ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

文字の大きさ
100 / 120
5島連盟編

16 おかえり、ミツキ

しおりを挟む
 強力な魔術を使えたら、危害から必ず家族を守れるのだろうか。
 剣術を鍛えて並ぶ者のない武芸者になれば、大切な人を幸せにできるのだろうか。
 ……否、きっと違う。
 今のアサヒは炎竜王の力を手に入れたけれど、それでもミツキに伸びる魔の手を事前に防ぐことはできなかった。離宮に風の島の竜騎士ゲイルの侵入を許してしまったのである。

 しかし、ミツキとカズオミに害が及ぶ前に間に合ったのは炎竜王の力のおかげだ。漆黒の竜王は4枚も翼があるだけあって、普通の竜より遥かに速く飛べる。
 だから竜王の力は無駄という訳じゃない。
 世界を変える奇跡が欲しくて、生まれ変わる前の始まりのアサヒが相棒(ヤモリ)に願ったいくつかの事柄は、確かに叶えられた。完璧ではないにしろ、大切な人を守る力を手に入れたのだから。

「そうか、あの時のガキが炎竜王だったか。くっ、俺はとんだ見逃しをしちまったらしい」

 アサヒの顔を見上げて、ゲイルは思い出したと呟いた。
 その口元から血が流れる。

「どうせ殺るんだったら、徹底的に殺すべきだったな。ブライドが満腹だったから、つい手を抜いちまったぜ」
「……一応聞くけど、残したい言葉はあるか? アウリガのあんたの家族や大切な人に、伝えたいことがあるなら聞いておいてやる」

 静かに聞くと、ゲイルは目を丸くした。
 男は血を吐きながら笑い出す。

「くっ、ははは! 伝説通り、優しくて正しい竜王陛下だぜ! そんなもん聞いてどうすんだ! 俺の家族に謝るのか?! お宅のゲイルさんを殺してスイマセンでした、ってな!」

 ゲイルの腹に突き刺さった白水晶の剣は、彼の命を奪うのに充分な致命傷を与えていた。たとえここから逃げ出せたとしても、ゲイルの命は長くないだろう。
 死を目前にして尚、軽薄を貫く男に、アサヒは冷静に答える。

「勘違いするな、俺はそんなに優しくない。これは、あんたにとって一番残酷な末路になるだろう。最後に何と言うか、聞いておきたかっただけだ」
「何だと?」
「見ろよ」

 アサヒは、笑いを止めた男の背後を指差した。
 黒い影が男の上に落ちる。

「それがあんたの死神だ」
「……ブライド……?」

 鋼色の竜の目はギラギラと燃えるように輝いて、自分の竜騎士を見下ろしている。
 飢えた獣の目だ。

「や、止めろ! 他にも食いでがある奴がいるだろう?! 俺はお前の竜…………」

 竜は男に向かって首を伸ばす。
 アサヒは腕を振って、黄金の炎をミツキとカズオミの前に壁のように燃え盛らせた。見て気持ちの良い光景では無いだろう。
 やがて黄金の幕の向こうで悲鳴と物音が途絶え……最後にカランと剣が床に落ちる音がした。炎の中から、鋼色の竜は翼を広げ、空へと舞い上がる。
 竜は離宮の上空を一回だけ旋回すると、そのまま上昇して太陽の中に姿を消した。

『……我ら竜は本来、人間を食わん』
「ヤモリ……」
『あれは竜騎士の求めに従って禁を破った。さぞかし、自分の竜騎士が憎く愛しかったことだろう。契約の竜騎士は我らにとって、あらゆる意味で特別なのだ』

 アサヒにだけ聞こえるヤモリの声は、痛みに堪えるような響きを含んでいた。
 空に消えた竜を見送ると、アサヒは離宮に燃え盛る炎を鎮火させる。
 壁が崩れて散々な姿になった離宮の姿があらわになった。

「アサヒ!」

 事態が収束したのを悟ったカズオミが、安堵した表情でアサヒの名前を呼ぶ。

「ア……サヒ……」

 ゆっくり振り向いた銀髪の彼女がふるえる声で呟く。
 アサヒは目を見張った。

「ミツキ、意識が戻ったのか……?」

 彼女の澄んだ水色の瞳と目が合う。
 確かな意思の光をそこにあった。
 少年の頃は見上げていたミツキが、今は同じ高さで目線を交わしている。背の高さが並んだことに、アサヒは時の流れを感じた。

「……ごめん、ごめんな、ミツキ。俺は臆病で馬鹿でどうしようもなくて、君を助けにいけなかった。ずっと諦めていたんだ。君から逃げて……今だって」

 アサヒは唇を噛み締めた。

「島に残って君の側にいれば、事前にアイツが来るのを防げたかもしれないのに」

 後悔すればキリがないけれど。
 彼女が危険な目にあって苦しい想いをしただろうことは簡単に想像がつく。それを仕方がなかったとは、他人ならともかく、当事者のアサヒは口が避けても言えない。ミツキはアサヒを庇って捕まったのだから。

「……私の小さな竜王陛下」
「!!」
「いつまでも……可愛い弟でいて欲しかったの。私を頼って欲しかった。無力で臆病なままの方が、都合が良かった」
「ミツキ……?」

 まだ意識がはっきりしていないのか、彼女の口調はぼんやりしていた。かすかな微笑みを浮かべて、彼女は続ける。

「あなたを甘やかしたかったの。だから、私がいない方が良かったかもしれない。そんな顔をしないで、アサヒ。もう子供じゃないんでしょう……?」

 そんな顔、とはどんな顔をしているのだろう。鏡が無いので分からないが、きっと情けない顔だ。アサヒは距離を詰めて彼女の肩口に額をあて、腕を彼女の背中に伸ばした。これで情けない顔を見られずに済む。

「まったく、泣き虫な竜王陛下ね。まだ、私が必要なの……?」

 ミツキの細くて白い指がアサヒの黒髪をそっとすく。
 いとおしむように、感触を確かめるように、ゆっくりと。

「必要に、決まってるだろ……おかえり、ミツキ」

 嗚咽をこらえながら言うと、彼女が息を飲んだ。

「ああ……ああ。私は帰ってきたのね」

 やっと実感したのだろう。
 ミツキは小さな声で「ただいま、アサヒ」と言った。




しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

処理中です...