヤの涙を見て満足そうにした。

「その上、たった一人の妹を、あなたは長年ないがしろにしてきた。妹さんは、あなたを憎んでいるわ」
『トーヤ兄さんがいなくなって、せいせいした』

 場面が切り替わり、成長した妹が、友人らしき同年代の若者と会話している光景になる。

『炊事洗濯、何もしないんだもの。誰が養ってあげてると思ってたのよ。樹冠から帰ってこなければいいのに』

 魔導具作りに熱中するあまり、妹をかろんじていたことに、トーヤはようやく気付いた。
 帰る場所がないという絶望が、ひたひたと胸をせりあがってくる。

「あなたの言う通りなのかもしれない……しかし、人の不幸を見て笑うなんて、あなたは本当に星瞳の魔術師様なのか」
「私は、自分が星瞳の魔術師だと、一度も言ったことがないわよ」
「?!」

 妙に必死な顔をしたレイナールが、慌てて駆け寄ってくるのが、視界のはしに見えた。
 白い手でトーヤの頬をなぞりながら、銀花が嘲笑する。
 紅い魔物の瞳が、こちらをのぞきこんでくる。

「愚かな坊や。完成する見込みのない魔導具作りにのめりこんで、馬鹿みたい」
「いつか、必ず完成させる……」

 力ない声で言い返しながら、トーヤは本当に完成できるのか、生まれてはじめて自分の魔導具作りに自信が持てなくなった。
 天国だと言われていた樹冠は、実は地獄だった。
 妹のためにと自分を偽り、真実から目を背け続けていた。
 それらの失敗が一気になだれをうって彼に押し寄せ、絶望の闇の淵に叩き込んだのだ。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界最弱と呼ばれた少年、気づけば伝説級勇者でした ~追放されたので気ままに旅してたら、全種族の姫たちに囲まれていました~

fuwamofu
ファンタジー
魔力量ゼロの落ちこぼれとして勇者パーティを追放された少年リアン。 絶望の果てに始めた自由な旅の中で、偶然助けた少女たちが次々と彼に惹かれていく。 だが誰も知らない。彼こそが古代勇者の血を継ぎ、世界を滅ぼす運命の「真なる勇者」だということを──。 無自覚最強の少年が、世界を変える奇跡を紡ぐ異世界ファンタジー!

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...