ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

文字の大きさ
120 / 120
番外編

湯治に行こう! 後編

しおりを挟む
 ハナビは温泉に入るのは初めてだった。
 おっかなびっくり爪先をお湯に浸けるのを、周囲の年上の女性達は微笑ましそうに見守る。
 アサヒの知り合いということで、火山の麓の街フォーシスに住む少女ハナビは特別にミツキ達に同行して温泉に入ることになった。素直で明るい性格のハナビはお姉さま方に好評である。
 それほど時間をかけずに打ち解けた女性達は、世の中の女性が集まれば大体始まる話題、すなわち恋話に興じ始めた。

「ハナビちゃんは、気になってる男の子はいるの?」
「私はアサヒ兄が好きです!」
「まあ! とても素敵だわ!」

 てらいなく答えるハナビに、ミツキは笑顔で手を打った。

「やっぱりアサヒは大人気ね。ふふふ」

 ミツキにとってアサヒは、可愛くて自慢の竜王陛下だ。
 弟のように大切な彼が多くの人に好かれているのを実際に耳にすると、嬉しく誇らしい気持ちになる。
 お湯に濡れたミツキの銀色の髪は、水と同化するように滑らかな白い裸体に流れた。その美しさに、同じ女性ながらハナビや侍女たちは密かに羨望の溜息を付く。
 髪に触りたいとウズウズしながら、ハナビは会話の続きで今度は逆に聞き返した。
 
「ミツキさんは、誰か好きな人がいるんですか?」

 少女の疑問を聞いて、ミツキの周囲で控えている侍女達は顔を見合わせた。
 侍女のひとりが口を開く。

「ハナビちゃん。ミツキ様は特別な竜の巫女なの。巫女姫は竜王に嫁ぐことに決まってるのよ」
「? 竜王様って本当にいるの?」

 これが一般人の認識である。
 竜王は伝説の中の人物。現実に出くわすことのない幻の生き物。
 女王は竜王に仕える巫女であり、竜王の嫁ということになっているが、神様に仕える修道女よろしく実際は独身だというのが一般人の理解であった。
 ハナビはアサヒが妹扱いしている少女なので、本当のことを言ってもいいかもしれないが、そこはそれ、竜王の正体は秘密と決まっている。
 ミツキは曖昧にほほ笑んだ。

「……好きな人と結婚する。そんな自由が私に許されているのかしら」
「??」

 街娘のハナビには到底、想像の及ばない世界だ。
 首をかしげるハナビに説明せずに、ミツキは距離を置いて湯に浸かっているだろう男性陣を思い浮かべた。アサヒは実際、どう考えているのだろう。




 ヒズミから思わぬ切り返しにあったアサヒは絶句した。

「ミツキが、俺の、婚約者……?!」
「驚くようなことか」

 湯に浸かった年上の男は眉を上げてみせる。
 彼の近くの岩の上では相棒の深紅の竜がうずくまって湯気に翼をかざしていた。主と同じ琥珀の瞳が眠そうに半眼になっている。本来の姿ではなく肩に乗るサイズまで小型化しているため、岩にちょこんと座った竜の姿は可愛らしい。

「俺が持ってる竜王の記憶では、竜王が女王と結婚しなきゃいけないなんて、無かったはず……」
「そうか。だがここ百年近く、竜王は転生していなかったからな。コノエ家は必死になって竜王を呼び戻すためにあらゆる方策を行った。その1つが婚姻だ。コノエ家の血筋同士で婚姻して竜王に近い者が生まれるように、ここ数代は女王とコノエ家の男子で結婚するようにしていた。ゆえにお前とミツキも、お前が竜王に覚醒しなかった場合も考えて縁組がされていた」
「えええ……」

 裏事情を知らされたアサヒはぶくぶくとお湯に沈んだ。
 王族、貴族のどろどろした血縁関係やら権力争いやら、考えただけで面倒だ。

「お前はもっとミツキを気遣ってやれ。世間一般に公開はしないが、お前とミツキの婚儀は数年以内に執り行うことになっている」
「ちょ、ちょっと待ち」
「結婚式まで見届ければ私も墓の下の両親に報告して、重荷を下ろせるというものだ」
「シリアス過ぎる、将来勝手に決めすぎ……キャンセルだ、馬鹿兄貴」
「何?」

 遠い目をして淡々と語るヒズミに、アサヒは待ったを掛ける。

「竜王権限でいっさいがっさい、白紙に戻してやる。俺がルールだ!」

 ザバンと水しぶきを上げてアサヒは立ち上がり、怪訝な顔をする兄に人差し指を突きつける。
 急な動作をしたせいで、ヤモリが頭から落ちてボチャンとお湯に沈んだ。

「俺とミツキが結婚しなきゃいけない理由なんて、もうどこにもないだろ。だいたい、ヒズミはそれでいいのか? あんた、ミツキを自分の手で守りたいとは思わないのかよ!」
「……私が守る相手はお前だ、アサヒ。私は竜王の守護者だ」
「くーっ、頑固だなー! ミツキが好きだって認めないつもりか?!」
「何のことだかさっぱり分からないな……」

 兄弟は睨みあった。
 お湯の中から浮かび上がったヤモリがプカプカ水面に浮かぶ。

「譲らないんだな」
「譲らないな」

 バチバチと二人の間で火花が散る。
 様子を見ていたハヤテが手を打った。

「いやあ、いいねえ、兄弟喧嘩。どんどんやれ! 後で決闘でもするか? 竜王の力は使わない条件で」
「そんなの俺が負けるに決まってるじゃん!」
「戦う前から敗北宣言か。情けない竜王だ……」
「何だって?!」

 この後、ゲームやら腕相撲やらで勝負したがアサヒの完敗で終わった。
 幼少の頃から真面目に技能を磨いてきたヒズミに、どちらかというと遊んでいた期間が長いアサヒが勝てる訳が無いのである。
 それはそれとして、婚約者の件は大人しくヒズミの言うままになるつもりはない。
 兄弟喧嘩は水面下でしばらく続行されるのであった。

しおりを挟む
感想 122

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(122件)

peche
2025.06.08 peche

通りすがりですが、敬語表現として「ご拝読」はまずいので改めたほうがいいと思います。
ご自分の小説に敬意を払うことになっていますよ。

解除
いの
2020.04.20 いの

今これ見たらコローナがウイルスに見えるw

2020.04.20 空色蜻蛉

風評被害が小説にも及ぶとは!
しかも敵側だから、ある意味ウイルスで反論できない。

解除
桜咲 美月
2018.03.11 桜咲 美月

自分の気持ちに無自覚なお兄ちゃん…(*º ロ º *)!!
しかも、ミツキよりも竜王(アサヒ)を守る事を優先するって、…友人曰く、お兄ちゃんブラコン説が確実なものに…Σ(・ω・;|||
真面目で天然なお兄ちゃんは、いろんな事を極めてそうな予感がします。水面下での兄弟喧嘩は一体いつまで続くのか気になります(´·ω·`)

2018.03.11 空色蜻蛉

実はブラコンのヒズミ様です。
アサヒ、さくっとスルーしましたねー。
感想ありがとうございます!

解除

あなたにおすすめの小説

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。