ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

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ピクシス奪還編

11 ハヤテの誓約、そして各々の答え

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 誰かに呼ばれた気がしてアサヒは振り返った。
 
「アサヒ?」
「……なんでもない」

 不思議そうにユエリに聞かれて、アサヒは首を振った。
 リーブラの地下は慣れない者には息がつまるので、土竜王に連れまわされているカズオミ以外のメンバーは地上部分に出てきていた。透明な壁に覆われたリーブラの天井には青空が見える。
 動き出した時は地鳴りや揺れがあったが、竜と同じ速度で高速移動中だと感じさせないほど、航行中のリーブラ内部は静かだった。

「ちょっといいか」

 空を見上げるアサヒにハヤテが声を掛ける。

「これから水の島、アントリアへ行くところ悪いが、俺は先にピクシスに帰らせてほしい」

 青い長髪で片目を隠した青年は、真剣な瞳でアサヒを見た。
 
「アサヒ、この前お前に言われたことで気になって考えてたんだ。ひねくれててとっつきにくい奴だけど、やっぱりヒズミ・コノエは俺の友人さ。ピクシスに残ったあいつがどうなってるか心配だ」
「ああ……」

 光竜王は無抵抗の民を殺さないだろうが、争いの芽となる可能性が高い炎竜王の側近は殺すかもしれない。ヒズミは下手をすると殺されているかもしれなかった。
 彼の死の可能性について、アサヒはなるべく考えないようにしていた。
 学院に来てから出会った偉そうな先輩。直接、話をしたのはまだ数えるくらいで、付き合いも長くない。だが、彼がいなくなると考えるのはなぜか怖かった。
 顔をくもらせるアサヒを、ハヤテは心配そうに見た。

「お前、気付いてるか? ヒズミ・コノエはお前の……」

 彼は言いかけて途中で止めた。

「いや、ヒズミが生きてるなら、これはあいつの口から話すべきことだ。俺が言うべきことじゃなかった。ともかく、リーブラとアントリアの力を借りれるって話になっても、ピクシスのアマネ女王様やヒズミが人質に取られてたら色々困るだろ」
「そうだな。俺だけ生き残ってても、な……」

 光竜王からピクシスを取り戻すには、外側と内側から同時に動く必要がある。
 他の島の援軍が得られても肝心のピクシスの人々が殺されれば元も子もない。

「先に帰った俺が内部に潜入して準備を整える。人質を取り返したら合図をするから、同時に一斉に攻める。どうだ?」
「良いと思う。潜入するなら、土竜王に借りたケリーさんも連れていくといい。合図は、そうだな……ピクシス中央の火口付近にある炎竜王の霊廟、その結界を解いてくれれば俺には分かる」
「霊廟の結界? どうやって結界を解くんだ?」
「方法はたぶん、ヒズミ・コノエなら知ってる。あるいはアマネ女王かミツキ、女王の資格を持つ巫女にも可能だ」

 炎竜王が大規模な魔術を行使するための施設、それが霊廟だ。
 霊廟は普段は特殊な結界によって封鎖されており、結界を解けるのは炎竜王本人と、炎竜王の血族か巫女姫だけとなっている。炎竜王と縁の深い場所なので、何かあれば遠く離れていてもアサヒには異変が感じとれる。

「決まりだな。じゃあ、炎竜王陛下、俺に力をくれないか。無事に見つからずに潜入できるように」
「それを誓約にするのか。確かにあんたには合う能力になるだろうけど」

 行き掛けの駄賃とばかり要求されて、思わずアサヒは苦笑した。
 誓約ゲッシュの件はハヤテには話していないのだが、カズオミとの会話をこっそり聞いていたのだろう。

「あんたのためじゃない。ピクシスのため、俺自身のために力が欲しい。憎いだとか悲しいだとか、下らない感情に振り回されずに自由に生きたいんだ」
「自由、か。ハヤテ、あんたにふさわしい誓いだ。きっとそれは叶うだろう」
 
 気ままに場をひっかきまわすトラブルメーカー。復讐にとりつかれながらも、実は冷静に強い感情にとらわれて目的を見失いたくないと考えている年上の青年の誓いを、アサヒは祝福する。
 すぐに出発するというハヤテを、アサヒはリーブラの中から見送った。
 濃い青の風竜は非常口から外に出て一直線に空を切り裂いて飛んでいく。
 素早い竜の後ろ姿はあっという間に見えなくなった。

「……カズオミも、ハヤテも、いなくなったわね」
「ユエリ」

 残ったのは蜂蜜色の髪と瞳をした少女だけだ。
 
「ねえ、アサヒ。アウリガの風竜王様が封じられているって本当?」

 ピクシス奪還の旅が始まってからずっと沈黙を保っていた彼女が、戸惑いながら口を開く。土竜王との会話に出てきた言葉が気になっているのだろう。

「確証はないけどね。昔、先代の炎竜王とアウリガの風竜王は仲が良かったんだ。一緒に光竜王と戦った仲だったんだよ。そうすると、今アウリガがコローナと組んでいるのは不自然なんだ」

 アサヒの説明を聞いたユエリは、胸の上でこぶしを握りしめる。
 首元にペンダントの細い銀の鎖が見えた。

「あなたの言うことが本当かどうか、私には分からない」
「ユエリ……」
「答えて炎竜王。あなたは天覇同盟に勝ったらどうするつもり? あなたの家族を殺したアウリガの民を、許せるのかしら」

 問われたアサヒは一瞬目を閉じた。
 燃え盛る炎と、崩れ落ちる建物、血に染まった床が思い出された。あの日、アサヒは色々なものを無くしてしまった。炎竜王として生まれた以上、失うのは避けられない運命だったのかもしれない。しかし、もし平和な幼少時代が続いていたとしたら、どうなっていただろう。
 ふと、炎と同じ深紅の髪の少年の姿が思い浮かんだ。
 少年は親愛を込めてアサヒの名前を呼ぶ。
 だがアサヒは彼の名前も声も、顔も思い出せないのだ。
 アサヒは目を開けた。

「……許せるわけないだろ」

 自分の中に憎しみなどないと思っていた。
 学院に入るまで、失ったものが何か知らなかったのだ。自分は孤児だと、もう家族はいないと過去から目を背けてきた。アウリガ出身のユエリと付き合えたのも無知からくる無邪気さからだった。
 しかし竜王の記憶とともに徐々によみがえる過去は、アサヒに忘れていた感情を思い出させる。

「でも炎竜王としての答えは別だ。5つの島は争うべきじゃない。協力しあって平和な未来を築くべきだ」
「模範解答ね」
「理由があるんだよ。そういう訳でユエリ、俺は君の敵じゃない」

 炎竜王が戦争を避けるのには、単なる平和主義よりも現実的な理由がある。
 そもそも人類は洪水によって滅び、生き残りが空に上がったことが空飛ぶ島の始まりなのだ。その歴史を知っていれば、数少なくなってしまった人間同士で争う無意味さが分かるだろう。
 アサヒは肩をすくめてみせる。
 向かい合ったユエリは、アサヒの答えを予想していたようだった。
 彼女は凛とした眼差しでアサヒをまっすぐに見つめる。

「ええ、知ってるわ。私もあなたの敵じゃない。だからピクシスを奪還したら、私を私の島に帰らせて。私自身の目でアウリガの真実を知りたいの」

 



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