嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉

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Legacy of Hope(希望の継承)

第35話 光の鎮魂歌

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 闇に沈んだ螺旋階段を下り続けて、どのくらい経っただろうか。時折、独特の渦巻き模様を描きながら、光る羽虫が通り過ぎる。遺跡につきものの罠やモンスターの類はなかった。おそらく、文曲の魔術師が一掃した後、大樹に取り込んだからだろう。
 遺跡の底は近いようだ。
 冷たく淀んだ空気を感じて、リトスは目を細める。

「そろそろ聞かせて。あなたの答えを―――」

 姿は見えないが、銀花の声で魔神が問いかけてくる。

「迷う必要があるかしら。人々の安寧と平和を守る、あなたたち星瞳の魔術師であれば、正しい答えを理解しているはず」
「魔物が約束を守ると?」
「守らなければ、今日までハイランドは存続していないわ。ねえ、樹下の都は、平和だったでしょう?」

 疑問を感じている一部の魔術師以外、大多数の民は、平穏に満ちた日々を甘受している。
 平和な生活を守ることができるなら、彼らは喜んで少数の犠牲を良しとするだろう。誰もが、自分の身を守るので必死だ。
 リトスは沈鬱な声を作って、諦めたように言った。

「俺が犠牲になれば、すべて丸く収まる、か……」
「そうよ。あなたの魔力を、私に頂戴」

 勝利を確信しているからか、魔神の声には歓喜と愉悦がまじっている。銀花で味をしめた魔神は、星瞳の魔術師の豊かな魔力を手に入れたくて仕方ないらしい。
 階段を下りきった。
 地上は遥か彼方かなただ。リトスは闇の底から、見えない空を見上げる。
 さて。外はどうなっているかな。
 
「―――どういうこと?」

 急に、魔神の声のトーンが下がった。

「この、外の様子は……人々が、大樹から移住を始めている?!」

 リトスは暗闇の底で笑みを浮かべる。
 精霊鳥を通して、外の様子をうかがったのだが、その情報が魔神にも流れたらしい。
 魔神はようやく知ったのだ。リトスが階段を下っている間に、二日も時間が過ぎていたことに。

「いったい、どういうこと?!」

 まるで狐に化かされたようだと、魔神は混乱している。
 思わず、リトスは声を上げて笑った。

「私を騙していたの? どうやって―――」
「ほかの星瞳の魔術師に言われたんだけどさ。俺って、魂を操る魔術師らしいよ」
「?!」
「お前は、俺の魂を望みのまま操ろうとしていたけれど……そこは、俺の得意なフィールドでもある」

 魔神を油断させるため、餌となる記憶をちらつかせ、リトスは己の魂に敵を誘い込み、幻影を見せていた。
 そして、肝心なこと―――外にもう一人、星瞳の魔術師がいることや、ハイランドの民たちが大樹から避難を始めていることを、隠蔽いんぺいしていた。

「馬鹿な! 大樹を見捨てるというの?! ここは人間たちの巣のはず! ここを捨ててどこへ行くっていうのよ?!」

 魔神は混乱し、動揺しているようだ。

「どこへでも。お前は人間を侮《あなど》りすぎだ」

 リトスは静かに答える。

「このままだと、大樹が枯れてしまうのよ! 私がいなくなったら、この国の繁栄は無くなってしまう!」
「そうだな」
「あなた星瞳の魔術師でしょ?! ハイランドを救いに来たんじゃないの?」

 今や悲鳴のような声を上げ、魔神は問いかけてくる。
 リトスは杖を持っていない方の片手で、耳をほじくりながら答えた。

「あぁ? 別に救いに来た訳じゃねーけど」
「?!」
「自分ひとりで国を救えると思うほど、俺は傲慢じゃないよ」

 いつかレイヴンが言っていた。
 お前は何のために星瞳の魔術師になった? 他人を救うためか?
 腹が立つけれど、彼は正しい。
 普通の魔術師とは比べ物にならないような大魔術を使えるせいで、自分が万能だと錯覚してしまいそうになるけれど、星瞳の魔術師とて只の人間だ。
 正義面せいぎづらをして、よそさまの国に首を突っ込んで、責任を取るつもりもないのに、救うだの滅ぼすだの……お節介にもほどがある。
 ハイランドの未来は、そこに住む人々が決めるべきだ。
 そして、彼らは選び取った。
 もっとも困難で、希望に満ちた未来を。

「……馬鹿じゃないの。ここは私の腹の中のようなもの。どのみち、あなたはここから逃げられない! 私の養分になりなさい!」

 周囲から闇が押し寄せてくる。
 リトスは、鳥使いの長杖を強くにぎりしめた。
 白い杖から光があふれ、闇の底をまばゆく照らし出す。
 その光は、床の上に刻まれた、古い複雑な魔法陣を浮かび上がらせた。数百年の時を経た魔法陣は、ところどころ欠け、魔術文字が薄れているが、リトスの光を受けて、かすかに淡い輝きを宿らせる。
 そこにいたのか、銀花の魔術師。

「これは、力尽きた星に捧ぐ鎮魂歌レクイエム、命をつなぐ曙光の鎖」

 リトスの詠唱は闇を押し返し、その足元に広がる光の魔法陣は、煌々と輝きながら、無数の新緑を芽吹かせ始めた。
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