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Legacy of Hope(希望の継承)
第32話 暗闇の底
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焦燥の表情で飛び起きたトーヤに、幽霊男あらためネイサンは仰天した。
「お、おい。起きて大丈夫なのか?!」
「行かなければ……」
長く寝込んでいたので、足腰が弱っている。
ネイサンがトーヤを支え、リトスが先導して、樹冠の外を目指し歩き出した。
ゆっくり歩いて、固く閉ざされた黄金の扉の前まで戻ってくる。
樹冠は、魔神の張った結界によって封鎖されている状態だ。
先ほどはレイヴンが時空に穴を開けて、脱出口を作った。
今はレイヴンはいないが、結界の中から外向けに小さな穴を作るくらいなら、リトスにもできる。菌糸のネットワークに干渉する応用だが、樹冠の中にいないとできない。
「さあ、ここから外に出て。昇降台から、樹冠の下に降りられるよ」
リトスは、トーヤとネイサンに外に出るよう促した。
「星瞳の魔術師様は、出られないのですか……?」
トーヤが恐縮した様子で聞いてくる。
彼は最初は、妹の死を見せたリトスに憤《いきどお》っていた。しかし樹冠にいるはずのないモンスターと戦い、自分たちを護衛してくれるリトスを見て、救出されたのだと理解したようだ。
今は、畏怖と感謝の眼差しで、リトスを見ている。
「俺はやることがあってね。ああ、そうだ。トーヤ、あんたに渡しておくものがある。妹さんのアミュレットだ」
リトスは、預かっていたアンズのアミュレットを彼に渡す。
魔物にならないよう調整すると約束したが、兄のトーヤが作業した方が、アンズも喜ぶだろう。
「これは?! なぜ、あなたがアンズのアミュレットを持っているのですか」
「外に出て直接、妹さんに聞いてくれよ」
パーティーメンバーとして一緒に行動していた云々を説明している時間が惜しい。
リトスは笑顔で質問を封じ、トーヤとネイサンを結界の外に追い出した。
二人の姿が見えなくなるまで見送る。
「さて―――そこで見てるんだろ。魔神」
トーヤの魂を救うために魔術を使った時から、魔神の監視を感じていた。
杖で肩をたたきながら言うと、背後に気配が現れる。
「あなた、妹がいるのね。道理で、あの兄妹に親切にしてあげた訳だわ」
銀花の姿を装った魔神は、愉し気にささやいた。
「どうやって俺のことを知った?」
リトスは、答えを知っていたが、わざと分からないふりをして問いかける。
「あなたは私の菌糸網に接続している。だったら私もその道を逆にたどり、あなたの内側にアクセスできる」
敵の本体でもある大樹イルミンスールに一番近い樹冠にいることで、リトスは菌糸網に深く干渉できるが、逆に魔神に喰われるリスクも高まっている。
つながった瞬間、魔神が好みそうな、弱みになる記憶を、ちらと見せてやったのだ。
予想どおり、魔神は食いついてきた。
「あなたは、ハイランドを救いたいのね。でも、大樹イルミンスールは枯れているも同然」
「……」
「ねえ、取引しない? 私はこれまで通り、大樹イルミンスールの維持に全力を尽くすわ。そうすれば、すべて丸く収まるでしょう?」
確かに、魔神がおとなしく大樹の維持に力を尽くすのなら、今までどおりハイランドは平穏を保てるだろう。
アミュレットを通じ生命力を接収すると言っても、死人が出ることはめったにない。
少数の犠牲を許容すれば、この国の大勢の民は変わらぬ幸福を甘受できるのだ。
「……何が欲しい?」
リトスは、取引に乗るような口ぶりで問い返す。
「ここでは話せないわ。大樹の底まで、降りてきて―――」
振り返ると、大樹の幹に黒々とした入口が開いたところだった。
「隠されていた遺跡の入口か」
レイヴンが調査したいと言っていた、遺跡だ。
遺跡の奥深くに、魔神の本体がいる。
リトスは躊躇せず暗闇に足を踏み出し、果ての見えない階段を下り始めた。
「……銀花も、同じように誘惑したのか?」
ことさら足取りを遅くして、魔神に雑談を振る。
時間はいくら掛かってもいい。
魔神は、自分の腹の中にリトスを誘い込んで消化しようとしている。底に辿り着くまでの時間を引き伸ばし、敵を焦らしてやるのだ。
「誘惑だなんて―――ただ、提案しただけよ。彼女も、ハイランドを救いたがっていた」
姿を見せない魔神が、過去の情景を共有してくる。
暗闇が一瞬、緑に包まれた屋敷の中に変わり、窓際に立った銀花の後ろ姿が見えた。
『文曲様は、大樹の終わりを見届けて欲しいとしか言わなかった。この国の魔術師たちは、大樹イルミンスールの存続を私に願っている。いったい、どちらを優先すればいいかしら』
大樹が枯れれば、ハイランドの民の生活に支障が出る。
終わりの時を引き伸ばそうと、当時の魔術師たちは必死だった。窮地に訪れた星瞳の魔術師を引き止め、助力を請うたのだ。
本来、部外者であるはずの銀花は、それに巻き込まれ、翻弄された。
「あなたたち星瞳の魔術師は、正義の象徴で、救世主。救いたいわよねぇ、可哀想な大勢の人々を!」
「……」
「願いのためなら、自分の命だって犠牲にする。崇高で、尊い精神の持ち主だわ。あなただって、そうでしょう?」
魔神の笑い声が、暗闇にこだまする。
リトスは何も答えなかった。姿の見えない魔神は気付いていなかったが、リトスの口元には、冷たい笑みが浮かんでいた。
「お、おい。起きて大丈夫なのか?!」
「行かなければ……」
長く寝込んでいたので、足腰が弱っている。
ネイサンがトーヤを支え、リトスが先導して、樹冠の外を目指し歩き出した。
ゆっくり歩いて、固く閉ざされた黄金の扉の前まで戻ってくる。
樹冠は、魔神の張った結界によって封鎖されている状態だ。
先ほどはレイヴンが時空に穴を開けて、脱出口を作った。
今はレイヴンはいないが、結界の中から外向けに小さな穴を作るくらいなら、リトスにもできる。菌糸のネットワークに干渉する応用だが、樹冠の中にいないとできない。
「さあ、ここから外に出て。昇降台から、樹冠の下に降りられるよ」
リトスは、トーヤとネイサンに外に出るよう促した。
「星瞳の魔術師様は、出られないのですか……?」
トーヤが恐縮した様子で聞いてくる。
彼は最初は、妹の死を見せたリトスに憤《いきどお》っていた。しかし樹冠にいるはずのないモンスターと戦い、自分たちを護衛してくれるリトスを見て、救出されたのだと理解したようだ。
今は、畏怖と感謝の眼差しで、リトスを見ている。
「俺はやることがあってね。ああ、そうだ。トーヤ、あんたに渡しておくものがある。妹さんのアミュレットだ」
リトスは、預かっていたアンズのアミュレットを彼に渡す。
魔物にならないよう調整すると約束したが、兄のトーヤが作業した方が、アンズも喜ぶだろう。
「これは?! なぜ、あなたがアンズのアミュレットを持っているのですか」
「外に出て直接、妹さんに聞いてくれよ」
パーティーメンバーとして一緒に行動していた云々を説明している時間が惜しい。
リトスは笑顔で質問を封じ、トーヤとネイサンを結界の外に追い出した。
二人の姿が見えなくなるまで見送る。
「さて―――そこで見てるんだろ。魔神」
トーヤの魂を救うために魔術を使った時から、魔神の監視を感じていた。
杖で肩をたたきながら言うと、背後に気配が現れる。
「あなた、妹がいるのね。道理で、あの兄妹に親切にしてあげた訳だわ」
銀花の姿を装った魔神は、愉し気にささやいた。
「どうやって俺のことを知った?」
リトスは、答えを知っていたが、わざと分からないふりをして問いかける。
「あなたは私の菌糸網に接続している。だったら私もその道を逆にたどり、あなたの内側にアクセスできる」
敵の本体でもある大樹イルミンスールに一番近い樹冠にいることで、リトスは菌糸網に深く干渉できるが、逆に魔神に喰われるリスクも高まっている。
つながった瞬間、魔神が好みそうな、弱みになる記憶を、ちらと見せてやったのだ。
予想どおり、魔神は食いついてきた。
「あなたは、ハイランドを救いたいのね。でも、大樹イルミンスールは枯れているも同然」
「……」
「ねえ、取引しない? 私はこれまで通り、大樹イルミンスールの維持に全力を尽くすわ。そうすれば、すべて丸く収まるでしょう?」
確かに、魔神がおとなしく大樹の維持に力を尽くすのなら、今までどおりハイランドは平穏を保てるだろう。
アミュレットを通じ生命力を接収すると言っても、死人が出ることはめったにない。
少数の犠牲を許容すれば、この国の大勢の民は変わらぬ幸福を甘受できるのだ。
「……何が欲しい?」
リトスは、取引に乗るような口ぶりで問い返す。
「ここでは話せないわ。大樹の底まで、降りてきて―――」
振り返ると、大樹の幹に黒々とした入口が開いたところだった。
「隠されていた遺跡の入口か」
レイヴンが調査したいと言っていた、遺跡だ。
遺跡の奥深くに、魔神の本体がいる。
リトスは躊躇せず暗闇に足を踏み出し、果ての見えない階段を下り始めた。
「……銀花も、同じように誘惑したのか?」
ことさら足取りを遅くして、魔神に雑談を振る。
時間はいくら掛かってもいい。
魔神は、自分の腹の中にリトスを誘い込んで消化しようとしている。底に辿り着くまでの時間を引き伸ばし、敵を焦らしてやるのだ。
「誘惑だなんて―――ただ、提案しただけよ。彼女も、ハイランドを救いたがっていた」
姿を見せない魔神が、過去の情景を共有してくる。
暗闇が一瞬、緑に包まれた屋敷の中に変わり、窓際に立った銀花の後ろ姿が見えた。
『文曲様は、大樹の終わりを見届けて欲しいとしか言わなかった。この国の魔術師たちは、大樹イルミンスールの存続を私に願っている。いったい、どちらを優先すればいいかしら』
大樹が枯れれば、ハイランドの民の生活に支障が出る。
終わりの時を引き伸ばそうと、当時の魔術師たちは必死だった。窮地に訪れた星瞳の魔術師を引き止め、助力を請うたのだ。
本来、部外者であるはずの銀花は、それに巻き込まれ、翻弄された。
「あなたたち星瞳の魔術師は、正義の象徴で、救世主。救いたいわよねぇ、可哀想な大勢の人々を!」
「……」
「願いのためなら、自分の命だって犠牲にする。崇高で、尊い精神の持ち主だわ。あなただって、そうでしょう?」
魔神の笑い声が、暗闇にこだまする。
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