57 / 120
留学準備編
12 水道開通式
しおりを挟む
アケボノの街を流れる水道は、地球のように地中に管を通すものと違い、石造りの側溝に水を流すだけの簡素なものだ。それも自然の高低差を利用して上から下へ水を伝わせているだけ。
それでも上水道に変なゴミが流れると汚くて困る訳で、水道をどの家にどう流すか都市計画を考える官僚や専門の水道工事業者がいる。
その朝、新しい寮に水道が開通するにあたって、水道工事業者が来て準備を始めた。立ち会いのために近所の人が来ている。アサヒも今日は学校を休んで、水道工事の立ち会いをしている。
「この庭に入るのも、久方ぶりじゃのう」
立ち会いに来た近所のお爺さんが、新しい寮の庭で庭石に腰かけて言った。
「実はわしの孫がいたずら好きな子での、しょっちゅうこの館に入り込んでいたずらしとったんじゃ」
「へえ。お孫さん」
水道開通を見るだけで手持ちぶさたなアサヒは、お爺さんの話に付き合うことにした。
「今日はお孫さんは仕事ですか?」
「孫はのう。小さい頃に階段から落ちて死んでしもうたんじゃ」
いきなり話の風向きが怪しくなり、アサヒは眉をしかめた。
朝から重い話は勘弁して欲しい。
しかし、お爺さんはのんびりした様子でアサヒの予想外のことを言う。
「いたずらし足りんようでの。死んだ後も、この館に入り込んで遊んでおる」
「は? じゃあ、まさか幽霊って」
アサヒは昨夜、出会った幽霊の少年を思い出した。
「わしの孫かもしれんのう」
「噂では、6年前のアウリガの侵略で殺された人の霊がさまよってるって……」
「誰じゃそんな噂を立てたのは。アウリガが来る前から空き家じゃったぞ」
惨殺された人の霊がという話は事実無根だったらしい。
幽霊の正体は単なる近所のいたずら小僧だった。
「なんだよ。心配して損した」
アウリガ関係で色々悩んでいたアサヒは肩を落とした。
その時、どよめきが起こる。
どうやら水道が開通したようだ。石造りの溝に澄んだ水がチョロチョロ流れ出す。
「アサヒ様、これで今日から料理が可能ですね! 私、頑張って料理します。まずは男性の皆さんが好きな肉の唐揚げを……」
「キュー!?」
「お、おい。そいつを料理する訳じゃないよな?!」
巫女のスミレが意気込んで、ユエリからうばった白い竜の子供をつかみあげる。白い竜の子供があせってバタバタした。まさか本気で竜の子供を食材にするつもりなのだろうか。
すわった目で竜の子供を見るスミレに、アサヒは慌てる。
「やめろよ、竜の親御さんが来たらどうするんだ!」
「……来たみたい」
「えっ?!」
ユエリが空を指差した。
青空に浮かんだ白い点がどんどん大きくなる。
「嘘だろーっ」
白い竜の巨体が空から舞い降りてきて、新しい寮の建物の裏庭、アサヒの前にドンッと音を立てて着地した。
地面が揺れる。新しい寮の屋根がちょっと欠けた。
朝の光を受けてまぶしい白い鱗の雌竜が、アサヒ達の上で翼を広げる。
「わーっ、子供を食べたりしないから許してくれ!」
『食べる? 失礼。何のことでしょうか』
『こちらの事だ。汝は気にせずとも良い』
アサヒの肩の上に出てきたヤモリが勝手に返事してフォローしてくれる。白い竜は首をかしげた。
野生の竜には珍しく、人の言葉を操る竜らしい。
ほとんどの野生の竜は人の暮らしに興味がなく、人里に降りてきたりしないものだが。
『ともあれ、炎竜王。我が子を保護してくださり、ありがとうございました』
ヤモリの竜としての名前が呼ばれた。
転生を繰り返すアサヒは、生まれ変わる度に人としての名前が変わるが、炎竜王だということだけはずっと変わらない。ファーラムとは竜の名前であるのと同時にアサヒのもうひとつの名前でもある。
白い雌竜は知識ある古竜のようだ。
彼女はアサヒに向かって言った。
『お礼に知らせに参りました。霧竜王ラードーンが近付いております』
「!」
『かのお方は常に夢の中。飛び行く先に何があろうと、ぶつかろうと、全く気になさりません。このまま進路を変えなければ、この島にぶつかるでしょう』
この世界には8体の特別な竜がいる。
神代竜と呼ばれ、天候を操り世界の形を変えるほどの力を持つ竜。彼らの内の5体は人と共存する道を選んだ。炎竜王も人と共存する道を選んだ一体だ。
そして人と関係のないところで生きる3体の神代竜がいる。
霧竜王ラードーンはその一体。
『ふむ。我が盟友よ、寝坊助に挨拶する必要がありそうだぞ』
ヤモリは尻尾を振りながらアサヒに告げた。
同じ頃、王城の広間では、女王や国の幹部が集まって話し合っていた。そこには学生でありながら国の重鎮であるヒズミの姿もあった。
学院の卒業条件をとうに満たしているヒズミが学生の身分のままなのは、ひとえに若き竜王の補助のためである。
大人に混じって会議に参加する彼は、違和感なくその場所に馴染んでいた。
「……アウリガの侵略者の残党は見つからないのか」
「空き家を中心に探索させておりますが、まだ」
アサヒと交戦したアウリガの残党の件はヒズミの手から離れ、城下街の警備隊と兵士達の案件になっていた。
ヒズミは静かに他の者の報告を聞く。
「あれからアウリガの動きはありません。諦めたのでしょうか?」
「天覇同盟のもう一国、コローナの動きが気になります」
「……申し上げます」
敵国の動向について推察していると、巡回班の竜騎士の隊長が広間に入ってきた。
「北北東、飛竜2日の距離に巨大な霧のかたまりを発見しました! おそらく伝説の霧竜王ラードーンと思われます。霧はピクシスに近付く可能性が大!」
広間がざわめいた。
「ラードーンだと?!」
「前回は確か50年ほど前……」
「何とかピクシスの位置を動かして避けようとしたが、広範囲に渡る霧に覆われて農作物に甚大な被害が出たそうです」
歴史に詳しい文官が表情を険しくする。
動揺する人々の中で、ヒズミは声を上げる。
「静まれ」
若い彼の言葉に、広間に集まった人々は口を閉じる。
周囲の人々を見渡しながらヒズミは言った。
「恐れることは何もない。今の我らには、炎竜王が付いている」
それでも上水道に変なゴミが流れると汚くて困る訳で、水道をどの家にどう流すか都市計画を考える官僚や専門の水道工事業者がいる。
その朝、新しい寮に水道が開通するにあたって、水道工事業者が来て準備を始めた。立ち会いのために近所の人が来ている。アサヒも今日は学校を休んで、水道工事の立ち会いをしている。
「この庭に入るのも、久方ぶりじゃのう」
立ち会いに来た近所のお爺さんが、新しい寮の庭で庭石に腰かけて言った。
「実はわしの孫がいたずら好きな子での、しょっちゅうこの館に入り込んでいたずらしとったんじゃ」
「へえ。お孫さん」
水道開通を見るだけで手持ちぶさたなアサヒは、お爺さんの話に付き合うことにした。
「今日はお孫さんは仕事ですか?」
「孫はのう。小さい頃に階段から落ちて死んでしもうたんじゃ」
いきなり話の風向きが怪しくなり、アサヒは眉をしかめた。
朝から重い話は勘弁して欲しい。
しかし、お爺さんはのんびりした様子でアサヒの予想外のことを言う。
「いたずらし足りんようでの。死んだ後も、この館に入り込んで遊んでおる」
「は? じゃあ、まさか幽霊って」
アサヒは昨夜、出会った幽霊の少年を思い出した。
「わしの孫かもしれんのう」
「噂では、6年前のアウリガの侵略で殺された人の霊がさまよってるって……」
「誰じゃそんな噂を立てたのは。アウリガが来る前から空き家じゃったぞ」
惨殺された人の霊がという話は事実無根だったらしい。
幽霊の正体は単なる近所のいたずら小僧だった。
「なんだよ。心配して損した」
アウリガ関係で色々悩んでいたアサヒは肩を落とした。
その時、どよめきが起こる。
どうやら水道が開通したようだ。石造りの溝に澄んだ水がチョロチョロ流れ出す。
「アサヒ様、これで今日から料理が可能ですね! 私、頑張って料理します。まずは男性の皆さんが好きな肉の唐揚げを……」
「キュー!?」
「お、おい。そいつを料理する訳じゃないよな?!」
巫女のスミレが意気込んで、ユエリからうばった白い竜の子供をつかみあげる。白い竜の子供があせってバタバタした。まさか本気で竜の子供を食材にするつもりなのだろうか。
すわった目で竜の子供を見るスミレに、アサヒは慌てる。
「やめろよ、竜の親御さんが来たらどうするんだ!」
「……来たみたい」
「えっ?!」
ユエリが空を指差した。
青空に浮かんだ白い点がどんどん大きくなる。
「嘘だろーっ」
白い竜の巨体が空から舞い降りてきて、新しい寮の建物の裏庭、アサヒの前にドンッと音を立てて着地した。
地面が揺れる。新しい寮の屋根がちょっと欠けた。
朝の光を受けてまぶしい白い鱗の雌竜が、アサヒ達の上で翼を広げる。
「わーっ、子供を食べたりしないから許してくれ!」
『食べる? 失礼。何のことでしょうか』
『こちらの事だ。汝は気にせずとも良い』
アサヒの肩の上に出てきたヤモリが勝手に返事してフォローしてくれる。白い竜は首をかしげた。
野生の竜には珍しく、人の言葉を操る竜らしい。
ほとんどの野生の竜は人の暮らしに興味がなく、人里に降りてきたりしないものだが。
『ともあれ、炎竜王。我が子を保護してくださり、ありがとうございました』
ヤモリの竜としての名前が呼ばれた。
転生を繰り返すアサヒは、生まれ変わる度に人としての名前が変わるが、炎竜王だということだけはずっと変わらない。ファーラムとは竜の名前であるのと同時にアサヒのもうひとつの名前でもある。
白い雌竜は知識ある古竜のようだ。
彼女はアサヒに向かって言った。
『お礼に知らせに参りました。霧竜王ラードーンが近付いております』
「!」
『かのお方は常に夢の中。飛び行く先に何があろうと、ぶつかろうと、全く気になさりません。このまま進路を変えなければ、この島にぶつかるでしょう』
この世界には8体の特別な竜がいる。
神代竜と呼ばれ、天候を操り世界の形を変えるほどの力を持つ竜。彼らの内の5体は人と共存する道を選んだ。炎竜王も人と共存する道を選んだ一体だ。
そして人と関係のないところで生きる3体の神代竜がいる。
霧竜王ラードーンはその一体。
『ふむ。我が盟友よ、寝坊助に挨拶する必要がありそうだぞ』
ヤモリは尻尾を振りながらアサヒに告げた。
同じ頃、王城の広間では、女王や国の幹部が集まって話し合っていた。そこには学生でありながら国の重鎮であるヒズミの姿もあった。
学院の卒業条件をとうに満たしているヒズミが学生の身分のままなのは、ひとえに若き竜王の補助のためである。
大人に混じって会議に参加する彼は、違和感なくその場所に馴染んでいた。
「……アウリガの侵略者の残党は見つからないのか」
「空き家を中心に探索させておりますが、まだ」
アサヒと交戦したアウリガの残党の件はヒズミの手から離れ、城下街の警備隊と兵士達の案件になっていた。
ヒズミは静かに他の者の報告を聞く。
「あれからアウリガの動きはありません。諦めたのでしょうか?」
「天覇同盟のもう一国、コローナの動きが気になります」
「……申し上げます」
敵国の動向について推察していると、巡回班の竜騎士の隊長が広間に入ってきた。
「北北東、飛竜2日の距離に巨大な霧のかたまりを発見しました! おそらく伝説の霧竜王ラードーンと思われます。霧はピクシスに近付く可能性が大!」
広間がざわめいた。
「ラードーンだと?!」
「前回は確か50年ほど前……」
「何とかピクシスの位置を動かして避けようとしたが、広範囲に渡る霧に覆われて農作物に甚大な被害が出たそうです」
歴史に詳しい文官が表情を険しくする。
動揺する人々の中で、ヒズミは声を上げる。
「静まれ」
若い彼の言葉に、広間に集まった人々は口を閉じる。
周囲の人々を見渡しながらヒズミは言った。
「恐れることは何もない。今の我らには、炎竜王が付いている」
27
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる