会社員だった俺が試しに選挙に出てみたら当選して総理大臣になってしまった件 権力闘争編

もっちもっち

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嵐の前

門関の誘いと古味の決断

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現在、永田町はメシア騒ぎと次の総裁選の話で持ちきりだ。
そんな中、古味はついに門関から呼び出される。

もう、ばっくれようか。
いや、ばっくれるにしてもこんな狭い界隈でどこに逃げればいいのか。
国会議事堂ではすれ違うし、あれだけテレビでお互いの名前と顔を見せ合っては、話したことがなくても知り合いのようなものだろう。

逃げ場などない――だから、覚悟を決めて会うことにした。

時間は夜。
だが、部屋の空気は妙に明るかった。壁に仕込まれた間接照明が、柔らかく二人の顔を照らしている。
だが、その明かりの下で向き合う二人の間には、光では届かない濃い影が漂っていた。

「やあ、古味君。呼び出してすまなかったね。だが、どうしても話しておきたいことがあってね」
門関幸太郎がとっくりを傾けながら、微笑んだ。政治の場に長年身を置いてきた者特有の、重たくも飄々とした笑顔。

古味良一は、黙って正面に座る。
背筋を張ったまま、おちょこに指先すら伸ばさない。

この男が何を話しに来たか――すでに察していた。

「君のことは、ずっと見てきたよ。世論の空気も、君の発信も――特に最近は面白い」

「はあ……」
古味の返事は、気の抜けたような一言。だがその目は警戒を解いていなかった。

「義光君を、次の総理に据えようと思っている。…まあ、正確には“据えることにした”というべきか」
門関がひと呼吸置く。声は柔らかいが、決定を告げるそれは鉄のように重かった。

「だがね、その次が肝心なんだ。国を担うには、熱と希望が必要だ。若さが必要だ。…そうだろう?」

古味は視線を逸らさない。
わざと鼻で笑うように息を吐く。

「つまり、私に“その次”を、やれと?」

「そういうことだ」
門関は指先でテーブルをとん、と軽く叩いた。
「君は元は会社員だった。民間出身。そういう人間が時代を変えていくというのも、一興だろう?」

古味はわずかに肩をすくめた。
(お前の“興”に付き合うために、俺は政治家やってんじゃねえ)

「それは、義光さんを後ろから操ったあと、私も操るという意味ですか?」

「まさか。私はもう表には出ないよ。だが……若者を総理にする。それが、私がこの国に残す最後の仕事になるだろう」
一瞬だけ、門関の声に翳りが差した。
だが古味は、その言葉の“匂い”を見逃さなかった。
(裏で糸を引く奴ほど、最後の仕事なんて言葉をよく使うもんだ)

古味は静かに、はっきりと口を開いた。

「――お断りします」

場の空気が変わった。
時計の針の音すら強く聞こえる。

「……そうか。それが君の答えか」
門関はとっくりを置き、表情を変えずに言った。
「だが、それは私を敵に回すということだよ」

古味は目を細める。
声には出さなかったが、心の中で中指を立てた。
“上等だ。やれるもんならやってみろ”――その意志を、全身で返す。

そして無言のまま、立ち上がった。
足音が静かに、だが確かに響いた。

俺は、ゆっくりとその場を去った。

背後で、門関は静かにグラスを回していた。
まるで、まだ駒はそろっている――と言わんばかりに。

外に出た瞬間、夜の空気が肌を打った。
昼間よりずっと冷たい。だが、それ以上に背筋にぞわりと走るものがあった。



(……妙に静かだ)

料亭「夕凪」の灯りは背後に遠ざかり、路地は暗い。
俺は無言で歩を進めた。靴音が石畳に響く。

そのとき――。

「お疲れさん、古味先生」

路地の陰から、男がひとり現れた。
濃いサングラスに黒いスーツ。夜に不釣り合いなその出で立ちは、逆に“仕事”の匂いを漂わせていた。

「……誰だ?」

「ただの送り役ですよ。親分からのな」

親分――。
俺は眉をひそめる。門関の手の者だとすぐに察した。

「ご丁寧なこったな。だが、俺は一人で帰れる」

「そうはいきませんよ。永田町は危ない。足をすくうやつは、どこにでもいる」

男はわざとらしくポケットに手を入れた。
その仕草に、俺の心拍数が跳ね上がる。

(銃か……いや、ナイフでもいい。どっちにしてもやばい)

緊張が走る。というか慌てたところで自分ではどうしようもない。
開き直って男を凝視していると、男はゆっくりとポケットから手を抜き
――取り出したのは、黒い封筒だった。

「……なんだ、これは」

「読めばわかります。門関先生からの“おみやげ”ですわ」

俺は受け取らず、ただにらみつけた。

「俺はもう断ったはずだ」

「断ったのは“今日の話”だろう。これは“次の話”だ」

男の声は低く、妙に含みがあった。
門関が一度断られただけで引き下がるはずもない。
むしろ、ここからが本番――そう言っているようだった。

「……チッ」

俺は小さく舌打ちすると、封筒を乱暴に奪い取り、懐に押し込んだ。

気になるな。俺の弱みか何かか?もしかして小切手?いやだとすれば余計困る。

そうこうしていると、男が立ち去る足音が夜に響いていった。

背後で男は薄く笑った。

「……親分の言う通りだ。まだ駒はそろってる」

料亭の障子の影。
おちょこに映る顔を見ながら門関幸太郎は、すべてを見透かしたように目を細めていた。
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